レイド+○○
「はああ……魔王ちゃん……癒されたぁ」
「そ、そうか。ヨカッタネ……」
だらしない笑顔で喜んでいるトビに対して、女性陣は三人で話をしていて視線を向けようとしない。
仕方ないのでクールダウンさせるべく、率先して近付いて適当に話し相手になっておく。
「それで、お次はどんなイベントになると言っていたでござるか?」
「お前、全く聞いてなかったのか? どんだけ魔王ちゃんに夢中に――ったく、まあいい。次のイベントは、マール共和国の海でクラーケン討伐だってさ。いつもと同じなら、待っていれば直ぐに詳細が来るんじゃないか?」
「複合型、の意味が分かるようなことは何か言っていたでござるか?」
「いや、特には」
マールかぁ、と呟くトビの前でメニューを開く。
すると予想通りに、開催中イベントの項目に更新の文字が表示されている。
「もう来てるぞ……期間は一週間、開催は三日後からとなっているな」
「移動手段は?」
「……注意書きに、闘技大会のようなワープ機能は無しとなっている」
「となると、三日後までに現地に移動しておく必要があるのでござるか。これは大変でござるな」
どうやらそのようだ。
その為の猶予期間なのだろうが、位置によってはかなり厳しいぞこれは。
エリアボスも倒しながら進まないといけないわけだし……主要街道のボスは、全て弱めの設定らしいけれど。
僻地のエリアボスほど強い傾向にあるようだ。
「俺達の居る位置も大陸のかなり西の方だからな。北のベリ連邦よりは遥かにマシだけど」
「それでも充分に遠いでござるよなー」
「グラドタークを使えば直ぐだろう?」
割り込んできた声は、トビがまともな状態になったことを察したユーミルだ。
続いてリィズとセレーネさんもぞろぞろと寄って来る。
グラドタークが優れているのは事実だが、二頭で五人が移動するのは少し無理がある。
「そうは言っても、グラドタークも乗れて一頭に最大三人だろ? しかも女子限定で。男が二人で乗ると一杯一杯だし、重ければスタミナ切れもそれだけ早くなるからな。この状態で長距離は効率が悪くないか?」
「それと、ヒナ鳥ちゃん達が行きたいって言ったら私達が連れて行ってあげないと」
「ああ、それもありますね。うーん……それだと全員ラクダの方が……でもマールに入ってから距離があるようだと、ラクダじゃなぁ……」
イベント開始前から、こうも問題が発生するとは。
運営的には「そろそろしっかりした乗り物を確保しなさいよ」ということなのだろうか?
しかし長距離移動に一番適している馬は未だに高価で、数週前と状況は何も変わっていない。
俺達は相談した結果……。
「ここはレンタルですかね。やはり」
「リィズもそう思うか? 金銭的にも、やっぱりそれがベターだよな」
レンタルは『一般馬』でランクは固定されているものの、一日5万Gで町の厩舎から借りることが可能だ。
頻繁に馬を利用するプレイヤーはもちろん購入した方が良いが、今回のように限定的な用途にはピッタリだと言える。
「細かい詰めの話はヒナ鳥達の意思表示を聞いてからにするとして、レンタルを使った馬での移動は確定かな。で、次に決めておきたいのがギルド全体の参加スタイルなんだが」
「イベントの概要を見ると野良か臨時同盟を組むか、どちらかとなっているな。私はどちらでも構わんぞ!」
イベント限定での臨時同盟は、最大五つのギルドで同盟可能となっている。
ちなみにギルド毎の最大人数は50人、それが五つだからTBのレイドボスの上限は250人ということになる。多いな。
同盟の場合はレイドボスに接触すると最初から他のプレイヤーが侵入不可のエリアに、野良の場合は規定人数に達するとエリアが閉じられるという仕様だそうだ。
「セレーネさんはどう思いますか?」
「私? ……あ、そっか。私の人見知りを心配してくれているんだね? 大人数の中で目立たないようにすれば却ってプレッシャーが減るから、どっちでも大丈夫だよ」
「効率を考えるなら断然臨時同盟でござるな。野良は大抵のゲームで、こうしたイベントの場合は効率が悪い」
「このゲームの運営ならソロ向けの報酬もちゃんと用意していると思うが……確かにそうだな」
ちなみにイベントの報酬はまだ伏せられている。
何でも三日後の開始直前に明かされるとのことだ。
もしイベント開始時にプレイヤーの集まりが悪い場合は、客寄せのためにより豪華な報酬にするのでは……と邪推してみたり。
話の流れが同盟に向かっているのを見て、ユーミルが腕組みをして考え込む。
「しかし、同盟相手の当てはあるのか? 私達の場合、アルベルト親子を雇うのは微妙だろう?」
「彼らが必要なのは、メンバーが一杯居るのにアタッカーのエースが足りないギルドだしな。俺達の場合は真逆で――」
「うむ。渡り鳥には私というエースが居るからな!」
「エース、つまり拙者のことでござるな? 何、言わずとも分かっているでござるよぉ」
胸を張って俺にアピールしてくる前衛二人。
間違っちゃいないんだが……リィズは溜め息、セレーネさんは苦笑という反応を二人に返している。
「……お前ら個々の能力は信用しているが、人数が全く足らん。人数が多いギルドを最低二つは捕まえないと、同盟を組んで戦うには色々と厳しいと思う」
単純にギルドのメンバーを増やすという手もあるが、気が合うかどうか分からないメンバーを無理矢理入れても仕方ないしな。
大人数だとセレーネさんが嫌がる可能性も高い。
ついでに俺自身も他のメンバーも、ギルドを大人数・大規模にしたいという考えは皆無だし。
「ヒナ鳥ちゃん達を足してもたったの八人では、レイドボスに挑むのは無謀でござるしな。ではハインド殿、まずは貴殿のフレンドリストのプレイヤーから当たってみるでござるよ」
「俺の? ……ああ、なるほど。確かにどっちも大ギルドの主だったな」
どちらもトビと共通のフレンドだが、話くらいは聞いてくれるかもしれない。
両方駄目なら、トビのフレンドに……それも駄目ならゲーム内の募集機能、他には掲示板やSNSを使って不特定多数に呼びかけることに決定。野良は最終手段だ。
「で、俺が気になってた複合の意味はどうやらこれだな。釣りイベントだそうだ」
メニュー画面のイベント詳細には『同時開催! 一番大きなテュンヌスを釣り上げよう!』となっている。
どうやら釣ったテュンヌスのサイズによって報酬が貰えるようだ。
船と釣り竿は現地でレンタル・購入どちらも可能だそうで。
「マグロの一本釣りか。力のある前衛職の方が有利だな?」
「どうだろ。釣竿に物理攻撃力による重量補正って掛かんのかな?」
「そういえば、このゲームで釣りってまだやったことがなかったでござるな」
「私も。掲示板……じゃなくて、攻略まとめサイトで事足りそうだね。事前に調べておいた方が良さそう」
「へえ、そういう便利なものもあるんですか。知識が多いに越したことはありませんし、私も後で見ておきます」
釣りの仕様については調べておくとして……。
釣り上げたテュンヌスを一定数集めて海に投げ込むことで、クラーケンを呼び寄せることが可能と。
野良の場合はテュンヌスを消費して呼び寄せたプレイヤーにボーナスが入るようだ。
今回のイベント、結構重要な位置を『釣り』が占めている気がする。
まずはテュンヌスを釣り上げないと始まらないわけだ。
「とりあえずこんなもんかな。どうだ? ユーミル。ギルマスとして他に何かあるか?」
「無い! 細かいことはハインドに全て任せる!」
「いつもと同じじゃないですか……」
「うるさいぞ、そこ!」
「ま、まあまあ。ほら、まずは残った種を植えちゃおうよ」
「おっと、まだ残ってござったか。早目に終わらせて、後はレベル上げでござるかな?」
「だな。しれっと、ついでのようにレベルキャップも開放されてるし」
イベント詳細の最終段に、レベルキャップ開放! と表示されていた。
次の最大レベルは50らしい。
農業区での作業を終えた俺達は、装備を整えてモンスター狩りへと出掛けて行った。
もうPTでの戦闘も慣れたもので、およそ二時間みっちり戦闘した結果レベルを42まで上げることに成功。
明日は移動の準備を始めると決めてから、その日はログアウトということになった。