来訪の理由
「各地の鍛冶専門プレイヤーに大剣の作製を依頼したのだが、どうにもしっくりこなくてな」
そう言ってアルベルトはインベントリから次々と大剣を床に並べていく。
人のギルドホームでやりたい放題だな……これも多分ロールプレイなんだろうけど。
ぶっきらぼうな感じがして傭兵らしさは良く出ているが。
そのアルベルトが置いた剣はどれもただならぬ質感を放っていて、一見して逸品揃いなのが遠目にも分かってしまうほどだ。
「おお、この大剣は極上+2だぞ! ハインドも見ろ!」
「こっちは+3でござるよ! これを使わないなんて勿体ない!」
「……」
許可も得ずに早速、ユーミルとトビがベタベタと大剣を触って情報を閲覧している。
さすがだよお前ら……。
アルベルトに訊くと「構わない、むしろ見てくれ」と言うので、それを聞いてから俺も大剣の一つに触れてみる。
……やはり、このアレンジサイズで極上に達しているだけあってかなりの攻撃力だ。
攻撃力の数値的には前に俺達からアルベルトが買ったグレートソードよりも上なのだけど、これで彼は一体何が不満なのだろうか?
「お前達から買ったグレートソードを模して重心の位置を動かして貰ったりもしたが、どうやらそういう問題では無いらしい」
じゃあ感覚的な話なのか? それもゲームで? ううむ……。
だが使っている本人、それも単体では事実上最強のプレイヤーが言うのだから恐らく正しいのだろう。
そしてそこで、リィズに付き添われておずおずとセレーネさんが並ぶ大剣の前へと屈み込んだ。
どうやら人見知りとしての怖さより、鍛冶師としての好奇心が勝った形らしい。
「これ、まさか……ブランドンさんの作品ですか!?」
一本目の大剣を見たセレーネさんが瞠目した。
怯えを完全に忘れ、巨躯のアルベルトに向かって詰め寄っていく。
「ああ。ブランドンは俺達の本拠があるベリ連邦に居るから、最も世話になったんだが……残念ながら満足いく一振りは作製してもらえなかった」
「こっちはヴァレスさんに、マードックさん! 有名な鍛冶プレイヤーの大剣ばかりじゃないですか!」
「ヴァレスはルスト王国、マードックはマール共和国だな。どちらも傭兵仕事のついでに店に立ち寄った」
事もなげにアルベルトは言ってみせるが、セレーネさんが挙げたプレイヤーの中には俺でも知っている面々が含まれており……。
というのも、そのプレイヤー達は取引掲示板で攻撃力順に武器のカテゴリでソートすると、出品者として上の方にずらっと並ぶのだ。嫌でも目立つ。
「こんな有名な鍛冶師達の剣よりも、私達の剣の方が良いと……?」
「そうだ、お前達の剣が欲しい。第一、セレーネ嬢はこれらを作製した鍛冶師連中と同格だったと記憶しているが。謙遜することはないだろう」
……ん? 私「達」? お前「達」?
二人の言葉に引っ掛かりを感じる。
「それって、もしかして俺も含まれています? ご指名はセレーネさんだけですよね?」
「当然だろう? この大剣はお前達の共作なのだから」
「あの、ハインド君。アルベルトさんの言う微妙な感覚っていうのを再現するには、やっぱり前回に近い環境で作製しないことには……」
「いや、俺の鍛冶師としての腕は――」
凡庸なんですが、とそう言おうとしたのだが。
鍛冶師としての腕の問題ではないということを、彼はここまで散々強調してきた。
更にセレーネさんは引き受けたそうにこちらを見ている……やっぱり嬉しいんだな、鍛冶師として指名されている今の状況が。
彼女の方から何かをしたいという意志を見せてくるのは稀なので、俺としてはそれを尊重したいところ。
「……どうするかはセレーネさんにお任せします。受けるなら、ちゃんと俺もお手伝いしますよ」
「ありがとう、ハインド君。……ではアルベルトさん。大剣と大斧の製作、お引き受けします」
「恩に着る!」
マイペースにお茶を飲む娘の横で、アルベルトが深々と頭を下げた。
依頼を承諾した後は話し合って細かな条件を決めていく。
順序が違うとは思うが、そこまで目くじらを立てる必要性は無いので気にしない。ゲームだもの。
トビは終わっていない課題があったのを思い出したということで、青い顔をして急遽ログアウト。
俺が知らないということは補習関連のものだろう……忘れるなよ。
そしてユーミル・リィズの二人は退屈そうなフィリアちゃんを連れて、近場にモンスター狩りへと出掛けて行ってくれた。
客室には俺とセレーネさん、アルベルトの三人が残っている。
「可能なら、今後もお前達がこのゲームを続ける限り武器の製作を依頼したいのだが」
「それは長期契約がしたいってことですか? でも、途中で俺達の作ったものが気に入らなくなる可能性もあるし、もっと凄腕の鍛冶職人が後から現れる可能性もありますからオススメしませんよ」
「私も一振り毎にしっかりと評価を頂きたいと思っています。駄目なら駄目と言って頂くためにも、そういう縛りは無い方が」
「む……」
俺達の言葉にアルベルトは考え込む。
長期契約の提案に現実では公務員だという彼の安定志向が若干透けて見え、俺は少し共感を覚える。
一定期間毎に更新されるネットゲームにおいては、装備は消耗品でしかない。
それの供給を確たるものにしておきたいというのは、非常に良く分かる話で。
「話を詰める前に、まずはフレンドコードを交換しましょう。連絡が取り易くなりますから」
「……そうしよう」
間を置く意味も含めて、俺とセレーネさんはアルベルトとのフレンド登録を行った。
最初に会った時は、これだけ関わりの深いプレイヤーになるとは思っていなかったな。
プレイスタイルに違いがあり過ぎて、会うのはあれっきりになるのではないかと。
「俺達としては先程セレーネさんが言ったように、一回毎に仕事を請け負う形が理想です。武器が合わなくなったら、他の鍛冶師に乗り換えて下さっても気にしませんし」
「毎回ご満足頂けるかは分かりませんからね……それだけ武器にこだわっていらっしゃるのは、ここまでのお話で理解しましたので。傭兵というプレイスタイルな以上、妥協は許されないのでしょうから」
「お前達のその物作りへの姿勢だけで、俺としては長期契約をしても良いと思えるが……いや、いい。了解した。だが契約金は全額前払い、想定以上の物が出来れば追加料金も出す。これに関しては譲る気は無い」
それで出来上がった武器が気に入らなかったとしても文句はない、と言って彼は腕を組んだ。
俺達にとって一切不利のない好条件に、セレーネさんと頷き合う。
アルベルトの今回提示した金は必要以上に多く、更にはベリ連邦算出のレアメタルのインゴットまで持参している。
「では、この条件でお引き受けします」
「ありがとう。俺とフィリアは帝国・ワーハ間の移住希望者の護衛任務をしつつ、三日ほどサーラに滞在予定だ。その間に作製を頼めるだろうか? 無理なら期間を延ばしても良いが――」
「問題ありません。TBの鍛冶はどんなに時間が掛かっても、一振りで一時間以内には作製可能ですから」
セレーネさんはアルベルトが示した納期に対して二つ返事で了承した。
しかしアルベルト親子、三日間は近くに居るのか……。
「アルベルトさん、実は俺からも一つ提案が」
不思議そうな顔でこちらを見る二人の前で、俺はとある場所の探索を一緒にしないかとアルベルトに提案してみた。
彼はそれに「面白い……共に行こう」と凶暴そのものな顔で笑って承諾した。
あの、そのつもりは無いのかもしれないけど、セレーネさんが怯えてますぜ兄貴……。