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処刑〜赦し〜 1
処刑〜赦し〜

1

 サラをドーセットの駅まで迎えに来る馬車がやって来て、官舎の入口に止まった。
 サラはそれに乗り込む前に、オーウェル氏にしばしの別れの挨拶に行った。オーウェル氏はカーテンが半分引かれた薄暗い寝室で、車椅子に座っていた。横にはオーウェル夫人が甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 サラと父親が会うのは、奇妙な事にジェームズが重症を負わせて以来、初めてだった。お互いに心に拭いようのないわだかまりが残り、どうしても会うことが出来なくなっていたのだ。
 気まずい雰囲気が父子の間に漂っていたが、けれどもあえてサラは会いに行った。そして父親の車椅子の側に座った。

 オーウェル氏は青白い無表情な顔つきで、額には白い包帯がぐるぐるに巻かれてあった。彼はぼんやりとした不可解な目付きで、目の前の“愛娘”を見つめ返した。いや、それはもはや“愛娘だった”という表現の方が、より適切かもしれない。
 二人はもう絶対に乗り越えられない壁を隔てて、右と左に分かれてしまったようだった。サラはもう遥か彼方、自分の手の届かない所に行ってしまったのだ。子供はいつかは離れて行くが、こんなに哀しい離れ方はない……。

「お父様。それではお先に行ってまいります」
 それでもあえて赦しを求めようともせず、サラは言った。オーウェル氏は無言だった。サラは、ジェームズと父との確執を生み、二人の運命を狂わせた張本人だという罪の意識から、未だに逃れずに居た。いや、それは生涯消える事はない心に刺さった棘だったのだ。
「サラ、お父様にキスを」とオーウェル夫人が静かに、けれども一切の感情を交えずに促した。夫人の髪の毛は、ほぼ真っ白になってしまっている。かつて信じようとした教え子に、徹底的に裏切られたのだという思いは、彼女を冷酷に打ちのめしていたからだ。
 あさっての判決は、当然極刑であるべきだと夫人は念じていた。
 あの若者のせいで、夫も娘も人生を狂わされてしまったのだから、当然の報いを受けるべきなのだ、と。

 三者三様の思いを抱いて、サラは促されるままに父の頬に冷たいキスをした。心から愛する事ができなかった父、けれども今は魂の抜け殻のような身を、車椅子に頼っている。
「さようなら。お元気で」
 やっとサラはそれだけ告げると、ドアの方へ行こうとした。けれども、何かが彼女を押し留めた。

「お父様。わたしの視力を、“汚れた”お金で買ったのね」
「何を言いたいの、サラ!?」
 驚いてオーウェル夫人が問い詰めた。
「今更、何を……」
「わたし、全てを知っているんです。町長さんの事も、優秀賞のすり替えも! それを彼は気付いていた。でも、ここからは逃れる事ができなかった。親の借金のカタになってしまって。でも、もうそういう縛られた運命から逃れる事ができるわ、やっと……」
「サラ!」と夫人は怒鳴った。
「分かっています。それは全てわたしの為だったんでしょう? だからわたしが苦しむのは当たり前なんです。報いが来たのは、当然なんです! わたしはだから、それを甘受しますわ」

 両親は声もなく黙っていた。決してサラ本人には告げまいとして、守りに守っていた秘密だったのに……それを、娘はとうの昔に知っていたのだという衝撃……。
「そして、彼もまた視力を失ってしまった。全ての人が罰を受けたのね。わたしもいずれ……」
「サラ! もうやめて!」
 夫人の金切り声でサラは口を閉ざした。
 言ってはいけなかった筈なのに、サラはとうとうこの事を言わずにはいられなかったのだ。それは、両親との決別と言う覚悟が要った。けれども今のサラは、ジェームズとの“約束”のせいで、もう何も怖いものはない。

 サラはもう二度と両親の顔も見ず、外に出た。
「サラ……」
 それ以上は何も言わずに、トレイシーはサラの小さな肩を抱いた。サラはまだ青白くやつれ果てていてはいるが、けれども妙にさばけた大人っぽい顔つきをしていた。
「トレイシー姉さん……さあ、行きましょう」
 レスターでは、サラは姉のトレイシーの近くで暮らす事になっていた。

 やがて馬車は駅に向かって、走り出した。デコボコの道を揺られながら、サラは真っ直ぐ前方を向き、二度と過去は振り返るまいと誓った。サラにはもう涙は無い。

― ジェームズ……さようなら……永遠に愛してる……。


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