愛と死〜ジェームズとサラ〜 1
愛と死〜ジェームズとサラ〜
1
2月始め、シンシア・ギルフォードが死んだ。
今年のインフルエンザはかなりの猛威を古い、そしてタチが悪かった。ドーセットのみならず、隣町のリトル・ウッドも、そして近隣の村々にもインフルエンザは人々に襲い掛かった。ロンドンでは、かなりの数の患者が亡くなったと言う。
シンシアはインフルエンザから肺炎になり、町の名医が手当てをしたが助からなかった。この、ケタケタとよく笑っていたシンシアは、まだほんの12歳だった。
このショッキングな出来事は、ギルフォード夫人を恐慌に落しいれ、夫人は毎日泣き喚いていたので、家に戻るはずだったフランシスは急遽屋敷に留まり続け、しばらく鬱状態のギルフォード夫人に変って、あれこれと指図をする派目になった。
フランシスも又、このような時に旅行するのははばかられたのだ。屋敷中が静まり返り、キティやジョンでさえ、深く落ち込み嘆き続けていた。
ジェームズは、この末娘に付いては、この間居間でフランシスと一緒にシンシアに会ったときぐらいで、余りよく知らなかったが、それでも小さな少女の死はいたいけで衝撃的な出来事だった。
ジェームズがメアリーとサラのことを心配していた折も折り、ドリューから、どうやら校長の娘、サラ・オーウェルもインフルエンザに倒れたらしいという情報を得た時には、心臓が止まるのではないかというほどの、暗澹たる気持ちになった。
「で、サラの様子は?」
「さあ、どうだかな? 俺はあそこの使用人からちょっと聞いただけなんだけどさ、校長夫婦はピンピンしているそうだぜ。なにせサラ・オーウェルは小柄だし、どこかひ弱そうだからな。箱入り娘だし」
「サラではなく、校長がなれば良かったんだ!」
「ま、そうだがな……運命は皮肉なものだぜ」
その晩、ジェームズは長い間神に祈ったことすらなかったが、久しぶりに寝る前にベッドに跪いた。
「ああ、神様! サラの命を奪わないで下さい! どうしても奪うのなら、俺の命を彼女の変わりに! 俺は、俺はサラ無しには居られないんです。サラを絶対に治して下さい!」
ジェームズの祈りが通じたかどうかは分からない。けれども、妹のメアリーは元気である証拠に、修道院からは何も言ってこなかった。
フランシスは悲しみに沈むギルフォード家にあって、夫人を慰めたり助けたりしていたが、一方では気晴らしと称して、時折ジェームズを呼びつけることがあった。彼女をここへと留めたのは、ただ単に友人のアン・ギルフォード夫人の為ではなく、ジェームズへの情欲のせいでもあった。
けれども、それももう終わりに近づいてきたようだ。
フランシスは2月の末になって、遂に自分の領地へ帰ると宣言した。と言うのは嫁いでいた実の娘が妊娠し、出産の為に実家へ戻る事になったからだった。医者の手紙によると、娘の容態はそれ程良いとは言えない、と言うことだった。フランシスはその手紙を読むと、胸騒ぎに襲われて、思わず眩暈を覚えた程だった。
帰らなければならない。そして、もうジェームズとは二度と会うべきではない、と。
家へ戻る前日、フランシスはジェームズを呼びつけた。最後の情交の後、フランシスは髪を整えながら、なぜか徒然に話しはじめた。
「とうとうわたしも“おばあちゃん”になるのね。孫が出来るんですもの。わたしは19歳であの娘を出産し、娘は22歳でもう直ぐ出産。時間の経つのは早いわ」
ジェームズはただ無言で、服を着替えていた。けれどもフランシスはもう、ジェームズが聞いていてもいなくてもどうでも良かった。
「ジェームズ、お前は男だから、いいわね。お産をせずに済むんだもの。お産って大変なの。インフルエンザと同じぐらいか、それ以上に。それにしても、シンシアは可哀想な事をしたわ。あっと言う間だったんですもの。一緒に一ヶ月暮らしていたから、情が湧いたし。アンの子供達の中では、一番可愛くて純真だったのに」
フランシスは珍しくしんみりしていた。
「人生って儚いわね。ここに訪ねて来た時には、シンシアはとても元気で跳ね回っていたわ。未来の夫のことや、色々無邪気に喋ってくれたの。それが……わたしやアンの方がずっと年上だし、順序が逆よね。神様は何て残酷なのかしら? 今はもう、シンシアは冷たい土の中に横たわっている……」
ジェームズは、インフルエンザに倒れたと言うサラのことを想っていた。けれども、いつになく正直でしおれた様子のフランシスに、なぜか親しみを覚えて言った。
「俺だって……分からないです。先のことは」
シャツを着たまま、ジェームズは暖炉に当たりながらつぶやいた。暖炉の炎が揺らめき、ジェームズの頬を染めている。
「何を言うの? あなたはまだ若いのに!」
「けれども若さは脆い。今そうあなたは言ったじゃないですか」
「ジェームズ!」とフランシスは叫んだ。「あなた、生きなきゃ駄目よ! これからもずっと」
「誰の為に? 俺にはもう何も残っていないんですよ。若さだって直ぐに消えてなくなる。まして、あなたから頂いた微々たるお金も、そして友情も信頼も……いつかは消え果ててしまうかもしれない」
ジェームズは胸を掻き毟られる思いに、我を忘れて本心を吐露してしまった。
「でも、愛は消えないわ。そうでしょ?」
「愛なんて……」
「嘘! あなたには好きな人が居るんでしょう? わたしには分かっていたのよ」
部屋中に沈黙が訪れた。
「そうでしょ、ジェームズ? 愛している人が居るのね?」
長い沈黙の後、ジェームズはやっと答えた。
「居ます。けれども、彼女を愛することは、彼女を不幸にしてしまう。だから不可能なことなんです……」
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