ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。


 サラの1月30日の、17歳の誕生パーティは、一応滞りなく済んだ。4人の女の子達― その中には意地の悪いアン・マリーも居たが、キティ・ギルフォードは風邪気味で来なかった― が、キャアキャアと騒ぎ立てながら帰って行った後、サラはなぜかぐったりと疲れ果てて、髪を解く為に鏡に向かっていた。
 一つ歳をとったからと言って、特別自分が大人になったわけではないが、この辺りでは17歳と言うと、もう大人扱いを受けるのだ。そしてその頃から、一人又一人と婚約したり結婚したりする。けれどもまだサラには、そのような話は全く無かった。それがいいのか悪いのか、サラには良く判らなかったが……。

「ねぇ、お母様。今日はこのお茶会にどれくらいお金を使ったのかしら?」
とサラは、使用人と一緒に食器や食べ残しを片付けているオーウェル夫人に向かって問いかけた。けれども、不可思議なことに、オーウェル夫人の手がピタリと止まった。夫人はサラの髪を梳ろうと、やって来た。
「どうして……そんなことを聞くの?」
「だって、わたし、もう17歳になったんだし、それぐらいのことは知っておかなければ」
 夫人の口元から溜息が漏れたような、微かな音がした。
「心配しなくていいのよ。まぁ、5ポンドぐらいで済んだし」

「5ポンド……」とサラはやや驚きを持って、つぶやいた。「そんなに要ったの?」
「ええ、まあ色々とね」
「じゃあ、わたしの手術代とかは、もっと要ったんでしょう? 一体どれ位掛かったの?」
 オーウェル夫人の顔色がサッと変った。櫛を持とうとしたその手が、幾分震えているようだ。
「何で今更そんな事を。もう、ずっと前の話でしょう?」
「でも、聞きたいの」

 夫人は暫く黙り込んでいたが、わざとらしい明るさで答えた。
「いくら掛かったか、忘れてしまったわ。もうわたしも歳ね」
 けれどもサラは食い下がった。なぜならそれはサラにとっても、以前から聞きたいことだったからだ。ノラから言われて初めて、自分がこの家族にどんなに負担をかけていたかを知ったのだ。このまま何も知らないでいる訳にはいかない。

「ねぇ、お母様、誤魔化さないで。まさか300ポンドぐらいだなんて仰らないでね。それ以上だってことは、わたしにも分かっているのよ。
 わたしだって、計算ぐらい出来るわ。子供の頃には、そういうお金の事なんか何も考えもしなかったけれど、今はもう違う。わたしはもう大人なのよ、お母様。ここで色々な友達が出来、そして喋ったり噂話を聞いたり、そうしてこの世間を垣間見てみると、そりゃもうとんでも無くお金が要るってこと……よく分かったわ。何事もお金無しでは動かないですものね。だから」

 クルリとサラは振り返った。そのそばかすが少し浮き出ているリンゴのような顔は、眼鏡を取っている今は途方も無く幼い雰囲気がしていた。純真無垢で、悪く言えば世の中の垢にまみれたことがない。けれどもそれは、“今までは”と言う但し書きが付いている。
 今のサラは、現実を幾分知り、少しませた表情の娘だ。いい加減な説明ではもう誤魔化されはしない、立派な一人の“成熟した”娘になったのだ。だからこの日が来るのが怖かった。けれども、オーウェル夫人はその現実に向き合わなければならない時が来たと覚悟を決めた。

 夫人は櫛を置くと、きちんとサラに向き合った。サラの、弱視ゆえにどこかさまよっているようなハシバミ色のつぶらな瞳が潤み、瞬きもせずに母親を見つめている。
「サラ……あなたの手術代は1500ポンド掛かったわ。でもその前後の療養の費用や、看護師の給金などを入れると、恐らく2500ポンド以上でしょうね。それにその後のケア、その他諸々を合わせると、多分……3000ポンドでは済まないと思う……。はっきりしたことは、お父様がご存知よ。お父様が全てを工面なさったのですから」

 サラは予想していたこととは言え、静かなオーウェル夫人の告白を、身を縮めるような思いで聞いた。
 やはりそうだったのだ! ノラの言った事は真実だった! 自分は目だけが盲目だったのではなく、全てのことに盲目だったのだ!! 今まで何一つ気づかなかった愚かな自分が、情けない。
「3000ポンド! そんなお金、うちには無いはずでしょ? お父様は田舎のしがない小学校の校長でしかないし」
「借金なのよ」と夫人は淡々と答えた。「借金なの……」
「あのユダヤ人の金貸しシュタールさんから?」
 そう尋ねるサラの声は微かに震えていた。

「恐らくそうでしょうね。けれど、お父様は口が堅くて、わたしにも金策のことは何も仰らなかったわ」
「なぜそんなに借金してまで、わたしの為に」
「それはね、サラ。親なら誰だって最善のことを尽くそうとするものよ。自分の子供には、幸せになって欲しいの。例えかなり無理をしてでも。ロンドンの医師は、手術さえすれば、かなり視力は回復すると仰ったの。わたし達はすぐさま決心したのよ!」
「でも……」
「いいえ、サラ。あなたも親になってみれば分かるわ。今は分からなくても、いつかは……」
「だからと言って、高利貸から大金を借りてまで……わたしの為に……」

 遂にサラは泣き出した。膝の上にポタポタと苦い涙がこぼれ落ちる。
「サラ……泣かないで」
 オーウェル夫人は、サラの赤毛を愛しそうに撫でた。
「わたし達は全然後悔していないわ。だって、お前の目が良くなったんですもの! 一か八かだったけれど、今はやっぱり手術させて良かったとはっきり言える。わたし達は幸せよ、サラ。あなたが一人で歩き、どこへでも行けるし絵を見ることだって出来る、普通の娘になってくれたんですもの! だからあなたも、その幸運を受け入れるべきなのよ」

 サラはすすり泣きながらも、小さく頷いた。
 けれども一方では、サラはこの母の話の半分は信じたものの、どういう訳かあとの半分は信じ切れない自分が居ることに気づき、ハッとしたのだ。
 この話の中には、もっと込み入った“何か”がある。恐らくそれは、愛するジェームズに関することだろう。勘の鋭いサラは、その引っかかる“何か”を探り当て、そしてジェームズの持つ秘密を知りたいと切に願った。
 そして再びジェームズの腕の中で、安らぎたいと言う気持ちを抑えることが出来なかった。

― やっぱり、あなたに会いたいの、ジェームズ! 秘密を解き、そしてあなたを縛る呪縛を解いてあげたい。なぜならわたし、あなたを愛しているんですもの! あなたを愛することだけは、決してやめる事はできないのよ!







+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。