ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。


 ジェームズとボブは、長い間その牢で一緒だったが、結局ボブは町中の広場で皆の前で見せしめに鞭打たれた。ジェームズの罪状ははっきりせず鞭打ちは免れたものの、ぐったりとしたボブの隣に晒された。
 その時の二人は薄汚れた惨めな犬コロのような有様だった。けれどもその体験は二人の絆を強固にした。以来ずーっと二人の仲は続いていた。

 二人はその後、町から離れた所にある古代からの遺跡の前で、義兄弟の誓いを立てた。ちょうど風が、彼らの誓いの言葉を吹き消すかのように荒れ狂っていた。
 ジェームズはボブの中のしたたかさ、打たれ強さ、何があっても茶化しのめすユーモアに深い敬意を払うようになったし、ボブはジェームズの中の、隠れてはいるが実はピュアで孤独な精神を理解するようになった。

 ボブの夢は海岸に行って、一日中遊ぶことだったから、ジェームズはそのようなボブの持つ素朴で簡単な希望を、いつか叶えてあげたいと思っていた。
 ジェームズが幼い頃、家族とニューポート近くの海岸に出かけて遊んだことがあった。妹のメアリーはいつもピンクかブルーのサテンのリボンをして、砂浜をよちよちと歩き回り、上品だった、と言うよりも余りにも世間知らずで上品過ぎた母は、パラソルを持って、昼ご飯のバスケットの側でニコニコと笑っていた。

 父とジェームズは、裸足になって、波打ち際で走り回った。父は背の高い痩せぎすな男性で、その当時の風習として口ひげを生やしていたが、本当はまだ随分若かったに違いない。若くて健康で実直な、尊敬すべき商人だったが……それも今は昔のことだ。
 海岸での遊興と言うボブの夢は如何にも直ぐに叶えそうな事に見えたが、結局今まで一度も果たせないでいた。一見簡単そうな夢ほど、実は難しいものなのかもしれない。

 けれども今のジェームズの夢は何も無い。あるとしたら、”復讐”ぐらいだったが、それも最近では何だか空しいことのように感じていた。
 “うすのろ”ニッキーの夢は「嫁さんをもらって、家庭を持つ」ことだった。三人は暗いパブの奥で、またぞろ同じようなことを繰り返し喋り出した。空しい夢の数々と、失われた儚い思い出や、失われた人々のこと……。

「ところで、最近メアリーから手紙来る?」とボブが話題を変えた。
「一月に一度は必ずね。でも読まずに捨てる。川に捨ててしまう」
「なぜちゃんと読んであげないんだ? ジェームズ、お前はいつも変だが、そこが一番理解できねぇよ。たった一人の妹が可愛くないのか?」
 ボブの詰問に、ジェームズはシェリー酒の残りをぐいっと飲み干した。

「読む勇気が無いんだ。多分、怖くて。メアリーは修道院の中にいて、俗世にまみれず清らかなままだが、俺は違う。身も心も汚れきっているからな。メアリーが本当の今の俺を知ったら、卒倒する。いや、多分俺を軽蔑するだろう」
 ジェームズの言葉はアルコールの酔いでやや呂律が回っていなかったが、それでもまだ馬車で帰るだけの正気はあった。

「だが、メアリーはもう直ぐ18になる。そうなると、今の修道院を出なきゃならないんだろう?」
「あと半年後だな」
「どうする? 引き取るんだろ?」
「あのまま尼さんにでもなってくれれば……」
「おいおい、ジェームズ、マジで言っているの?」
「大マジ」
「無責任な兄だぜ、全く」
 ボブは肩をすくめた。ニッキーが身を乗り出してきた。

「妹さん、綺麗なねぇちゃんかい?」
「綺麗に決まっているだろうが! こいつの妹だぜ!」
 ボブが気色ばんで言うと、
「そうでもないよ。……もういいじゃないか、メアリーのことはさ」
とジェームズがはぐらかした。その話題を彼は避けたかったのだ。
「ねぇ、あのう。もしも行くところが無かったら、俺の嫁さんにならないかな? ね、どう? どう? マジで考えてくれない?」

 突拍子も無いニッキーの申し出に、その場が急に白けてしまい、ジェームズは突然農場に戻りたくなった。ボブはニッキーの頭をぶん殴った。
「おめえって奴は、本物の阿呆だな、全く」
「俺、もう帰るよ。遅くなると叱られるんだ」
 ジェームズか立ち上がったので、残った二人は目を上げた。ニッキーは尚もすがりつくように言い張る。
「ねぇ、考えとくんだぜ。農場には来させたくないだろ? あいつら、下女を片っ端から犯しても平気な野郎だから。分かっているよな、な、ジェームズ?」
 ウンウンとジェームズは頷いた。

* 〜*〜*〜*〜*〜*〜*

 外に出ると、雨はまだ降り続いていた。一年の内、三分の一は雨という土地柄だ。けれども今晩の雨はとりわけ身にこたえる。冷たい秋雨だからだろうか? いいや、それだけではない。
 泥まみれの少女の大きく見開かれたハシバミ色の瞳。ハート型の顔。あの()がサラ・オーウェルだったとは!

 思わず馬車から降りて真剣に「大丈夫? 怪我は無いかい?」と相手を覗き込んだときに飛び込んだ、相手の少女の躊躇いがちなホッとした微笑み。心の中で妙に引っかかる。切り捨てようとしても切り捨てられないのだ。
 なぜならあの”瞳”こそが、自分の大いなる代償だったものだからだ。あの瞳こそ、ジェームズの不幸の根源だったからだ! 

 やがてジェームズは、川に捨ててしまった破られた手紙を思い出した。何通もの妹の手紙は、散り散りになって激しい川の流れに巻き込まれていった。
 その川に何度も身を投げようとして、結局無様に今でも生きている自分。妹に合わす顔が無い、穢れた自分。
 三年前に会った時、いつまでも修道院の入り口に佇んで自分を見送っていた姿が、脳裏に焼きついて離れない……。








+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。