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 ボブ・ハーシーは、最初の頃「おすましや」のジェームズが大嫌いだったし気に食わなかった。
 ジェームズはドーセットの人間ではなく、大都市カーディフの出身で、そして労働者階級でもなかった。ジェームズの父親はカーディフからやって来た裕福な商人だった。その上、ジェームズは同性から見ても、とんでもなく美しかった。恐らく美形の若者としては、ドーセット一だろう。それだけでも、ボブはジェームズを恨むに値したものだ。

 ボブは小学校も三年しか行ってはいない。それ程家が貧しく、貧民層の中でも、下の下の方だったのだ。地主の小作人の家は概して子沢山で、ボブのうちも例外ではなかった。
 ほんの10マイル行けば海岸だったが、それでもボブは海を見たことが無く、海に行く時間もなかった。小学校を出て程なく、下から二番目のボブはドーセットの靴屋に奉公に出された。

 その間、生意気で金持ちだったはずのジェームズは、いつの間にか両親と小奇麗な家屋敷を全て失っていた。そして兄と違って金髪で、リボンの良く似合う妹はどこかに消えていた。
そういうことがあった後でも、ボブは何とはなしにジェームズが嫌いだった。

 けれども転機がやって来た。ボブが16、7の時だったか、放り込まれた牢に怯えた顔つきのジェームズの姿を見た時には、本当に驚いたものだった。
 最初の内二人は頑なに口をきかなかったが、署長に対する“共通の恨み”が二人を近づけた。それというのも、地方判事が近くに居なかったので、巡回判事が来るまで、二人は随分長い間同じ牢内に居なければならなかったのだ。

 ボブは何かと言えば署長に殴られてばかりいた。署長は ー 役人が大体そうであるように ー イングランド人であり、「ウェールズ人は阿呆だ」といつも公言してはばからない残忍な人間だった。
 それなのに、ジェームズの方は殴られないのが不思議だった。そして一日に一度は署長に呼ばれていた。
 最初の間、ボブはそういう待遇のジェームズに対して、憎しみを抱いていた。けれどもそれがボブの考えていたこととは、全く逆であるということが分かったのだ。

 ある日、その謎は解けた。
 その日ジェームズは牢に戻って来るなり、狂ったように自分の頭を壁に打ちつけて額から血を流したので、驚いたボブは慌ててジェームズを羽交い絞めにした。このままでは、ジェームズは頭蓋骨を割ってしまうという恐怖を感じたからだ。
 始めはバタバタとあがき逆らっていたジェームズだったが、それから二人は喧嘩を始め、最後は二人とも冷たい牢の地面にへたり込むまで殴り合った。ジェームズの額の血と、ボブの鼻血がお互いのシャツに飛び散っていた。

「何でこんなことをするんだ!」と始めにボブが喋った。「おまえ、死ぬぞ!」
「死んでやる!」
「そういう奴ほど、死にやしないさ」
「違う! もう耐えられない!」
 そう叫ぶとジェームズはその場に崩れ落ちて、ワーッと泣き出した。その時、ボブはハッとして始めてまともにジェームズを見つめた。ボブは署長にまつわる、ある“不快な噂”を思い出していた。
― そうだったのか……。

 見かけよりもずっと頭のいいボブは、すぐに全てを……自分の心に忌まわしく描かれた全てを悟り、それから気分が悪くなって、まだ泣き喚いているジェームズの隣に座り込んだ。 

「おめぇ、なにしたんだ?」とボブは聞いた。
「な、何にもしていない」
「何か悪さをしなきゃこんな所に入るわけないだろ?」
「それじゃ、お前は何をしたんだ?」
 鼻から溢れる涙をすすり上げながらも、ジェームズはこちらに振り向いた。
「盗みさ」
「泥棒?」
「地主の羊を一頭盗んでおっかぁにやって、それからみんなで喰ったんだ。うまかったぜ」
 ジェームズはこの簡潔な答えを聞くと泣き止み、それからクスリと笑った。

 ボブはこの笑顔を忘れることが出来なかった。ジェームズの笑顔は同性ながら大層印象的で、ボブの心に深く浸透していった。
「それでおめぇは?」
「……」
 ジェームズは黙り込んだ。
「大体分かる」とボブは短く言った。
「あの署長のことだからな。何か因縁をつけようと思えば幾らでも付けられる」
「お前は何もしらねぇよ」とジェームズは、クシャクシャになったシャツをズボンの中に入れながらポツンと呟いた。
「おぞましいことだからな」
「何も言わなくていい」とボブは答えた。初めてジェームズはまともにボブを見つめた。そばかすだらけの小柄な痩せた身体の少年。けれどもその瞳は聖人にも負けないほど、清らかに瞬いているのだ。

「おまえにゃ、分からねえって!」
 そう言ったジェームズの瞳からは、けれどもその強がりとは別に、涙が一筋溢れ落ちた。




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