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「あの子は変ったわ」とオーウェル夫人はつぶやく。
「誰がかね?」とオーウェル氏が不愉快そうに畳み掛ける。
「エドワーズよ。以前よりも冷酷な感じがする。表情に乏セシル、無愛想で。昔はそりゃ可愛かったのに」
お茶を入れ、スコーンをかじりながら、オーウェル夫人が遠い昔を覗く目つきになった。
「あいつは昔っから冷酷な奴だった。見た目とは裏腹に、ずる賢くて本当の友人を持つことも無かった。そういう奴だったんだ。見かけは天使で中身は悪魔だ」
オーウェル氏はお茶をすすりながら、吐き捨てるように言う。
「でも成績は良かったわ。“あの”不幸が無ければ! 不幸は子供を駄目にしてしまうのよ」
「不幸な子供達は、この世にはもっともっと居るもんだよ。いいか! あいつの話はもうするな! 不愉快だ。お茶がまずくなる」
オーウェル氏は怒鳴り散らしたが、夫人はただ静かに首を振っただけだった。夫がそんなにも怒り狂う理由が、夫人には理解できなかったからだ。
“あの女の子がサラ・オーウェルだなんて、どうして分かる!? 知っていたらもちろん助けるどころか、逆にわざと馬車を寄せて、思い切り泥を撥ねかけてやったのに!”
ジェームズは荷馬車の中で舌打ちしていた。
今の今まで、ジェームズはサラ・オーウェルこそが自分の将来を台無しにしたのだと信じていたし、今まで会った事はなかったものの、深く恨んでいた。それなのに、よりにもよって、彼女を助けてしまったとはとんだお笑い種だ。全く! ドジばかりさ……。
ジェームズは、このまま真っ直ぐに自分の寝場所であり仕事場でも有るギルフォード農場に帰るのが嫌になり、町外れの『山猫荘』というパブに立ち寄った。ドーセットの町にはこの『山猫荘』と『グリーン・テラス』と言う二軒のパブがあったが、当然ながら『山猫荘』の方がずっと下品で、名前の通りワイルドだった。
町や周辺の村々の男達は、このどちらかのパブにたむろしており、どちらかの側にいつも居た。
ジェームズが入って行くと、如何にも下卑て痩せた老女が煙草を吹かし、ニヤニヤしながら挨拶を送ってきた。
「こんばんは、ジェームズ。今日は何にする? 黒ビール? それとも別の……」
「シェリー」とジェームズは素っ気無く注文した。
「シェリー? 珍しいこと! 何かあったの? ま、聞かないけどさ」
ジェームズがシェリーのコップを持って奥に進むと、案の定いつもの場所に二人の仲間達が既に来ていた。ボブと“うすのろ”ニッキーだ。
「やあ、ジェームズ」
そう呼びかけた人のよさそうな、如何にも田舎っぽいそばかすだらけの顔立ちのボブとは、数年前町の警察の牢で一緒になって以来仲良くなったのだ。そして“うすのろ”ニッキーは、ボブのダチだった。
ここにもう一人、石工のドリューが居るといつもの四人組になるのだが、ドリューは今日は来ていないらしい。
「どうした、ジェームズ? びしょ濡れじゃないか。それにその糞面白くも無い仏頂面はよう? せっかくの色男ぶりが台無しだぜ」
呼びかけたボブの側に、ジェームズは頭を振りながら座り込んだ。黒っぽい髪が雨に濡れ、額に張り付いていた。座り込むと、どっとけだるさが押し寄せてくる。彼は苦々しく微笑むと、ぐいっとシェリーを開けた。
「今日俺、誰を拾ったと思う? この土砂降りの雨の中、シクシク泣きながら道端にうずくまっていた女の子だぜ。年の頃は17,8」
「すげえ!」とボブは単純に叫んだ。「で?」
「ところがそいつ……あのイングリッシュマンの校長のガキの一人だったんだ」
「ええっ?」
「五人兄妹の内の一人だった」
「あの、オーウェルの?」
「そう、サラ・オーウェル」
これを聞くと、ボブは椅子から転がり落ちそうになった。
「おいおい、何してんだよ、おめえはぁ!?」
「俺も馬鹿さ。助けてしまうとはね、知らなかったこととはいえ」
「サラは、確かあまりここには居なかったな。目が悪くて手術だ何だって、ロンドンまで行ってたんだろ?」
ジェームズの頬がピクリと動いたが、鈍感な二人には気付かなかったし、パブの暗がりでは、一つ一つの細かい表情などは分からないのだ。
「皮肉だな」とボブはそれだけ言った。
「皮肉ってなんだ?」と“うすのろ”ニッキーが尋ねた。
「ま、運命の悪戯というところかな」
ボブのこの説明に、どうやらニッキーは益々分からなくなったようだった。ジェームズとボブは目を見交わせて苦笑した。そう、この秘密は二人だけが知っていることなのだ。
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