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サラと妻のメアリーが戻って来たその晩は、ご馳走が並んだ。
サラはメアリーの料理の支度を手伝い、共に色々お喋りをして行くうちに、まるで本当の姉妹のように打ち解け、心を通わすことができた。
サラはふと、実の姉のトレイシーを思い出した。常に自分の味方になり支えてくれた姉。幼いショーンを我が子と同じように扱ってくれた優しくも強い精神力の姉……。
不仲になり、音信不通となった両親の様子を時々知らせてくれ、何とかしてもう一度よりを戻そうと努力してくれている姉。そして今は多分、ショーンはレスターのトレイシーの所に行っていることだろう。
けれどもサラは又一人、かけがえの無い妹を持ったのだった。一番下の妹として育ち、その下には妹は居なかったが、この短い間にもサラとメアリーは本当の姉妹のようになったのだ。
それも、ショーンの歌った『鳩の翼』のおかげかも知れない。見えない糸が自分をここに引き寄せ、ジェームズの思い出が自分を導いたように。
「さ、お祈りして食べましょう」
敬けんなカトリック教徒のメアリーは、食前の祈りを唱えると、全員がテーブルを囲んで食べ始めた。今晩だけは、徒弟のアンドリューも一緒に夕餉を取った。
明日はリバプールに戻るというので、話は弾んだ。すっかり打ち解けたマイラを膝に抱き、サラは小さな幸せに浸っていたその時だった、コツコツとドアを叩く音がしたのは。
「今頃どなたかしら? お客様にしては遅いしね」
「俺が行く」
ドリューがさっと立ち上がり、戸口の方に向った。何か物音がし、小声だが叫び声が聞こえた。少し言い争っているような会話も、途切れ途切れに聞こえて来る。
「だれ?」とサラが不安そうにつぶやく。
「そうね、どなたなのかしら?」
「俺、行きましょうか?」とすっかり成長して青年らしくなったアンドリューが立ち上がりかけた頃、その訪問者の足音がツカツカとダイニングの方に近付いて来た。
「ちょっと待って下さい!」と叫ぶドリューの声もものともせず、その人物が中に入って来た。
「あっ! あなたは……!?」とサラが叫ぶ。
「オーウェル先生……やっぱりここに……」
サラは立ち上がった。目の前には、レッドフォード伯爵が立っていたのだ!
伯爵はその湖の底のような青い瞳で、サラをじっと見つめた。サラは心の中を覗かれているような、そして又見つめられているという歓びを、何とか隠そうとしながら佇んでいた。
「君を……迎えに来たよ……サラ」
「伯爵様……」とサラはそれだけしか言えないのだ。事情を知っているメアリーは、じっとサラと伯爵を見つめていた。
伯爵はもう40がらみだし、兄のジェームズとは少なくとも外見上は違う。けれどもその情熱を秘めた瞳だけは、似ているかもしれないと感じた。そうでなければ、わざわざここまでやっては来ないだろう……。
ドリューだけは、少しばかりの怒りをまだ持ちつつ、伯爵を睨んでいた。
「どうして、ここを?」
「ドノバン先生が、見当を付けてくれたんです。多分、ここだと。そしてそれは当たっていた!」
「ドノバン先生が……?」
サラはもう一人の人物を思い出した。自分を心から慕い、真摯な眼差しを持った誠実な若者を。
その二人が協力して、自分を見つけ出してくれたのだ。
けれども、どちらが今のサラにとって『鳩の翼』で運ばれる憩いの巣(=nest)なのか、判断が付きかねていた。共通しているのは、どちらも自分のことを心配し、そして何とかして探し出そうとしてくれたことだ。
それはサラにとって、心強く又生きる場所を見出してくれる愛する人達だった。そして自分を必要としてくれる場所を、喜んで惜しみなく提供してくれる。
「先生、サマンサは先生が居なくなった後、わたしに言いました。本当は先生が大好きだったんだと。そしてそれが、甘えや我がままとしてしか表現できなかったんだと、わたしは今頃気付いたというわけです。
是非戻ってきて頂きたい! サマンサの為にも、そしてわたしの為にも」
「サマンサが、そう言ったのですか!?」
サラは予想もしていなかった事実に驚いた。
「わたしはてっきりサマンサが、わたしのことを嫌っているのだとばかり」
「いや、娘が嫌っていたのは、実は婚約者のエリザベスだったのです。だからああいうことをしてしまったという次第で」
「あの人形を……壊してしまった……?」
「そう」と伯爵は率直に答えた。
「伯爵様、どうかこちらへ。お茶でも差し上げますわ」
このメアリーの声で、伯爵は我に返り、控えめに立ってはいるが、このような鄙には稀な美貌の持ち主のメアリーを見つめた。
この女性が、サラの愛する亡き恋人の妹なのだと、伯爵は気づいた。
「失礼致しました。突然お伺い致しまして。けれどもわたしは、ドーセットに宿を取っておりますので、今晩はこれで失礼致します。オーウェル先生がご無事だったというだけで、ここに来たかいがあったというものですから」
「誠実な方なのですね、あなた様は」とメアリーはお世辞ではなくそう言った。
「いや……それは……」
伯爵は口ごもる。
「ありがとうございます」とサラは静かに答えた。「わたしも明日戻る所でした」
「それでは、わたしはこれで」と伯爵は乱れた髪に、帽子を被ると一礼した。
「あ、わたし、お見送りに行きますわ」
サラの申し出に、皆一様に驚いた。
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「どうなんだろうね、メアリー。彼らの行く末は?」
サラと伯爵が闇に消えた後、ドリューがボソッと呟いた。
「さあ」とメアリーも曖昧に答える。「それは神様が決めて下さるわ。でも、あの方なら、兄も喜んでいると思うの。位は高いけれど、真心をお持ちだから」
「そうかな? 俺は信用できない、ああいう種族はね。所詮、手の届かない相手じゃないかな、と思うんだよ」
ドリューはフーっと溜息をつく。
「けど、サラは幸せになるべきなんだ。そうであって欲しい。心からね」
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日が翳るのが遅い薄暗がりの中を、サラと伯爵は何も話さずに歩いていた。
「サラ……もう暗いからこの辺で」
と伯爵は立ち止まると、振り向いた。「突然で済まない」
「いいえ。わたし……とても嬉しかったんです。でも、言葉が出てこなくて」
「サラ!」と伯爵は激情に駆られて言うと、サラをぐっと抱き寄せた。そしてサラが何かをする暇もなく、サラの唇を奪った。
長い間貪るように伯爵はキスをし続け、そしてようやく離れた。けれどもその腕はサラの細い腰をがっしりと掴んだままだ。
サラは押し寄せて来る愛欲に、少しだけ喘いでいた。身体が伯爵を欲するが、心はどこか拒んでいる。そんな複雑な気持ちのまま、伯爵の胸に身を預けた。
「サラ……実はエリザベスとの婚約は破棄してきた」
「え!?」
「結婚してくれ」
「…………」
サラは余りの驚愕に、我を忘れて伯爵の暗い目を覗き込んでいた。
「でも……」
「数々の障害があるのは承知している」と伯爵は穏やかに微笑む。「けれども、自分を偽ることなど、もう出来ない」
「わたし……幸福です。でも!」とサラは顔を毅然と上げた。
「もう少し待って下さいませ」
「いつまでも待つよ」と伯爵は答えた。「君が本当に、イエスと言うまで」
「あなたを愛してはいるんです。でも愛だけでは乗り越えられないものがあることを、以前嫌と言うほど知ったので……それで……」
「分かっている」
そう言うと、伯爵はサラの眼鏡を外し、「サラ。君は可愛い人だね」と囁くなり、再び激しい口付けをした。サラもまた、情熱の赴くままに応えた。
「そしてこれだけは信じて欲しい。わたしもまた、君を愛していると!」
「ええ……信じていますわ」
サラの目から一筋の涙が、宝石のようにこぼれ落ちた。
サラは、愛を成就させるのには、再び異なった困難が目の前に立ち塞がっているのを知っていた。けれども、サラはもう一度運命に挑戦しようと誓ったのだ。
それはかつて愛したジェームズとの誓いを秘めつつも、新たなる愛に生きる為に。どこかに“憩いの場所”があるのを信じて。
終わり
長く続けてきたこの物語を、これで終えるつもりです。今まで読んでくださった方々には、深く御礼申し上げます。ありがとうございました。
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