5
5
キティはゴテゴテと着飾っていたが、小太りの彼女には全然似合っていなかった。集まったのはこの周辺に住む郷士階級の5人の女の子達で、町長の娘のノラ一人だけが、ウェールズ人で、あとは全て少数派のイングランド人だった。
「このレースは全てパリから取り寄せたの。それからこの絹の肩掛けは日本製よ。このスリッパはインドのだしぃ〜、このブローチは新大陸アメリカから」
招かれた5人は、キティのまくし立てる自慢話を、口をポカーンと開けて聞いていた。
「ウェールズなんて、何も無いんですもの。あるのは石炭と魚ぐらいでさ。文化と言ったって、何も無いし。支那(=中国の蔑視的呼び方)や日本の方が、地球の裏側だけどまだましなくらいだわ」とキティが肩をすくめると、
「でも、キティ。支那人から見たら、わたし達が地球の裏側って事になるわよ」
と聡明なローリーがキティをやり込めた。
「あら、そう? そう言えばローリー、あなたのお兄様は今商売で上海に居るんですってね」
「いいえ、香港よ」
「商売の為とは言え、随分奇特な人なのね」
キティの悪意ある冗談に、残りの4人は仕方なく笑って見せた。ローリーが悔しさに唇を噛んだのを、サラは眼鏡の奥から素早く一瞥した。
やがて5人はキティの下手なピアノを聴いて辟易したあと、中庭に出た。下女達が丸テーブルに刺繍の付いたテーブルセンターを広げて、お茶の用意をしていた。
最初しゃちほこばっていた少女達も、段々と興が乗ってくると口々に男の子達の話をし始め、あちこちでクスクス笑いが漏れた。
「ねぇ、キティ。さっきここに来る道すがら、ちょっと会ったあの男の子は誰なのよ?」
「誰ですって? アネット?」
キティにそうあからさまに聞かれ、ししっ鼻でソバカスだらけのアネットは口をすぼめて見せた。
「知らないけど……すんごいイケメンでステキで……でも多分あの服装では……」
「ジェームズでしょう、きっと」とキティは嘲笑を込めて言った。「あいつはここの庭番よ」
キティは無感動につまらなげに答えたが、今までほとんど無口だったサラはドキッとした。
(やっぱり、あの時の柵の側に居たのは……)
「庭番!? でも信じられないほどノーブルだったけど」
「ほんと! あんたって、面食いね。容貌が良ければ誰だっていいって言うわけ、アネット? あいつはウェールズ人としちゃ上出来の方だけど、ああ見えてとんでもないワルだから気をつけるのよ!」
「ま、わたしはあんなタイプ、好みじゃないわ」
とローリーがマフィンを摘みながら言った。
「もっと逞しくて、背が高くて、ジェントルマンでなきゃ」
「ローリーは支那人でなきゃ、誰でもいいんじゃない?」
とキティはさっきのお返しをした。
「でも、綺麗な男の子だったんだもん!」
アネットはあくまでも言い張った。
「もちろん、結婚とかそんなことは馬鹿げているけど、でもあんな子とヒースの茂みの中を歩くのって、すんごいロマンチックじゃない!?」
「あんた、それ以上何を期待しているのよ? そうでしょうね、きっとキスも上手いのよ。あいつ、女たらしだっていう評判だから。あんたもその軽薄な女の内ってわけ?」
ローリーが不愉快そうに、アネットをからかった。
「でも……わたし、あの人に……助けて頂いたの」
突如今まで黙っていたサラが口を開いたので、皆一斉にサラの方を向いた。
「助けた!? ですって? あいつが他人を助けたなんて話、今まで一度だって聞いたことが無いわ!」
キティが肩をそびやかしながら叫んだ。
「何か魂胆があるのよ、きっと」
サラは何か言い返したくなった。今まで感じたことの無い“怒り”が、サラの小さな胸を痛ませた。サラは身を乗り出した。
「でも、わたし今まであの方のこと知らなかったし……向こうもわたしが誰か、知らなかったのよ」
「金をせびられなかった?」
ローリーが今度はビスケットを口に咥えながら、意地悪げに問う。
「そんな! ……あの方はお茶も飲まずに帰ったの」
珍しくサラがむきになったので、キティとローリーは顔を見合わせた。
「あなたもアネットと同じく、面食いなのね。バっカみたい! あんな奴が気に入るなんて、二人ともどうかしているわよ! 第一、あいつはウェールズ人よ。全く釣り合いも取れやしないじゃない!」
「わたしもウェールズ人なんだけど」
と今まで黙っていた、町長の娘のノラ・バロウズが突然口を挟んだ。
「あら、ごめん」とキティはさり気なく言いつくろった。「でもあなたは別よ。大英帝国に忠実なお家柄だもの」
「それはどうかしら……」とノラはお茶を濁した。
「だって、あなたのお兄さんはケンブリッジに行っているじゃないの! きっと紳士になって帰って来るわ。でも、あいつは……」
「彼をお茶に招きたいの!」
このサラの一言は、全員を驚愕させるには充分だった。アネットですら、あやうくソーサーを落としそうになったほどだ。けれども、サラはもう一度、今度はキッパリと言った。
「お茶に招いて、御礼を言いたいのよ。父は反対だけれど、わたしと母は賛成しているし」
どこにこんな大胆さが自分の中にあったのか、とサラ自身が一番驚いていた。
「あいつ、付け上がるわよ」
キティよりもさらに太って背の高い大柄のローリーが、ビスケットの屑を自分のスカートから払いのけながら、そう言った。まるで、その屑が卑しいもののように。
「ちゃんとした家の者なら、あんな奴、お茶になんか招くものですか!」
「まあまあ、いいじゃないの、ローリー。面白くなってきたわね。ね、そうじゃないこと? あなたが誘いにくいのなら、わたしが代わりに言って上げるわよ、サラ。彼をここに呼びつけましょ」
サラは慌てて、何か言おうとしたがキティの冷淡な視線を感じて黙り込んだ。
「言い出したのはあなたじゃないの、サラ」
キティは、サラだけではなく何か言いたそうな全員の口元を手で制すると、侍女を呼ぶ為の呼び鈴を鳴らした。キティは急いでやって来た侍女に、何か耳打ちをしていた。
「直ぐにやって来るわよ、あいつが。見ものだわね」
アネットは両手を握り締め、そしてサラは息を詰めながらその僅かな時間の間、後悔に苛まれて座っていた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。