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ウィル・ドノバン先生は、授業中だというのに押しかけてきたその客の名前を聞いて、飛び上がった。そして生徒達にしばらく自習しているようにと言いつけて、慌てて校長室へと向った。
客とは、なんとレッドフォード伯爵なのだ。サラに何かあったのでは、という怖れで、ドノバン先生の心臓はドキドキと激しく打ち、冷や汗が流れ出た。彼は廊下で一度、ハンカチで額の汗を拭いた。
そして深呼吸すると、校長室のドアをゆっくりと開けた。
レッドフォード伯爵の背の高い背中が見え、それから難しい顔をした校長の視線がホッとした様にドノバン先生を捕らえる。
「あ、やっと来ました。それではわたしはこれで」
と校長は言うと、立ち上がる。
「え?」とドノバン先生は訝しげに立ち止まった。「校長先生が、ご一緒では?」
「いやね、君だけに話があるらしいのだ。それではごゆっくりと、伯爵」
校長はサッサとドアの陰に消え、あとにはドノバン先生と伯爵だけが取り残された。不吉な胸騒ぎがして、ドノバン先生は暫くその場に凍りついたままだ。
「ドノバン先生……」とこちらを向いた伯爵が、静かに言いかけた。「お邪魔でしたでしょうね。まあ、こちらにお掛け下さい」
「あ……はい」
ドノバン先生は居心地が悪そうに、椅子に腰掛けた。
「それで、わたしに何か?」
「サラの……いや、オーウェル先生の居所をご存知かと思いまして」
「え!?」とドノバン先生は息を飲んだ。「オ、オーウェル先生が……どこかへ、でも?」
「そうです」と伯爵は簡潔に答えた。「そのご様子では、ご存じないようですね」
失望が伯爵を暗くした。
「どうしたのです? オーウェル先生は……いらっしゃらないのですか?」
「わたしの責任です」
伯爵はきっぱりとそう答えた。
「言い訳はしません」
「な、何のことだか、僕には……さっぱり」
「オーウェル先生は、突然何処かへ出奔しました。どこへ行ったのか、実は分からないのです。お力を貸して頂きたい」
「出奔した!?」
ドノバン先生は驚愕の余り、眼鏡を落しそうになった。
「なぜ?」
「わたしが、そうさせてしまったようです」
そう答えると、伯爵は目を背けた。その横顔を見つめるドノバン先生の心に、怒りの炎が渦巻いた。
「そうさせてしまった、ですって!? サラは、サラは一体どこに!?」
「サラ!? それでは……」
「サラに求婚しました。まだ確約は出来ませんが、サラは僕の許婚なんですよ!」
ドノバン先生の声は、今にも泣き出しそうに上ずっていた。
レッドフォード伯爵は、自分の“恋敵”をじっと見つめた。
「けれども、オーウェル先生はあなたにも内緒でどこかに行った……」
「確かにそうです」と、ドノバン先生は激情を何とかして抑えようと努力しながら答えた。
「サラは黙って、一人でどこかへ行ったんですね……」
「分かりますか? それがどこか」
「多分……あそこだ」とドノバン先生は静かに答えた。
「どこです?」
「もとの恋人の所でしょう。ショーンの父親の……亡くなった場所、ウェールズのドーセット」
「やはり……」
二人の男達は黙り込んだまま、じっとその場に坐っていた。
「サラはまだ忘れられないんです、昔の恋人を」
とドノバン先生は言った。「それに気付くべきでした」
「それ程愛していたということか……」
「命を賭けていたのでしょう。それにショーンの父親ですから」
「けれども」と伯爵は口を挟んだ。「第二の人生を模索すべきなのです、オーウェル先生は。もっと幸せになるべきなのに!」
「あなたがそんな言葉をお吐きになるとは!」
と、ややイラついたドノバン先生は、この身分の高い恋敵に向って言い放った。
「あなたには、所詮許婚が居られるはずです、気位の高い金持ちのね」
「誤った選択でした」と伯爵も負けずに率直に言って、ドノバン先生を見返す。
「それを今悔いています。けれどもまだ遅くは無い!」
「選択は、サラに任せましょう」
ドノバン先生は、やっと落ち着いて言う事が出来た。
「けれども、僕は彼女を誰にも負けないほど愛しているんです!」
この言葉は、ドノバン先生の意地だった。
「きっと彼女は戻って来ます。僕は待ちます! きっと戻って来るってね」
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