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暫く沈黙が続いた。
「借金はどうしたの? そんな小さな子が借金を負うなんて」
とサラもまたソーサーを置きながら言った。声が微かに震えている。
「ユダヤ人の、金貸しシュタールさんが代わりに全額支払ってくれたのよ。多分、何かを担保にしたのか、それとも誰かが代理人になったのかそれは分からないけど。ジェームズは奉公に出され、毎月返済することにはなっていたけど、今でも払い続けているのか、完済したのかそこまでは、ね。
とにかく、あなたの手術などでわたしもロンドンに滞在していたことが多かったし、他人どころではなかったのも事実だけど」
オーウェル夫人は寂しげに微笑み返した。サラは泣きたくなるのを堪えながら、頷き返した。確かに母はいつもサラの側に居てくれたのだ。ロンドンでも、手術の日にも……。
「そうだったの……。でも例えどんな人であったとしても、お茶に招いてはいけないって事はないでしょう? 少なくとも、あの方はキリスト教徒なのだし、父はもっと酷い人達をお茶に招いた事だってあるじゃない。それが教育者の務めだって、常日頃から言っているのに。……それにここは」
サラは暫く黙っていたが、思い切って切り出した。「もともとあの人達の土地なのよ」
「でも、難しいわね」とオーウェル夫人はため息をついた。
「ジェームズ・エドワースは特別なのよ。お父様はいつだってジェームズを嫌っているの。例え他の卒業生は許せても。
ずっと前だけど、うちの窓ガラスをほとんど割られたことがあったの。主人はそれをジェームズの仕業だと言い張った。それで署長が調べたけど、彼には数人のアリバイがあった。その日はギルフォード家の者の何かのお祝いで、全ての人達がジェームズがその時お屋敷で忙しく立ち働いていたのを見ていたのよ!」
「じゃあ……」とサラは身を乗り出した。
「犯人は別の卒業生だったわ」
婦人は静かに答えると目を伏せた。
「でも、主人はジェームズだと信じているのよ、今でも。けれども一旦は捕まりかかったジェームズは、今でもそのことを恨んでいるはずよ。一時が万事。他にも色々あったけど、あの目は憎しみの目だわ。そう告げている。彼は綺麗だから、尚更そう感じるのかもしれないけれど」
「お父様が居ないときにお誘いしてはだめ?」
とサラは尚も食い下がった。婦人は微かに笑った。皮肉な笑みだ。
「彼がYESと言うかしら?」
「そうね。言わないかも……。でももしもYESと答えたら?」
オーウェル夫人は複雑な眼差しで、我が娘を見つめた。
「サラ、あなたの熱意には負けそうよ。でも、彼はあなたの善意に値するような人間なのかしらね?」
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
ギルフォード家に行く途中、サラはずっと母の言葉を反芻していた。「天使と悪魔」……この二つの相反するものが、ジェームズの中にあると人は言うけれど、“本当”の彼の姿は一体どうなのだろうか? それを突き止めてみたいような気持ちが動くのは、一体なぜ?
秋の日差しが馬車に斜めに入って来て、キティの誕生日は珍しく良い日和だった。
ちょうど馬車がギルフォード邸内に差し掛かったとき、生垣に一人の若者が下女の腰に手を廻して何か笑いながらじゃれ合っているのが見えた。馬車はその直ぐ横を素通りし、若者はパッと顔を上げて見慣れぬ馬車を見上げた。
キッとした目付きのその顔は怖いぐらいだったが、誰もが振り返りたくなるような非凡な美しさに満ちている。けれども相手の下女は、どちらかと言うと醜女だった。
サラはさっと顔を背けると、馬車の中に身体を沈めた。見てはいけないものを見てしまったような苛立ちを覚えたからだったが。
ジェームズは下女の額に軽くキスをすると、又何か耳元に囁いている。全ては一瞬の出来事だった。
サラには、ジェームズが自分を見つけたかどうか定かではなかったが、心臓が激しく打ち、全身の血がカッと頭に上った。彼女は下を向いたまま、玄関口に横付けされるまで顔を上げることすら出来なかった。後悔と、そして妙な艶かしさの両方を感じて、ひどく狼狽してしまったのだ。
ジェームズは、忘れもしないサラの丸い眼鏡を見た瞬間、腹立たしい思いで全身を硬直させた。けれどもそ知らぬふりをする芝居はお手の物だった。
(ふん! 何てことだ! サラ・オーウェルがやって来たとは! 今までここには来なかったはずなのに。あのバカ娘のキティの誕生会に呼ばれたのか)
ジェームズは思わせぶりに下女にキスをしたあと、直ぐに離れた。
「ああ、マーガレット。俺、仕事があるんだ。じゃーね」
不服そうな下女に振り返りもせず、ジェームズは森の中に消えた。
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