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 サラ・オーウェルは、キティ・ギルフォードの16歳の誕生会に行くことにした。毎年誕生会に招いてもいつもは断るサラが、今回はやって来るというので、キティは驚いてその返事を穴の開くほど見つめた。
 サラはキティが嫌いで、二人は今まで大した口をきいた事が無い。ただし、共通点は唯一つ。それは郷士ジェントリー階級のイングランド人であるということぐらいだった。

 ドーセットにはイングランド人は一割ほどしか居なかったが、全て田舎の上流階級を形作っていた。けれどもサラの家はその中では、最も低い階級の方だった。
 キティは高慢ちきでお喋りで、サラとは気が合うはずがない。それでもサラは今まで一度だって訪問したことのないギルフォード家に出向くことに決めた。サラは、ジェームズがギルフォード家の庭番兼下男のような仕事をしているのを知っていたからだ。実際に、ギルフォード家には大勢の下男下女達が住んでいた。
 オーウェル夫人には、サラがギルフォード家に初めて行く理由を、うすうす感づいていた。けれども運のいいことに、その日夫はカーディフに泊まりで出かける予定になっていた。

 サラにとっても、広大なギルフォード家の館や庭で、ジェームズに偶然会えるとは思っていなかったが、少しでも彼の近くに行きたいという願望を止めることは出来なかった。あの時のジェームズの瞳は忘れがたく、そしてその声音が嘘を付いているようには思えなかったのだ。
 少なくとも、ジェームズは、自分が誰か分からない内は親切だったし、心から心配していたのだ。けれどもサラが名前を名乗った途端に、ジェームズの表情はガラリと変わった。ちょうど天使がくるりと振り返ると、恐ろしいサタンへと変化したように。
 そういう事実を目の当たりにしても、初心なサラの願望は衰えるどころか、日増しに募っていったのだ。

 けれどもジェームズに関する噂の数々は確かに悪く、父の言った通り、彼が善人であるといった類の事柄はほとんど無かった。
 町のくずどもとの付き合い、娼館に出入りし、大酒飲みで、女たらしで、ギルフォード邸の下女達に見境無く手を付けているという。けれども逆に、女達がジェームズのお尻を追っ駆けまわしているのだという噂もあった。
 もっと酷いのは、6年前にはギルフォード家の納屋に火を付けて、牢にぶち込まれたこともあると言うのだ。粉屋の粉にガラス片が混じっていたのも、多分ジェームズの仕業だろうと喧伝されていた。証拠は無いが彼以外には考えられないと言うし、自分がロンドンの病院に居たときにこの校長の屋敷の一階の窓ガラスを割ったのも、多分彼だろうと言われていた。
 時にはこっそりと博打も打ち、たった一人の妹は辺鄙な修道院に放りっぱなしだと言う。

 よくもこれだけ悪評があるとは、サラにも驚きだった。そして一様に、
「あの一見天使の様な顔をしていながら……」と言うのが、皆の一致した意見だった。
「見かけと中身が違ういい例だ。腹の中は腐っている」とも……。

「でも、昔はあんなに酷くは無かったわ」
 オーウェル夫人だけが、彼を弁護した。お茶の時間がゆったりと流れているときだった。
「そうなの?」とサラはさり気なく聞く。
「小学校ではね、まるで女の子のようだったの。見かけだけは、少なくとも……類稀な可愛い天使の様だった。毎日きちんと出席していたし、どこか変わった所があったけれどごく普通の子で、それに頭も良かったのよ。卒業したときには、“銀賞”をもらったわ。でもあの子はそのメダルを川に捨てたのよ!」

 サラの紅茶のソーサーを持つ手が少し震えた。
「どうして……そんなことを」
「さあ、なぜでしょうね」
「でも、それが今みたいになったのはどうしてかしら?」
「多分」とオーウェル夫人は遠い所を見る目付きになった。
「それは、一度に両親を亡くしたせいでしょうね。ジェームズが11歳の時だったかしら? カーディフに商用で出かけていた両親の馬車が、嵐の中、川に転落……。数日後、両親の遺体が随分下流で見つかり、引き上げられた遺体がドーセットに運ばれたその日……あの子は呆然とまるで幽霊のように岸辺に突っ立ったままで。
 それからあの子の顔から天使のような微笑が消えてしまったの」

「何て悲惨な出来事なのかしら!?」
とサラは手を口元に当てた。
「そうね、確かに悲惨だったわ、特に小さい子供にとっては。でもそれだけじゃあなかったのよ」
 オーウェル夫人は、ソーサーをテーブルに置いた。

「両親は実は新しい事業の為に、膨大な負債を負っていて、遠くの親戚達がわざわざやって来ては、家や家具などを全て競売にふしたの。それでも幾らかの借金が残ってしまい、親戚達は二人を置いて逃げ出したのよ。誰一人、二人を引き取る人は居なかったわ。今から考えるとひどいものね。ウェールズ人は、ここぞと言うときには、弱虫なのよ! あの時、妹のメアリーはまだ5、6歳だったと思うわ」
 何も知らなかった……。サラは丸い度の強い眼鏡の奥の目を伏せた。


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