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「ねぇ、ママ……僕のお父さんってどんな人だったの?」
これから寝ようと言うその時に、パジャマ姿のショーンが突然言い出したので、サラは欠伸を引っ込めた。と言うか、欠伸もどこかにすっ飛んで行ったのだ。
とうとうきたか……そんな気持ちだった。
ショーンはジェームズを知らない。そして、知らなくてもいい振りをずっとしてきていたのを、サラは感付いていた。
けれども今晩は余程の事があったのか、それともショーンがそれだけ成長してしまったのか、この11歳の息子は真剣な目付きで母であるサラをじっと瞬きもせず見つめているのだ。
「どうして、急に……そんなこと聞くの、ショーン? 今日何かあったのね。頭の怪我の事だって、その事と関係があるんでしょう?」
ショーンは黙ったまま、俯く。そして意を決したように、頭を上げた。
「ママ、バスタード(=私生児)って何? リチャードもお父さんが居ないけれど、でもバスタードなんて言われないよ。そう言われるのは僕だけなんだ」
「リチャードのお父さんは、病気で亡くなったからよ。でも……」
サラは言葉に詰って、ソファに座り込んだ。
「それに僕はどうしてお父さんの姓を名乗れないの? ママ、お父さん嫌い?」
「まさか! 大好きだったわ! だからあなたが生まれたんじゃないの。それにその声も、きっとお父さんから頂いた賜物なのよ」
「じゃ、なぜ?」
「それはね」
そう言うと、サラは覚悟をきめ、ショーンを手招いた。母のサラから見ても、本当に可愛い少年だ。ジェームズには無かった穏やかな眼差しが、夜の闇にも負けずに輝いている。サラの宝物、そしてサラの命なのだ。
ショーンはおとなしくサラの横に座った。サラはゆっくりと、噛んで含めるように述べた。
「お父さんと、そしてわたしは、正式には、結婚していなかったからよ、ショーン」
「正式には……?」
「分かる? お父さんとわたしが結婚する事を、あなたのお祖母さんやお祖父さんは許さなかったの」
「なぜ? お父さんは、罪人だって言うの、ほんとなの?」
「会った時には罪人ではなかったわ。でもその後色々な事が起こってしまって、わたし達は……」
ふいにジェームズの独特の瞳の色と、そして微笑が脳裏に浮かんだ。今でも恋しい! 側に居てくれたら、と切に思う。けれどもそれは到底叶えられない夢に過ぎないのだ。
「余りに複雑なので、何と言っていいのか……」
「お父さんってどういう姿だったの? 僕に似ている?」
「写真一枚撮る暇もなかったわ。でも、実は絵を持っているのよ。デッサンだけど、お父さんのお友達のニッキーって言う人が、数年前思い出しながら描いてくれたものを、わたしに送ってきて下さったの。ニッキーって、あんなに絵が上手だったなんて」
「どうして黙っていたの!?」とショーンは叫んだ。
「だって、あなたはまだ小さかったんですもの!」
「見せて! ねぇ、見せてよ〜、ママ!」とショーンはサラを揺らした。「僕、見たいんだよ。僕のパパになる人だったんだもの。絶対に見たい!」
サラは黙って立ち上がると、鍵を掛けてあった引き出しを開け、そこから幾重にも折り畳まれた粗末な紙片を差し出した。
「ごめんなさいね、ショーン。これがあなたのお父様……ジェームズ・クライブ・エドワーズの絵姿」
ショーンはおずおずとその紙片を開けてみた。鉛筆で描かれた一人の若い男の半身……それがショーンの父、ジェームズの似顔絵だった。その顔は半分横向きでこちらを向き、大きな瞳を見開いて、じっとショーンを見つめている。
「これが、パパ……」
「そう、あなたのお父様」
「こんな風だった?」
「よく似ているわよ。上手く描けている。これを見る度に、想い出すわ……」
「パパって、とってもハンサムだ」
「ええ、そうよ。そして、わたしを愛してくれた。その為に、死んだような気がするの」
「罪人じゃないよね」
「もちろんよ! 無実の罪だったの。そしてあなたが生まれるのを期待していた。喜んでいたのよ」
ショーンは黙ってその紙片を大切そうに折り畳んだ。
「分かったよ。愛していたけど、ちゃんと結婚できなかった。そして生まれた子供を、私生児って言うんだね」
「そう」
サラの胸に、錐で突かれた様な痛みが走った。
そうだったのか! ショーンは苛められていたのだ。自分が知らぬ間に、「私生児」と言いはやされていたのだ。そして傷まで付けられた。けれども母親を心配させないために、今まで黙っていたのだ。
「ステキなお父さんでよかったよ、僕」とショーンの快活な声がした。「そしてこの声をくれた人なんだね。今度の『レクイエム』は、お父さんに捧げるよ。頑張って歌うから、見に来てね、ママ」
そう言うと、ショーンは頬に涙を落としているサラの首に、両手を廻して抱きついた。そして「お休み」と言うと、自室のベッドに向かった。
その背中、歩き方がジェームズに益々似て来たのを察したサラは、これ以上泣かない為に唇を噛んだ。そしてもう一度、ジェームズの絵を見つめて、静かに言いかけた。
「今でも愛しているわ、ジェームズ。そしていい子をくれて有難う。あの子はわたしとあなたの誇りなのよ!」
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