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ジェームズは天井の薄汚れた染みを見上げながら、考え込んでいた。
(どうせ盗るなら、あの粉屋がいいかもしれない。あいつら、散々俺をこき使いやがって、そのくせ給金はほとんどくれなかったし残り物ばかり食わせやがったからな。それとも、あのオーウェル校長の家から? あるいはいっそのこと、この娼館からは? ハハハ! まあ、無理だな、あのフロレンスからは。……あの忌々しいギルフォード邸には、俺は勝手に入ってはいけないことになっているし、何しろ人目に付き過ぎる。全く盗れそうでいて、いざとなると難しいものだ)
小銭ぐらいだと、どこからでもちょろまかすことは出来るだろうが、今回はある程度の金銭が必要だった。ジェームズはため息をついた。
服を着て、階下のしけたロビーで、安物のお茶を飲んでいると、逞しい体躯のドリューがやっと2階から現れた。ドリューは精悍な面構えの石工なのだ。ハンサムではないが、どことなく女心を引き付ける若者だった。
ジェームズは小柄なボブとドリューの中間に当たる体格で、中肉中背だ。ドリューも所詮はボブのダチの一人で、それで知り合った仲なのだ。
二人は目配せして店を出た。ドリューは表に出ると、大欠伸をした。
「ああ、す〜っとしたぜ。何しろ女は久しぶりだからなぁ」
ジェームズは小声で、ドリューの肘を突いた。
「女もいいが、それよりもあの話は?」
「いいか、ジェームズ」と、途端にドリューは欠伸の顔を引き締め、静かな声になった。
「今回のことはちょっと無理だぜ。気持ちは分かるけどさ。少しくらいなら間抜けな奴らからくすねられるけど、大金となるとさぁ。銀行の警備は堅いからなぁ」
「ちぇっ! この計画から下りたいってか?」
「いや、そうじゃないよ! つまり……今回失敗したら、お前だってどうなるか分かるだろう? 下手すると鞭で打たれるだけじゃすまねぇ。オーストラリアに流刑になるかも……」
ジェームズは軽蔑したようにドリューに一瞥を与えると、ポーンと石を蹴った。
「怖いんだな、ドリュー」
「いや、怖いって言ってんじゃねぇぞ。だがヤバいって気がする。……ほんとうだぜ、ジェームズ。怖くて言ってんじゃねぇぜ。怖かったら、ずっと前、あの粉屋の粉にガラスの破片なんぞを混ぜたりはしなかったし、校長のとこの窓ガラスだって、割らなかった。でも、今回は違う。盗みだぜ。大金の」
「だが、俺はその大金が必要なんだよ!」
ドリューは少し立ち止まり、とがめるような視線をジェームズに送った。
「それに……ボブだって、このこと知って喜ぶかよ?」
ジェームズはさっと振り返り、この上なく冷淡な視線をドリューに浴びせた。こんな時のジェームズは、堕天使ルシファーの化身のように見える。
「お前、まさかボブには……」
「と、とんでもない。言ってないよ! 口が裂けても言わないぜ。だってボブが聞いたら悲しむよ、あいつ、きっと、悲しむ……。自分の為に、そんなことして欲しくないって」
「自分の為に……か。あいつはそんな奴だ」
ジェームズの声は自暴自棄に響く。そして彼は今度はドリューの首根っこの襟を掴んだ。
「じゃあ、あのサラ・オーウェルの場合は? あいつのオヤジがやったことは、所詮盗みじゃないか。いやいや、盗みよりも酷いぜ。あいつは人間を売ったんだよ。俺を売ったんだ! 俺の人生を目茶目茶にした! でも何の罰も受けては居ない。あのサラは今、ピンピンしている。あの醜い丸い眼鏡を掛けるとな、目もかなり良くなったそうだ。そして俺に、サラの母親は『お茶はどうですか?』なんて、暢気な事を言うんだ。何てことだよ!」
ジェームズはもう一度、道端の石を今度はもっと強く蹴った。
「お前が辛いことは分かるけど……でももう済んだことじゃないか。もちろん、心の中じゃ、一生許せないとは思うけど、あのサラには何の罪もないよ。オヤジさんだって、そのことで苦しんでいるかもしれないし」
「何だって!? お前、本気でそう思ってるのか? ドリュー、お前は本当にお人よしだな! 俺はそうは思えない!」
ジェームズは怒気を含んだ大声を激烈に上げた。
「あんな奴がその事で後悔したり苦しんでいるなんて、笑わせるなよ!」
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