4
4
どこからか小鳥の鳴き声がする昼下がり、ドリューとメアリーは未だにお茶という口実で座り続けていた。
「何だか……ここに居ると落ち着きますわね。今まで、お屋敷の中で様々な人達やご家族にいつも見張られているような生活でしたもの。だからかしら……。それじゃ、今晩はこちらで一泊させて頂きますわ」
「有難う! 有難う、ミス・エドワーズ!」
とドリューは心から嬉しそうに言った。
「いいえ、メアリーと呼んでくださいな」
「それじゃ……メアリー、夕食までまだ間がありますから、ちょっと休まれたらどうですか? 二階にその部屋があるし、徒弟に荷物を運ばせますよ」
「そうね、そうします。本当は少し疲れていたんです、わたし」
メアリーはいつものように自意識が薄れると、ホッとしてつい本音を出した。
ドリューはアンドリューに、メアリーのカバンを持たせ、客間に案内するように命じた。メアリーを案内し終わって、戻って来たアンドリューは、へらへら笑いながら、再び石工用の前掛けを掛けながら言った。
「ほらぁ、美人だって言ったでしょう、親方。ねぇ、あの人誰ですか? 洗練されてて、香水の匂いがほのかに香り、う〜ん、たまんねぇなぁ! 親方も隅に置けないよなぁ〜。あんな人を知っていたなんて。だから今まで嫁さんをとらなかったんでしょ?」
「るせぇ!」とドリューは怒鳴った。けれどもその顔は、声とは反対ににやけている。
「お前がまだチビだった時の、俺の友達の妹さんなんだ。コーンウォールに暫く居たらしい。いいか! 失礼な事はするなよ!」
「合点!」とアンドリューはウインクした。「で、夕食はどうします?」
「そうさな〜。肉屋に行って、今日一番のローストビーフを買って来い! それとパンと一級のワインも」
「へぇ、ワイン!? 久しぶりですね、親方」
「つべこべ言わずに、早く行け!」
言い付かったアンドリューはへらへら笑いながらも、楽しそうにすっ飛んで行った。
ドリューは徒弟の背中を目で追いながら、そっと二階を見上げた。
― ジェームズ……お前の妹さんって、あんな人だったのか。道理で宝物のように囲っていたんだな。悪いやつめ! けど、お前が生きて居たらな……あの妹さんを、見ることが出来て、多分喜んだだろうに。
微笑んだドリューの頬に一粒の涙がこぼれ落ちた。
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
メアリーは質素だが清潔な客間のベッドにごろんと横になった。革靴を脱ぐと、足首が少し痛い。足を揉みながら、将来の不安に幾らかめげてはいたが、今日始めて会ったドリュー・シーモアに好ましい印象を覚えていた。
生前の兄は、ドリューの事を少しだけメアリーに書いていた。今ではメアリーはその兄の手紙を破り捨ててしまったことを、深く後悔していた。文面は余り覚えては居ない。
けれどもその中に、ドリューという信頼できる人物が居るから頼るように……ということは確かにあったようだ。
同封されていたかなりの大金は、怪訝な顔をしたままのシスター・ルースに叩きつける様に預けて来た。そして兄の死後、そのシスターから送られたお金を、何かの缶に入れたまま、8年間放りっぱなしにしていたのだ。
けれどもコーンウォールのお屋敷を去る少し前、メアリーは封印されていたお金を引き出した。クシャクシャになった札を手に取ると、なぜか生前の兄の面影が目に見えるように浮かび、号泣したのをついこの間のように思い出した。
なぜ今まで素直になれなかったのか、それは今更反省すら出来ないが、せめて兄の思いを、そして遺した物の思いを推し量るべきだったのだ。
その時、メアリーは兄に対する怨念を、涙と共に洗い流した。恨みつらみは、苦い涙となって、何処かへ消えた。そして初めて、メアリーは新しい一歩を踏み出そうと決心したのだ。
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
その数日前、メアリーはその家の次男であるマイケルから、自分の愛人にならないか、と提案されたのだ。町に一軒の家と、そして不自由しないだけの額のお金を毎月与えるというのだ。
けれども、数ヶ月前、レイプ同然に犯された自分に対するそのような扱いは、到底愛から出ているとは思えなかった。
マイケルは「愛している。妻を娶っても、いつまでも側に居て欲しい」とまで言ったが、メアリーの誇り高い心は傷つきこそすれ、少しも嬉しくはなかった。
「それは、ニセモノの愛だわ!」とメアリーは叫んだ。「わたし、ここを出て行きます。もうここに居る理由も何も無いんですもの!」
「僕を愛してはいないのか、メアリー!?」とマイケルは両腕でメアリーの肩を掴んだ。
「ええ……わたし、あなたを愛してはいませんもの」
「そうか」
そう苦々しく言うとマイケルは腕を放した。
「それじゃ、勝手にどこかに出て行きたまえ! たった一人の娘っこが、それも死刑囚の妹がどこでどう生きていけるのか……それを知りたいものだな!」
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
マイケルのお情けにすがらなくて良かった……と今更ながらメアリーは思う。
ベッドに寝転がっていると、少し開け放たれた窓から小鳥達の声が、涼やかに聞こえて来る。メアリーは言い知れない悔しさに涙で枕を濡らしながら、その内にうとうとと転寝をしてしまった。けれどもそれは、初めて感じるほど心地良い感触であり、その中にいつまでも漂っていた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。