運命〜出会いは雨〜 1
BLIND+LOVE
運命〜出会いは雨〜
1
サラは忘れることが出来なかった、あの瞳を……。
薄紫でもの問いたげで、なおかつ意思の輝きを秘めた瞳。その瞳でじっと見つめられたとき、サラは生まれて初めて、激しく艶かしい動揺を味わった。それが初恋だと分かるまで、数日は経っていた。
自室の曇りガラスに付いた露を手で拭い、じっと外を見つめつつ、今更ながらあの瞳の色、アメジストのような色を思い出し、そして自分に光が戻ったことを再び感謝した。
「生きているって良いことだった。神様、ありがとう! だからもう一度あの人に会わせて下さい。これは贅沢なお願いなんですか?」
恐らく光を再び得て見る事が出来た中でも、最も美しい“色彩”が、あの瞳の色だった。ブルーでもなく、グレーでもない、アクアマリンでもない。そうだ、ちょうどアメジストのようだったのかも……と、眼鏡をかけた小柄なサラはそう思い出す。
もしも再び会うことができたときには、確かに、もっとあの瞳を見つめることが出来るかもしれない。もっと長く、真剣に……。
カーディフから西へ馬車で三時間余りの、どうにも冴えない一つの町がドーセットである。
郊外にはローマ時代からの古い遺跡がある。何かの祭壇の跡なのだろうか? 渦巻き文様がその遺跡の石壁に掘り込まれてあった。長い風雪にその文様も幾らか薄れてはいたが、そこはドルイド教の寺院跡の遺跡だという説が、流布されていた。それほど古い遺跡と同じように、ドーセットも古い町だった。
そのドーセットの北にある小学校の直ぐ脇の官舎に、サラとその一家が住んでいた。
サラの父は校長で、レスターからやって来た生粋のイングランド人だった。彼は普段は表向き、温厚な人柄だと知られていた人物だったが、本心は冷酷で厳しかった。けれどもサラだけは溺愛していたのだ……と少なくともその日までサラは思い込んでいた。
けれどもあの雨の日、サラがアメジスト色の瞳の若者に抱かれるようにして、家に戻って来た時、父がなぜあんなにも顔色を変えてしまったのか、サラには理解できなかった。恐らく相手が気に入らなかったのかもしれない。父はその若者を見ると、怒りを露わにしたのだ。
「お嬢さんが……」と相手もやっとの思いで言い始めた。「お嬢さんが雨の中、泥だらけになって道端に倒れこんでいたのです」
彼は連れて来た理由を述べた。その途端、サラの父オーウェル校長はその場で卒倒するのではないかと言うほど、顔面蒼白になった。その場にはオーウェル夫人も座っていた。
「校長先生。俺はジェームズです。ジェームズ・エドワーズ。お久しぶりです」
とジェームズはこの辺りでは当たり前すぎるほど、平凡な名前を告げた。年の頃は22か23くらいに見えた。この辺り特有の英語の訛り、特有の顔立ち……。けれどもどこか違っている。それが何かは分からなかったものの、サラはただシクシク泣いているだけだった。泥跳ねにまみれ、眼鏡の片方のレンズは割れており、赤毛の髪はクシャクシャだった。
「ど、どうしたんだ、サラ!?」
珍しくうろたえた様な父の声がする。
「アン・マリーと喧嘩して、それから別れて、家を飛び出して一人で帰ろうとして……それから……」
サラが途切れ途切れに答えると、
「一人で帰ろうとしてだって!? 何と馬鹿なことを!」と罵声に近い声が飛んだ。
「じゃ俺はこれで」とジェームズは素っ気無く言って、戻ろうとした。
「エドワーズさん、お茶でも……」
「いえ、結構です、奥さん」とジェームズは、おずおずと申し入れたオーウェル夫人にきっぱりと断りを入れた。その時オーウェル夫人は、この若者の水滴に濡れてはいるがそれでも際立った美しさに見とれていたのだが、ハッとして何かに気付いた。
「エドワーズ……エドワーズ? 以前あなたは確か、ここの……」
「失礼、奥さん。それじゃ、お大事に」
全てを言わせず、ジェームズはピシャリと言ってのけると、さっと踵を返した。一秒でもここには居たくはないといった様子だった。
夫人は今やはっきりと思い出していた。
あれはもう10年近く昔のことだ。卒業式の日、ジェームズ・M・エドワーズは途中から抜け出し、とうとう式には戻って来なかったのだ!
13歳だったジェームズは印象的な生徒だった。繊細で美しく、頭も良かった。何もしないのに人目を引くといったタイプの少年だったが、言動もひどく変ってはいた。
今目の前のジェームズは、昔の面影を引きずり、成長しても相変わらず人目を引いてはいるが、本人はそのことを毛嫌いしているような不貞腐れた趣が漂っていた。
「あの」と言いかける夫人を無視すると、ジェームズは雨の中、スタスタと荷馬車に乗り込み、後も振り返らずに去って行った。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。