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おかえりなさい、賢者さま

「折角この世界で動き回れる身体を仕入れたと思ったのに、まさか一刻過ごさずに喪う様な目に逢うとは思わなかったぞ、ネェツアーク。いや、ウサギの賢者」

再び鷲のイグの趾に掴まり旧領主邸に向かうウサギの賢者の胸元から、蝙蝠が小さな頭を出しながら言う。


「いやあ、暴君に正に一矢報いたね、うん。

尻尾がちょっぴり焦げちゃったけれど、ワシ的には満足。

それに、仮面の持ち主も、貴方の器もこれで本当の意味で"(さと)った"様じゃないですか」

「ええ、それは否定出来ませんな」



―――ウサギの賢者の"イタズラ"で、ダガーとアプリコットが俗に言う"接吻"を交わした次の瞬間。


ウサギの賢者の胸元から蝙蝠は何となく顔を出していて、その情景を確認する。


"旦那様、最後の"心配"が杞憂に終わりましたよ"


自分の器とされる存在が、胸の内で小さく呟き、安堵して、その内側はから消え"空"になる。

もはや、この世界にいなければという執着というが、完璧に消えていた。


そして器と自分が、完全に納まったのをバアルゼブルが体感した瞬間に一発の銃声が、ロブロウの渓谷に轟き、ウサギの賢者は直ぐに発生元の方を見上げた。


『シュト!』

『わ、わりい、その王様と領主様がっ、そのえっと』

『俗に言う"キス"でしょうね。今も継続中ですが』

『鎌鼬が急に消えたと思ったら、こんな事をしておったのか』

『ゲコ!』


通信機越しだと判る高所の上にいる一行の声が、先程仮面を取り出したからダガーの胸元から漏れた。

ただ、そんな声を聴きながら、ウサギの賢者の胸元から再び主の器となる少年の金色の髪が靡き、12枚の羽根を、バアルゼブルが見上げる時、自分の器となった人の最期の声が響いた。


"浄らかな河のほとりと樹の木陰の涼しい場所に座って瞑想に入ると次第に求める思想が明らかになってきて、"暁の明星の輝き"を見た刹那、ついに覚りを開いて、旅人となる。

旦那様、カリン奥様、お待たせしました、ただいま参ります。

それでは、貴方様も"主"であるお方と、再会できますように"


「ああ、何が何でも御迎えできる様に努めよう」


蝙蝠が星の輝きを秘めた少年を、ウサギの賢者の胸元から再び見上げそう"約束"をした時、再びイグがやって来て、それこそ獲物を拐うように掴んで飛んで行きます。

何せ、アプリコットが嘴の形をした炎をウサギの賢者に向かって放っていましたから。




「ただ、貴方の国の王様に一矢報いたという表現には、語弊がある様な気がしますな。

孫娘殿の方が怒って、迦楼羅炎でもって賢者殿の尻尾を焦がす魔法を使われたわけですから」


「いいの~。それにうちの王様は何やかんやで、役割とか役目に追われて、いつも自分の気持ちは後回しに考えるタイプだからね~。

何か強烈なきっかけでも作らないと、アプリコット殿も含めて"これから先"が意識しにくい。

アプリコット殿も何やかんやで、性格は兎も角、自分の事は後回しの苦労性タイプは似ているからね。

あと、ウサギにしろ老獪にしろ2人の賢者とここまで深く縁があった人物も、この世界では何気に珍しい。

20年前の縁も含めて、これはもう初めてのチュウを友人として~」

「詭弁と屁理屈の合わせ技ですな」

蝙蝠がばっさりとウサギの賢者の言葉を切り捨てた所で、イグに掴まれて関所を上空から通り抜けようとする。



「―――さて、色々"歪めて"いた物を戻しましょうかね」

そう言ってウサギの賢者が銀色の仮面を取り出す。


「儂が出てきたことや、異国の神を招いた事、それに落雷の為に、随分と時間の流れがおかしくなっておりますなあ」


蝙蝠がウサギの賢者の胸元のから、曇天を見上げてそんなことを口にする。


「もし、厚い雲がなかったら、人は空を見て混乱するでしょう」


"時間の流れる速度の感じ方"をこの世界に器に納まり存在を定着させた事により、人並みの物が判る様になった異国の神様は、ウサギの賢者の胸元から曇天を見上げてそう言う。


「正直に言って、時間の流れ弄らないと、地図の経路や関所を無視して、"直線"でやってこれるダガーにしても、ロブロウに辿り着くまでの時間には多少無理がありますからね。

で"今の時間"は、浚渫の儀式を行った日にちの"夕刻"位が妥当だろうね」


フンフンと鼻を動かしながら銀色の仮面に貯めている魔力と、浚渫の儀式で招いた神々が訪れた事で起こった歪みの度合いをウサギの賢者は計測していると、胸元から蝙蝠は姿をだした。


「そうですな。さて、それでは儂は歪んでいるうちに、旅立ちましょう。その方が、距離を稼げそうです」


「"絵本"を、追いますか?バアルゼブル殿」

賢者が尋ねると蝙蝠はゆっくりと頷く。


「ええ、今一度、絵本に記されている"己"と向き逢い、ルシフェル様の心を捜そうと思う」


バアルゼブルの決意は定まっているようなので、賢者は餞別代わりに世界の事情を贈る事にする。


「地図によれば、ロブロウの渓流はやがて海へ、潮の流れは"南"に向かっています。

恐らくは海上を捜すより、南国に漂着(ドリフト)してから捜した方が効率はいい。

南国には、蝙蝠も沢山いますから色々動きやすいでしょう。

かつて地獄ならぬ、"悪魔の宰相アングレカム・パドリック"が無血でセリサンセウムの植民地にして、2年で返還した国です。

アルセンに見せてもらった、お父上の回顧録には、原住の方々の気性も明るく緩やかで、戦うことを好みません。

戦士はいるけれど、軍隊という物がないために、他所の国に狙われる事も多かったけれど、悪魔の宰相殿は色々と手引きしたらしい。

まあ、何より特筆されていたのは、"御老人"が元気な土地柄らしい」


"老人が元気"という言葉に、蝙蝠は笑って上半身だけをコートの内側から身を出した。


「蝙蝠がいて老人が元気か、絵本を探しさらにルシフェル様の居場所を研鑽(けんさん)するには、この姿を選んだ儂には丁度良い土地柄みたいだな。

それでは、ウサギの賢者。

アルス殿がお主の護衛騎士であるなら、再び出会う事もあるかもしれない、達者でな」


翼と連なる腕を広げて風を受け、今にも飛ぼうとした時、思い出した様に付け加える。


「ああ、そうだ、あの氷の女神を納めている蒼玉(サファイア)は街道の舞台の隅に落ちてある。

どういった経緯で、マイトレイヤー殿の使い魔の様な行動をとっておるかは知らないが、随分となついているみたいだから、早く戻してやると良い。

それにこの跡に向かうという、賢者が人の"ネェツアーク・サクスフォーン"としての因縁も、根深く大変そうだ。

闇の精霊の"嫌われる"部分をあそこまで使えるのも、珍しいが危険だ。

くたばらんとは思うが気を付けるに越した事はないだろうな。

それではな―――」

そう言うと、ウサギの賢者のコートの縁を蹴り、翼に風圧を受けて一気に上昇したなら歪む曇天の空へと 通常の蝙蝠では有り得ない速度で飛んでいった。


「ケエ……」

蝙蝠の気配が消えた時、イグが速度を落とさずにウサギの賢者を運びつつ、幾分か心配そうな声を出す。


鷲は氷の女神というのが、大切な法王ロッツの側にいる存在だというのは判ったから、聞きなれない名前で呼ばれた事に不安を抱いているのが賢者にも判った。


「うん、そう、マイトレイヤーはロッツ君の事だよ」

とりあえず、イグの一番の不安を解消するべく賢者は答えた。


「色んな事があるけれど、ワシもね賢者として人との世界と、さっきの蝙蝠の姿になっておられる存在とか、辻褄合わせがまだ出来ていない。

でも必ず合わせて見せるからね、だから、これは内緒にしておいてね。

それが出来たなら決して、イグさんの大切なロッツ君も、ロッツ君の大事である女の子にも、悲しい想いにはさせないようにするからね」


「ケエ!」

ウサギの賢者が動物を好きな事と、鷲のイグも前に賢者が襲ったにも関わらず、助けて貰った事もあるので信頼を込めた鳴き声をあげた。


そして岩壁を掘り、くり貫いたロブロウの関所を越えた時に、長い耳に聞きなれた"テレパシー"を風の精霊が運んでくる。


《誰か、王都から入らした方、聞こえませんか》


「んん?テレパシーでも、上品で知的だけど天然を兼ね備えているのは?」

モフリとした顎というよりも、喉の様な部分に手を当て考えてつつ、上空通り過ぎた関所を改めて見たなら、大きな鉄の門は閉められていて、思い返してみたなら、"ロブロウの外"からの鉄の扉も閉じられていた。


「ケエ!」

「そうだね、風の精霊が運んできたのはリコさんの声だね。

とりあえず仮面の魔力は保留にしておいて、イグさん、理由はしれないけれど、人目につかない森に1人でいる"護衛騎士"に戻ったお姉さんの元へと行こうか」


「ケエ!」

鷲が急降下を始めたなら、木々の間から銀髪の美女が青い縁の眼鏡をかけている姿が、直ぐに賢者の視界に入る。



「"ウサギの賢者殿"に、イグ?!良かった、元に戻れる事が出来たのですねって……きゃっ!」

ネェツアークが"ウサギ"の姿に戻っているという事で、儀式は首尾良く終わったのだとリコは心の底から安堵するのだが、それはウサギの賢者が落下する事で瞬く間に驚きに変わる。


「ナーイスキャッチ、リコさん。あ、でもワシは、アルセンに御説教をうけちゃうかな」


今回、イグは親しいリコリスが相手という事で、いつも荷物を運ぶ時の様に"ウサギの賢者(荷物)"を、彼女の胸元に落とした為にやむを得ず"抱っこ"という形となっていた。


「ど、どうしてそこでアルセン様の御名前が出てくるんですか?あれ、どうして尻尾が焦げているんですか?」

「動揺しながらも、モフってるリコさんを尊敬するよ」


いつもの挨拶もそこそこに、賢者と治癒術師は互いの状況を報告、確認する。

現状として、儀式の方は何事もなくという訳にはいかないが終了し、仕上げの報告を留守を頼んでいた前領主で"御館様"であるバン・ビネガーにするのみ―――の筈だった。


「やれやれ、"紫の紙飛行機の大群"ときたか。執念深いなあ、もう」


リコから"正体不明"と前置きされておきながらも、ウサギの賢者はその話で直ぐにその正体を掌握していた。

フワフワとした茶色の毛並みの額に、見事な縦の波を作り、ぬいぐるみの様な短い腕を組んでいる所に、リコは更に説明を続ける。


「はい、今でも結構な数が、西の方向、旧領主邸の飛んでいっているのを目撃しました。

私はロブロウの領民の方々で、儀式の手伝いに来られた方の殆どは関所に留まっている様にと、先程ディンファレ様から指示を頂きました。

取り締まっているムスカリさんにその指示をお願いしたなら、速やかに従ってくれました。

状況解除の連絡が来るまで、従ってくれるとは思いますが、時計の示す時間の流れの割りに皆さんどういうわけか、空腹を訴えられていて、軽食があったのですが、それを全て食べて今のところ落ち着いています。

あの賢者殿、もしかして……」


リコの確認に、丸眼鏡越しにウサギの円らな瞳の中に理知的な輝きを込めて、賢者が応える。


「ああ、後で領主殿を通じて説明があると思うけれど、時間の流れが変わっている。

とは言っても、最終的には"時計の針の進みが儀式の影響を受けて乱れた"と纏められる話だろう。

時計の動力源は精霊の力を借りた物が殆どだから、そこら辺は巧く辻褄を合わせら、一般の方々にもそう説明することになると思う。


正式な報告は、王都に帰ってからアルセン・パドリック中将が陛下に献上するから、そちらでね」


「―――了解しました」

"英雄殺しの英雄(ネェツアーク)"について尋ねようとした時と同じ様に、有無を言わさない圧力を感じ、騎士は従う。


「で、紫の紙飛行機の方は、ディンファレ達が今頑張ってくれて追い払っているわけだ」

これまでの圧はなくなり、リコはディンファレが置いていった通信機を握り、頷いた。


「私は儀式が終わり、関所で意識を取り戻しましたが"今は回復することが役割、今は参戦するよりも待機"ということで、状況が完全に終わるまで、連絡役に―――」

遠回しながら"戦力外"と扱われた事が、これまでデンドロビウム・ファレノシプスという騎士の側で共に活躍してきた、治癒術師の資格を持つ優秀なリコリス・ラベルには堪えているのが、ウサギの賢者には良く分かった。


「リコさんは、アルセンの代わりの上に、浚渫の儀式で十分に役割を(こな)したんだから気にしない事だよ。

それにディンファレはリコさんに眼をかけている。

ワシとリコさんが初めて言葉を交わした時に、アルセンも言ったと思うのだけれどな」


―――"大事な部下だから、巻き込まない為に何も知らされていなかった"という事は、本当に上司に恵まれないと経験出来ない事ですよ、リコさん。


殿方で初めて"綺麗"という感想を抱いた、この国の英雄でもある人にそう言って貰えた事を思い出したなら、不思議と胸が軽くなった。


「最初の出会いを忘れちゃっていたらウサギさん寂しい」

「賢者殿……」


そしてウサギの姿をした賢者が、ふざけて見せたなら小さく口の端を上げて、気が付かない内に瞳を濡れさせていた泪は、自然に引いていた。

それを確認した後、小さな口を賢者は開く。


「上官にとっては"使える部下"が怪我する事ほど怖い物はないからね。

そこに"大切"も加わったなら、必要に迫られない限りは、絶対に無理をして欲しくない。

だから、ワシはリコさんを無理やりにでも休ませたディンファレを今回は評価するよ」


「ありがとうございます、賢者殿」

ふざけながらも励ましたなら、優秀な騎士でもある婦人は、直ぐその気遣いを察する。


(それに、私にとってディンファレ様を褒められる事が一番嬉しいことだから、それもきっと賢者殿は判っているんだろうな)


美しくはあるけれど、冷たいと評される女性騎士は、その噂を一度に払拭出来るような、柔らかく"可愛らしい"笑みを浮かべた時―――リコの手の内にある通信機が小さく瞬く。


『ニャー!リコにゃんに手を出すなら、ちゃんとワチシを通してからするんだにゃー!』

「ラ、ライちゃん?!」

ライの声が威勢よく、賢者と治癒術の間に割り込んで来るが、賢者の方は半ば予想が出来ていたらしく肉球が付いた手で、珍しく慌てているリコに"静かに"という(サイン)を作ると、直ぐに落ち着く。


「はいはい、じゃあついでに現状をウサギのオッサンに教えて」

『にゃ~皆頑張っているから、さっさと仕上げのリリィちゃんのお迎えにくるんだにゃ!』


「オッケー」

軽快に返事をしてリコの体調を考え、互いに関所の前の林の柔らかい草の上に座っていた状態から、賢者の方がまず立ち上がる。

とはいっても、賢者の身体が元々大きなぬいぐるみ程度なので、そこで丁度同じくらいの目線の高さになった。


「じゃあ、ワシは紫の紙飛行機をサクッとやっつけて、リリィを迎えに行こうかな。イグさーん」

「ケエ!」

長い耳をピピっと動かし、近くの木の枝に止まっていたイグに呼びかけたなら直ぐに羽ばたいて、降りてくる。


「リコさん、良かったなら通信機借りてもいいかな?。

絶対に直ぐに返ってくるし連絡が取れない時間の心配は、極力与えないように注意するから」


「そんな事仰らなくても、賢者という立場の方の命令なさればいいのに」

少しばかり美人の後輩を思い出させる、困った様な表情を浮かべながらリコは直ぐに通信機を差し出した。


「いやあ、今は軍の活動じゃないからね。続けたいご縁の方には、その縁が続く様に努めるさ。

とはいっても、ワシの場合は"リリィ"の事がある」


懸命に育ててきたけれど、どうしても自分が踏み込むにしても躊躇う部分まで、大切な女の子は成長してしまった。

その成長に最初に気が付いてくれた、優しい婦人を賢者は信用し頼っている。


情抜きで考える事が出来るリコは賢者の現状と、自分が期待されている事案を直ぐに理解し、それに自分の正直に重ねて尋ねる。


「賢者殿は、"ネェツアーク様"はリリィさんの事を、決して傷つけたりはしないのですよね」

渡された通信機をコートの懐にしまい込みながら、"人の声"に切り替えて答える。


「ああ絶対にそれはしたくない。本当なら、人の姿を晒したくはなかった」

「信じます、その代わり私は私の大切な方の事を頼みます。今の私では、力になれませんから」

リコも信頼し、言葉を返した。


「了解、アルセンだね?」

即座にウサギの声に戻し、モフリとした親指を立て、出された名前にリコの白い顔が瞬間的に赤くなる。


「違います!ディンファレ様にライちゃんです!どうして―――あ?!」

次の間にはイグが羽ばたき、上昇するその趾にウサギの賢者が掴まった。



「それじゃ行ってきまーす。皆連れて帰ってくるから、待っていてね」

「あ、その、お願いします!」


からかわれた文句もあるけれど、結局は大切に思える人達の事をリコは口にしていた。


情がなくても、相手を思い遣ることが出来る言葉に、ウサギの賢者は円らな眼を細めて笑顔を作り今度は"Vサイン"をして、鷲に掴まって、また移動を開始する。



「ライさん、こんな感じでオッケー?」

『まあまあにゃあ~』


リコに聞こえない距離になった時、胸元に入れ込んだままの通信機にウサギの賢者が語りかけたなら、直ぐにライの返事が来る。

治癒術師には聞こえない形で、ライが通信機を通しテレパシーで賢者に、アルセンを意識させるように頼まれていた。


一連のからかいの裏には、ウサギの賢者は依頼に応える代わり、ライは

"ネェツアークが八角形の大地の上でバアルゼブルに投げつけた為に粉砕されたピーン・ビネガーの備忘録"

を、限りなく似た状態で復元するという、取引が密かに成立していた。

ライは内容を全て覚えている上で、ピーン・ビネガーが絵画が趣味の為に端々に逢った挿絵や落書きも覚えていて、それも描けるという。


「ワシ的には、リコさんは十分にもうアルセンの事を意識していると思うんだけど」


『それじゃあ、後は腹黒貴族を焚きつけるニャ~』

"野暮"が嫌いな賢者はそう口にした後のライの言葉には、ウサギの顔に苦笑を浮かべ、今度の胸元にある銀色の仮面に意識しながら声をかける。


「それで、状況の方はどうだい?」


『狙いは、どうもリリィちゃんみたいにゃ』

その言葉にウサギの髭が揺れる程の舌打ちをし、運んでいる鷲も思わず自分にぶら下がる存在の方に眼を動かした。


「そうかい。"ウサギの賢者"の姿が感知できなくて、リリィに切り替えたかな」

『あと、アトちん兄ちゃんの話によれば、執事の御爺さんも狙っていたらしいにゃ。

でも、それもウサギの賢者殿と同じで感知できなくて、こっちに来ているみたいだにゃ』


「―――判った」

少し間を開けた返答に、優秀な魔術師でもあるライは直ぐに状況を察した。

そして"テレパシー"で、優しい執事の御爺さんの旅立ちと、それをリリィという女の子にどう告げるかの段取りを互いに交わす。


「多分、ロックさんに向けていた分も含めて、標的がないからリリィにという事なんだろうな」

『そのお陰で、紫の紙飛行機が積りにつもって"化け物"に変身し始めているから、速いとこ来て欲しいにゃ。

ワチシも魔力がそろそろキッツイにゃ……』


そして言語ではなく、"映像"がウサギの賢者の中に送られてくる。

"ライの視界"がそのまま通信機を通じて、ウサギの賢者の頭の中に広がった。


「流石、シトロン・ラベルの"孫娘"だ。声だけじゃなくて、映像の情報も取り扱える様になっているんだね」


『にゃ~、おばあちゃんの名前に泥をつけるわけにはいかないからニャ~。

ユンフォ様の警護の隙間の時間に研究は怠らないニャ~』


疲れながらも自慢気に語るライのテレパシーを受け取りながら、出来るだけ詳細に見る為に、イグの趾に掴まりながらウサギの賢者は眼を閉じたなら、魔術師が"見張っている"物が眼に入ってくる。

旧領主邸の"ネェツアークとベルゼブル"が散々荒らしてしまった中庭の開けた場所に、大きく蜷局(とぐろ)を巻く影が、それを上回る大きさの半透明な四角錐に閉じ込められていた。


「"ナーガ"で闇の精霊を詰め込んだ邪龍バージョンか」


一目でその正体に気が付き、フワフワの縦シワを使って、大きく溜息を吐く。


「こっちが浚渫の儀式に八大竜王を使って、属性を優遇したから、それをそのまま利用されたか」


『ワチシやディンファレ様と、アトちん兄ちゃんに頼まれたてこちらに向かっていた大奥様が、旧領主邸に辿り着いた時、既に撃ち漏らした結構な量の紫の飛行機が、庭に集まっていたんだにゃ。

それがかたまりになって、今ワチシが抑え込んでいる結界の中に抑え込んでいる奴みたいになりそうになっていたにゃ。

そうしたらワチシ達を運んできてくれた一角獣(ユニコーン)はそいつが、

"リリィちゃんに危害を加える"

というのに勘付いたんだろうにゃあ。

止める暇もないうちに突進して、その角で貫いてやっつけてくれたにゃ。

でも相打ちというか、賢者殿がどういった契約をしていたか知らにゃいけれど、そいつがこの世界から消えたにゃら、一緒に青い霧みたいになって消えてしまったにゃ~』


「ああ、一角獣が何かしらの活躍をして、この世界から帰って行ったのは、ワシも確認しているよ」

浚渫の儀式の後、ベルゼブブと共に、街道の舞台の上で2人の少年を取り抑えた後に"西"の小高い場所から、天に昇る光を目撃していた。


「随分と前の時間だと思っていたけれど、こちらじゃ短い時間であったようだね」

細く眼を開いたなら、ライの送って来てくれる映像と重なる様にして、小高い丘にある旧領主邸が賢者の視界に入る。


「でも、それでもまたしつこく紫の紙飛行機の方は集まっていたんだねえ」

一度小さく瞬きして更に"視界"を切り替えたなら、紫色の妖しい光が細い線を描き空に描き、旧領主邸に向かって行く。


だがが、それは中庭の位置に来ると、空で消滅していた。

その繰り返しが旧領主邸の中庭で起きているのを確認しライに質問する。


「もしかして、アト君が応戦しているのかな?」

ウサギの賢者が尋ねた瞬間に、怪しい光がまた消えた。


『その通りだニャ。

賢者殿のいうナーガを一角獣がやっつけた後、噴水の下にある秘密基地の中でも流石に、異変に気が付いたニャ。

アトちん兄ちゃんが言っていた、仕掛けがある噴水から、アッちゃんパパの従者のおっちゃんとアトちんが様子を伺いに出てきたにゃ。

それで、大奥様もここに来るまでに結構疲れていたから、従者のおっちゃんとアトちんと交代してもらったんだにゃ』



「うん、その方が良かっただろう。

シネラリア奥様は戦えても、戦う専門じゃあないからね。

それで、アト君が使っているのはスリングショットだね?」


魔法が使えたとしても、空を浮遊するものを狙うには、狙いを定めるのに集中力も時間も消耗する。


だが、先程から紫の飛行機は短い間で次々と墜落していく。


「弓を使って矢で射るよりも、速いね」


『そうにゃ、アトちんが"ロックさんに貰った袋です"ってその中から、取り出して、旧領主邸には手ごろな玉砂利があったから、それを使っているにゃ』


「それで、アト君がスリングショットで飛ばしている石に、従者さんとディンファレが、魔術をかけて、紙飛行機をやっつけているんだね。

で、それでも間に合わない奴をライさんが結界を張って、閉じ込めているわけだ」

そう呟いた時、旧領主邸の上空にウサギの賢者とイグは到着する。


眼下に噴水の横に、いつもの陽気さを微塵も感じさせず、四角錐の結界をライが胸元で手を重ねる事で張っている姿があった。

そしてすぐ側で、スリングショットを構え空を見上げるアトを挟んで、ディンファレとバンの従者のクラベルが、玉砂利に魔法を込めては、次々に渡していた。


「鳥さんとウサギさん見つけました、撃ちますか?」

「撃ってはダメです―――っと、これは?」

アトが無邪気に紫の紙飛行機を撃墜させながら尋ねるのを、ディンファレが冷静に止めながら、何かの粒が落ちてくるのに、気が付く。


「これは、秋桜の種です」

クラベルが直ぐに正体を口にしてくれた。


「アトの銃、エリファスせんせ―から、帰ってきます」


クラベルに続いたのは、アトの喜びに満ちた声で、降下を始めたイグに掴まるウサギの賢者が、少年の真上を擦り抜けるタイミングに、コートの内側に納めていた銃を落としていた。

アトはスリングショットを落としてしまったが、銃の方をちゃんと受け止めたなら、確認を素早く始めている。


「いやあ、イグさんは馴染みの人が居たらそこに、荷物落とす様に躾けられているわけね」

「ええ、ロッツ様が雛の頃から育てていらっしゃいますから。法務や公務でご不在の場合は私が受け取りますから」


今回はディンファレの腕の中に、趾に掴まっていたけれど振るい落とされたウサギの賢者が確認を取ったなら、よく荷物を受け取る女性騎士は冷静に返事をする。

ただほんの少し肉球のついた手を見たなら、一瞬だけ頬を赤くさせたが直ぐに引かせて、ウサギの賢者を、秋桜の種が舞い落ちた中庭へと降ろす。


クラベルは自力で動く"大きなウサギのぬいぐるみ"に動揺はするが、アトも普通に受け入れている姿を見て何とか冷静を保っていた。

そんな中で、ウサギの賢者は、四角錐の結界を張って"ナーガ"を抑え込んでいる魔術師の隣に佇んだ。


「すまんねえ、これは"ワシ"の因縁なのに」

「にゃあ、これくいなら"ワチシの野望"をまた手伝ってくれたなら、幾らでもチャラにしてやるにゃあ。

―――だから、さっさと、持ってきた"秩序"を使って"元に戻しなさい"」


いつもの様に語尾に猫の鳴き声をつけずに告げたなら、円らな瞳を細めてナーガを見据えた。


「やれやれ、まるでシトロンさんに説教されているみたいだ。

それじゃあ、ここで始まった様な物だから、此処で終わらせようかな」


そう言って懐から、銀色の仮面を取り出しながら、今は水が止まっている噴水の淵を見る。

先程上空から見たなら、そこにはこの国でお決まりの宗教画が、綺麗なステンドグラスとして噴水の底に装飾されているのが見えた。

その下に、ウサギの賢者の大切な女の子が待っている。


「最初は、リリィ成長をこの旅で気にするのが一番の保護者としての課題で、この国の賢者としての確認の仕事を正直二の次だと思っていたんだけれど」

小さな口を動かし、傷の残る右手の肉球の掌を曇天の空に水平にあげたなら、その上に銀色の仮面が乗せられていた。

「アト君、良かったらお手伝いしてくれるかな?」

掌に乗せた仮面が発光を始め、徐々に形を変える中で、ウサギの賢者が銃の"確認"を終えたアトに訊ねる。


「ウサギの賢者さん、アト手伝います。

手伝ったら、良い子にしたら、シュト兄、せんせー、ロックさん、マーサさん、御館さま、大奥さま、リリ、ルイ、アルスくん、グランさま、アルスのせんせー、リコさんうれしい?」


この場所に今はいない、大切となった人達の名前をだし、銃口を何の指示も出していないのに、自然とナーガの方にアトは向けていた。


「そうだね、皆嬉しいよ」

賢者が穏やかな声で断言し、アトが笑顔で頷いた時、発光を続けて"仮面"という形が良く判らなくなった時、一気に細く長く伸びる。


「にゃあ、"槍"かにゃ?」

ライが少しばかり結界の力を弱めながら尋ねた。

結界の抑え込められていたナーガ、―――素肌で青く明らかに異形ながらも人だと判断される上半身に胴から下が大蛇のものとなった邪神が、その中で身を起こす。


だがそんな禍々しい異国の神の姿が起き上がっても、中庭にいる人々の視線は輝く、ライが槍と例えた物を構えるウサギに集中していた。


「そ、あっちがこっちの儀式の魔術利用して、悦に入ろうっていうのなら―――」

俄かにウサギの瞳で円らな物を半眼したなら、東の空に昇る下弦の月の様な鋭さとなる。


「それならこっちは前回敗北させた方法をなぞって恥の上塗し、"同じ失敗を何度も繰り返す屈辱"を、この槍で突きつけてやろう」

そう言いきった瞬間に魔力を限界まで貯めていた銀の仮面は、銀の輝く槍となる。


「にゃ~、もしかして"同じ屈辱"を与える為に、アトちんの銃をわざわざ持ってきたニャ?」


ライが心の底から呆れながら、アトの方を見たら、無邪気な少年は"みんな嬉しい"という言葉にニコニコと笑い、耳栓を詰めていた。


「まあ、そこは偶然なんだけれどね。

そういう"運の巡り"があるという事に、いい加減に"自分が賢い"と思っているなら、気が付いて欲しいという気持ちもあるんだよねえ。

アト君いいかな?」


耳栓を詰め終えた少年は頷いた。


「他の皆も耳栓しといてね~。ワシは今回いいや、さっさと済まそう」

済ませて、新人兵士が交わしたリリィとの約束を守りたい。

そのウサギの賢者の心情を感じ取った騎士達は小さく頷き、従者は客人の指示に従った。


「撃ちます」

アトが宣言し、ライは結界の魔法を解いた瞬間、ナーガは"本来の標的"に向かおうとするが、両肩、脇腹、額にと、四角を描くように発砲され、その場から全く動けなかった。


「中央だけ空けてくれるなんて、アト君もやるねえ」

ウサギの賢者が早速音がない状態となった視界に入るのは、顎という部分が壊れた如く、邪神が喚いている姿。

ただそれよりも、少年が銃の引金が引かれる度に先程蒔いた"秩序の花"が次々に咲いて行く方に、耳を塞いだ人々は気を取られ、そして、ウサギの掌の上にある槍が一層輝く。


「"Gungnir(グングニル)"」

短い腕を動かす事なく、呼びかけたなら、古に神が使っていたという槍は飛び、ナーガの胸を貫き邪神は固まる。


「じゃあ、秩序を戻そう」

間を置かずに爪を弾いた瞬間に、槍となった"ロブロウ領主の仮面"に込められていた魔力が、白い光の筋が天に向けて幾筋にも弾け、邪神は瞬く間に塵となり風に散る。

白い光は曇天に届くと同時に、雲を割り茜色の光を中庭に差し込ませ、瞬く間に広がり一面を染めた。


「もう"夕方"です、お昼ご飯、食べれませんでした」

銃に安全装置をかけながらの泣きべその"声が聞こえて"、賢者はアトを励そう、噴水に背を向けて語り掛けようとして気が付く。


「あれ、音が聞こえる様になるのこんなに早かったけ」

思わず声を出したなら、ライが賢者の後ろから"声"をかける。


「"秩序"戻したから、時間の流れも戻ったにゃ~。

だから実際の"今"は、銃声がしてから、普通に声が聞えるくらいの時間が過ぎている位かにゃ~。

ちょっとお転婆だけど、可愛い女の子は大好きな賢者さま戻っていると知って、安全確認してから、逢いたくて、梯子を上って秘密基地を抜けてくる時間は過ぎて―――」


最後まで聞く前に、"心配性の伯父さん"が中身の賢者は、振り返り噴水の方を向いたら、ディンファレが既にリリィを噴水の出口から、丁寧に引き上げていた。


そして賢者を見つけたなら、少女の方は止める間もなく走り出す。

秋桜の不思議も気がつかずに走り、花弁を舞いあげながら、賢者に飛び付く様にして抱きつき、その長い耳に一番先に言いたかった言葉を口にする。


「おかえりなさい、賢者さま」

「……ああ、ただいま、リリィ」


元気な自分を呼ぶその声に、ウサギの賢者は心から安心して、夕焼けの中で結局、"皆"がくる時間まで抱き締められていた。


挿絵(By みてみん)




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