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アラディア 〜人と神と悪魔と……〜
作:鴉の卵



――浮上―― 〜Turning over〜









 綺麗な白と胸焼けする混沌
 知性と狂気
 光と闇
 そこはその狭間。
 “創造”(ライト)と“破壊”(ダーク)を線引くための“法”(カラーレス)。
 その狭間に漂う混沌はその3つを無視した“色”(カオス)。
 胎児のように眠る暁を抱き続け、産まれ堕ちるまでの羊水。


(俺は………許されない)

(俺は助けられない)

(俺はまた殺されそうになる度に殺すから)

(僕ハ昔カラ変ワレナイ)


 全てを拒絶する。
 産まれたくないと、見たくないと、いっそのこと――――死にたいと。
 混沌が暁をさらに包み込む。
 暖かな優しさとは無縁で冷たい厳しさとは違う無温の何か。


(マタ殺スナライッソ………)

 死にたい………

 誰か助けて………

 痛い、痛いよお母さん………


 彼の幼い声とは違う子供の声が暁の耳に入る。


(ソレハ僕ノ台詞ダヨ?)

 お兄ちゃん、助けて………

 痛いのはイヤだよ………

 誰かを殺したくないよ………





『だから………助けて(殺して)ちょうだい』







 目が覚めた。
 飛び起きる形でベッドから起きる。
 知らない風景と知らないベッド。
 誰かが助けてくれたのか?
 なら誰だ?
 あの村にこれだけの場所は有り得ない。
 それともここはモーリシャスのか?
 周りは規則正しい石造りの部屋。
 テラスからは優しい月明かりが見える。


(状況が掴めない………動こう。
せめて全てが見えきるまでは)


 そこで気付いた。
 動こうにも自分は瀕死の筈。
 だが傷が痕さえ残らず消えている。
 今でこそ白い服を着せられているが、近くの壁に掛けられているコートさえ無傷だ。
 ならあれは夢か?


(埒が明かない。
今は早く動こかないと………せめて場所と状況の確認だけでも済まさなければ)


 コートを着込んだ時に気づく。
 自分の荷物が全て置かれていた。
 ベッドからは死角の場所に全てが…………いや、魔導書がない。
 マズい。
 あれは俺の増強器でも魔導書だ。
 もし中身を解かれた………


(目的が増えたな)


 テラスへの窓を少し開け放ちすり抜けるように隙間から脱し、閉める。
 影から周りを観察する。
 どこかの城なのか外下には立派な中庭と城壁の向こうにはガルガともラティスとも違う造りの街が広がっている。
 間違いなく自分は運ばれたようだ。
 中庭を見れば通路に2人、さらに他の通路の窓から2人。
 計4人の見張りらしき“兵隊”がいる。
 つまりここは間違ってもモーリシャスのアトリエではないようだ。
 呪術を使用して風と木々を操る。
 4人とも突然の物音にそちらに意識を向けた瞬間に屋根に飛び乗る。
 気のせいだと思っている4人が気付くより早く次の呪術で自分の存在感と気配を周りに溶かす。
 これで誰かが自分を強く視認するか、完全に見つける以外は大丈夫だ。


(範囲内に…………?)


 呪術による風が地下にまで吹いている。
 だが…………


(地下があるのか?
だが魔力が途切れるってことは魔力遮断か魔力殺しの封印。
解析しようにも魔力を通さないんじゃ)

「誰だ?」

(!!!???)


 気付かれた?
 この俺の呪術を持ってしてもか!?


(っち、逃げるしかないな…………まだ完全に気付かれてない今は)


 呪術を再度発動し、城の扉の蝶番を軋ませて花瓶も落とし割る。
 それも暁の近くの部屋のだ。
 意識がそれたのを確認する暇さえないためすぐに移動する。
 屋根づたいに飛び、中庭の木の裏に隠れる。
 その音に意識を向けていた相手の意識をさらに疑わせるために部屋の窓付近の温度を一気に上げ、そして凍らせる。
 窓が派手に割れてしまう音を聞きつけた兵隊と共に部屋に入る者達を盗み見ていた暁は後ろに後ずさろうとした後ろ足の地面が陥没した。


(嘘だろおい………)


 重力に従い穴に落ちる暁はこれからのことに一抹の不安を感じるのであった。








 全てを復元させた暁はモーリシャスとゴーゴンを見下していた。
 先程までの敵意はなく。
 まるで虫を見るかのように、まるでその2つが危害たりえないかのように。


「な、なぜだ!なぜあの傷で、なぜあの傷を治せた!」


 そうだ。
 暁は確かに重傷で、さらには意識が無かったはず。
 だが今の彼にはそんなもの微塵も感じさせない。


「死に逝く者がそんなこと気にする必要ある?」

「ふ、ふざけるな!」


 怯えるゴーゴンが意志とは反して暁に飛びかかる。
 まるで全てが停滞した気にさせた。
 自然、あまりにも自然すぎる動き。
 不自然さなどないまま手に剣を出現させ、飛びかかるゴーゴンを切り裂く。
 体を2つに寸断されたゴーゴンは状況を理解するよりも早く絶命する。
 踏みつぶされた頭から赤と白の物体を撒き散らかしながら。


「最後はアナタだけど………自殺してくれない?」

「ひっ」


 完全に怯えきるモーリシャスを前に暁は剣を投げ渡す。
 カラン、カランと金属音がなりながら地面の上に落ちる。
 それを手に取ったモーリシャスは迷うことなく―――


「馬鹿が!」


 隙だらけの暁へとその変貌した爪で襲いかかった。
 本人はそう感じていたのだろう。
 だがアルガーは見ていた。
 モーリシャスが動いた瞬間に黒い球体がモーリシャスを飲み込むのを。
 残ったのは彼の足と衣服の切れ端のみ。
 それは完全な消滅を意味しているのではとアルガーが考えを巡らせようとしたとき、暁が倒れた。
 それから事件の後片付けに追われた彼はその惨劇に心痛める。
 死者は数十人に登り、その大半は彼が殺したのだから。
 正しい情報が誤った情報になるのに時間はかからず、暁は一夜にして村を救った英雄から子供達を殺した殺人鬼にされま。
 命をかけて救った村人全員が暁を非難し、暁を差し出すよう軍に要求してきた。
 それを黙殺して撤退する中で、ある母親に投げられた石の痛みが今でも痛み続けている。


「返して、私の子を返してぇ!」


 流れる血も、痛む額よりも、その言葉は痛む。
 これがこのレムリアの現状なのだと再認識した一瞬だった。
 そして今、彼はあのルシアの地下牢から出てきた。






 落ちたそこは広い石の箱を思わせる地下室だった。
 右も、左も、上も下も石、石、石。
 石の塊1つ、1つにルーンが刻んである。
 いや、ルーンじゃない。
 これはもっと違う文字だ………


「久しぶりだ」

「誰だ」


 暗闇の中から出てきた声に警戒する。
 聞き覚えがあるような年の近い声だ。
 しかも気配はおろか魔力もない。


「なんでこっちに来た?
お前はあっちにいれば幸せにいられたのに何でだ」


 声には疑問と怒りが入り混じっている。
 だがそれよりも馴れ馴れしい、いや親しみを込めてさえいるな。
 見ず知らずの俺にか?


「母さん達は元気か?
相変わらず父さんと一緒に世界を回ってたりするのか?」


 弾んだ声には懐かしむ色が混じり出す。
 俺が知るかよ。
 お前の親のことなんか………


「あと数年待てばみんなで暮らせたのに………ルシア、よく聞け」

「何を言ってる?
俺はルシアなんて名前じゃないぞ」

「早くこの国を出て東に真っ直ぐ、海を渡った先のマリンという国を目指せ」

「だから何を―――」

「そこに行けば間違いなくここの奴らやテスタメント達の手は逃れられる」


 コイツは勝手に話を………!


「いいかルシア「いい加減にしろ!」…………」

「俺はルシアなんて名前じゃない!
ルシアは悪魔の頭なんだろ?
なんでそのルシアが俺なんだよ!
俺は暁だ!皐月暁、こんな世界なんて知らない人間の俺を巻き込むな!」

「…………ならこれだけは聞いてくれ。
今すぐこの国から出てマリンの地下にあるはず遺跡に行ってくれ。
そこに行けばあっちに帰れる」

「意味解んねえよ!
誰なんだよテメエは!」


 月の光が傾いた。
 ゆっくり、ゆっくりと照らす姿に目を見開いた。


「我の名前はカイル。
カイル・A・デュナサン、お前と同じ宿命と業を背負う兄弟」


 宙に磔にされた青年。
 膝まで伸びた美しい金髪と赤い瞳、そしてその顔に目を奪われてしまう。
 人間では到底到達しないような美しい存在感に体が竦んだ。


「兄弟だと?
いや、有り得ない。俺には弟達が産まれた時の記憶もしっかりある!
ならお前が俺の兄だと言いたいのか!」

「そうか、弟達か。
余にも兄弟が出来ていたのか……」

「答えろ!兄弟ってのはどういう意味だ!」


 暁の怒声が響く。
 理解の追い付かないことばかり言う彼にとうとう堪忍の尾が切れた――――そう自分に言い聞かせていた。
 なんだよ、まだ余裕はあるのになんでキレてんだ俺?
 冷静になれ、思考は完全に凍てつかせろ…………


「兄弟と言っても血は繋がってなんかいないさ。
ただ一緒に育っただけ、それだけさ」

「意味解んねえ」

「すまないな、少し用が出来た」

「用って…………お前磔じゃんか」

「スゥ、スゥ………スゥ」


 寝てやがる。
 なんなんだコイツは?
 人間にこんな厳重な封印を重複させるものか?
 これだけ張れば間違いなく古代級の竜を完全に封殺出来るじゃんか。



 竜、生命の象徴とされる生物。
 竜は生きた年月によりその力を増す。
 幼竜だけでも数百年以上生きなければ成体になれない。
 それが古代級、五千年級になれば一頭で国を1日で壊滅させることも難しくない。
 だが、それでも古代級の竜が地上で目撃されないのには理由がある。
 竜の成体には二種類いる。
 実体を持ち、その姿形を一度だけその特性にあわせ変体する竜。
 そして気候や大地、病や現象といった無形の竜の二種類。
 どちらにせよ古代級は古来より崇め、恐れる存在なのである。



 現象となった竜を相手にした時は逃げた。
 それは呪いとなった竜。
 ある状況になったときに発現する竜だ。
 その竜の駆逐のために人を5人、森を1つ生贄に捧げてやっと治めた。
 その代償は月が一度満ち欠けするまでの間、全身を苛む苦痛と悪夢だった。


「早く、出よう………こんな場所に長くいれば頭が狂っちまう」


 魔力も生気も全て希薄な場所は呪術師にとってすれば考えたくない死地。
 暁は気味の悪い場所から一刻も早く出ようと部屋の隅にある階段を駆け上がった。
 そして彼らに捕まった。







「なぜ部屋から逃げたんだい?」

「状況が理解出来なかったからな」

「君は今危険な状態なんだぞ」

「だがもしモーリシャスに捕まっていたらさらに危険になるだろ」

「覚えていないのかい?」

「?」


 部屋に連れてこられ、ベッドに押し込まれた俺の前には薄い紫の瞳の青年がいる。
 名前はアルガー・バアル。
 年は17で聞けば王族の近衛隊の隊長らしい。
 たいしたものだよ。


「せめて目的だけでも話してくれ」

「話す?
なら、まず話すべきなのはお前達じゃないのか?
人をこんな場所まで呼び、さらに自由を奪うだけじゃないだろ」

「私達は君の自由を奪う気はない。
せめて明日まで待ってくれ。
明日、王女を交えて全てを話すから」

「……………解った」







 それが最初の謁見。
 目の前の玉座には年端も行かない、いや家の双子と同じくらいだから………14か?


「貴方が皐月暁様ですね」

「………」

「どうなのだ」

「…………」

「アキラ」

「…………」


 始終無視し続けた為か謁見の場にピリピリとした空気が流れ出した。


「聞きたい。なんで俺を呼んだ」

「…………今から数年前、世界の災厄たる悪魔を捕らえました。
それが汚れた子供、ルシア」

「ここからはわたくしめが………
数年前に捕らえたルシアはこの世界における全ての災厄。
強欲、貪欲、暴食、怠惰、色欲、憤怒、そして傲慢。
あらゆる人間の負の感情を、あらゆる絶望を運ぶ汚れた子共。
私達は勿論すぐさま処刑しようとしました」


 処刑方法は様々だったようだ。
 水死、圧死、焼死、ギロチンや薬物、ありとあらゆる処刑方法を数百種を行使してもアイツは死ななかったという。
 刃は通らず、魔法や神言は意味をなすまえに消える。
 成分としての次元が違うのだ。
 彼女達は殺す為に処刑をした。
 だがそれはあくまで“彼女達”の通りだ。
 ルシアは人間ではなく悪魔。
 その頂点たる悪魔。


「その一年後、私と王女様は神の御告げを受けました」


 神様と来たよ………。


「内容は言わなくて結構。
それで俺にアイツを殺して欲しいと?」

「そうなります」

「お断りだな、帰る」


 暁が踵を返したのをその場の人間全てが呆然とさせる。


「な、なぜです!」

「興味がない。
お前達が生きようが死のうが関係ない。
お前達の問題に俺を巻き込むな」

「アキラ、待ってくれアキラ!」

「……………離せアル」


 アルに握られた腕を払う。


「世の中に永遠なんてない。
永遠になりたいなら死ねばいい。
そうすれば破滅からは程遠くなるだろうよ」

「なんで、理解してくれないんだ………」

「なら返してやる。
なぜ俺なんだよ?言っておくが俺は竜にさえ手こずった男だぜ」

「君しか出来ないからだ!」

「私達レムリアの人間を救ってくれませぬかな」


 オルガノと呼ばれていた大臣が俺に頭を下げてきた。
 それを無視して扉に手をかけた途端………


「スミマセンな」


 体から力が抜けた。
 視界はブレて暗くなり、頬にあたる冷たい感触だけしか何も感じなくなった。








 明るい光りに照らされた地下牢に彼は幽閉されていた。
 手足は縛られ、目は虚ろ。
 薬を打たれたのだろうか?
 こんな至近距離まで来て私と目が合ってさえいるのに私を認識していない。
 皇子の言うとおりだ。
 早く彼を国に連れ帰らねばアムリスの傀儡になりかねん。






 何かを見ている気がした。
 真っ白、何もかもが白。
 嫌だ、白は嫌いなんだ。
 染められ、汚れ、それを強く認識させる。
 赤い景色はもう、見たくない………


「暁、暁!」

「ふぇ?」

「なにを寝ぼけているの。
早く自分の食料だけでも調達してきなさい。
出来れば私の分をメインに」

「な、んで師匠が……?」

「立ちながら寝ぼけるな阿呆。
早く行きなさい。寒くてひもじくて仕方ないわ」


 おかしな目線だ。
 一番最近会った時は背は俺の方がうえだった筈だ。
 だが今は首を猫さながらにつままれ、目線の高さを合わされた経緯から俺が師匠より小さく、また師匠もそれが当たり前だった頃だと言うことだ。
 薄暗い洞窟から見える寒々しい銀世界に赤みがかった髪が太ももまで伸び、整った顔はそのくすぶった銀の瞳で俺を見ていた。
 ああ、これは10年前の師匠か…………
 10年も遡ると肌のハリが違うな。


「…………(ニコニコ)」

「あの師匠?」


 ミシリ、ミシ、ギシギシ………
 摘まれている首の皮が突っ張る。
 骨が直接掴まれているかのように軋みあげる。
 だと言うのにこの人は笑顔だ。
 人の首を折ろうとしているのに顔色1つ変わる気配がない。


「相変わらず綺麗な肌ですね師匠」

「そう?」

「そうですよ♪今日も綺麗な指ですし」

「上手になったわね」

「それに香水ですか?
凄い師匠にあっててめまいがしそうですよ」

「あらあら♪」


 俺の首を掴みながらクネクネ体を捻る師匠を白くボケた目で見ながら懇願する。


「だから許してください」

「んふふ〜、どうしよっかな〜?」

「命がかかってるんです。
どうしよっかな〜じゃなく離して、お願い」

「なら夕飯は豪華にね♪」


 最後に俺が見たのは銀世界に頭から突っ込んだための黒だった。








 忘れていた。
 俺は一瞬の幸福に目が眩み忘れていた。
 これはあの悪夢だ。
 血で汚れ、怨みで汚れ、恐怖で泣いた。


「追え!生贄を逃すな!」


 誰も理解出来ないだろう。
 ある世界全ての人間に命を狙われる恐怖なんか。


「いたぞ、あそこだ!」


 誰も理解出来ないだろう。
 七歳の子供が助けて、助けてと呟きながら逃げる姿なんて。
 だけど俺は知ってるんだ。
 膨大な殺意の眼差しを受ける怖さを。
 だから理解出来るんだ。
 世界の汚さを。








 その里に着いたのは全くの偶然だった。
 師匠は熊鍋もいいかもと言って山の中に入り。
 俺には魚や兎、他に食えるキノコを取ってこいと言ったその数時間後のことだ。
 4人分もの食料が集まり、薪を集めていたときに彼女にあった。
 小さな女の子だった。
 俺と同じくらいの少女は俺よりも薪を集めており、そしてまた俺よりも驚いていた。
 師匠は確かに人里があるかもとは言っていたがまさかその人里の人間に会うなんて考えもつかなかったからだ。
 少女の表情に気付けたのはきっと俺が“今の俺”だからだろう。
 人を疑うことがなく、人懐っこい子供にそれはあまりにも無理な要求に違いない。
 少女の眼が歓喜に嗤っていたなんて。







「さあさあ、遠慮なくお食べ」


 出された食事に俺はがっついていた。
 朝も昼も抜いていたからだろう。
 これ以上見たくない。
 今ならまた忘れられると思っていても視えてしまう。
 これはあくまで過去。
 変えられない過去だからだ。


「村の外から人が来るなんて久しぶりだよ♪
ここいらは冬になると雪のせいで外からの人がめっきり減るからね」


 俺の前にお茶を運ぶ少女に照れ笑いをしながら俺は食べ続けていた。
 師匠には連絡ようの術も発している。
 一段落つけばきっと来るはずだ。
 だから安心しきっていた。


「知ってる?もうすぐこの村の祭りが始まるんだよ♪」

「ホント?!」

「うん!だから見て行きなよ!」

「うん!」


 純粋だからこそ愚かしい。
 そしてその純粋さが今では恨めしい。
 気付いたときには遅すぎた。
 箸は手から落ち、自分がどうなったのかも解らない子供を老人達は笑いながら抱き上げた。








 最低な光景だった。
 手足は縛られ、磔にされていた。
 自分を中心とし、周りを村人達が囲んでいた。
 暗い闇を高く燃える火だけが照らしていた。
 足下から噎せ返る臭いがしてくる。
 血と脂、それに腐敗臭。
 さらに何かの音が聞こえた。
 ヒュー、ヒューと風の音が聞こえる。
 それなのに音の正体がはっきりしない。
 あちこちから聞こえてきたから。


「今!生贄の数は揃った!
我らが守神の仰せの通りに全てが!」

「これで私達は救われる!」

「万歳、万歳!」


 火がさらに激しく燃え上がった。
 それでハッキリと見えた。
 長く伸びた赤黒い物と、それを出している何かを。


「ヒュー、ヒュー」


 人だ。
 目はくり抜かれ、あるはずの場所からは黒い跡が伸びている。
 手足はグニャグニャで、完全に骨を粉々にされている。
 さらに引きずり出した腸は地面に杭で穿たれて止められている。
 あれだけされているのに誰も死んでいない。
 俺もああなる。


「誰か、誰か助けて!」


 無駄だ。
 あの手のタイプは生贄される側の気持ちなんか考えない。
 自分達が良ければなんでもいいんだ。
 だから子供達にあんなことをしてもいいと思ってる。
 どれだけ叫んでも、どれだけ泣いても助けようとしない。


「今こそ我らの守神を現世に!」


 近づく男の足取りが嫌にハッキリ見える。
 一歩、また一歩と近づく度に泣き叫ぶ。
 嫌だ、来ないで、痛いのは嫌。
 近づく男の顔はそのたびに笑う。


「大丈夫、痛いのは生きてるからさ。
君も直にああなれば何も感じない。
それに君は実に名誉な儀式に立ち会えるんだ。
泣き叫ぶよりも喜びに笑うべきだよ」


 そう言って男は俺の腹にその汚れた刃物を当てた。
 刃を潰しているため簡単には切れず。
 じわじわと痛めるための造りのそれをゆっくり、ゆっくりと腹に押し込む。


「アァァアアアアアアアッ!!!」


 内に刃が入ると次に傷口を開くためにその刃をゆっくりと動かす。
 今でも思い出せる。
 腹がミチリ、ブチリと無理矢理に切り開かれる感触(痛み)を。
 そしてそれを笑う村人の顔を。
 1人だけ違う顔も。


「くくく、これで我々の悲願が叶う」


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!


「ァ………ァァ……………」

「声も枯れたか。まあ、生贄なんて皆そんなものか」


 なんで僕がこんな目に?
 生キテルカラ。

 生きてるのがそんなに悪いの?
 ウウン。タダ生キテレバ他ノ生物ヲ殺シチャウカラ。

 そんなの、そんなの僕には関係ないじゃないか!
 ソウダネ、私達ニモ生キル資格ガアルノニネ。

 嫌だよ〜、死んじゃうなんて嫌ぁ!
 私モ―――ガ死ヌナンテ嫌ダヨ。

 助けてよ、誰か助けてよ!
 モチロンダヨ、私ノ愛シイ貴方ダモノ。

 そこから先は何も覚えてはいない。
 ただその声が聞こえたのがそれが最初で、モーリシャスの時や竜と対峙した時にも聞こえたのは覚えている。







 司祭が暁の腹部に手を入れようとしたとき、気付いた。
 まるで体の内から何かに引き擦り出されるような感覚に。
 後は腸を引きずり出し、死なぬよう傷口を焼いて印を作れば終わるのに体が本能が告げている。
 自分ハ触ッテシマッタ、と。


「キャハ」


 笑った。
 声は枯れ、恐怖に泣いていた子供が。


「キャハハ………キャハハハハハハ」


 磔にされた子供が笑う、嗤う、わらう。
 上を向き、何がおかしいのか笑い続ける。
 その目の前の司祭は完全に固まり、周りで見ていた村人は子供が壊れたと楽観的に考えていた。
 その眼を見るまでは。


「アハ…………よくも私の者に触れたわね」


 冷たい、寒い、気色悪い。
 子供がするような眼ではない。
 あんな冷たい眼は未だかつて見たことがない。
 自分達は絶対的に有利な立場にいるのに何故もこうまで追い詰められたように感じる?


「まずは、貴様からだ」

「ヒ、ヒィギャ!」


 縄で縛られていた腕がなんなくそれを引きちぎり、司祭の目を潰して頭ごと持ち上げる。


「ギャァアアアアアア!」


 潰れた片目から白と赤のゼリーのような何かが流れ出していた。
 大の大人が子供の手を必死に引っ掻いて逃れようとしている。


「痛い?」

「誰か、誰がぁだずげでぐれぇ!」

「怖い?死ぬのは嫌?」


 司祭の体がさらに持ち上げられた。
 そして司祭の頭の片側から白い何か
が突き出した。
 骨だ。


「それを僕にやろうとしたんだよ?」


 グチャリ…………ドサ


 まるで小石が地面に落ちたかのように村人はそれを意識していなかった。
 ただ、子供の手に握られる白に赤い何かが滴る物に意識が向けられていた。
 所々に肉がつき、その下からは未だに白と赤の何かが漏れだしている。
 2つの穴の片側には自分達を見る眼がある。
 司祭の頭蓋骨。
 首から下、頭の皮膚は2つに引きちぎられ、未だに叫ぶように音を発している。


「解らないなら解らせてあげるよ。
どれだけ痛かったのか、どれだけ恐かったのかをね」


 バキン!
 ブチ!


 不気味な音と縄の切れる音はほぼ同時であった。


「みんな、死んじゃえばいいんだよ。
だって僕があれだけ叫んだのに、泣いたのにみんな笑うだけなんだもん」


 子供は笑っていた。
 何が楽しいのか、何がおかしいのか村人には理解出来ない。


「だから僕が殺してあげる♪」

「ふ、ふざけんじゃねえ!!!」


 村人の1人が子供に飛びかかる。
 大人の腕力ならば押し倒せる。
 腹を割いて苦しませて儀式を終わらせると考えていたのだろう。
 そして村人はその考えが現実に起こったことを考えながら腹を裂かれ、内臓の大半を引きずり出された。


「ヒィ、ヒギャァァアア――」

「煩いなぁ」

「ブビャ」


 子供はまるで眠りを妨げた目覚まし時計のように村人の頭を蹴り潰した。
 足に付いた脳漿や骨を床にこすりつけて落とす。
 それで村人は気付いた。
 ここにいれば間違いなく殺される。
 あれは間違いなく鬼だと。
 人間の皮を被って自分達を殺そうとする悪鬼だと。


「い、いやぁぁぁ!」

「く、く、来るな、寄るなぁぁ!」

「助けてくれぇ!」


 無様に逃げる村人を子供は笑って待っていた。


「あはは、早く逃げないと殺しちゃうよ〜♪」


 まるで鬼ごっこの鬼役をやっているように村人が逃げるのを。


「もう隠れたかな?」


 まるで隠れん坊で誰がどこに隠れたのかを楽しみながら考えて。


「よし、殺そう」


 村の中に進んでいった。








 それは天災だったのかもしれない。
 偶然にそれに触れてしまい、偶然にこうなってしまった。
 偶然に偶然が重なった必然。
 その必然は1人、また1人と村人を見つけては無邪気な笑顔で惨殺していく。
 足を砕いて体の端からジワジワと焼き。
 腹を裂いてはもう片方の村人の腸に結び付け。
 目をくり貫き、そに燃える木炭を口から出るまで詰め込む。
 畳針と糸を見つけると村人と村人を生きたまま縫いつけ、巨大な肉達磨にして鉈でズタズタに掻きだしていく。
 口に腕を突き入れればそれで村人を襲う。
 飽きれば無理矢理腕を引き抜き2つに裂く。
 性器に木材を突き立て、串刺しにしては火に炙っていく。
 笑う、嗤う、わらう。
 1人、2人、5人、20人………
 次々と、次々と遊び尽くす。
 見つけては遊び、飽きては殺す。
 そこに飽きはなく、次々に喜びを見出していく。


「あ………」

「見ーつけたー♪」


 子供の姿は既に血で染まりすぎていた。
 体中を血で染め、火で乾かし、まるで最初からそうだったかのように。
 鮮血の黒で染まっていた。


「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ―――」

「そう、謝れば良かったんだよ。
悪いことをしたのに村の人達はみ〜んな自分は悪くないように叫ぶんだもん」

「私が意気地がないから、みんな………みんな生贄にされちゃった」

「そうだね、でももう遅いよ。
ああなっちゃえば生きてるなんていえないもん」


 泣きじゃくる女の子の隣に男の子は座る。
 女の子は男の子を怖がってはいなかった。
 ただ罪の呵責に泣いているだけ。


「でも、でも………」

「なんでそこまでして泣くのさ?」

「アナタの、アナタのせいで―――」


 子供の顔に疑問の色が抜け出した。
 変わりに浮かび上がるのは喜色。


「アナタさえいなければ!」


 ズブ…………


「こふ………」


 女の子の背中から腕が生えた。
 腹を貫通し、背骨の欠片を掴んだまま。


「なんだ、やっぱり人間なんてみんな一緒か………」

「あ、ぁぁ………」

「しぶといな〜、そんなに生きたいの」

「あ、あ………」

「でもダ〜メ。
君達は悪いことをしたんだから仕方ないんだよ♪」


 キャッキャキャッキャと笑う男の子の顔を女の子の手が優しく包んだ。


「ぁり、ぁとう……」

「え?」

「ぁ………りが、ぉう」

「まだ良い子ぶるなんておかしいよ」

「ありが、と………うぅ」


 女の子は涙を流していた。
 片目は完全に視力を失っているのか反応がなく、片目だけで男の子を見ていた。
 その目には怒りも憎悪もなく。
 ましてや恐怖なんてない。
 あるのは安らぎ。
 男の子に抱かれるように死に絶えようとする女の子には安らぎしか感じない。
 それがあまりにも理解が出来なかった。


「なんで!どうして!」

「私た、ちは悪いことをしぁ………んだぉん。
それぃ、ぃんな死んじゃっあのにぁたぃだけなんてダメだよ」


 理解出来ない少女の行動と、安らかな笑顔。
 死ぬのが恐くないなんておかしいと男の子は考え続ける。
 だから次の言葉はあまりにも辛い一言だった。


「ありがとう、みんなを止めてくれて」


 そのまま女の子は息絶える。
 暖かい温もりは冷め始め、歓喜に染まっていた心に現実の冷たさが雪崩れ込んでくる。
 見渡す限り血と肉と火。
 雪に囲まれていた筈の村に雪の姿がない。
 溶けたのだ。
 火の熱に、血の冷めきらない温かさに、肉に染み込む生の余韻に。


「何が起こったの………?」


 俺は解らなかった。
 気を失い、気付けばこれだ。
 理解出来る方がおかしい。
 それが自分のしたことなんて…………










書き直しって難しいにゃ

マル猫より











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