――反転―― 〜Inversion〜
それは悪夢のような異界。
この世は地獄だと言う人間がいるならば、俺はこれを異界と言うんだろうな。
巨大な洞窟の中に漂う秘薬独特の酔気と腐敗臭。
さらに体にまとわりつくほどの呪怨と魔力。
人間ならば本能で近寄らず、そして踏み入れば狂気でのた打ち死に絶える異界。
「胸糞悪い場所だな」
「お気に召しませんかな少年?」
「……………」
奥から白衣を着込んだ男性が現れた。
清潔感などなく。
その体に染み付いた魔力は皮膚が爛れるかと思うほどに肌を痛ませ、顔に張り付いた笑みからは何かに苛立っていることも感じ取れる。
「しかし来客が来るのが早すぎてね。
残念ながらお茶とお茶菓子は用意が出来ませんでしたことを許してもらいたい」
ゆるりと謝る男性からは隙がなく。
一時も外すことない視線が暁を睨みつけている。
「私はモーリシャス。
しがない………まあ医者ですかな」
「解剖医かただの切り裂き魔の間違いだろ?
どれだけ殺した」
「殺したとは失礼ですね。
私は医者なのですから殺したりはしていませんよ」
「なら子供はどうした?」
「生きてます………と言いたいのですが10人くらい外で殺されたようですね」
「なんだと?」
「大丈夫ですよ。
子供ならまだ数百人は生きていますから」
モーリシャスが指を鳴らすと奥から何かが歩いてくる。
巨大な質量の足音とそれより軽い足音が途切れることなく向かってくる。
「また使い魔か………」
「使い魔、とは違いますね」
モーリシャスの返答を肯定するように現れた影は使い魔とは言い難い体であった。
体のあちこちは継ぎ接ぎされ、歪な筋肉を露出させ、体のあちこちには人面痩のような顔が5つ胸に並んでいた。
そのどれもが悲痛な表情で鳴き叫んでいるようだ。
「この子達は私の作品でね、そうだな………加工生命体に近いかな」
「芸術家にでも転職することを進めるよ」
「ふむ、悪くない話ですねえ。
まあその話は…………」
モーリシャスの指がまたしても鳴り響いた。
「君が気絶してから考えようじゃないか」
(なんてお決まりなセリフだ……)
洞窟の奥。
闇の中から走りくる悪魔達の数は解らない。
いや、数えるのもイヤになるほどぞろぞろと走ってくる。
「さあ、彼を“いたぶり”なさい!」
СαααАААА!!!!
「我思う故に―――其は我也」
魔力を血で循環させながらイメージを“想い”(つくり)上げる。
自分に起こる偶然を必然に仕立て上げる。
それが呪術の本質。
振るわれた業腕を半身を逸らす程度で避け、無理な動きをスムーズにこなす。
人体の無理を可能にしながら悪魔を投げ飛ばし、ミョルグスで切り付け―――
ガキンっ――!!!
折れた。
刀身半ばから無残に折れたミョルグスを見てモーリシャスは笑いを噛みしめる。
「その2体は特別でね。
悪魔の中でも1、2を争う鋼の肉体だよ。
そんなナマクラな剣じゃ傷などつかんよ」
「だから?」
折れたミョルグスを逆手に持ち変え胸と腕を足場に肩に飛び乗り突き立てるようとする。
「無理だと解らないのですか?」
「無理を可能にするから呪術師なんだよ!」
グチャリと固いゼリーをかき混ぜるような手応えと音がする。
それと同時にあがる――――
■■■ΑΑΛΛ!!
悲鳴のような叫び。
「なっ、目を狙ったのか?!」
「定番だよな」
ミョルグスを最後まで突き立てると頭蓋骨に触れたのか堅い感触とそこをガリガリと擦れる手応えを最後に剣を手放す。
「我は汝を否定する」
洞窟に響く鈍い音が巨大な悪魔の中から響き渡る。
「呆れたな。
まさか内側からあの爆発を喰らっても体は無事なのかよ」
踏みにじる体は厚い体毛の下からでも解るほどに堅い。
まさかダイナマイトより強力な“存在の暴走”を耐えきるとは………
「まさか、まさか私の作品が負けるなんて。
それにその巨大な魔力は………」
「最強とはその“中”での悪魔で目安だ。
下から登りつめる者もいれば別の場所から来る者もいるってことだ」
「傲慢だね。
君はその別の場所から来た最強と言いたいのかな?」
「そうだな。
さらに言えばお前を殺しにもきた」
「クク………」
モーリシャスが笑い出すのを横目で見ながら再度作り直したミョルグスで悪魔達の関節を切り潰していく。
高笑いに変わる頃には暁は完全に頭の中から排除していた。
「我は汝らを否定する」
複数のミョルグスを一斉に爆発させて一掃する。
それでも6体しか殺せなかった。
その周りにはまだ有象無象の化け物がいるのを見ると嫌気がし出す。
「ハーッハハハハ!最高だ、最高だねえ!
君みたいな奴を知ってるよ。
いつも私を上から見下ろし、最強の座に君臨してるつもりの愚かな悪魔を!」
「コンプレックスの吐露なら医者に頼め。
いや、医者はお前もか」
「その減らず口も似ているな………
流石だよ暁君。“君を使えば”さらに最強の使い魔が作れるよ」
暁は自分の耳を疑った。
モーリシャスは確かに俺の名前を言い、さらには『自分を使えば』と作れるとも断言した。
つまりそれは――――
「お前まさか………」
「おや、どうかしたかい?」
「生物を使ってこの使い魔共を作ったのか?
しかもその材料は――――」
「お兄ちゃん!」
「――――っ?!」
背中からいきなりあがる悲鳴に暁は臨戦態勢を強め振り向く。
そこには泣きながら悪魔に抱きつく少女がいた。
ミユという少女は内側をグチャグチャにされた巨大な悪魔を抱き締めながら暁を睨んでいた。
「なんで――」
少女とは思えない強い恨みの視線。
その視線に暁は身を竦ませてしまった。
「なんでお兄ちゃんを殺した!」
「やはり人間を……!」
「クク………」
「貴様!」
「余所見は、感心しませんよ」
モーリシャスの余裕の声がさらに暁の怒りは強まるが、背中に感じる凶悪なほどの寒気がした。
振り向いたそこには悪魔を喰らう―――少女がいた。
悪魔の胸をその細腕で砕き、そして心臓を抉りだしていた。
泣きながら、涙でグチャグチャになった顔で心臓を喰らい続けている。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」
それは恐ろしいまでの光景だった。
その異様な光景に暁は自分の武器を落としていた。
「私が敵をとってあげる」
ゆっくりと暁を見上げた瞳が変化する。
人間の丸く、小さな瞳が膨れ上がり縦に割れる。
青い瞳は気味悪い程に赤く染まり。
「これは―――?!」
美しいまでの体は猫のように丸まり、光り輝く肌は硬質な肌は鱗のようだ。
髪は長く伸びて束となり蛇へと変貌し、体は少女から大人の体型へと変わる。
ギラつく瞳に睨まれると知らず知らずに体が震える。
(嘘だろ………!?俺が震える、恐怖するだと!?
呪術も完璧に機能してるのにか!?)
呪術による介入は何も身体的なことだけではなく、精神的―――恐怖をなくし、自分を奮い立たせる呪術も彼女の前では意味がなかった。
「紹介しよう暁君。
君の未来の姉にして、最高傑作の―――ゴーゴンだ!」
アァァアΑΗΗΗΗ!!!
その雄叫びと共に振るわれた華奢な腕から想像を絶する程に命が奪われた。
たった一振り………
その衝撃波だけでも周りの悪魔達を殺している。
真正の化け物だ。
「クク、我が愛しの娘よ。
彼を捕らえなさい。死ななければどのようにしても構わないよ」
!!!!
「っ――――ガっ」
ミョルグスでさえ防御の役にたたず。
放たれた蹴撃は腕を、そして肋骨に多大なダメージを与えた。
ダメだ………今までの魔物の比じゃない………
打ちつけられた背中からの衝撃で視界が白ずみ、感覚が一瞬途切れる。
さらに続く乱打、乱打、乱打――――
腕を、肩を、足を、腹を執拗に殴り、蹴られた。
体のあちこちがズタズタに引き裂かれ、骨は粉々になっている箇所もある。
――――死
――――それは痛みが無く
――――またそれは快感に近い
これがその死か?
こんなに痛いのに、こんなに悔しいのが快感だってのか?
認めない。
こんな理不尽に殺されてたまるか………
アイツらみたいに理不尽な理由で殺されてたまるか………
抗い続けてやる。
生き続けてやる。
――――クス
意識が一気に熱を帯びた。
全ての感覚が研ぎ澄まされ、全てのラインが唸りをあげる。
頭は絶対零度の如く極寒。
手に魔力を集め、頭に強い神話を描く。
失ったなら奪い返せ―――製法を
忘れたなら思い出せ―――秘術を
無くなったなら作れ―――概念を
薄れたなら再現しろ―――時間を
「我に捧げよ―――」
魔力が暴れ狂いながらも式を編み続ける。
魔導書から識らない知識が詰め込まれる。
そして…………
「―――ヴァラプ、ベリトよ」
ここに全てを創造した。
報告が来たのはつい半日前。
夜も深い中、一羽の梟が運んだ羊皮紙には次のように書かれていた。
“ラティスの村が悪魔に襲撃されたとの訴えがありました。
被害は甚大で、村の子供達全てさらわれたとの話。
助けを求めに来た少女の話では悪魔の数は少なくとも百。
さらに統率力があるとのもよう。
そして、その村を助けるために民間人が村に向かっています――――
ここまで、ここまでなら何も彼が出るまではなかった。
至急兵を集め、近衛隊を2人に部隊長4人とその部下で村は救出出来る。
自分は王族を守り続ける義務があるからだ。
だがその続きが彼を動かした。
―――民間人の名前はサツキ アキラ。
我々が受けた極秘任務の成果であり、またこの“レムリアを救う”人間です”
その青年は何よりも優先すべき存在であった。
王族よりも稀有で貴重な存在にして、このレムリアには必要な。
彼は“飛んだ”。
風を操り、亜音速の壁を裂きながら。
(く………頼むから無事でいてくれ!)
モーリシャスにとってそれは有り得ない光景だった。
自分の最高傑作たるゴーゴンを含め、周りには強力な強化悪魔が百体いる中をたった1人の人間が立ち続けている。
手に持つ古びた槍は錆び付き、ミョルグスと比較するのさえおこがましいそれを使用しながら未だに殺し続ける。
「――――ッシ!」
舞い散る血が、洞窟を染める筈の血が全て吸われている。
脈動するように槍が肉を裂き、血を啜り続ける。
「なぜだ…………!」
その槍は未だに錆び付いている。
血と油で汚れきっている。
なのに切れ味が衰えることを知らない。
「何なのだ………!」
そして悪魔の血を、魔力を体に付着させながら人間は命を刈り続けている。
ゴーゴンの一撃を受け流し、切り飛ばし、そして悪魔を殺し続ける。
「我の名を示し、我の名を刻め―――」
恐怖に震える筈の人間がゴーゴンを怯えさせる。
未知なる存在にモーリシャスは鳥肌が立つ。
「我が憤怒にて全てを蹂躙す!」
振るわれた槍から漆黒の炎が溢れ出した。
炎は形を作り上げ、形は腕へと変貌し、全てを引き裂いた。
「黒竜の爪牙に灼かれ消えろ」
ブスブスと死体が灼け続ける。
黒い炎が炎ならざる炎で存在を貪る。
「最高だ………こんな素材がいるなんて!
これを使えば間違いなく私は上級位に昇れる!」
自らの悪魔を殺されても笑い続けるモーリシャスは懐から小さな注射器を取り出した。
「来い、ゴーゴン!」
―――――!!!
主に従い、ゴーゴンはモーリシャスの隣に跪く。
体は先程の術式でボロボロになりながらも致命傷は全くない。
そんなゴーゴンにモーリシャスは無情にもその注射器を――――眼球に突き刺した。
ΩΛΛΛααααΑΑΑ!!!
「まさか君から学ぶとはね。
私も考えていたのだよ。
この秘薬をどうすればこの子達に打てるかを」
全てを打ち終わった注射器を投げ捨てたモーリシャスは変化するゴーゴンを見続けた。
背中は蛇が皮膚の下で蠢くかのように浮き上がり。
体の鱗は落ち、変わりに人間のような皮膚が露出する。
潰された目は復元し、額から第三の目が開眼した。
「ぁ―――ァア………」
まるで蛹から現れるように二枚の羽が生えた。
白い蝙蝠のような羽だ。
顔には先程までの本能的な色はなく。
あるのは理性の色だけ。
「何をした……?」
「なに、ただの先祖帰りをさせただけですよ。
この世界の人間は全てイース族でね。
今でこそ純粋たる姿をした者は一握りしかいないが、こうして無理矢理引き起こせばいくらでも作れる」
「ぁ………ァア」
ゴーゴンはフラつく足に力を入れてバランスを取る。
「殺してやる………兄さんの敵を殺してやる」
「存分になさい。
ただし殺してはなりませんよ」
「ハァァアアア!!!」
一瞬で距離をゼロにされてしまい対処が遅れた。
今まで腹部を殴っていただけのゴーゴンが初めて暁に“触れた”。
「“見えない爆弾”(インビジブル・ボム)」
強烈な爆発で脇腹が爆ぜた。
体力の血と腸が外に出て行く。
「まだ……終わらない」
ゴーゴンが幾度となく触れた箇所が爆発していく。
腕が、足が、背中が次々と。
息があるのは呪術のおかげだが、それが今では恨めしかった。
自らの術のせいでいらぬ苦しみを味わい続けている。
呪術で補える範疇を大きく超えた爆発が暁の目の前で起きた。
(死にたくない………)
――死ナセハシナイ
彼が、アルガー・バアルがその場に着いた時には全てが遅かった。
破壊され尽くした洞窟内に三人の影。
モーリシャスとゴーゴン、そして血まみれで倒れ伏す暁の姿。
「遅かっ……たのか………?」
「おや、またお客様ですか………今日は千客万来ですな」
地面に倒れた暁に近づき息を確かめる。
微かだがまだ息が続いている。
多少の後遺症を覚悟すればまだ助かる!
……………だが時間をかければかける程、助かる可能性が低くなる。
いや、助かったとしても最悪感染症にかかるかもしれない。
「来てそうそう悪いのですが、死んでいただけませんか?」
「―――っち!」
とっさに横に転がり難を逃れる。
強い風切り音の後の破砕音。
一撃で必殺の鋭い爪が深々と地面を突き刺していた。
「ゴーゴン、そのお客様は殺しなさい。
招かれざるお客様に用など無い」
彼からは影になっていて見れなかったその顔。
それは彼、いや…………“彼ら”が無くしたソレを持っていた。
「第三の目…………神の眼だと!?」
―――神の眼。
それはイースが神から与えられた祝福の証にして、イースの原点たる“人”の形であったときに神に近づきたいという願いが叶えられた証。
その目は全てを見定め、その目は真実をより近く、また認識するための目。
だがそれも今から数千年も前の御伽噺。
その目は既にある一族以外発眼していない。
それが王族と呼ばれる一族にのみ残るイースとしての証。
「バカな!神の眼は既に王族にしか開眼していないはず!」
「開眼していない、というのは違いますよ。
元々イース族全てが開眼してもおかしくない。
開眼しないのはただ貴方達がその術を知らないに過ぎないのですよ」
「術だと………?」
「私も詳しくは知りませんが………一説では創造の祝福とも言われていますがね。
まあそんか存在がいるなど信じられませんがね」
モーリシャスのその言葉に彼は王族に不信感を感じてしまった。
まるでそれを感じた時、モーリシャスの口が笑んだ。
それがまるで仕組まれたことのようで腹が立った。
数年前、人の心を見透かしたあの悪魔ように腹が立った。
「どうやら私は貴様が無償に気に食わんようだ。
アヤツのように人の心を完全に握れない分さらに腹が立つ」
「おや、まるで私が何かしたみたいですねえ?」
「黙れ悪魔め、王族近衛隊総長アルガー・バアル―――我、外道赦すまじ」
それを始まりとし、それが終わりとなった。
洞窟内は一種の檻であった。
迂闊に動けば肌は切れ、止まればいずこから刃が飛んでくる。
皮肉な事だ。
制限された空間はさらに制限され、まるで檻。
子供を逃がさず、希望を持たせない檻が今では自分達を嬲るための檻に変わってしまった。
1つの刃は服を裂き、1つの風が少ない逃げ道を無くし、1つの風が無くなった道は無数の刃蠢く罠。
どれだけ強い魔力を有して防ごうが小さな傷はいつか巨大な重りへ変わる。
それは長い年月を経て水の雫が岩に穴を開けるが如く二体を追い詰めていた。
「っく、早くなさいゴーゴン!
あの実験体の命も残り少ないんですよ!
それに、あの実験は胴体以外どれだけ傷つけようが構わないのですから!」
「イエス、マイマスター」
モーリシャスの命令にゴーゴンが片腕を犠牲にしたまで風の檻を突っ込んできた。
ズタズタに引き裂かれ、骨さえ露出した腕をさらに盾にするゴーゴンがアルガーを右腕で捉えた。
衝撃波で洞窟が真一文字に砕けた。
表情1つ変わることなくその腕に凪がれたアルガーの顔が――――笑った。
「まだまだ爪が甘いな」
姿はブレ、ゴーゴンの隣からアルガーの姿が現れた。
突き刺す形でゴーゴンの脇腹を何かが抉った。
透き通る、が細かな何かが逆巻く槍のような風が脇腹に突き刺さっているのだ。
「引き裂かれろ悪魔め!」
「ァアアァァアアアッッッ!!!」
ギチギチ硬質で柔質な肌が裂かれていく。
小さくも、それでもゆっくりゆっくりと傷口が広がっていく。
「っち、荒巻け風のスピア!」
あまりにも異質な肌は回復とダメージで拮抗し、敵意を見せ始めたゴーゴンの眼を見たアルガーは風の槍をさらに突き刺し暴発させた。
巻き上がる土煙を囲むようにさらに檻を重複し、風の矢を、槍を設置する。
後ろを垣間見ればまだモーリシャスが風の檻から出れていないのが確認出来た。
「風よ!悠久の自由者なる風よ!
怒りを込めよ!存在を見せつけよ!
我に従い、敵を封滅せん!
“シール オブ ダイン”!(封殺!)」
風の牢獄に無数の魔法を叩き込む。
たとえ姿形が原初のそれでも自分は勝たねばならないからだ。
「これなら………」
「驚きましたね。
まさか人間風情に私のゴーゴンがやられるとは………ですが―――」
未だに土埃の立つ中から何かが突撃してくる。
「紙一重の差でゴーゴンの意外性がかったようですね」
片腕をなくし、腹部を抉られながらも突撃してくるゴーゴンの攻撃にアルガーは防御を崩されてしまう。
油断などするべきではなかったのだ。
理解出来ない相手に余力を残してしまい、結果自分を追い込んでしまう。
「ヒャハハハハ!
これで私の勝ちですねえ人間!」
高笑いの響く中、アルガーはある光景を見てしまった。
それは数年前と全く異なる―――だが、絶対的な力の差を見せつけられてしまうかのような光景を…………
暗闇の中だった。
その中で俺は怯えながら泣いてた。
(死にたくない)
ナゼ?
(理不尽に殺されたくないんだ。
なんで俺ばかりこんな目に遭うんだ?)
理不尽ニ死ヌノハ貴方デハナク世界。
不条理ガ付キマトウノハ人間。
貴方ハ死ナナイ―――イエ、私ガ生カス
(俺はいつも1人だ………
師匠が来る前から、師匠が去った今、いや…………師匠がいなければ俺は孤独だったんだ)
違ウワ、シオン
貴方ハ何時モ私ガ側ニイル
貴方ヲ永遠ニ愛スル私ガ
(怖い、嫌だ………!
1人は寒い!1人は切ない!
1人じゃ世界は“脆すぎる”―――!!!)
大丈夫、貴方ニハ私ガイル
私ハ貴方ヲ裏切ラナイ
ダカラ、安心シテ…………
(だけど、俺はまた何も出来ずに殺され、そして殺した!
助かるかもしれなかった子供達を、それに師匠はもう来ない………)
大丈夫ヨ、シオン。
貴方ハ私ガ守ル……………
例エ、コノ世界ヲ否定シテデモ
暖かい闇が暁に絡み付く。
いつの間にか縋るように抱いていた魔導書が勝手に開き、目的のページを開きだす。
そしてそこには透けてしまいそうな文字と、音階のように段分けされた文字列が並んでいた。
洞窟内の魔力が一気に色を失った。
汚染が浄化されたのではなく、汚染自体がその概念を失われたのだ。
後ろから、前から、左右から………
洞窟内の全ての生き物はその有り余る存在感を探した。
どこにいるのか解らない。
なのに存在感はハッキリと感じる。
有るのに無い。
それは存在感が無いのに等しく、気配の感じない暗殺者を探すよりずっと恐ろしい………
「貴様は………」
モーリシャスは気付いた。
遅すぎるくらいだが、目で探していたのなら仕方ない。
だがいち早く気付いていたアルガーは彼の姿に目を見張る。
全ての傷が“消滅”する。
ガラスが砕けたように傷が弾け、服が弾けるとそこには綺麗になった姿がある。
全てが消滅していた。
傷も、魔力の消費も、疲労も、ありとあらゆる現象が消滅されていた。
「なんだそれは………!
ありえない、時間の逆行?
違う、時間ではない。修復でも復元でもない!?
いったい何をした小僧―――」
「静まれ」
静かな言霊。
たった一言で全てが静まり返った。
アルガーの神言で吹き荒れていた風も、激しく鳴り響いていた鼓動も“全て”が。
「我が愛しき者を傷つけた者、万死に値す」
「ひ、ひっ?!」
「悲しきかな、無知であるが故に自らの器を図れず。
知ろうともしない故に自らの命を摘むのだからな」
「な、何を!」
「死になさい。
自らの喉を裂き、心の臓を抉り、自らの内臓を焼いて」
暁の言霊がモーリシャスに突き刺さる。
放たれていないアルガーでさえ気を確かに保たねば自害してしまいそうになるその言霊にモーリシャスは有り得ないと叫んだ。
「そんな、そんな訳があるものか!
私は大悪魔に、爵位さえ貰える私がこんな小僧にいいようにされるものか!」
「可愛そうな生き物。
自分で死ぬのがそんなに嫌とは、私の手でそんなに殺して欲しいのか?」
「黙れ、黙れ、黙れぇぇえい!」
人間の姿をとっていたモーリシャスの体が弾けた。
皮膚は分厚い体毛と鱗に覆われ、口が裂ける。
そして醜い悪魔の咆哮が全てを轟かす――――ことはなかった。
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