侵食神話
紅、赤、朱、垢……
目を覆い隠しても“視えて”(感じて)しまう赤。
片方の手が熱くい。
もう片方は温かい。
走る、走る、走る。
暗い夜、背中に火事の光を背負いながら森の中をひたすらに走る。
周りを見れば走っているのは俺達だけじゃなかった。
1人、2人、3人……
少なくとも10人はいるのか森の中で小枝や木の葉を踏みしめる音があちこちで鳴り続けている。
ふと、背中を振り向く。
プツリと、糸が切れるかのように意識が暗闇へ墜ちる。
そして、
紅、赤、朱、垢……
黒い森の上から絵の具を塗ったかのような紅。
火照った肌よりも純粋な紅。
紅い液体、紅い臭い、紅い感触……
紅、垢、朱、赤、紅、紅……………血
全てが紅い。
美しい紅が黒だけの森を、つまらない緑だけの森を装飾している。
その絵の具を出し尽くした残りを抜きにすれば……
頭、手、足、胴体、内臓……
バラバラになったパーツとパーツ。
命の原液たる液体が火よりも赤い紅で森を乱暴に塗りたくっている。
まるで幾月もの時間を過ぎたようにその部品達は景色に融け込んでいる。
綺麗
そう感じたのはいつ頃からだろう?
自分の狂気に気づいたのは中学に入った頃からだった。
あれほど綺麗な紅を世間では気持ちが悪いと言うのに反感を持つのを止めたのもその時だった。
また映像が変わる。
古い神殿だ。
相当な年月と自然の凄まじさを語る人工物。
しかしボロボロではない。
ただツタが巻きつき、土に汚れているだけで立派な原型を留めている。
その暗い入り口に足を踏み入れる。
『まだ時は満ちていない』
目が覚めた。 いつもとは違う夢の終わりに戸惑いを覚えるが、一々気にする程じゃない。
時刻は現在6時。
一人暮らしの人間が朝食の準備をするにはちょうどいい。
「……眠いな」
我が儘は止しとくか。
暖かい日差しと冷たい寒気。
心地良い寝覚めとはこのことかもしれないな。
自室からキッチンへ向かうためリビングへと向かう。
いつもの日課となった携帯の留守電を聞きながら……
一通目、AM0:26
『お兄ちゃん、コウに何かあげたでしょ?
そうよね、そうなんだ、そんなのズルいよ!
たまにはアタシにも何か送ってよね!
いい約束なんだからね!
破ったら嫌いになるんだからね!
……ちょっと大袈裟かなぁ?』
2通目、AM0:58
『この前貰った魔導書かなり面白かったよ!
……でもさ、そのね、リナにバレちゃったんだよ。
ゴメンナサイ、きっとリナからまた我が儘言われるかもしれないけど……
本当にゴメンナサイ』
3通目、AM4:53
『久しぶりだな暁!
元気か、元気だな?!
ならご褒美にまた何か
「送るな馬鹿親父!」』
留守電を乱暴に切る。
書庫、いや彼の本棚には多数魔術書、呪い付きの聖書やらがズラリ封印されている。
流石に原書ではないがそれでも内包する神秘と人々の呪怨は間違いなく逸品であることを自己主張している。
ブチブチと愚痴をこぼしながらキッチンへ向かう。
実質的に彼は1人だ。
家事の全てを自分でこなし、生活の全てを自分で管理する。
そんな彼に朝食を作ってくれる相手などいない。
彼女もいなければ幼なじみもいない。
古い付き合いでも小学校上学年の数人の男女くらいのものだ。
もちろんこれは自分のそう思っているだけ、上っ面の付き合いだけの人間を友人だと思った時はない。
それだけ彼は他人に対して心は開かない。 なのに……
「ごっはん〜、ごっはん〜♪」
「はい、これがあなたの分ですよ」
さらに2種類の朝食を並べていく。
1つは和食を中心としたお茶漬けと蕪の千枚漬けに心なしかに秋刀魚を並べている。
対して逆側には少し焼き戻したフランスパンにスクランブルエッグ、サラダとグレープフルーツのジュース。
暁は招かれざる客に和食セットを出し、自分は向かい側に座る。
「さて、いただきます」
「いっただきま〜す!」
暁は手を合わせ、少女はスプーンを持ってお茶漬けを口に流し込んでいく。
暁も少しずつ朝食に手をつけていく。
顔には微笑みを浮かべてはいるが内心では冷ややかな心情であった。
「ところで君は誰かな?」
「うん、貴方の妹です」
「飯食って帰りなさい。
叩き出さないから食ったら帰れよ」
有無など言わせない。
なによりこれ以上問題児を増やすな何処の神様’sよ。
「イヤだよお兄ちゃん!」
「死にたくなかったら帰れよ。
あと俺に外国の親戚は1人もいない。
それに今のお前は確実な不法侵入者ってことを忘れるなよ」
「なら許嫁なら?」
「ありえないね。
あぁ、そんなこと両親からは………」
現在、暁の脳内で苦悩メモリーが再生されていく。
部屋の曰く付きな本。
実は両親の部屋に隠されていた将来の婚約写真があった事実。
親父達の気紛れでの孤児達の保護&その世話(強制的な押し付け)
「あぁ、そんなこと……なんかあってたまるか」
「なんか言い聞かせてない?」
「気のせいだ。
あぁ、お前の一方的な勘違いだ」
「そうかな?」
「そうだよ」
「そうかな〜?」
「そうだよ」
「そうなのかな?」
「そうに決まってる」
「そうなんだ」
意味のない問答を繰り返しながら2人は黙って食事を済ませていく。
少女は美味しい美味しいとお茶漬けを食べているようだが、はっきり言おうチビ助。
それはインスタントだと。
「さて……」
「どうしたの暁?」
「君に関係ある?」
「何か話に聞いていたより冷たーい」
話に聞いていたより?
まあいい。
早く学校に行こう。
学校から帰ってくればまた元の生活に戻れる筈だからな。
「早く帰れよ」
「おはよう」
「ん、あぁおはよう暁。
どうした今日はいつもよりテンション低いな?」
席の向かい側、丁度窓側に座る友人。
紅薔薇撫子、我が少ない友人の1人で艶やかな黒髪と憮然とした態度が特徴的な女性だ。
美人だが彼氏はいない。
学校の男共はまず声がかけられない高嶺の薔薇。
しかも鬱蒼と生えわたる茨の山の頂上に威風堂々と生える薔薇のような認識だ。
彼女自身が自分に自分を持ち、それなりに男達から声もかけられてきたのだ。
今さらナンパなどされても冷めるだけだと暁に愚痴るほどの女性である。
それでいて本人は努力と熱血が大好きだと豪語する将来有望な教師の卵なのである。
「家に不法侵入者が居やがったからな」
「ほう、お前の家に盗みに入るとは……
それで警察には届けたのか?」
「いや、飯食わせて帰らせた」
「なに?」
「なにより俺自身に用があるような口振りだっしな。
盗みなどしないさ。
それに金庫を見つけてもまず開けられないよ」
撫子と他愛ない会話をしながら暁は溜め息をつく。
視界にある人物が近距離で出てきたからだ。
「よう暁、どうした湿気た面してよ!」
むさ苦しいスポーツマンな男の顔がドアップ……
慣れてしまった自分に溜め息がまた漏れた。
「なんだ?」
「ノートを見せてくれ!
あと宿題と課題とレポートを」
「つまり全部か?」
「応よ!」
「土に還れ甲斐性無し」
あぁ、このやり取りはまさしくいつもの日常だ。
これがまさしく………
昼食時の鐘の音が鳴り響く。
無機質なスピーカーから鳴る鐘の音が全ての合図であった。
轟く地響きと雄叫び。
飢えに飢えた者達の魂の叫び。
『麻婆親子特製泰山カツサンド限定10人分』
死ぬほど辛いがその充実感、満足感、そして一度口にしたら癖になる辛味とカツの融合。
半年に一度しか売られない限定中の限定。
そのため一部のグルメと運動部の連中からは絶大な人気を誇る一品。
そして、クラスでも………
「暁、今日の弁当は何だ?」
「生徒に集るな不良教師」
「別にいいじゃないか。
私の分を分けてやる」
「いらん」
「しかし私が引けば他の女子がウルサいだろう?」
「適当に誤魔化すさ」
4つの机を向かい合わせ俺と撫子は他のメンバーが来るまで話をしている。
その周りで文化部や多数のグルメ、さらに廊下には一年と三年が暁と昼食を取るために待機している。
つまり私と他2人がいる限りお前は外の連中に付き纏われなくて済む。
そのお礼に弁当を寄越せ、と言っているのだ。
2人が弁当を賭けて討論をする。
理詰めで冷静に対処する暁。
熱い根性論とごり押しな理詰めの撫子。
両者とも一進一退である。
それでも暁はクラスの者達から声をかけられれば役者な笑顔で対処していく。
始まって5分を過ぎた頃、残りの2人が満足気に帰ってきた。
「皐月君、君にお客さんだよ」
眼鏡をかけた童顔な少年の後ろからひっょこりと金髪の何かが飛び出してきた。
「ヤッホー、暁〜!」
日常への浸食が始まった。
「それで何のようかなミリアリアさん?」
「あははははっ、痛いから手を離してよ暁。頭が本当に割れそう」
「割れちまえ、いっそのことな」
暁が少女ミリアリアの頭をがっしりと掴みながら最高の笑顔を吐き捨てる。
「なあ暁、この可愛い娘は誰?」
「いや〜だ〜、美少女なんて言い過ぎですよ〜」
割りたいな。
もう一切慈悲などかけずに土に還すべきかな?
少女、ミリアリアには特徴的な金髪に 緑と青のオッドアイが彼女の幼い容姿を人形めかせている。 背はそこまで高くなく、身体的な特徴的はない。
平均的だな。
ただまだ会って数十分だがコイツの内面は平均からかけ離れ、偏差値からダントツで抜いてくれそうな性格なのは解った。
「それでミアはなんで暁の所に?」
「お仕事で呼びに」
「1人でかい?」
「もう1人、同僚がいるよ」
「皐月君も大変だね〜」
「うん、お前達がそいつと和みに和んでくれたおかげで追い出しづらくなったぜドチクショー。
おい教育実習生、不審者を追い出さないのかよ?」
「残念だが今の私は個人であり教育者という枠組みに属さないよさっちん」
「さっちん言うな」
「これ美味しい!
これも暁が作ったの?!」
「勝手に食うな!
そこっ、お前達も便乗するなぁ!」
いつもと違う非日常。
騒がしくて、騒がしくて、大変な始まりの合図。
今日はいつもより違う1日になるのかもしれないな……
朱色の夕焼けが冷たい色の空を熱く染めていく。
硬いアスファルトを軽く蹴飛ばすように歩く暁に対し、横にいるミリアリアは見た目相応に軽い足取りで歩調を合わせている。
もちろん見た目とは脳天気、つまり頭が軽いという意味だ。
今日の夕飯をカレーに決めていたためスーパーや精肉店では時間を食わずに済んだのもこの空の下で帰れる理由だろう。
寄り道をしても気にならない時間に季節だ、近場の公園で一休みをしようと帰路から少々ズレる。
歩いて数分。
広くなく、狭くなく、それでいて緑が豊かな何だか微妙な公園。
遊具は中心に配置され、ベンチなどはその周りに配置されている。
公園が見えた辺りから周りの気配でわたわたと挙動不審な動きの気配があった。
声もバッチリ聞こえている。
「あれれ〜、もしかしてまた迷ったのかな〜?」
脳天気でのんびり屋な女性の声。
聞き覚えならある。
なにより迷子の常習犯と俺の脳内では立派なレッテルをこれでもかと殴りつけている相手だ、どうせまた迷ったのだろう。
数年間住んでいるのだから少しは地理ぐらいは把握して欲しい所だ。
「何してんだよ亜麻さん?」
「あれあれ、さっちゃんだぁ〜。
助かった〜、ちょっと寄り道するつもりだったんだけど道に迷ったんだ〜、助けてよさっちゃ〜ん」
「さっちゃんだって、ぷっ」
「土に還りたいかミリアリア?」
眼で人が殺せたらなんと楽だろう。
まあそんなことが出来ちまったら道端に死体の山が出来ちまうからごめんだな。
「いや〜、ボクもそろそろ慣れたいんだけどここら辺は複雑で」
「そこまでじゃないだろうに……
ほら、ここを真っ直ぐ行けば商店街だ。
後は解るよな?」
「ありがとうさっちゃん♪」
とてとてと走る亜麻を見送りながらベンチに腰を掛ける。
冬間近の空気で冷えたベンチは痛いくらい冷たい。
それも一瞬で、慣れてしまえばどうとことない感じだ。
袋からコーヒーを取り出し口を開ける。
香る芳香を楽しみながら舌で舐めるように味わう。
程良いコクと甘さ、それに苦みが芳香と一緒に舌を楽しませてくれる。
隣ではミリアリアが勝手にコーヒーを開けているが無視だ。
「何をしているのですかミリアリア?」
酷く大人びた女性の声。
少し苛立った棘のある声が隣人の脳天を直撃して無理矢理立たせたうえに後ろを向かせる。
関係ないため俺は引き続きコーヒーを楽しみながら公園で遊ぶ近所の子供達を見守る。
「貴方はどこ彷徨いているのかと思ったら……」
女性の声に畏まるミリアリアが謝りながら頭を何度も下げている。
子供達のうち1人が暁に気づいたのか元気に駆けてきた。
緑がかった髪に大きな眼。
活発そうな顔つきがこの娘の性格を表している。
「ねえねえさっちゃん、次のレッスンはいつするの?」
「そうだな………明後日にするか」
「うん、ならさっちゃんのチーズケーキ教えてよ。
私まださっちゃんから教えてもらってないんだからね」
朝顔のような明るい笑顔に癒されながら頭を撫で回す。
眼を瞑り、なすがままにされる少女が男の子に呼ばれた。
それに応え戻る少女を見送る。
灰色へと姿を変えていく空を見ながら買い物袋に手をかけてベンチから立ち上がる。
「待ってもらえませんか?」
肩に手をかけられたのか半身が後ろに仰け反る。
「何か?」
「折り入ってお願いが御座いま
「嫌です」なっ?!
まだ何も言ってません!」
「俺には俺の日常と生活がありますのでそれを邪魔しないでもらいたい」
「ならば話だけでも!」
「聞いても何も変わりませんよ」
「それでもです……」
「勝手にしてください」
既に時刻は8時を周り、出来上がったカレーをスプーンで掬い口に運んでいく。
「まず貴方には私達の“世界”まで来て貰いたいのです」
「生憎ですが私は無宗教なんですよ。
どこの宗教にも付く気はありません」
まるで腫れ物のような2人に笑顔で受け答えをしていく暁は内心溜め息をついていた。
家まで押し入る程の理由が俺にあるのか?
ハア……
なにより“世界”に来て貰いたいってなんだよ?
「宗教じゃありません!
私達は至って真面目です!」
「なら証拠は?
貴方達がその世界、つまり異世界人である証拠はあるのですか?」
「……ならこれでどうでしょうか?」
彼女、セシルの手から1つの小鍵が置かれた。
隣のミリアリアは名残惜しそうに頭につけていたバレッタを外し小鍵の隣に置く。
「貴方程の呪術師ならこの貴金属を視て貰えば理解して貰える筈です……」
ダイニングの空気が冷える。
自分が呪術師であることを知っている。
それだけは広められてはいけない。
「へえ、隠蔽工作には自信があったんだけどな……」
「いえ、隠蔽工作は完璧とまでは行かなくともこちら側でない限りは騙されるものでしたよ。
ただ……、人の口に門は立てられないと言いますのでしたか?
数ヶ月前から調べていましたので」
「現代に現れたドルイド。
古より受け継がれた意志。
性格の割には正義の味方してるねさっちん♪」
「……知ってたかミア、呪術の中には対象者を苦痛で苦しませながら殺す方法があるんだぜ」
「貴方に殺されるなら本望です!」
「よく言った馬鹿女……」
即席のエーテル人形を作り出し魔法陣を書き込んでいく。
「わぁ〜わぁ〜わぁ〜!
嘘嘘嘘嘘う〜そ〜!
さっきのは嘘なんだから真に受けないでよ暁〜」
「残念だが動き出した呪術を止めるのは用意じゃないんでな……
後悔に溺れてろ馬鹿女」
「いや〜ん!」
人形の喉を潰してゴミ箱に投げる。
さっきまで泣きわめいていたミアが今では声を出さずに涙を流しながら何か言っている。
まあ呪いで声を封印されている間は何も邪魔出来ないだろう。
「さて、調べた方法も聞きたいですけどこの2つをどこから発掘したか聞きたいですね。
こんなデタラメな魔力量と術式の“魔法道具”(マジックアイテム)は人間の手には余る筈ですけど」
「それが証拠としか言いようがありません。
それは我々イース族が貴方を探すために与えられた鍵なのですから」
「はっ、冗談だろ。
イース族ってのは情報思念体の群体だぞ。
個体のイース族なんかありえるのかよ?
それにイース族自体がただの神話上の種族だ」
「私達にそのことを言われても解りかねます。
なにより貴方の言う代のイース族は今から数万代以上前、その伝承や神話も信憑性が全くないものばかり。
ですから私達が個体になった理由は私達でもよくわかっておりません」
渋い顔をしたセシルを見ながら暁は頭を回転させる。
イースは普通の種族より多くの知識を持っている筈だ。
ならなぜ今さら人間なんかに頼る?
「1つ、1つだけ答えて貰いたい」
「私が解る範囲なら」
「何故、人間の俺なんだ?」
「貴方しか……
貴方にしかあの悪魔を殺せないからです。
信託の天使から貴方のことを承り、渡され鍵で貴方を探しました。
未知の地、解らぬ文化、そのどれもに屈すことされ許されない中で貴方を」
セシルの目に涙が浮かんできた。
よほど辛い事があったのかもしれない。
しかしその隣で泣きながらカレーを食らう馬鹿が全てをブロークンしやがる。
「依頼報酬は?」
「え、それじゃあ……」
「個人的な理由では信じない。
でも依頼ならしっかり果たすさ」
「ありがとう、ありがとうございます……」
「………(暁、お代わり〜)」
泣きながら感謝するセシルさんと泣きながら食い続け、食い終わった皿を俺に向けているミリアリア……
あぁ、今さらながら後悔に溺れそうだ。
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