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第11話 暗躍する武器商人

 ヒルダは迎賓館でのことを経てレントの支配下に置かれ、翌日の朝には伯爵邸を訪れ、領地を問答無用で接収しようとした非礼を詫びた。その変化はレントの部下たちを驚かせたが、レントならばありうる、と誰もが納得する――彼が女性に対して無類の交渉術を持つというのは、部下たちも知るところだったからだ。


 騎士団のヒルダ直属の部隊はエドガルド領にいつでも赴ける場所にある砦に常駐し、「エドガルド領は国王の命で監視下に置かれているため、常に目を光らせておく必要がある」という口実で、その実はエドガルド領内の守備を行うことになった。ヒルダの部下の女性副官もレントが催眠魔法で篭絡することで、その体制に疑問を持つ者は排除することができた。


 ◆◇◆


 ヒルダがエドガルド領の守備を行うようになって二週間後、エドガルド領に侵入しようとした国王の密偵を、ヒルダの部下が捕らえたという報告がレントのもとに届いた。


 レントの領地を召し上げることを国王は諦めておらず、領地没収の理由となる材料を、密偵を送り込んで探ろうとしたのだという。


 ヒルダは自分の親族が未だにエドガルド領欲しさに国王に働きかけていることを知り、レントに平身低頭で詫びた。そして国王の密偵は、国王と側近の貴族たちが既にひとつの罪状を捏造し、国王がレントに嫌疑をかけようとしていると自白した。


 それは、武器の密売であった。本来ならば、武器を商うには、国王に取引の内容について報告する必要がある。レントの領内で武器の扱いを取り仕切る商人が毎年報告していたのだが、その内容に不正があるというのだ。


 そしてその不正自体は、どうやら、本当に行われてしまっているらしい――レントは領内の商人を何人か呼び出し、催眠をかけて情報を引き出して、大商人ユーシスという人物が、どこからか大量に手に入れた武器を、隣国に売りさばいているらしいとの情報を得たのだった。


「ふむ……そのユーシスという人物は、領内の商人すべての元締めなのだな。それで、鉱物資源から作られる武器を売って出る利益については、税を納めていると……しかし、この決算書を見る限り、金額が小さく思えるな」

「ヒルダさん、それはどういうことですか?」


 執務室で、レントはセリアとヒルダとともに、今後の対策を話し合っているところだった。武器商人にとって最大手の顧客である騎士団のトップであるヒルダは、領内の武器の流れについてもある程度把握していた。


「レント様もご存知とは思うが、このエドガルドは、騎士王国の武器生産の3分の1を担っている。それにしては、この取引高は少ない」

「少なく申告して、税金逃れをしているということですか……それを、僕の指示だと思われているわけですね」

「お兄様、ユーシスという商人を呼び出して、事情を聞いてみてはいかがでしょうか」

「ええ、それは僕も考えていました。しかし、少なく申告しているということは、ここに報告されていない武器は、どこに流れたんでしょう」

「……その武器が、隣国に流れているということであれば。ますます、一刻も早く密輸をやめさせなければ」


 国王からの指摘は、父レイリックの負の遺産を弱みとして突いたものだった。しかしレントは密輸を黙認していたわけでも、ユーシスから利益の供与を受けていたわけでもない。王国に対して、後ろめたいという感覚は全くなかった。


「しかし……もうひとつ、見えた問題がある。騎士団に納入した武器の量と、実際に納入された武器の数が合っていない。私もおかしいと思っていたのだが……」

「それは……騎士団に届くはずだった武器まで、横流しされているということですか。そんなことでは、国境の守備を行っている兵士たちに十分な武器が行き渡らない」

「そうだ……それが事実なら、ユーシスをこのままにしておくわけにはいかない。不正の証拠を掴み、国王からの嫌疑を晴らしましょう」


 ヒルダはレントの前では、国王に尊称をつけない。それは彼女にとっての主君が、既に国王ではなく、レントであるという意志の表明だった。


「では、セリア。ユーシスさんと会えるように、手配してもらえますか」

「はい、すでに所在は掴んでいます。しかし、ユーシスは多忙とのことで、お兄様が直接訪問されるのでなければ、時間は取れないと返答してきました」

「無礼な……領主に対する敬意も何もない。レント様のお父上は、商人たちに対して寛容でいらしたようだが、私は納得がいかない。ユーシスをこのままにしておくわけにはいかないのではないか?」

「僕の代になっても、商人たちの好き勝手ににさせるというわけにはいきませんね。大商人ユーシスには、改めて僕に忠誠を誓ってもらう。そうするときが来たようです」


 レントの決断に、セリアとヒルダは頷きを返す。大将軍と、領内最強の剣士――この二人が護衛として同行するなら、レントは後顧の憂いは全くないと考えていた。


 ◆◇◆


 エドガルド領の領主の館は、セントルディアの町にある。その町の中心に、ひときわ大きな建物を構えている商館――ユーシスは商人組合の長として、週に二度はそこで行われる会談に出席しているとのことだった。


 商館の護衛は屈強な男たちだが、彼らはレントが来ても、領主ということで素通りさせた。しかしレントは決して油断せず、商館を包囲する形で兵を伏せさせ、セリアとヒルダを伴って組合長室に向かった。


 ユーシスの部下の女性が、扉を開けてレントたちを部屋に招き入れる。壁にかけられた巨大なクマの毛皮を眺めていたユーシスは、振り返ると、不敵な微笑を浮かべた。


(女……なのに、男装している。さらしを巻いて胸を押さえているが、押さえきれてないな……自分の女らしさを、押さえつけているような……)


 短めの茶色の髪に、宝石のピアス。ヒルダと同じくらいの身長で、体型が隠れるような男物の服を着ているが、その胸の膨らみはごまかしきれていない。それでも、一見すれば、中性的にも見えなくもない。それは、ユーシスが努めて男のような仕草をしようとしているからでもあった。


 努めて、と分かる程度には、レントは女性というものを観察してきたつもりでいた。ユーシスはそんなレントの心中を知らず、彼の前にやってくると、商人の慣習に従い、身を少し低くして会釈をする。


「領主どの、お会いできて光栄だ。オレはユーシス、この界隈の商人の元締めをさせてもらっている。よろしく頼むよ」

「改めまして、レント・エドガルドです。こちらこそよろしくお願いします」


 レントはユーシスの求めに応じて握手をする。剣を握っていることは分かるが、ユーシスの手はやはり男のレントと比べて小さく、女性らしい細くしなやかな手指をしていた。


「ユーシス殿、領主であるレント様に対して、そのような態度は……」

「セリア、いいんですよ。身構えてしまっては、話すことも話せなくなります」

「……はい。申し訳ありません、差し出がましいことを」

「怖いねえ、剣士なんて二人も連れてきちゃって。セリアさんといえば、領主殿に剣術大会で勝った人じゃないか。貴族様は時間を持て余してるから、さぞ剣術に費やす時間もおありなんだろうね」

「……なかなか不敵な物言いだが。レント殿は、多忙の中で時間を作って剣の訓練をしている。その努力を軽んじることは、私が許さん」


 セリアとヒルダ、二人とユーシスは視線を交わす。男装の女商人は、王国屈指の剣士たちの威圧を受けても、たじろぐことはなかった。


(なかなか肝が据わっているな。ヒルダさんも気丈な女性だけど、彼女ともまた種類が違う……こういう女性も興味深いな)


 レントはユーシスをどう陥落させるかを考え始めていた――これほど不敵な女性がどんな願望を胸に秘めているか、純粋に興味を惹かれていた。


「ユーシスさん、あなたには一つ聞きたいことがあります。『どんなことにでも、隠さずに答えてもらえますか』」

「それは条件によるよ。商人にとって、情報は商売の道具でもある」

「そのような理屈を持ち出すような問題ではない。あまりはぐらかすようなら……」

「ヒルダさん、僕らは彼女と敵対したいわけじゃない、そうでしょう?」


 ヒルダだけでなく、セリアもユーシスの態度に反感を覚えているのは、その顔を見れば明白だった。剣を抜くことはないにしても、場合によってはそうなってしまうかもしれない――レントを愚弄する人間を、この妹は決して許さないからだ。


 そしてユーシスはレントの質問を受け流した。これでは催眠が効果を表さない。元の詠唱句では、呪文を唱えていることが相手にも分かってしまう。そのため、婉曲な表現に置き換え、うまくユーシスの同意を引き出さなければならない。何も隠し事はしないと、ユーシスに自分から言わせなければならない――。


「実は、国王陛下から僕らに嫌疑がかかっています。武器の密売をしているのではないかと」

「へえ……オレはそんな話、聞いたことがないね。領主殿は見に覚えがないのかい?」


(しらばっくれるのか……なかなか骨があるタイプだな。悪くない)


 ユーシスはレントに濡れ衣を着せ、逃げ切るつもりでいる。それを察したセリアとヒルダは、既に剣に手をかけていた。レントが合図をすれば、すぐにでもユーシスに斬りかかるだろうというほど、殺気を発している。


「おっと、オレをここで殺してもいいことはないぜ。無事に外に出られるかは保証できないし、オレが死ねばこの国の商人組合はガタガタになる。国王陛下に、税収が少ないと目をつけられているんだろ? だったら、オレに手を出すのは愚策だな」

「良く事情を理解してるんですね。さすが、情報は金になるというだけはある」

「領主殿、オレが何を言わんとしてるかは分かるよな? 余計なことはしない方がいい。あんたがオレと全面的にやり合いたいなら、それでも構わないがな」


 ユーシスが隣国に武器を流しているとしたら、このエドガルド領の北東に面している国境から、攻め入られる可能性がある。


 ヒルダの力を借りれば、レントの兵力でも十分に撃退できる――しかし、被害が出ることは否めない。無用な戦争で被害を出せば、領民は疲弊し、レントの改革は何年も遅れることになるだろう。


(ユーシスを斬る……その考えは初めからない。しかし現時点では、ユーシスの悪行の証拠がそろっていない)


「分かったら、領主の館に帰りなよ。オレはこう見えても忙しいんだ」


 ヒルダとセリアが緊張を強める。ユーシスが悪事を露見させず、逃げ切ろうとしているのは目に見えて分かることだったからだ。

 しかしレントは急がなかった。一つ芝居を打ち、ユーシスの行動を誘導することを考える。

 自分を生かしておいては危ない。そうユーシスに思わせれば、彼女は必ず何かの行動に出ると踏んでいた。


「わかりました。今日のところは帰りましょう……しかし、これはただ猶予を与えただけです。僕も、濡れ衣を着せられて黙っているほどお人好しではないのでね」


 レントはユーシスを真っ直ぐに見据える。その眼光にユーシスは背中に冷たいものを覚える――この男を怒らせるべきではなかったかと、彼女自身も信じられないようなことを考えてしまう。


「どうしました? 顔色が優れないようですが」

「っ……余計なお世話だ……!」


 かかった、とレントは確信する。顔を赤らめて激昂するユーシスの、強気を絞り出すような表情は、元の素材の良さもあってレントを満足させるものだった。


 そんな自分を、レントは歪んでいるとは思わない。催眠魔法を知ったその日から、敵対する相手の全てに膝を突かせ、屈従させてでも領土を守ると誓ったのだから。


(こいつ……オレがしていることを知っていて、泳がせるつもりか。それなら、こっちにも考えがある……少々、痛い目にあわせてやるか)


 席を立って出て行く領主と、その後に続く護衛二人を、ユーシスは笑みを浮かべながら見送る。

しかし、彼女の手はレントの目を見た時から、ずっと小さく震え続けていた。


 男を恐れるなど、ユーシスにはあってはならないことだった。彼女にとって、この短い対話のあいだに、レントはこのままにしておいてはいけない存在に変わっていた。


 彼女は誘われていることにすら気づかず、殺意を燻らせる。殺さずとも、痛めつけ、二度と自分を侮辱できないようにする。そのことへの迷いは一切なかった。


「オレが男を恐れるなんて、絶対にない。あるわけがない……!」


 未だに止まらぬ震えをどうすることもできないでいながら、ユーシスは自分を鼓舞するように言うのだった。


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