表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/24

第9話 強者ゆえの抑圧

 ヒルダはベッドに腰掛けると、レントには椅子に座るように促した。


 もはや、領主と大将軍の会談などではない――これはただの個人的な談話だ。


「私は、ここで一泊していなければ、すぐに騎士団を連れて戻るつもりだった。私は人というものを、あまり信用していないのでな。レント殿はどうやら、食えぬ御仁……悪い意味ではないが、切れ者のようだ。この領地を放置すれば、いずれ頭角を現すのだろうとは思う」

「……そのお言葉に甘えるというのは、都合のいい話かもしれませんが。僕に、どうか時間を与えてはもらえませんか。必ずや、王国に貢献してみせます」


 レントが改めて言う。しかし頭を垂れることはない、それはヒルダに屈するということだからだ。


 しかしレントの態度をヒルダは咎めることもなく、むしろ申し訳なさそうに応じる。


「この話をすれば、確実に私に対して不信を抱くとは思うが、それでも言おう。この領地をエドガルド伯から召し上げた後に、執政官として派遣されるのは、私の親族――カーライル伯爵家の人間なのだ」

「ヒルダ大将軍も、貴族家の方だったのですね……それは、存じあげておりませんでした」

「中央の貴族と地方の貴族では、それほど交流もない。レイリック伯であれば、私の父と面識もあるのだろうがな。私の兄に事実上の領地を与えたい、それが父の希望であり、私もそれを無下にはできない。言ってしまえば、私が自らここを訪問したのは、個人的に謝罪がしたかったということもある」


 しかしヒルダは、レントが何も言わなければ、武力でねじ伏せたとも言っている。


 彼女は既に、自分の目的が成されたと思っているのだ。事実上、この領地を国王から封じられ、彼女の兄が領主となりかわる。


 その肩の荷が降りたからなのか、ヒルダは上機嫌だった。ベッドから立ち上がると、用意されていた地酒を盃に満たし、唇をつける。


「んっ……美味しい。レント殿も飲まれてはいかがか。ひとり酒はつまらぬのでな」

「……では、少しだけいただきましょう」


 レントは微笑み、ヒルダと同じ酒を口にした。


 しかし彼の中には、燃えたぎるような感情が生まれていた。


(俺の領地は誰にも渡すつもりはない。彼女の家の利得のためならば、どうやら考慮する理由は全くないようだ。ヒルダを従わせれば、領地の接収は白紙に戻せる)


 国にとってもっとも重要なものは、自国の軍隊だ。それを指揮するヒルダを籠絡すれば、国王であれ、レントを敵に回す行動は容易に取れなくなる。


「ふふっ……なかなかいける口のようだな。私が酒を勧めても、部下は誰もが辞退して、恐れたような顔をする。若いというのに、私が会った男の中で、レント殿は最も肝が据わっている……そのような男が騎士団に居れば、私も背中を任せられるのにな」

「恐れ多いことです。僕は剣の腕では、妹にも負けるくらいですから」

「……そんなことはないはずだが。レント・エドガルド……ランス流剣術を幼少から学び、十三歳にして皆伝の免状を得ている。もし国境の守備に招集した際は、レント殿の腕をこの目で見られると楽しみにしていたものだ」


(俺のことを調べている……いや、俺がセリアに負けて、王都の貴族との婚姻話を取り消させたことが原因か)


 セリアを護衛騎士にすると決めたあと、セリアを娶ろうとした貴族からは大いに苦情が届いた。その全てをレントは黙殺した――そう、彼はいずれ、必要であれば国ごと催眠魔法で手中に入れるつもりでいた。


 ならば、顔も知らない貴族が自分をどう思おうが関係はない。そのレントの考えに、ヒルダが勘付くとしたら――やはり、この夜に彼女の元を訪れたことは正解だった。


「私は強い者を評価する。レント殿に王都に来てもらえば、王都の実力もなくのさばる貴族たちを黙らせるだけの功績を、すぐに上げることができるだろう。悪い話ではないと思うのだが……」

「……それが、あなたの真意ということですか。余すところなく話してくれていますか?」

「余すところ……なく……」


 催眠魔法の第一段階が効果を示している今、ヒルダはレントに対して決して嘘をつくことができない。彼女は杯を空にしたあと、妖艶に唇に指を当てながら言った。


「……もう一つある。私は強い男にしか興味がない。こんな形でなければ、レント殿には手合わせを願いたかったのだがな。貴公の剣がどれほどのものか、この目で見てみたい」

「僕はまだ十五ですが、大将軍殿はいっぱしの男性として扱ってくださると……それはとても光栄なことですね」

「私もまだ二十三なのでな。レント殿にとっては、一回り上ということになるか。しかし、母というほど離れてもいまい」


 改めて問われなくても、レントはヒルダを初めから異性として意識していた。催眠を次の段階に進めたとき、彼女が秘めた願望を明かすことになると思うと、身体がひとりでに熱くなるほどに。


(さあ、始めるか。今回も絶対に上手くいく)


 第一の詠唱句は既に効果を発現している。その上で、レントは第二の詠唱句を、言葉に紛れさせて発動させた。


「ヒルダさん、いったん難しい話は置いておいて、あなたの話を聞きたいです」

「……私の話か。幼い頃から騎士になるべく、剣の腕を磨いてきた。カーライル家は、まず男女を問わず剣を握らせ、素養のある者を優秀な騎士として輩出する。そういったしきたりのある家なのだ」

「厳粛な家で育ったんですね。そんなヒルダさんは、きっと抑圧されて、人に言えないような欲求を胸に秘めてきたはずです。違いますか?」


 常日頃のヒルダなら、レントの頬を打ってもおかしくはない問いだった。


 しかしその問いかけは、ヒルダの機嫌を害することなく――彼女は恥じらいながら、バスローブの開いた袂を閉じる。


(……あまりにも無礼が過ぎる。そんなことを聞かれているはずなのに……なぜだ。なぜ私は、誰にも言わなかったことを、今ここで打ち明けようと……そんな弱みを、この男に見せていいはずはないのに)


「叶えたい願望があるなら、教えてくれませんか。僕なら、それを満たしてあげられます」


 万夫不倒の女将軍は、あどけなさを残して笑う少年に見つめられ――魅入られる。


 ヒルダはただ、少年を翻弄して楽しむつもりで身につけてきたバスローブが、女としての貞淑さを守るためにはあまりに頼りないものだったと思い知る。


 打ち明ける前ですら、心臓が高鳴り、身体は火照る。言ってはならないと思いながら、ずっと言えなかったことを明かしてしまえばどうなるかという好奇心が、際限なく大きくなる。


 目の前の少年は、ヒルダの予測では、エドガルド領内でも最強と言われてもおかしくない剣才の持ち主だ。その彼を傅かせ、王都に連れて行き、ときどき貴族同士の交流をすることができたら。


 彼の妹であるセリアも強いようだが、ヒルダは男性であるレントが自分より強ければという期待を抱いていた。それはあくまで興味程度であり、自分の一族の領地を増やすことが優先されると思っていたが、その優先順位がここに来て覆ろうとしている。


(……抑えられない……絶対に言ってはいけない……ずっと秘密にしなければならないことだったのに……この男には、隠せない……あぁ……駄目だ……もう……っ)


 ドクン、ドクンと鼓動が早まり、ヒルダは豊かな胸を押さえて辛うじて息を整える。バスローブの下の肌には珠の汗が浮かび、胸の谷間を伝い落ちていくのがわかる。


 言わなければ胸が張り裂けてしまう。ヒルダはついにその苦しみに屈して、熱にうかされたような表情で口を開いた。


「……私は……いつも、想像していることがある……」

「想像ですか。それで、自分を慰めているんですね。女ざかりの貴女には、当たり前に必要なことです。恥ずかしいことではありませんよ」


 レントの言葉が、ヒルダの自制心、そして羞恥を包み込むように麻痺させていく。

 そして彼女は唇を震わせ、瞳を潤ませながら――ついに口にした。


「……私より強い者に、屈したい……手足の自由を奪われて、拘束されたい……ご、強引に迫られて……女としての全てを、求められたい……っ」


 ヒルダはついに、自分の隠してきた性癖を吐露する。それを言ってしまえば引き返せなくなると知りながら、レントに最大の弱みをさらす。


 しかし、まだレントは手ごたえを感じていなかった。ヒルダの言葉は、プライドの全てを捨てきったものではなかったからだ。


(まだだ。もっと飾らない言葉で、欲望を告白させなければ、この人を従わせられない)


 ――『其の欲望について問う。何を求め、何を欲するか。我が前に曝せ』――


 第二の詠唱句が効果を発現し、催眠は次の段階へと進む。


「ヒルダさん……まだあなたは、自分を出し切っていない。僕の前では、何も隠さずに打ち明けてください。もっと恥ずかしいことを隠しているでしょう」

「……わ、私は……もう、十分に恥ずかしいことを言っている……っ、今日で初対面のレント殿に、打ち明けるはずのないことを……」

「……それだけでは、僕はあなたの欲望を満たしてあげられない。本当にすべてをさらけ出してもらわなければ」


 ヒルダは催眠が進んでいることに気づかず、朦朧とする意識の中で、理性による最後の抵抗を試みる――しかし。

 

 この男しか、今後ヒルダを女性として扱い、心から渇望するものを満たしてくれる者はいない。


 そう思ったとき、ヒルダは朦朧としながらもレントを射抜こうとする眼光を弱め、くたりと腕から力が抜ける。レントは無防備になった彼女の身体に手を伸ばしていくが、ヒルダにもはや抵抗の意志は生まれなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ