お姫様願望
小さい頃、母はよく聞いてきたものだ。
「真里菜ちゃん、お姫様になりたいって思わない?」
「えー? ママ、ネズミーランド連れってくれるのー?」
「そうじゃなくてね……」
別に我が子を王子とか姫とか呼ぶタイプじゃなかったけど、私にお姫様願望を持ってほしいようには感じていた。私はそれが逆に鬱陶しかった。だってそのネズミーも、最近はしっかり地に足のついたヒロインばっかりだもん。そんな時代生まれだもん。そのDVDの灰かぶりを見ている時も。
「真里菜ちゃん、魔法使いよ。ねえママ思うんだけど、魔法使いが素敵な男の人だったら、灰かぶりは魔法使いと結婚すべきだったと思わない?」
「えー? それじゃ王子様一人だよ? 可哀相だよー?」
「……そうだけどね」
母は我が子がお姫様にそんなに興味ないと分かると、いつも溜息ついた。それがイヤな感じで、そういう時はお父さんのところに逃げた。
「灰かぶりの魔法使い? ああ……うん。可哀相だよね」
お父さんはお父さんで変な事ばかり言う。それでも匿ってはくれた。そしていくらか年月を重ねると、お母さんはうるさく言うことはなくなったけど、お父さんが溜息をつくようになった。
「真里菜ももうすぐ十五か……」
それはどこか悲しそう……というより、複雑そうというか胃が痛そうというか頭が痛そうというか、何ともいえない表情だった。何より目が死んでる。
「真里菜、いいかい? 君ももう十五、そろそろ物事を自分で判断する年齢だ。それが成功するかもしれない、間違うかもしれない、後悔するかもしれない。けれど、最低限、自分の心に正直に生きなさい。何事も無理のないように……ストレスは万病の元って話もあるから。お父さんはそれが心配でね」
どうしたんだろう、お父さん。そんなこと言ったって、自分で考えた結果野菜を食べないとか言ったら怒るくせにって思ってた。昨日まで。
「待っていました――――のご息女」
彼は確かに、母の名前を言った。
◇◇◇
ある日起きたら異世界――何てことが本当に起こった。人の沢山いる神殿みたいなところに私はいて、一番私に近いところにいる、一際綺麗な男の人に跪かれていた。
「自己紹介を。この世界唯一の魔術師、ガルクと申します」
「え、えっと、真里菜です」
「美しいお名前ですね。真里菜様――私はずっと貴方を待っていました。会う前よりも、出会った今のほうが胸が苦しい……お慕いしております」
そう言って手をとってキスしてくるガルクさんに、ポーっとするのを止められない。これなんて乙女ゲー? ずっと待ってたっていうのが引っかかるけど、やっぱり前世は恋人とかそういうこと? わー、運命の相手とか私超ヒロインって感じ! そんな興奮してる私に、ガルクさんは不穏なことを呟いた。
「母君に似て美しい」
「……はい?」
何で今お母さん? お母さんの容姿なんていつ見た?? 何となく怖くなってきた私に、ガルクさんはとどめをさした。
「母君とは結ばれなかったが、今度こそ! 真里菜様、結婚しましょう! 大丈夫、世界は私が牛耳っているから不自由な思いはさせません!」
お母さんのあの変なお姫様願望。お父さんのあの言葉、態度。そして目の前の年齢不詳の男のこの言葉……。
「え、まさかお母さんが駄目だったから私とかそういうこと……キモっっっ!!!! キモい近寄らないで!!!!」
「誤解しないでください! 母君が好きだったとかそういう次元の話ではありません! ただその遺伝子を愛しているだけなのです!」
「や――――――――!!!! 無理無理無理無理無理!!!!!」
振り払おうとするけど、体格差が圧倒的だった。二十代前半の容姿にしか見えない母を知る男。怖い。そんでもって母の代わりに私と結婚しようとする男。キモい。人が沢山いるんだから誰か助けてくれないかと視線をやると、みんなそっぽ向いてた。ああ、この男が世界牛耳ってるんだっけ……。誰もこの男の味方なのか、聞こえてくる声が酷い。
「さっさと諦めればいいのに」
「これで駄目だったらまた召喚するようじゃないか」
「女一人に……」
こういう状況が四面楚歌っていうのかな。あんまりだ。ガルクは確かに見た目いい、スペックいい、けど……母が好きだった男なんて信用できるか! 私は母じゃない!!
やけくそで暴れまわっていると、見かねた誰かが助けてくれた。
「ガルク、もうそこで止めとけ。真里菜様がお可哀相だ。口説くにしても、ムードのある場所ですればいいものをがっつきやがって」
「セドニア……」
ガルクが柔らかい感じの美形なら、セドニアさんは尖った感じの美形だった。言動と容姿が一致しない二人だな……。
「セドニア、確かに尚早だったように思う。けどノロノロしていたら、前回の二の舞になる。先手必勝と心に決めていたんだ」
「限度があるんだよ早漏。人目を考えろ、俺まで恥ずかしいだろ」
口は悪いし世界一偉い人? の前でする態度ではない。ないけど、今の私にはこの人が……まさに神様仏様だった。それでセドニアさんのお陰で窮地を脱出し、私は鍵の付く部屋に入れた。
「すまない」
そこまで案内してくれたのは、あのセドニアさんだった。彼は私が部屋に入ろうとした直前に、ぽつりと言った。
「どうして貴方が謝るんですか?」
「一応、あいつ――ガルクとは親友やってるから」
……ガルクと親友、っていうことはこの人も年齢は……。
「言っとくけど、正真正銘二十一だからな」
顔に出ていたらしい。
「あいつの年齢は自分でも分からないってさ。こっちとそっちの世界の時間の流れも違うから、そっちより早く老けるらしいな。それを有り余る魔力でもって生きながらえている。もう年を数えるのも億劫なんだと。それなのに、女一人のためによくやるよ……」
多分、お母さんもここに来たんだろうけど、その時から何年経ってるのかな。ずっと母を想っていて、せめてその子と……と考えれば分からなくもないような……いややっぱり当事者だと駄目だ。誰かの代わりなんて考えられない。
「あの、さ」
セドニアさんは少しつらそうに言った。
「……人間っていうのは、稀にどうしようもない性癖を持つことがある。特に天才はタガが外れたのが多いから、そういう意味でガルクは可哀相なやつなんだ。ある女の遺伝子をもつ女に執着し、それ以外には全く反応しないという、どうしようもない性癖の持ち主なんだ」
それはさっき分かった。けど、それをこの人から聞くのは複雑な気分だった。皮肉めいた言葉が漏れる。
「だから? 可哀相だからさっきのことは許して……彼と付き合ってやれって言いたいの?」
セドニアさんは、黙って首を振った。
「親友だから、あいつもあの性癖ゆえに苦しんでいるのを知ってるから、フォローはする。けれど、それをお前に押し付けたくはない。これでも人間のつもりだ。お前は、お前のやりたいようにしろよ。周りのやつらは気にすんな。どうせ口だけだから。ガルクも本気で拒否すれば諦めると思うぜ、前回がそうだったらしいから」
「……」
「じゃあ……」
去っていくセドニアさんの背に、走り寄ってぎゅっとしがみつく。
「行かないでください」
「お前……」
「この世界で優しくされたの、貴方が初めてなんですよ? 責任取ってください」
◇◇◇
「というわけで、悪いガルク」
「死ね」
翌朝から修羅場だった。二人でご報告に行って、ガルクさんに怒られた。って言っても、セドニアさんだけが。
「ふざけんなよ? お前何なの? 親友の女奪って何その態度」
「……お前のじゃないし。そもそも嫌がってたし。あと俺も実は最初から気になってたし」
「千回死ね! 永遠に死ね!!! うわああああああ!!!!! またかよおおおおお!!!!!」
薄々感づいていたことを、あえて今泣き乱れるガルクさんに聞いてみる。
「あの……母は何回目でした?」
「十五回目……グスッ」
一体これほど人を魅了させる初代とはいかなる人物だったのか。でも別に大した事ない気がする。だってこのガルクさん、ストーカー気質だし、目的が手段になってるような感じするし。思い込みに思い込みを重ねてそう……。
「いいよ……もう慣れたよ……一日で寝取られで相手が親友とかはさすがに初体験だったけど……。親友ならまだ諦めつく……。セドニア、お前をこれまでの相手を同じように真里菜の故郷に送り、問題なく暮らせるようにするから、娘が産まれたらよろしく」
「お前な!」
生まれていない子供に予約を入れられて、セドニアは怒りそうになる。私は……。
……ちょっと迷う。世界を牛耳る権力、金、そして容姿。自分の結婚相手としては無理でも、娘の結婚相手と考えると、凄い優良物件すぎる。娘がそういうの気にしなければいい話だし……。
「大体こんな事情で了承する女がいるか!」
「分からないだろ! 金でOKしてくれたり!」
「それでいいのかよ!」
「全てを抱擁するロリ聖母が現われたりするかもしれないだろ!」
「いい加減にしろ!!」
「……こっちだって……この遺伝子以外に反応出来れば……!」
争う男達をよそに、娘が出来たらそれとなく誘導してみるかな、と考えてみる。
歴史は繰り返されるんだね。