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眠れぬ夜の過ごし方
作:さすらい物書き


 今日もとても疲れた。
 年末年始も実家に帰らずに働いたのに、いっこうに休みが取れない。どれだけ働かせれば気がすむんだまったく……!
 ほんと、都会は容赦がない。――だからといって、田舎に帰るのは、いやだった。
 ため息が出る。一月の終わり頃になったら絶対休みを取ってやる。そして、北海道にスキーに行くんだ。
「……はぁ」
 ……べつに、特別スキーに行きたいわけでもないか。
 いまは、ゆっくり休みたい。

 会社から帰宅する帰り道。青信号が点滅する横断歩道を渡る。
 ここ、こっちに来たばかりのときは歩道橋があったんだっけ――。

 腕時計を見る。十時前だ。
 夜が遅いとテレビも見なくなってきた。前はどっちかというとテレビっ子だったのに。

 いつものようにコンビニに立ち寄り、晩ご飯用のお弁当と、ペットボトルやチョコレートやらを買う。
 新しい、冬限定の緑茶が出ていた。パッケージがきれいだったけど、やっぱりオレンジジュースにしておいた。これ以上夜眠れなくなったらさすがに深刻だと思ったからだ。

 マンションの自室に帰ってくる。誰も待つ者のいない部屋の空気はひんやりしてて、冬の寒さとは何か別の冷たい空気が満ちている気がする。
 部屋の電気を全部つけて、エアコンのリモコンを30℃にして最大の風量で吹かせる。
 念入りに手洗いをし、イソジンでうがいをしたあと、ビニール袋の中身をテーブルに並べた。

 ――二ヶ月前までは、この部屋にはわたしを待っている人がいた。
 一年間付き合っていた。十ヶ月、同棲していた。
 彼とは本当に愛しあっていたと思っていた。気が合い、趣味が合い、なのにお互いが持っていないものを持っている二人だった。
 でも、二人とも忙しかったし、多忙による疲労と一緒に過ごせない時間が生み出す不安に、弱っていたわたしは負けてしまったのだ。
 わたしは、心から好きだった男と別れてしまった。
 バカなことに、いまでも彼のことは忘れられないし、以前よりもっと好きになってしまっているかもしれなかった。

 ――暖房が少し効いてきた。
 コートを脱いで椅子にかけて、お弁当をレンジに放り込む。
(いいかげん洗濯物もやっつけないと、着るものがなくなるぞ)
 鳥そぼろ弁当とオレンジジュースの、今夜の夕食を食べはじめた。
 ふいに、さみしさが、ぐぐっと胸につき上がってきたような気がした。
 そして――――
「……う」
 ――ばかな。
 涙がこぼれていた。
 いくら一人暮らしがさみしいからといっても、さすがにいままで涙が出たことはなかった。
 ちょっとびっくりして、……そこまでへこんでいる自分の精神状態にかなり落ち込んだ。

 食事をすませ、お風呂にお湯を張る。それからたまった衣類を洗濯機に放り込み、スイッチを押す。洗濯が終わるのを待つ間に入浴をすませることにする。
 冬の浴室は寒い。しばらくお湯につかって温まる。
 化粧を落とす。マスカラで長くなったまつげもフェイスシャドウで引き締めた顔もあっという間に消え去り、あとには気弱そうな疲れた自分の顔が残る。
 クレンジングとお湯で流れていくのはメイクだけじゃない。気を張っていた昼間の自分の「我慢」も一緒に流れていくのだ――。そんな気がした。
 半身浴でじっくり汗を出す。途中、持ち込んだパックのジュースを飲んで、さらに汗を出す。老廃物とか疲れとか冷えとかが身体から出て行くような気がなんとなくする。

 風呂上がり。化粧水をたっぷり顔にしみ込ませ、クリームを丁寧に塗っていく。
 洗濯機が、洗濯が完了したことを告げる音をたてる。
 洗濯物を部屋いっぱいに干したらのどが渇いた。残っていたオレンジジュースを飲みほす。
 一段落ついた。あとはベッドの上で枝毛を切るだけだ。枝毛を切るのは、けっこう楽しい。
「…………」
 カーテンが、きちんと閉まっていなかった。きちんとカーテンを閉め合わせ、いつものように洗濯ばさみで二ヶ所を留めた。こうしておかないと、ほんのわずかな隙間からでも夜の闇が忍び込んでくる気がして怖いのだ。
 わたし以外にも、この街で一人で暮らしている女の人はたくさんいるのだろう。その人たちは、さみしい夜をどうやってやり過ごしているんだろうか。
 お酒を飲む? ――残念、わたしはお酒がまったく飲めない体質だ。
 部屋の掃除をする? ――疲れててやる気が出ない。
 屋台へラーメンを食べに行くって云ってた先輩がいたなぁ……。夜に一人で出歩くのは冬じゃなくてもいやだし、それに、太るのもいやだ。
 ……ふう。疲れた。いやだけど、もう寝よう。どうせ眠れないだろうけど、横にならなくては。

 わたしは最近、軽い不眠症だ。子どもの頃から宵っ張りではあったけど、それでもただの夜型人間だと思っていたのに、最近は本当に眠れない日が多い。四時とか四時半頃までは眠れないのだ。
 わたしだって新聞配達の人の原付バイクの気配とか、鳥のさえずりとかが聞こえてくるようなそんな時間まで起きていたくない。でも、眠れないのだ。
 ………………。
 眠れない夜は、目を閉じるのも怖いときがある。彼が一緒にいた頃は、そんなことはなかったのに……!

「会いたいなぁ……」

 つぶやいてみて、つぶやいたことを後悔した。
 また、涙が出てきた。目を閉じていても、まぶたの裏には確かに涙が存在する。しばらくすると目尻からこぼれてきて、あふれた涙がほおを伝う。
 情けなかった。もうそんなに若い小娘ではないのに。

 誰でもいいから抱きしめてほしかった。誰かの体温に包まれたら、もしかすると元気が出るかもしれない気がする。

 職場では、わたしはしっかり者とか頼もしいとか云われている。後輩の女の子に冗談で「姉御」と呼ばれたときも、いやな気はしなかった。
 でも――
 本当はこんなに寂しがり屋で甘えん坊なのだ。彼に、その弱さをさらけ出せればよかったのに。だけどいつもできてなかったことを、別れの場面でだけ出すことなんてできるわけない。
 わたしは愚かな強がりのかたまりだ。
 仕事は要領よくできても、こういうことはとことん要領が悪い。

 寝るときベッドの右半分で寝る癖が、別れてしばらくは抜けなかった。
 身体も心も、未練たらたらだ。情けないやら悲しいやら……。自己嫌悪。

 実家にいた頃、眠れない夜は妹とくだらないギャグの云い合いっこをして時間を過ごしていたことを思い出した。そういえばあの頃、つらいことや嫌なことがあったらひとりのんびりディズニーのCDを聴いてたな。ディズニーソングはいつもわたしの嫌な気持ちを流れ落とし、いつの間にか優しい気持ちに変えてくれていた。
 ……お母さん、お父さん。
 一人暮らしはやっぱり疲れるね。やっぱり無理してでもお正月は実家に帰ってみるべきだったのかもしれない。
 この分だと、たぶん次に帰るのは夏休みになってしまうだろう。

 ふるさとは、遠くにありて思うもの。
 前回帰省したのは二年前になるな。
 家に帰れば仕事はしなくていい。だけどなにかせかされてるような感覚がいつもあった。
 育った町もどんどん変わっていく。懐かしい景色をどんどん失っていく寂しさを感じて、むしろ都会に戻ったときの方がほっとしたことに驚いたことがあったな。

「………………」
 むっくり起き出して、わたしは鏡台の引き出しから、例の物を取り出した。
 男物のコロン。
 彼が、――大好きだった彼が使ってたコロンだ。
 わたしを抱いてくれていたときのあの香りが忘れられなくて、何軒ものお店の香水売り場を探しまわって見つけ出して、買ってしまった。
 嫌になるほど情けないが、たまにこのコロンをつけて彼のにおいを思い出している。
 だって、――どうしてもあの香りが忘れられなかったのだ。またあの香りに抱きしめてもらいたい。そうしたら、久しぶりにぐっすりと、穏やかな眠りにつけそうな気がする――。
 彼がわたしを抱くとき、彼の手はなめらかに動いた。
 終わったあとの彼の手は、子どもをあやす母親の手のようにわたしの身体をつつんだ。
 
 ――すっぴんのわたしを「綺麗だ」といってくれたあの人にもう一度抱きしめてもらいたい。

 さみしさと苦しさと、他の様々な感情にさいなまれて、今夜もわたしは眠れぬ時間を過ごすのだろうと、なかばあきらめた気持ちでそう思った。




けっこう救いのないお話になってしまいましたが、いかがだったでしょうか?
この作品は、頑張って、頑張りすぎてへとへとになってしまっている女性への、ぼくなりの応援――エールです。救いも、慰めも、癒しもありませんが、ただ、あなたが頑張っている日々が存在することを、「知っていますよ。わかっていますよ」というメッセージを送りたかった。作家を目指す者として、そして全ての女性に敬愛の念を持つべき男性の一人として。
無理せずに、ときには自分に潤いを補給してあげてくださいね。それでは!













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