【74話】 子猫の“月”
翌月、5月――。
GWも終わり、今日から再び仕事始め。
そうそう、お花見以降…何故かお嬢様は素っ気無くは無いものの、ちょっと俺への態度が変わった。
以前なら俺が仕事終わり寸前でも、平気で『〜へ行きたいの、乗せて行って。』なんて言って来たくせに、最近は『終わりならいいよ。ごめんね。』って、気を使ったりしてくる。
確かに、気を使ってくれるのは以前からあったことだけど、それでも最近ちょっと変だ。
どうしたんだろう?お嬢様。
もしかしたら、あんまり俺と関わりたくないのかな…。
朝――…。
いつものように車で沢村の屋敷へ向かいつつ、俺はちょっぴりご機嫌。
だって今日は、翔太兄から子猫を貰う日なんだ。
「月、おっきくなって、もっと可愛くなったかなぁ。首輪は何色が似合うかなぁ〜♪鈴はどんなのが好きかなぁ〜♪」
4月の半ばに初めて“月”を見に行ってから、その可愛さにすっかり惚れてしまった俺。
以来…度々翔太兄のマンションへ行っては“月”と遊んでる俺って、既にただの猫好きな男だ。
でも、仕方ないじゃん。だって超可愛いんだ。凄くちっちゃくて『みゃーみゃー』鳴きながら俺の指を甘噛みする姿が、たまらなく可愛くて愛しくて、もう抱きしめて離したくないほどなんだ。
へへへっ。
沢村の屋敷へ到着して、早速駐車場に車を止めると、待機室まで走った。
ウキウキしながらドアを開けると、室内にはもう早悠斗を送って戻って来た翔太兄が、日誌をつけていた。
「おはよ〜翔太兄。」
「あ、おはよ、拓。連れて来たよ。“月”」
笑顔で俺に挨拶を返した翔太兄が、スッと指差した先にはバスケットに入れられた“月”。
「みゃ〜…みゃ〜…」
俺を見つけて鳴きながらバスケットをカリカリ引っかく月が、超可愛かった。
おぉ〜〜、俺のこと判ってるのか、何ておりこうなんだ♪
「月〜〜、おはよ〜〜。よしよし、今出してやるからな。」
カチャッとバスケットの留め金を外して開けてやると、トコトコ出て来た月は、俺にスリスリと擦り寄った。
「みゃ〜」
「おいで、月。今日からお前はうちの子になるんだよ。よろしくな。」
抱き上げて頭をよしよしと撫でると、嬉しそうに目を細めた月は、『みゃ〜』と甘えた声で鳴いていた。
ふふふっ。やっぱり可愛い。
「ねぇ拓…、しつこいようだけど、ほんとにお嬢様には想いを告げないのかい?」
日誌を書き終えて閉じた翔太兄が、俺を窺うようにして尋ねた。
「言わないよ。俺は、このままでいい。だからこそ、こいつに“月”って名づけたんだ。な?月。お前はずっと俺の傍にいてくれよな。」
あっさり返して月の顔に頬を当ててスリスリすると、前足を俺の顔に当ててペロペロ舐める月。
「はははっ、分かった分かった。俺もずーっとお前と一緒にいるよ。だからそんなに舐めるなってば。お前の舌ザラザラしてくすぐったいよ。はははっ。」
「拓…」
沈んだ声で俺の名を呼んだ翔太兄。そんな彼へ、俺はため息をついてから言葉を続けた。
「とにかく、いいんだってば。翔太兄しつこいよ。前にも言ったろ?俺には翔太兄のような“春”は来ないんだよ。告ったところで、断られるのが落ちだし、その後避けられるのも目に見えてる。それなら、このまま片想いの方がいい。」
月の耳をちょんちょんと触りながら言った俺に、翔太兄は目じりをキッと吊り上げた。
「拓の大バカ野郎!何だよ、それ。言ってもいないのに、どうして『断られる』って決め付けるんだよ。そんなのおかしいだろ!拓らしくないよ!!」
ソファから立ち上がって怒鳴った翔太兄に、俺は負けじと怒鳴り返した。
「勝手に決めつけてなんかいねえよ!!お嬢様には好きな男がいるんだ!!それを知ってるから言ってるんだろうが!!翔太兄こそ、ちょっと自分が結婚したからって、俺のこと“可哀想な男”扱いしてんじゃねえよ!!俺、お嬢様を大学に送ってくる。月、ごめんな、すぐ帰って来るからな。」
ぎろっと翔太兄を睨みつけて怒鳴った俺は、月をバスケットに戻してからリムジンの鍵を鷲掴んで待機室を後にした。
翔太兄のバカ野郎。俺だって、告れるなら告りたいさ。でも、出来ないから月を飼おうって思ったんじゃないか。
お嬢様と一緒にいれない分、月とずっと一緒にいようって決めたんじゃないか。
なのに…、あんな言い方しなくてもいいだろ。
不機嫌なままリムジンを屋敷の玄関前まで走らせたところで止め…降りたのと同時に開かれた玄関の重い扉――。
中から出て来たお嬢様は、眩しい陽射しに手を翳しつつ俺を見遣ってにっこり笑った。
「おはよう、早瀬。」
「おはようございます、お嬢様。お車へどうぞ。」
後部座席のドアを開けて軽く頭を下げながら告げると、『ありがとう』と返事をして乗り込んだお嬢様。
彼女が乗り込んだのを確認してから運転席に戻った俺は、早速車を走らせた。
大学へ向かう車中―――。
ずっと沈黙だった空気を破ったのは、お嬢様だった。
「早瀬、どうかしたの?何だか怖い顔してるけど。」
「いえ。何でもございません。」
それ以上返す言葉が無くて口を閉ざすと、俺の後を続けるようにお嬢様が喋り出した。
「でも、何も無い顔には見えないよ…?」
じっとミラー越しに俺を見るお嬢様に、頑張った笑顔で首を振った。
「いえ、本当に何もありませんから。お気遣い無く…。それよりお嬢様、大学二回生になって何か変わったことは無いのですか?彼氏がお出来になったとか…」
どうせ俺には手の届かない人なんだ。
それならせめて、お嬢様が幸せになれるよう応援してあげよう…。
「彼氏!?そんなのいないよ!…でも、周りの子はみんな彼氏いるの。やっぱり、大学二回生にもなって彼氏いないとヤバイかなぁ?」
真っ赤になってちらりと俺を見遣り問うお嬢様。その彼女の顔が堪らなく可愛くて、好きなのに言えない現実が辛くて…胸は張り裂けんばかりに痛かった。
「いいえ。そんなことはありませんよ。恋も恋愛も、人それぞれペースがありますから…。お嬢様はお嬢様のペースで彼氏を作ればよろしいかと、早瀬は思いますよ。」
胸の痛みを堪えて笑顔で返すと、彼女はほっとしたように視線を細めた。
「うん。そうだよね。ありがと、早瀬。」
「そのお顔の様子だと、お好きな方はいらっしゃるのですね。」
探るように尋ねてみた瞬間、お嬢様の顔はさっき以上に赤みを増した。
「い、いないよ!そんな…人…」
恥ずかしげに顔を背けてぶつぶつ言い返したお嬢様は、耳まで真っ赤。
ふふふっ。お嬢様ってば笑える。そんなリンゴみたいに真っ赤な顔してりゃ、誰にだってバレバレだよ…。
でも、やっぱりいるんだ。それって、勿論高坂さん…だよな?
あの人、すげえ不思議男だけど、優しくて紳士だし、穏やかだし、外見なんて申し分無いし、シェフだから料理得意だし…、俺には無いものばっか持ってる。それに比べて俺と来たら…、ダメダメじゃん。
はぁ…。
「そうですか。では、お嬢様に素敵な彼氏が出来るよう、早瀬も陰ながら応援させていただきます。」
ため息をついてからお嬢様に優しく返した直後、彼女がちらりと俺を見た。
「…応援…?」
「はい。早瀬には応援することくらいしか出来ませんからね。」
にっこり笑ってミラー越しに答えると、その先に見えたお嬢様の瞳が、一瞬陰りを見せた。
え…。
お嬢様…?
でもそれは瞬きをするくらいほんの一瞬で、再び彼女はいつもの笑顔に変わってしまった。
「ありがと、早瀬。」
そう言って微笑んだお嬢様は、再び窓の外へと視線を向けた。そんな彼女をミラー越しに見ながら、チクチクと胸が痛かった。
俺…、何を期待してたんだ。
『応援なんてしないでよ。』って言って欲しかったのか?『そんなこと言わないでよ。』って言ってもらいたかったのか?
はははっ、バカ過ぎもいいとこだ。
お嬢様がそんなこと言うはずないじゃないか。きっと、高坂さんのことを考えてたんだ。絶対そうだ。
結局その後、大学まで沈黙を通した俺とお嬢様。
大学の門前に車を横付けして降りた俺は、後部座席のドアを開けた。
「お嬢様、足元にお気をつけてお降り下さい。」
「うん、ありがとう早瀬。」
颯爽と降りたお嬢様は、やっぱり登校してくる男達の目を惹く。
当然だ。こんなに美人なんだ。目を惹かない方がおかしい。
「それではお嬢様、いってらっしゃいませ。」
軽く頭を下げて見送りの言葉を告げると、お嬢様は『行って来るね。』と俺に笑顔で手を振り、講義へと行ってしまった。
お嬢様の姿が小さくなるまで見送って、いざ車に乗り込もうとしたその時・・・
「早瀬さん、おはようございます。」
そう言って傍に駆けて来たのは、桜さん。
「あ、桜さん。おはようございます。お嬢様でしたら、つい今しがた講義に向かわれたところですよ。」
門の向こうを指差し教えた俺に、桜さんは『どうもありがとうございます。』と頭を下げて答え返した後、行くのかと思いきや俺に視線を向けた。
ん?
「あの、桜さん…何か?」
「あ、いえ。月華…最近ちょっと変だから、早瀬さんなら何か知ってるかと思って…。」
へ?お嬢様が変?
「変…と言われますと?」
そういや、俺への態度もちょっと変わったもんなぁ。
やっぱり何かあったのかな??
「何だか、講義中でも、ため息ついてたりするし、話しかけても上の空だったりすることもあるし…。」
え…?
ため息?上の空?それって…
心配そうな顔で話す桜さんに、俺は思わずくすくすと笑ってしまった。
「桜さん、大丈夫ですよ。きっと、恋わずらいでもされているのでしょう。心配いりませんよ。」
そうだよ。きっと好きな男のことでも考えてるんだ。
「恋わずらい…ですか?」
きょとんとした目で聞き返す桜さんに頷くと、彼女は『何だ、そっか。』と安堵の顔に変わった。
「はい。ですから、そっとしておいてあげましょう。」
「そうですね。あっ、やだ!講義に遅れちゃう!じゃあ、早瀬さん、失礼します!」
時計を見て慌てた桜さんは、鞄を抱えて俺への会釈も適当に、猛ダッシュで駆けて行ってしまった。
はははっ。やっぱりお嬢様の友達だ。
面白い。
でも、恋わずらい…か。
沢村の屋敷へ戻り、リムジンを駐車場に止めたものの、翔太兄と会いづらくて待機室の裏庭のベンチに座っていると、背後からカサカサと草を踏む音が聞こえた。
ハッと驚いて振り返った先に立っていたのは翔太兄。その手には、月―――。
「翔太兄…」
「拓、さっきはごめん。確かに拓の言ったとおりかも知れない。俺、自分が結婚したもんだから、拓にも幸せになって欲しくて…。それで、拓の気持ちちっとも考えず押し付けがましいこと言っちゃって…。ほんとにごめん。」
そう言って俺に頭を下げる翔太兄に、俺は大きく首を振った。
「俺こそ、ごめん。でも、今、心がいっぱいいっぱいで…それで…」
膝に置いた両手をぐっと握って吐き出すように言うと、隣に腰を下ろした翔太兄が俺の手に月を抱かせた。
「翔太兄…」
「月がさ、拓がいなくなった途端鳴き出したんだ。よっぽど拓のこと気に入ったみたいだよ。可愛がってあげてね、拓。」
月の耳を触りながら優しく穏やかな口調で言った翔太兄。彼の言葉に、俺は月を抱きしめて何度も頷いた。
「うん…うん…。ずっと大事にする。一生可愛がる。」
だって、俺にこいつしかいないんだ。
お嬢様の名前を半分もらった月だけが、これからの俺の生きがいだから。
「…あのさ、拓、お嬢様のことだけど…」
少し間を置いてから言いにくそうに切り出した翔太兄は、俺を見ずに真っ直ぐ庭を見つめていた。
「何?」
「お嬢様の好きな人は、高坂さんじゃないよ。」
え?
突然の翔太兄の断言に、俺は無意識に月から手を放した。すると、スルスルと俺の手から抜けて草むらに下りた月は、ご機嫌に駆け出した。
「高坂さんじゃない…って、どういうこと?」
「拓は、お嬢様の好きな人が高坂さんだと思ってるんだろ?それは違うよ。お嬢様は、彼のことは“お兄ちゃんみたいな人”だとしか思ってないからね。」
目を見開いて尋ねた俺に、あっさり返事をくれた翔太兄。
“お兄ちゃんみたいな人”としか思ってない??
「でも、でも!今日、お嬢様の友達も言ってた。講義中ため息ついたり、話しかけても上の空だったりする…って。それって、恋わずらいだろ??」
桜さんとの会話を思い出して翔太兄にぶつけると、彼はふっと軽く笑んで俺を見た。
「さぁ、どうなんだろうね。そこまでは俺にも分からない。でも、好きな相手が高坂さんじゃないってことだけは、事実だよ。」
そう言うと翔太兄は、草の上で遊んでいた月を捕まえた。
好きな相手が高坂さんじゃない…。そう…なんだ。じゃあ、お嬢様は彼じゃない他の男のことで、恋わずらいしてるのかぁ…。
それも切ないな。
「そっか。まぁ、でも、どっちにしても俺には関係無いよ。俺がお嬢様と付き合えるわけじゃないし。ほら、月、こっち来い。」
翔太兄から月を奪い取って膝に乗せると、月はペロペロと毛づくろいを始めた。
「拓…。こんなこと言ったらまた怒られるかも知れないけど、ほんとに打ち明けなくていいのかい?気持ち…。」
悲しげな目で俺を真っ直ぐ見つめて言う翔太兄は、まるで弟を心配するかのような顔。
「いいんだよ、翔太兄。俺には月がいるから、寂しくない。それに、お嬢様とは、ここに来れば話しも出来るし、傍にもいられる。それだけで十分だ。」
「拓…。そっか。拓がそう言うなら、俺はもう何も言わないよ。…言…もき…丈夫だ……ら…」
最後だけを聞き取れないほど小さく言った翔太兄に『へ?』と聞き返すと、ただ笑いだけを向けられた。
何て言ったんだろう?むぅ〜〜。
『言、もき、丈夫』…って、何だ??
月を抱きかかえて睨めっこしつつ必死に頭を悩ませてみたものの、結局何なのかずっと分からないままだった――。
ダメだ、俺の脳みそじゃ、連想出来ない…。
夕方―――。
バスケットに月を入れてマンションへ連れて帰り、玄関のドアを開けた瞬間何かに飛びつかれた。
「たっくみぃ〜〜!おっかえりぃ〜〜〜」
べちょっと俺にくっついてゴロゴロするのは涼太。
「ぎゃ〜〜〜〜!!何でお前がいるんだ!!」
即座に突き飛ばして距離を取ると、涼太は『鍵で開けたからいるのだ♪』とにへにへ自慢げ。
鍵…。
そういや、こいつからスペアキー返してもらうの忘れてた。ちっ。
「鍵返せ。」
「イヤだ。」
「返せって言ってんだろ!」
「イヤだ〜〜!返さないぞ〜〜〜!だって返したら、入れてくれないだろ〜〜〜!」
「当たり前だろーが!!」
「ほらぁ〜〜やっぱり〜〜!だから絶対返すもんか!!がぅ〜〜〜」
言ったら負けじと言い返す涼太に呆れ疲れた俺は、鍵の返却を諦め…バスケットを抱えてズカズカと家にあがった。
今こいつに何を言っても無駄だ。
後で、そーっと奪うことにしようっと。
「なぁなぁ、拓海ぃ〜、腹減った。今夜のご飯何??俺、オムライスがいい♪タマゴがトロトロなやつ〜。」
後ろからついてきて俺の服を掴んだ涼太は、早速夕飯の注文を垂れる。
お前の頭の中は、食うことしか無いのか…。
「分かった分かった。オムライスでもドリアでも何でもしてやるから。」
半分呆れがちに言った矢先、バスケットの中で月が『みゃ〜』と鳴いた。
その声に反応したのは涼太。
「おっ!!その中、猫がいるのか!?見せてくれよ、拓海〜」
「え?あぁ、いいぞ。今日職場の先輩から貰ったんだ。」
リビングに入ってから早速バスケットを開けると、中からトコトコ出て来た月は、涼太を見て『みゃ〜みゃ〜』鳴き出した。
「うひゃ〜〜〜!超可愛いじゃん!!ちっちゃいな〜。なぁ、拓海、抱いてもいいか?」
月を指差し俺に問う涼太へ『あぁ。』とOKすると、涼太は月を抱いてにこにこしていた。
「お前すげえ可愛いなぁ〜〜♪目がうるうるしてクリクリじゃん♪おぉ〜〜耳が気持ちいい〜♪」
すっかり気に入ってご機嫌な涼太は、俺をそっちのけで月とお遊びタイム。
はははっ、何か、猫が二匹いるみたいだぞ。
そんな猫二匹を放って、スーツの上着をソファに置きキッチンに向かった俺は、手を洗ってから涼太ご注文のオムライスを作り始めた。
一時間後――。
出来上がったオムライスとサラダとスープをテーブルに並べ、ようやく夕食にありついた俺と涼太。
ソファに座ってスプーンを手にした涼太が、ふと俺に声をかけた。
「なぁ、拓海。こいつの名前何て言うんだ?」
足元で『みゃ〜みゃ〜』鳴いてる月を指差し、興味津々な顔で聞く涼太。
「月だよ。」
「月??何か、変わった名前だな??」
「まぁな。そんなことどうでもいいだろ。さっさと飯食ったら帰れよな。」
名前の由来を聞かれたくなくて話を逸らすと、涼太はスプーンを握って『今日は帰らないぞ!俺は月と遊ぶってさっき約束したんだ!』とワケの解らないことを言い出した。
「はぁ???“約束”って、お前いつから猫語が解るようになったんだよ!?ふざけたこと言ってないで食ったら帰れ!!ばかたれ!!」
涼太の頭をばしっと叩いてから夕食を黙々と食べ始めると、涼太が月を抱いてしょぼくれていた。
「だって…、遊びたいんだからいいじゃないかぁ…。拓海の阿呆。なぁ、月。さっきちゃんと約束したもんな?嘘じゃないもんな?」
月の頭を撫でて言った涼太に答えるように『みゃ〜』と鳴いた月。
…。こいつら、もしかして会話が成立してるのか??…だとしたら怖いぞ。
「はいはい、分かった。じゃあ、今日は泊まってOKだ。でも明日は帰れよ?」
渋々お泊りを承諾してやった途端、目を輝かせた涼太。
「おぉ〜〜〜〜!いいのかぁぁ??やったぁ〜〜!今日はいっぱい遊べるぞ!月〜。おし!じゃあ、遊ぶ前に腹ごしらえだ。そうだ♪お前にもタマゴをやろう〜♪ほら、お食べ。」
そう言ってスプーンにトロトロ卵を乗せて月に食べさせようとしたご機嫌な涼太から、慌ててスプーンを取り上げた。
「ばかたれ!!まだ子猫なんだぞ!こんなもん食うわけないだろ!」
「ほえ?食わないのか?じゃあ、コーンスープなら飲む?」
早速スープ用のスプーンを握り、コーンスープの器にトポンとつけた涼太が俺ににへらにへらと問いかけた。
ぐおっ!!
「バカかお前は!!猫舌って言うくらいなんだぞ!?そんな熱いスープ飲まねえに決まってんだろ!!」
そんなもん飲まされたら月が可哀想じゃねえか!
俺の可愛い可愛い月なのに。
咄嗟に月を抱き上げ涼太に向かって威嚇すると、『あ、そっか。』と素直に納得した涼太は、何を思いついたのかポンと手を叩いた。
「じゃあさ、じゃあさ!!ミルクなら飲むかな?さっき冷蔵庫開けたらミルク入ってたの見つけたんだ。俺が取って来てやるよ。」
言い終えないうちにソファを立った涼太は、パタパタと冷蔵庫へ駆けて行きミルクと皿を手に戻って来た。
こいつ…、人の家の冷蔵庫の中身までチェックしてるのか…。何て奴…。うむむむ…。
「ほら、ミルクだぞ、月。飲め。」
皿にトポトポとミルクを入れてフローリングの上に置くと、それを見た月が俺の手からスルリと抜け出し、早速美味しそうにミルクを舐め始めた。
「お〜、ミルク好きなんだぁ〜。可愛い。いっぱい飲んで大きくなるんだぞ。」
「みゃ〜」
涼太に答えるように鳴いた月の口の周りには、ミルクがいっぱいついて真っ白状態。
「はははっ、お前飲み方ヘタだなぁ〜。いっぱい口についてるじゃん。ちゃんとペロペロ舐めて綺麗にするんだぞ?」
月の頭を撫で撫でして言う涼太を見上げ『みゃ〜』と返事をした月は、前足で口もとを拭ってはペロペロ舐めていた。
むむぅ〜〜。
やっぱこいつら会話が成り立ってるぞ。すげえ。翻訳機いらねえじゃん。
思わぬところで、意外な涼太の特技を発見してしまった。うぬぬ〜〜、侮りがたし、涼太。
月がミルクを舐めている間に夕食を再開すると、涼太がまたもや俺に声をかけた。
「なぁ拓海、こいつってネコ缶まだ食えないのかな?」
へ?
「ネコ缶?さぁ、子猫用なら食えるんじゃないか?何で?」
オムライスを一口頬張り尋ね返すと、涼太はスプーンを握ったまま説明を始めた。
「うん、それがさぁ、近所のおばあさんが、ちょっと前から犬を飼い始めたんだけど、犬用と間違えてネコ缶買って来たんだよ。それも大量に。で、またそこの犬がネコ缶食わなくてさ〜。贅沢だろ?だから、おばあさんに言われてるんだよ。『涼太くんのお友達で、ネコちゃん飼ってる子いないかしら?もしいたら、あげて欲しいんだけど…』って。」
スプーンをぶんぶん振って説明した涼太は、ミルクを舐める月の耳をちょんちょんと触った。
犬用と間違えてネコ缶…。まぁ、間違えなくも無いか…。はははっ。
「そうだなぁ〜。いただけるなら助かるけど。でも、食っていいのかなぁ。」
「とりあえず、明日貰って来てやるよ。ああいうのって、缶詰開けなきゃ日持ちするだろ?ちょっと大きくなってからやればいいじゃん?」
スープを一口飲んで言った涼太は、にーっと笑みを浮かべた。
「確かに、そうだな。じゃあ、お言葉に甘えてネコ缶頂こう。」
「おぅ!合点承知!これで、おばあさんも喜ぶぞ。良かった良かった。」
ひとりうんうんと頷き納得した涼太は、ご機嫌に食事を再開。
一方ミルクを舐め終わった月は、俺の足元で丸くなって寝始めた。
夕食後―――…。
涼太が風呂に入ってる間に食器の片付けを終え、ベランダで煙草を吸いながら翔太兄との話を思い出し、大きなため息を吐いた。
「はぁ〜…、告白かぁ…。」
そんなの出来る訳無いじゃん。今の関係、総崩れだよ。
柵にもたれて空を仰いだ矢先、不意に足に何かが触れた。
ん?
視線を落として犯人を捜すと、そこには月の姿。
「あ、月。起きたのか?ほら、おいで。」
そっと抱き上げ抱きしめると、俺を見て『みゃ〜』と甘えた声を出した月。
「起きたら誰もいなくなってたから寂しかったのか?大丈夫だよ。俺がずーっと傍にいるから。」
「みゃ〜みゃ〜」
俺に答えるように鳴いた月は、楽しそうに手にじゃれついて甘噛みしたり遊んだり。
「はははっ。お前、やっぱ可愛いなぁ。これからずっと仲良くしような。」
「みゃ〜」
「そっか。仲良くしてくれるか。ありがとな、月。」
じゃれつく月を抱きしめた俺は、何度も頬をすり寄せた。
なぁ月――…。
俺さ、頑張るよ。ずっと想いを秘めて、使用人を貫いて、そして…お嬢様の幸せを心から願える…。そんな男になる。
だから、お前も応援してくれよな。
でももし、挫けそうになったら、泣きそうになったら、その時は支えてくれよな―――。
俺…、そんなに強く無いからさ…。
心の奥で月に語りかけながら、瞳から零れた一筋の涙。
それをすぐに拭った俺は、綺麗な夜空を仰ぎ…再び零れそうな涙を必死に堪えていた…。
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