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7代目はお嬢様に恋をする。
作:九条 要



【73話】 君と一緒に


 春――…。4月初旬。
 翔太兄の結婚式も終え、二週目の日曜日。
 今日は、沢村邸恒例のお花見会。

 
 高坂さんが沢村の屋敷に来てから、お嬢様はちょっと俺に素っ気無い。…ような気がする。
 高坂さん本人は『いやぁ、妹みたいでほんとに可愛い。』とほのぼの言ってたけど、お嬢様的には、実は彼のこと好き…だったりするのかな?
 最近それが、俺の中で大きな疑問であり不安要素だ。

 お花見席で一人寂しく料理を頬張っていると、駆けて来たのは皿とグラスを持った翔太兄。
「拓!拓!」
「あ、翔太兄。どうしたんだよ?」
 息急き切って駆けて来た翔太兄にさらりと返すと、彼は俺の横に陣取った。
「はぁ〜…。拓に話したいことがあってさ。探してたんだよ。」
 そう言って皿とグラスを置いた翔太兄の左手薬指には、真新しい結婚指輪。
 それがちょっぴり羨ましくて、自分の指にもお嬢様との結婚指輪が欲しいなぁ…なんて、思っちゃいけないことを思ってしまった。
 ほんと、俺って何処までもバカすぎ。
「話しって何?」
 小さくため息を吐いてから聞き返すと、翔太兄は早速ご機嫌な顔で言葉を発した。
「あのさ、生まれたんだよ。」
 へ?
 主語の無い翔太兄のその言葉に、俺の頭の中は?マークでいっぱいになった。
 生まれた?何が生まれたんだ?
「生まれた…って、何が?」
 いくら考えても想像がつかず問い返すと、翔太兄は満面の笑みで俺の両手を握った。
「子猫だよ!子猫!“そら”が赤ちゃん産んだんだ。去年、オスのロシアンブルーも買って飼い始めたんだよ。そしたら、そらに赤ちゃんが出来てさ、夕べ無事に4匹生まれたんだ。で、由胡と一緒にオスとメスと見分けてたら、一匹だけメスのロシアンブルーがいたんだよ。それがさぁ、4匹の中で超可愛いんだ。毛並みもすごくいいし。もうちょっとだけそらに育てさせたら、拓にあげるね。」
 え…。
 子猫…。そっか。生まれたんだ。
「うん。楽しみにしてるよ。名前はもう決まってるから。」
「確か名前は、“月”…だよね?きっと、お嬢様みたいな可愛い子になるよ。」
 俺を見てそう言った翔太兄は、視線を細めて穏やかに微笑んだ。
「うん。」
 翔太兄の言葉に頷きながら遠くを見遣ると、メイドの子達から離れて高坂さんに駆け寄り、何やら楽しげに話をするお嬢様の姿。
 叶わない恋だって分かってる。それならせめて、猫でもいい…、ずっと君と一緒にいたいんだ。だから、君から一文字もらうよ?
 それくらいなら、いいよね?

「ねぇ、拓…」
「ん?」
 突然真剣な声で呼んだ翔太兄へ視線を向けると、彼はグラスのビールを一口飲んでから口を開いた。
「お嬢様に…さ、想い…伝えたらどうかな?」
 え…?
 思ってもいなかった翔太兄の言葉に、俺は一瞬目が点になったものの、ぷっと笑いを吹き零した。
「あはははっ。何言ってんだよ、翔太兄。っつーか、どうしたんだよ?急に。去年とは正反対のこと言ってるぜ?だって、去年のお花見じゃ、『男になっちゃダメだ。いつも笑顔で優しく、誠意を持って仕えること。』『お嬢様の為に一生懸命働くこと。』って言ってたじゃん?」
 思い出してケラケラ笑い飛ばした俺に、翔太兄はグラスを持ったままお嬢様へと眼差しを向け…言葉を続けた。
「うん。確かに、去年はそう言ったよ。……でも、あれから一年―――…、拓は本当にお嬢様に、誠意を持って接して来たし、尽くして来た。自分の気持ちを押し殺して、心をたくさん痛めて…。俺さ、そんな拓を見てるの、もう辛くてたまらないんだよ。だから、もう十分だよ、拓。お嬢様は確かに、記憶を無くしたせいで、拓との思い出をあまり持っていないかも知れない。だけど、お嬢様だって、きっと心の奥で分かっていらっしゃるよ。拓が、そういう男だってこと。だから、告白…してみたら?」
 そう言って最後に俺を見遣り、微笑んだ翔太兄。
 翔太兄…。
 ありがとう、翔太兄。でも、俺には出来ないよ。だって、お嬢様は、きっと高坂さんのことが好きなんだ。そんなの、見てたら分かる。どうせ告白したって、『好きな人がいるから』って断られるのが落ちだし、それより何より…お嬢様が変に意識して俺を避けるようになるのが怖いんだ。
 だから…避けられるくらいなら…
「しないよ、告白なんて。するつもりも無い。」
 心がいくら痛んでも、彼女の傍にいられるなら、それでいい。
「拓…」
「俺は、お嬢様の傍にいられればそれでいいよ。」
 にっと笑んでからグラスに入ったビールを飲み干すと、翔太兄はどう声をかけていいのか言葉を探しつつ、切なげな顔で俺を見つめていた。
 そこへタイミングよく?現れたのは、加藤さん。例の如く、去年と同じ酔っぱらい状態。
 はははっ。またデロデロだよ。
「何だ、こんなとこにいたんだぁ〜?川凪ちゃんも早瀬くんも〜。あっち行って一緒に飲もうや。川凪ちゃんの新婚生活の話も聞きたいしさ〜。」
 翔太兄の腕をつついてニヤニヤ言う加藤さんに、翔太兄は頬を真っ赤に染めて口を開いた。
「え〜〜〜、そんなのイヤですよ〜〜。恥ずかしいじゃないですかぁ〜〜」  
「何照れてるんだよ〜。幸せはみんなに分け与えるもんだぞ〜。と言うことで、さぁ行こ〜川凪ちゃん♪早瀬くんも早く早く〜」
 強引に翔太兄の手を掴んでご機嫌に引っ張る加藤さん。
 そんな加藤さんに引っ張られて渋々立ち上がった翔太兄は、俺に手を差し伸べた。
「拓も行こうよ。」
「ううん。俺はいいよ。せっかくこんな綺麗な桜なんだ。もうちょっと見てやらないと、桜が可哀想だよ。」
 首を振って断った俺を見て、翔太兄は素直にスッと手を引いた。
「そっか。うん、じゃあ、あっちで待ってるから、後でおいで。」
 俺の気持ちを察してくれた翔太兄は、優しくそう言い置くと、加藤さんを連れて行ってしまった。
 ごめん、翔太兄。今は、結婚の話しとか聞くの辛いんだ。
 ちらりと視線を向けた先には、まだ高坂さんと楽しげに喋るお嬢様。
 二人の姿を見てため息を吐いた矢先、トポトポとグラスにビールが注がれた。
 え?
 驚いて見返すと、隣りにいたのは悠斗で、その手には缶ビール。
「悠斗様…あちらでみなさんと飲んでいたのでは…」
「まぁな。でも、一人寂しくポツンと花見してる奴を発見したから、叩きに来た。」
 そう言うなり俺の頭をコツンとグーで叩いた悠斗。
「いたっ。何で叩かれなくちゃいけないんですか。」
「せっかくの花見を暗くされたら困るからに決まってるだろ。そんな分かりきったことを聞くな。」
 サクッと言い切った悠斗は、俺を見てにっと笑う。
「…すみません。」
 なみなみと注がれたビールグラスを手に謝った俺の頭を、今度は悠斗がくしゃっとひと撫でした。
「うむ。分かれば結構。それにしても、川凪の奴、結婚してますますほんわかオーラが増したなぁ。」
 遠くの花見席で加藤さんたちと盛り上がる翔太兄を見て、悠斗がしみじみと呟いた。
「そうですね。でも、いいんじゃないですか?幸せなんですから。そう言う悠斗様はどうなんです?本命の方には、まだ告白されないのですか?」
 同じように翔太兄を見遣りながら悠斗へ問うと、彼は深いため息の後口を開いた。
「…しないよ。したら、今の関係が壊れちまうからな。だから、俺はただ、あいつの傍にいられるならそれでいいんだ。」
 今の関係が壊れる…?傍にいられればそれでいい…?何か、俺と似てるな。
「そうですか。」
 一言だけ返した俺に、悠斗は『あぁ…』と少し切なそうに頷き、缶ビールを口へ運んでいた。
 そっか、こいつも切ない片想いをずっと続けて行くんだ…。

「でも、かなり罪作りな女性ですよね。悠斗様ほどの男前を片想いにさせるなんて。」
 暗い空気を打ち砕こうと冗談半分笑い半分で告げてからビールを飲むと、悠斗がくすくすと笑いを零した。
「まったくだよ。ほんとに、何処までも罪な女だ。」
 そう言った悠斗の視線の先にはお嬢様の姿。彼女を愛しそうに見やる悠斗の眼差しを目の当たりにした瞬間、胸の奥がズキッズキッと激しく痛んだ。
 くっ…。
 何だ、この痛み…。
 胸元を掴みつつもう一度悠斗の視線の先を目で追ったが、やはりそこにはお嬢様の姿。
 どういう…ことだ?
 まさか…、嘘だ…そんなはずない…よな?…でも待てよ。もし、もし仮にそうだったとしたなら、今までの悠斗の言葉全てが繋がるじゃないか。

『デート出来ない相手なんだ』って言ったことも、『お気に入りだからお前にはやらない』って部屋にお嬢様の写真飾ってたことも、『結婚出来ないから出来ないんだ!』って泣きそうな顔で言ってたことも、『妹に手を出したら殺す』って俺のギブスに書いたことも、眠ってるお嬢様の唇にキスをしたことも、そして…『告白なんかしたら、今の関係が壊れる』『俺はあいつの傍にいられればそれでいい』って切なげに言ったことも…。全部…、全部繋がる。

 じゃあ、やっぱり悠斗の好きな…いや、本命の女って…お嬢様?
 でも、待ってくれよ。もし本当に悠斗がお嬢様を好きなんだとしたら、それって…あの時のあのキスって…近親相姦…になるんじゃ…?
 聞きたいことは山ほどあるのに聞けなくて口を閉ざしていると、突然悠斗のケータイが鳴り出した。
「ほい、俊也どうした?…え?あっっ!!忘れてた!…あぁ、分かった。じゃあ、今から門のところまで取りに行くよ。すまない。じゃ。」
 何やら友達らしき相手と簡単に話しを済ませた悠斗は、スッと席を立った。
「用事ですか?」
「まぁな。すぐ戻る。」
 見上げて尋ねた俺に、それだけ言ってにっと笑った悠斗は、てくてくと去って行ってしまった。
 悠斗…、お前の好きな相手はお嬢様なのか?なぁ、そうなのか?本当は妹バカなんかじゃなくて、妹を本気で愛してるのか…?
 悠斗の背中を見送りながら、俺は幾つもの問いを彼に投げかけていた――。

 一人あれこれ考えつつ沈んだ空気の中で花見料理を食べていると、不意にふわりと甘い香りが漂った。
 え…。この香り…。
 驚いて視線を向けると、隣りにいたのはお嬢様。
「隣りいい?」
「あ、はい。でも、よろしいのですか?私などと一緒にいて…。高坂さんとご一緒の方が良いのでは…?」
 笑顔のお嬢様に恐る恐る聞き返した途端、『どうして?』と問い返された。
 ど、どうして…って。
「いえ、ただ、私などと話してもつまらないのでは…と…」
 だって最近、俺にはすごく素っ気無いし…。
「別に。私は楽しいよ?早瀬と話すの。…あ、もしかして早瀬、私が来たら迷惑?もし迷惑なんだったら、私…あっち行くね。」
 そう言って立ち上がりかけたお嬢様を、俺は無意識に掴んで引き止めてしまった。
「い、いえ!とんでもございません。迷惑だなどと思っておりません。」
 迷惑なワケ無いじゃないか。ほんとは、ずっと傍にいたいよ。
 否定した俺に『ほんと?』と少々疑いの目で聞き返したお嬢様。そんな彼女にこくんと頷いたと同時に、まだ春先の冷たい風が俺たちの間を吹きぬけた。
「きゃっ」
 突然の風に、咄嗟に髪とスカートを手で押さえた彼女の姿は、赤みを帯びる夕焼け色の景色の中で、まるで絵画の様だった。
 そして、その絵の中にいるようなお嬢様を、桜吹雪が静かに舞い包んだ。
 うわぁ…。
 何て…綺麗なんだ…。
 ただただうっとり見とれる俺に顔を向けたお嬢様は、あっさりと絵画の中から抜け出し、『はぁ〜、凄い風だったね。びっくりしちゃった。』とにっこり微笑み視線を細めた。
「そうですね。風と一緒に見事な桜吹雪でしたね。」
 言いながら心の奥で、もう少し見ていたかったなぁ…と名残惜しんでいると、お嬢様が『うん。』と頷いてから突然声をあげた。
「あっ!ねぇ早瀬!“桜”って言ったら、やっぱり“お花見団子”よね♪食べようよ♪私、取ってきてあげる。」
 ポンと手を叩き思い立ったように席を立ったお嬢様は、今にも駆け出しそうな勢い。
 へ?
 桜だから花見団子?
 “桜=花見団子”と言うお嬢様の発想が妙に可愛くて可笑しくて、ついつい笑いながら引き止めてしまった。
「まだお食事の最中ですし、後のお楽しみにしましょう、お嬢様。お食事後に、早瀬が取って参ります。」
「あ、そっか。まだ食事中だっけ。すっかりお花見団子のことで頭がいっぱいだった。へへへっ」
 座りなおして苦笑いと照れ笑いを混ぜたお嬢様は、料理の乗った皿と箸を握り、パクパクと口に頬張り始めた。
 はははっ。お嬢様、やっぱり超可愛い♪
「お嬢様、そのように急いで食べられては喉に詰まってしまいますよ。」
「大丈夫、大丈夫〜。早くこれ食べ終えて、デザート食べ…うくっ!〜〜〜〜〜っっっ!!!」
 俺の注意も聞かず、口の中いっぱい料理を溜め込んで喋っていたお嬢様は、突然顔を蒼白にさせ苦しみ出した。
 ぎゃっ!お嬢様!!
 だから急いで食べちゃダメだって言ったのに!
「お、お嬢様!大丈夫ですか!?はい、ジュース!」
 慌ててグラスを彼女に手渡すと、それを一気にゴクゴク喉に流し込んだお嬢様は、大きな大きな息を吐いた。
「はぁ〜〜…、びっくりしたぁ〜〜〜〜〜。死ぬかと思った。ありがとう、早瀬。」
「ほんとに、私までびっくりしましたよ。お嬢様、お願いですから、お食事はもう少しゆっくり召し上がって下さい。喉に詰まって窒息でもしたら、危のうございます。」
「うん。」
 俺の言葉に素直に応じたお嬢様は、再び食べるのかと思いきや皿と箸を置いた。
 ん?
「いかがされました?お嬢様。まだご気分が優れませんか?」
「ううん。ねぇ、早瀬…、今日は…ずっと一緒に花火見れる?」
 え?
 視線を落としたまま俺を見ること無く尋ねたお嬢様に、一瞬頭が真っ白になった。
 どうしたんだ?お嬢様。ずっと素っ気無かったくせに、急にそんなこと言うなんて…。
「あ、ええ…。ですが、私と見るより高坂さんと見た方が、風情があって良いのでは…」
「私は、早瀬と見たいの!」
 わざと嫌味な言い方をした俺に強く反論したお嬢様は、ぷっと頬を脹らませた。
 ドキッ。
 お、俺と!?俺と一緒に花火が見たい!?
 お嬢様が…お嬢様が…俺と…。
 彼女の言葉に驚き動揺した俺は、持っていた皿をボトッと落としてしまった。
「きゃ―っ!早瀬料理が!」
 へ?料理?料理!?
「え…あ…うわぁ!!すみません…って、あぁ〜〜〜〜!楽しみに取っておいた俺のフォアグラがぁ〜〜!!キャビアがぁぁ〜〜〜〜!!」
 足元に落ちていたのは、最後に食べようと思って残していたフォアグラとキャビア。
 それらを見つめて箸を握り嘆き悲しんでいると、お嬢様が突然声をあげて笑い出した。
「ぷっ、きゃはははっ。やだぁ、早瀬ってば、フォアグラとキャビア如きで、そんなに嘆かないでよ。はい、私のあげるから。ね?元気出して。ほら、あ〜んして、早瀬。」
 へ?
 笑いながら箸で摘まんだフォアグラを俺に差し出したお嬢様は、にこにこと微笑む。
 っっ!?『あ〜んして』!?
 い、今『あ〜んして』って言ったのか!?嘘だろ!?お嬢様が、お嬢様が俺に『あ〜んして』って…。へへ…へへへへっ。いや、待て、喜ぶのはまだ早いぞ拓海。夢かも知れん。
 弛みかけた顔を引き締め、とりあえず指で自分の頬をぎゅーっと抓った瞬間、凄まじい痛みが駆け抜けた。
 ぎゃ―――っっ!!痛ぇぇっっ!!…ってことは、これって夢じゃないのか!?現実なのか!?
 現実…、そんな…。うへっ、うへへへ♪にへへへ♪ 
 いかん、嬉しすぎて幸せすぎて、涙と鼻水が一緒に垂れそうだぜ。
 あぁ、俺、生きてて良かった。
 両手を組んで感無量になっていると、お嬢様に再び声をかけられた。
「早瀬?どうしたの?いらないの?」
 えっ!
「い、いえ!もちろん、いただきます!!…では、お言葉に甘えて…あ〜〜〜」
 お嬢様の方へ向いて口を開けると、そっと口の中へやって来たフォアグラ。それはとても美味しかったけど、それ以上に“お嬢様に食べさせてもらった”と言う事実が、俺の胸を喜びと感動で埋め尽くし溢れていた。
 うぅ〜〜、何かこういうのって、まるで新婚夫婦みたいじゃないか。
 新婚夫婦かぁ…。

『月華、今夜のおかずは最高に美味いよ。』
『やだ、拓海くんたら〜。はい、あ〜んして♪』

 な〜〜んて♪へへ…へへへへっ。
 うぉぉ〜〜〜〜〜なんてバラ色な結婚生活なんだぁぁ〜〜〜!!くそぉ、夢でもいいからそんな結婚生活をしてみたい!!
 でもって、エプロン姿の超可愛いお嬢様が見てみたい!!そして『月華ぁ〜、今夜は仲良くしようね。』な〜んて言って、背後から抱きつきたい!!
 うぬぬぬぅ〜〜、くぉぉぉ〜〜〜〜、ダメだ、妄想が止まらない。それどころか、膨らむ一方だぜ。

「どう、…美味しい?」
 俺を見て恐る恐る問うお嬢様へ、ハッと我に返り何度も大きく頷いた。
「は、はい!そりゃあもう、とっても美味しゅうございます!いえ、かなり最高です!って言うか、もう天にも昇りそうです!」
 あぁ、お花見最高!俺、もう死んでもいい。
「そっか。良かった。早瀬って、フォアグラ大好きなんだね。知らなかった。ふふふっ。あ、もうすぐ始まるよ、花火。」
 そう言ってすっかり暗くなった空を指差しにっこり微笑んだお嬢様は、箸で自分用に摘まんだフォアグラを口へ運んだ。
 ぎゃ―っっ!!
 お、お嬢様、何てことを!!そ、それって、もしかしなくても俺と間接キスじゃないか!!
 俺と…、間接…キス…。デヘ…デヘヘヘヘッ
 ダメだ、俺、ヤバイくらい興奮しすぎだぞ。涙と鼻水に混じって鼻血も噴きそう。っつーか、倒れそう。
 ぐぞぉ、今年の花見は、去年以上に興奮マックスすぎだぜ。
 落とした料理を拾うことも忘れてお嬢様を見つめ…ひとり感動と感激と興奮に浸ってた矢先、突然『ひゅ〜〜〜〜〜〜、ドンッ!!』と言う腹の底に響く音が鳴った。
 んぎゃっ!!
 あまりの大音に全身でビクッと反応したと同時に、驚きで興奮は一気に冷めてしまった。
 はぁ〜、びっくりしたぁ〜。いきなり花火始めるなよ。心臓に悪すぎ。
 深い息を吐いてから空を見上げると、そこには見事なまでの大輪の華。
 やっぱり綺麗だな、春の花火。

「綺麗ね〜」
 隣りから零れた彼女の言葉は、まるでポロリと口から零れたように、とても自然だった。
「そうですね。やっぱり春の花火もいいものですね。」
 同じようにハラハラと消え行く大輪の華を見つめ穏やかに答えると、彼女は俺を見返し優しく笑んだ。
「うん。良かった、今年も早瀬と一緒に見れて。」
 え…。
「お嬢様…」
 信じられないお嬢様の科白に、返す言葉を探しあぐねていると、俺を待たずに彼女が口を開いた。
「来年も一緒に見ようね、早瀬。」
 『来年も一緒に…』そう言われた瞬間、俺の頬を冷たい何かが伝い落ちた。それが何なのか瞬時に悟った俺は、すぐさま彼女から視線を逸らしさり気なく拭ってから、再び視線を戻して笑顔で答えを口にした。
「はい。是非、ご一緒させて下さい。」
「うん。」
 こくんと頷き笑った彼女は、最高の微笑み。
 嬉しい。ううん、めちゃめちゃ嬉しすぎだよ。君にそんな言葉言ってもらえるなんて、思ってなかった。
 来年も一緒に花火かぁ…。ほんとに見れるといいな。
 出来れば来年だけじゃなく、再来年もその次の年も…、ずっとずっと君と一緒にこの美しい花火が見られたら、どんなに幸せだろう。
 でもそれは…、無理…なのかな。
 だって、もしかしたら、その頃君は高坂さんと付き合ってるかも知れないし、他に彼氏がいるかも知れない。
 そしたら、来年君の横に座ってるのは俺じゃない。
 そんなの解ってるけど、せめて春の花火だけは俺が君の隣りを独占したいって思うのは、俺の我が儘なのかなぁ…。
 
 花火を見上げてにこにこするお嬢様の可愛い横顔を見つめながら、何だか辛くて切なくて…ずっと胸がズキンズキンと痛かった―――。
 


更新がかなり遅れてすみません。単に右手関節の腱鞘炎悪化かと思っていたのが、実はそうではなかったもので(涙)
次回の更新、出来るだけ早く頑張りますが、遅れるかも知れません。ご了承下さい。











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