【69話】 お嬢様のMail 3(メッセージ)
翌日。12月22日。
夕方―――・・・。
大原三千院を観光し、その後焼き物体験をして市内へ戻って来た俺たちが夕食を食べるために向かったのは、祇園にある老舗料亭“雫庵”。
そこは千尋の実家で、京都ではかなり有名な料亭。
つまり千尋は、老舗料亭の次期若旦那なのだ。まぁ、後を継ぐかどうかは定かではないけど・・・。
「千尋、ほんとにいいのか?おばさんに迷惑かかるんじゃ?何なら別のところでもいいぞ?な?涼太。」
「そうだよ、千尋。俺、別に食えたら何でもいいし。ラーメンとかでも全然OKだぞ。」
かなり有名な老舗料亭=値段も高い。
故に、ちょっぴり遠慮がちに涼太とともに千尋へ声をかけると、千尋は運転しながらにっこり笑った。
「そんなんかまへんて。友達なんやし。うちのおかんも『拓海と涼太に会いたいし、是非来て』て言うとったし、気にせんとき。」
あっさり返して運転を続ける千尋に、俺は涼太と顔を見合わせて『それなら・・・』と二十音声で頷いた。
うぅ〜ん、でも、ほんとにタダでご飯食べさせてもらっていいんだろうか。
ちょっと気が引ける。
それからしばらく車を走らせて辿り着いた“雫庵”―――。
千尋の後ろからそろそろと店に入ると、着物姿のおばさんが出て来た。
「あぁ、千尋〜。おかえりぃ。まぁまぁ、拓海くんに涼太くん、ようおこしやす。ほんに久しぶりやなぁ。元気してはったん?たまには遊びに来てや。おばさん、寂しいわ。」
そう言って笑うおばさんは、料亭の女将さんだけあってとても着物の似合う美人だ。
「はい、ご無沙汰してます。お陰様で身体だけは健康にさせていただいてます。あ、あの、それより、今夜は済みません。夕食・・・」
笑顔で挨拶をして今夜の夕食のことを言いかけた瞬間、おばさんが遮った。
「そんなん気にせんといて、拓海くん。おばさんも嬉しいんよ。涼太くんと拓海くんが来てくれて。そうそう、美鈴がね、『拓海くんに会える』言うてもう、この間からずーっと一人で喜んでてんよ。ほんまに、あの子ってば拓海くんにゾッコンやねんから。ふふふっ。」
口元に手を当てて思い出し笑いをするおばさんは、何だかとっても楽しそう。
ちなみに“美鈴ちゃん”とは、千尋の妹。年は俺達より二つ年下で、この雫庵を手伝っている親孝行な女の子だ。
「あっ!拓海くん!涼太くんも!いらっしゃい。もう!おかあちゃん!拓海くんの前で変なこと言わんといてえや!恥ずかしいやん!」
おばさんの声を聞きつけてパタパタと店の奥から駆けて来た美鈴ちゃんが、真っ赤な顔でおばさんに食って掛かった。
「何言うてんの。ほんまのことやん?ずーっと『はよ大好きな拓海くんに会いたい』て言うてたくせに。」
「もう〜〜!おかあちゃん!!やめてえや!拓海くんに失礼やん!!」
からかう母と赤面で怒る娘のそんなやり取りを、ただただ呆然と立ち尽くして見ている俺と涼太は、何だか苦笑いしか出なかった。
はははっ。
相変わらずこの母と娘は面白いぞ。
「はいはい、好きなだけ言い合っとき。俺ら腹減ったし、離れの個室行くよって、頼んどいた料理運んでな。ほな、拓海、涼太、行こか。こっちや。」
母と妹の言い合いに呆れ疲れた顔で言った千尋は、俺と涼太に声をかけてから靴を脱いで店に上がり、てくてくと離れへ向かって先を歩き出した。
さすが、千尋。流し慣れてる。
「あ、あぁ。」
慌てて返事をしたものの、行っていいものかどうか悩んだ挙句、おばさんと美鈴ちゃんを置いて千尋を追っかけることにした俺と涼太。
う〜、ほったらかしで来て良かったのかな。
離れの個室でようやく腰を落ち着けると、涼太が大きなため息を吐いた。
「はぁ〜、疲れたぁ。」
「今日は、よう歩いたしなぁ。まぁ、ここでゆっくりして行ったらええ。何やったら、客間もあるよって、泊まって行ってもええし。」
座布団の上に胡坐をかいてにこにこ言う千尋に、涼太が『んじゃ、今夜はビールを腹いっぱい飲むぞ〜!』と絶好調だった。
おいおい。京料理食いに来たのに、ビールで腹膨らませてどうすんだよ。
ま、いっか。
「それはそうと、千尋、お前っていつかはここの後を継ぐのか?」
ふと気になったことを尋ねてみると、千尋は頬をぽりぽりと掻いて苦笑い。
ん?継がないのか?
「正直、まだ分からんねん。今やってる仕事の方が楽しいし、俺にはおうてる気もするしなぁ。一応、美鈴がここの手伝いしてるよって、あいつに任せてもええんかなぁて思たりもすんねんけど。どうなるやら。」
水を飲んで苦笑する千尋に、『そうなのか。』とだけ頷き口を閉ざすと、今度は逆に千尋が質問を投げかけてきた。
「拓海は?どうやねん。今既に7代目やけど、辞めたいとか思わへんの?」
「俺?ん〜〜、辞めたいって思ったことは無いなぁ。俺には、この世界しか無いんだろうなって思ってるし。親父も、俺が7代目で安心してるみたいだし。だけど、時々、何で俺はヤクザの家に生まれて来たんだろうって思うことはあるよ。ヤクザってだけで不利なことは、世の中にいっぱいあるから。まぁ、それは仕方ないけどね。一般庶民からすりゃ、俺たち(ヤクザ)=怖い・・・だからさ。」
軽い調子の笑顔で言った俺に、千尋は少し切なそうな顔で微笑み返していた。
それから間も無く料理が運ばれて来て、テーブルの上はあっという間に京懐石で埋め尽くされてしまった。
「お待たせしました。ビールもいっぱい持ってきましたから、ゆっくりしてっておくれやす。」
料理とお酒を運んで来た美鈴ちゃんが、にこにこの笑顔で俺たちに告げた。
「何や、美鈴が運んで来たんか。別にお前やなくても良かったのに。置いたらはよ出て行ってんか。」
うざったそうに言った千尋は、美鈴ちゃんに早く出て行くよう手で追い払う仕草をした。
はははっ、そんな邪険にしなくても。
「何でえや、お兄ちゃん。いいやんか。あたしかて、その・・・」
案の定つっかかった美鈴ちゃんは、途中でちらりと俺を見て口ごもってしまった。そこへ、すかさず千尋が突っ込みを入れた。
「『拓海くんと話したいねんもん』やろ?そんなん言わんかて分かってるっちゅーねん。せやけど、お前まだ仕事中やろ。はよ行かな、お母ちゃんに怒られるえ。」
千尋の鋭い指摘に、美鈴ちゃんは返す言葉を失ったのか、渋々料理とお酒を置いて部屋を出て行ってしまった。
「千尋、いくらなんでも可哀想だよ。あれじゃ。」
美鈴ちゃんの足音が遠のいてから千尋に言うと、千尋は『ええねん。どうせ、あと10分ほどしたらまた来よるって。』とくすくす笑う。
はははっ。なるほど。妹の行動をそこまで把握してるとは・・・。さすが兄貴。
「なぁ拓海!千尋!もう、食べてもいいのかぁ??俺、腹減った。」
既に箸を握り締めてお食事準備万端の涼太が、にへにへ顔で俺と千尋に尋ねかけた。
「あぁ、食っていいぞ。お前が楽しみにしてた京懐石だもんな。」
「きゃっほぉ〜。んじゃ、早速いっただきまぁ〜す!・・・うおぉぉ〜〜〜美味い!!」
早速パクッと一口頬張った涼太が、至福な顔で叫んだ。
そんな涼太を見て、千尋が可笑しそうにけらけらと笑い出した。
「おかわり欲しかったら、言いや。言うたらなんぼでも出てくるよって。好きなだけ食べや。」
「おぅ!じゃんじゃん食うぞ!ほら、拓海も食わないと俺が食っちゃうぞ!」
千尋に言われて俺の肩をポンと叩いた涼太は、カツカツと美味そうに料理を食べ始めた。
ほんと、食うの好きだよな、こいつ。ガキの頃からちっとも変わらなくて、見てて笑える。
「はいはい。分かったよ。そんなに急いで食わなくても、料理は逃げないぞ、涼太。じゃあ、いただこうか、千尋。」
「そやな。」
涼太に言われて箸を握った俺は、千尋と顔を見合わせくすくすっと笑い合ってから、夕食を始めた。
食事を食べ始めて10分後――。
千尋の言ったとおり美鈴ちゃんがひょっこりやって来た。
「ビールのおかわり持って来ました。」
「な?来よったやろ?」
美鈴ちゃんを指差し呆れがちに言った千尋。一方言われた美鈴ちゃんは、むすっと頬を膨らませた。
「何やのよ、お兄ちゃん、その言い方。いいやんか。来たって。そろそろビール無くなる頃やろか思て来たんやん。」
「そんなすぐ無くなるワケないやろ。最初にこんな何本も持って来たくせに。」
「でも、でも、男の人が三人もおったら無くなるやろ!」
千尋が言えば美鈴ちゃんも負けじと言い返す。
そんな兄妹の喧嘩に発展しそうな言い合いに、俺と涼太がたまらず口を挟んだ。
「ありがとう、美鈴ちゃん。じゃあ、ビール注いでもらおうかな。」
「俺も飲む〜。入れて入れて〜。」
二人でにこにこ美鈴ちゃんにグラスを差し出すと、彼女は途端に笑顔になった。
ふぅ。これで兄妹喧嘩は免れた。
彼女にビールを注いでもらって、それを飲みつつ食事をしていると、美鈴ちゃんが俺に声をかけた。
「あの、拓海くん。」
「ん?何?」
「あんな、拓海くんて、その、好きな人いるん?」
え?
率直な質問に、つい動揺して箸で摘まんでいた料理をポロッと落とした俺。
そこへ千尋が口を挟んだ。
「残念やなぁ、美鈴。拓海には好きな子いてんねん。」
「そ、そおなん?拓海くん。いてるん?」
潤んだ瞳で見つめ問う美鈴ちゃんに小さく頷いた俺は、恥ずかしさのあまり視線を逸らした。
「そおなんや。いてるんや。そおやんな、拓海くんカッコええもん。いててもちっとも不思議やない。」
すっかりしょんぼりした美鈴ちゃんは、瓶ビールをきゅっと抱きしめて俯いてしまった。
美鈴ちゃん・・・。
「ごめん、美鈴ちゃん。俺、その子に片想いなんだ。きっと実ることはない恋だよ。でも、その子のことしか考えられなくて。その子しか見えなくて。他の女の子のことは、ちっとも頭に入らないんだ。ほんとに、ごめん。」
ビールグラスを握り締めて頭を下げ謝る俺に、彼女は『謝らんといて。』と優しく言った。
「美鈴ちゃん・・・」
「あたしこそごめんなさい。変なこと聞いて。もう忘れて。あ、あたし、おかあちゃんに用事頼まれてたん、すっかり忘れてた。そんなら、あたし行くね。また遊びに来てや?拓海くんも涼太くんも。いつでも待ってるよって。じゃあ。」
恐らく嘘だろうと思われる言葉を俺たちに言い置いた美鈴ちゃんは、泣きそうな瞳を堪えて部屋を出て行った。
「拓海、気にせんでもええで。」
料理を口に運びつつ平然と言う千尋に、俺は何だか心が痛くて食欲が失せてしまった。
「でも、美鈴ちゃん泣きそうだった。」
「大丈夫や。二日もしたらけろっとしとるわ。いっつもそんなんやし安心し。そんで、『拓海くん、あたしとお友達になって。』て言いよるし、そん時は友達くらいにはなったってくれ。」
え・・・。
いつも・・・。
「そ、そうなのか。分かった。じゃあ、そうする。」
千尋の言葉に苦笑まじりに答えると、横で涼太が可笑しそうに笑っていた。
夕食後――。
本館にあるトイレから戻る途中で、悠斗に電話をしようと思っていたことを思い出した。
「あっ、そうだ、ブローチの件、悠斗に聞こうと思ってたんだ。悠斗の奴、もう夕食終わったかな?」
本館と離れを結ぶ渡り廊下の手すりに腰掛けた俺は、早速悠斗に電話を入れてみた。
すると、意外にも2、3回のコールで悠斗が電話に出た。
「あ、悠斗様。夜分すみません。早瀬です。」
―「あ、何だ、どうかしたのか?早瀬。お前、旅行中じゃないのか?月華がそう言ってたぞ。」―
まさか俺がかけてくると思っていなかったのか、ちょっぴり驚いたような悠斗の声。
「あ、はい。そうなのですが、あの、悠斗様、お夕食はお済みですか?もしお済みなら、少し話しがあるのですが。」
―「ん?あぁ、さっき食べ終わった。何だ?話しって。」―
「あの、ブローチの事なんですが・・・」
少し躊躇ってから切り出すと、悠斗は『そのことか』とため息を吐いた。
「はい。どうしてお嬢様に仰ったのですか?黙ってて下さると言ってくださっていたのに。」
そうだ、ずっと黙っててくれたのに、今更どうしてお嬢様に言ったんだ。
―「済まない。でも、失ってしまった半年を、またお前が取り戻すために頑張らなくちゃいけないのかと思うと、申し訳なくてさ。だからせめて、月華に言ってやりたかったんだ。『早瀬は、壊れてたブローチを拾ってわざわざ直して届けてくれるような奴なんだ』って・・・。だが謝るよ、俺はお前との約束を破った。申し訳ない。」―
え・・・。
悠斗・・・。
予想外な悠斗の答えに、一瞬目頭がカッと熱くなるのを感じた。
今にも零れそうになった涙を必死に堪えた俺は、電話の向こうで深く詫びる悠斗に、何度も首を振って口を開いた。
「いえ。謝らないで下さい。私は怒っておりませんから。それどころか、悠斗様のお心遣いに感謝致します。ありがとうございます。」
―「早瀬・・・」―
「すみません、失礼なことを聞いてしまって。話はそれだけです。申し訳ありませんでした。失礼します。」
言いたいことだけ言って電話を切った俺は、ケータイを握り締めて必死に涙を堪えた。
俺って、バカだ。悠斗がそんな風に思ってくれてたなんて、ちっとも知らなかった。
ブローチのことをお嬢様に喋ったのも、俺の為だったなんて・・・。
しばらく気持ちが落ち着くまでぼんやりと月を見上げてから、ようやく部屋に戻ろうと重い腰を上げたところで、不意にケータイがメールを知らせた。
メール?
きっと圭兄だな。
ふっと息を吐いてケータイを開くと、来ていたのはお嬢様からのメール。
お嬢様?何だろう?
更にメールの中身を開けて読んでみると、書いてあったのは・・・
『24日にメール送るね。』
そのたった一言のメッセージ。
「24日にメール?」
でも、24日って、俺が帰る日だぞ?それに、帰ったら用事があるから屋敷に来いって言ってたんじゃ?
なのにメールを?何故??
むぅ〜〜。さっぱり分からん。
あっ、もしかして、その用事に関することなのかな?でも、あとですぐ話すのにわざわざ先にメールで内容は送って来ないか?じゃあ、何だ?
う〜〜〜ん。
必死に頭を悩ませていると、何処からとも無くパタパタと足音が近づいてきた。
「あ、いた!拓海ぃ〜!そろそろ帰ろ〜ぜ!千尋んちに面白い映画のDVDあるんだって。帰って観ようってことになったんだ〜。なぁ、早く行こ〜。」
駆けて来るなりくっついてきた涼太が、にへにへ顔で俺を引っ張った。
「あ、うん。」
ま、いっか。何のメールかは、24日に分かることだし。
涼太に引っ張られて立ち上がった俺は、ケータイをポケットにそっと仕舞いこんだ。
そうして、おばさんと美鈴ちゃんに挨拶をして雫庵を出た俺と涼太は、再び千尋の運転で彼のマンションへと帰宅した――・・・。 |