【68話】 お嬢様のMail 2(想い)
千尋のマンションに到着後、長旅で疲れたせいもあって軽く宅配ピザで夕食を済ませた俺達。
「はぁ〜、ピザ美味かったぁ〜。ビールも最高〜。ごちそうさまぁ〜。ふあぁぁぁ〜〜」
ご機嫌でビールを飲み干した涼太が、ごちそうさまを告げたと同時に大きな欠伸をし、ソファに・・・と言うより、俺の膝の上に頭を乗せる形でコテンと倒れた。
ぎゃっ!!
「おい!涼太!俺の上で寝るな!」
「むにゃむにゃ・・・、おやすみハニ〜〜・・・」
俺の言葉を完璧無視して熟睡体制に入った涼太。
むかっ!誰がハニーじゃ!!
「何が『おやすみハニー』だ!!『ハニー』と呼ぶなと言っただろうが!!って言うか、それ以前に俺の膝の上で寝るな!!また涎垂らす気か、お前は!!」
涼太の頭をべしっと思い切り叩いてやったものの、当の涼太は一向に俺の膝の上から離れる様子も無く、それどころかにへらにへらと意味深な笑みを浮かべた。
うっ、何だ。何を言う気だ!!
頭をフル回転させて涼太の言葉の先を読もうとしたその時・・・
「いいじゃん。丁度いい枕なんだし。それに〜、ハニーと俺は“ちゅ〜”も“それ以上のこと”もし・・・」
にま〜〜っとした笑顔で、まさにとんでもないことを言いかけた涼太。
うぎゃっっ!!そのことを言うのか!?お前は!!
「それ以上言うんじゃねえ!!ボケ涼太あぁぁぁ!!」
「ぎゃあああああぁぁぁ〜〜〜〜〜」
最後まで言わせまいと涼太の襟首を掴んで起こしたと同時に、その顔を思い切りグーでぶん殴ると、断末魔をあげて吹っ飛んだ涼太はきゅ〜〜〜〜っと伸びて気絶してしまった。
はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。
おのれ!大ボケ野郎、涼太め!余計なことを。
肩を大きく上下させ荒い呼吸をする俺を見た千尋が、2メートルほど引き気味に俺に声をかけた。
「“ちゅ〜”と“それ以上のこと”・・・て、お前ら・・・いつの間にかそういう仲に・・・」
「なる訳ねえだろーが!!あいつの言うこと間に受けてんじゃねえよ!!」
途中まで言いかけた千尋を遮るように怒鳴って睨みつけると、千尋はびくっと身体を震わせビビッていた。
くそっ、どいつもこいつも。
不機嫌満開でリビングを出てベランダへ出ると、煙草に火をつけ空を見上げた。
そこには、細く弓なりな月――・・・。
何で俺が、涼太とそんな仲にならなくちゃならねえんだよ。
冗談じゃねえ。あれは、ただの気の迷いだ!!
俺が好きなのは・・・、好きなのは・・・。
心の中で呟いたその時、リビングから千尋が俺に声をかけた。
「拓海〜、ケータイ鳴ってるで〜。」
え・・・。
まさか、お嬢様からのメールか??
急いでリビングへ戻ってソファに置いていたケータイを手にすると、来ていたのは案の定メール。
すぐに開くのが怖くて、大きく深い深呼吸をしてから恐る恐る開いてみると、メールの相手はお嬢様では無く、圭兄だった。
何だ、圭兄か。
安堵したようながっかりしたような複雑な気持ちでメールを読んだ俺は、次の瞬間―――・・・唇を噛み締めた。
『望が、流揮会の須藤にやられた。』
望が・・・須藤に・・・?
くそっ!!俺への当てつけに望を襲ったのか!!須藤の奴!!
「拓海?どうかしたんか?今度はものすご険しい顔して。」
ケータイを握り締める俺に、恐る恐る声をかけた千尋。
「あぁ、ちょっとな。弟が、流揮会の奴にやられたらしい。」
「えっ!?ほんまか!?それ!!!そんで、望くん大丈夫なんか?はよ、電話したりいや。」
「あぁ。」
千尋に言われて慌てて圭兄に電話を入れた俺は、詳しく書かれていない望の容態に不安でケータイを持つ手が震えていた。
―「拓海か。メール読んだか。」―
電話に出た圭兄の声は、沈んではいるもののいつもとさほど変わりない。が、俺は声を荒げずにはいられなかった。
「圭兄!!望は!?望の具合はどうなんだ!?大丈夫なのか??」
―「あぁ、腕を折られたのと、腹部を少々刺された程度だ。命に別状は無い。でも、一応安静入院してる。警護は厳重にしてあるから心配無い。とりあえず、流揮会へは礼を兼ねて少し痛い目を見てもらったから安心しろ。」―
電話の向こうの圭兄は、俺に心配させまいと穏やかな口調で告げた。
「そうか・・・」
『命に別状は無い。』
圭兄の言ったその言葉に、俺は心底ほっとし息を吐いた。
年が離れてるだけに、ガキの頃からいつも俺と圭兄にくっついて離れなかった望。
その望が、俺のせいで須藤にやられたなんて・・・。俺は、兄貴失格だ。いや、7代目失格だ。
―「拓海?どうした?まさか、須藤に仕返ししようなんて考えてるんじゃないだろうな!?」―
「考えてるさ。“必ず殺してやる”ってな。でも、それを今しようなんて考えちゃいないよ。だから安心してくれ。じゃ、俺、これから風呂に入るから。メールくれてさんきゅ、圭兄。」
適当な言葉で電話を切った俺は、間を置かず望に電話を入れた。
―「あ、兄貴?はははっ、わりい。油断したらやられた。」―
電話から聞こえた望の声は、いつもと変わらずあっけらかんとした明るいもの。
望・・・。
「すまん、望。俺のせいで、須藤がお前を狙ったんだ。ほんとにすまん。俺、お前の兄貴失格だし、7代目も失格だ。」
真剣に謝った俺に、突然ケラケラと笑い声が聞こえた。
え・・・。
―「ばっかじゃねえの??兄貴。何で兄貴のせいなんだよ。俺だって、銀龍会の人間なんだぜ?奴らに狙われたってちっとも可笑しくないじゃん。それに、7代目失格って言うけど、“7代目”は兄貴だから相応しいんだよ。あと俺は、兄貴のことも圭兄のことも、マジで自慢の兄貴だって思ってる。だから、謝んなよな。あっ、やばい。看護師の見回りの時間だ。もう切るぜ、兄貴。んじゃ。」―
そう言った望は、あっさりと電話を切ってしまった。
望・・・。ありがとう。でも今の俺は、兄貴も7代目も失格だよ。もっと頑張らねえと。
「拓海、望くんどうやて?大丈夫なんか?」
心配げな顔で俺に尋ねかける千尋へ、俺は笑顔で頷き返した。
「あぁ、腕を折られたのと、腹を軽く刺されただけらしい。一応安静入院してるって。でも、本人は至って元気そうだったよ。」
「そうかぁ。命に別状無いんやったら良かったわ。せやけど、その流揮会て・・・厄介な連中やな。」
ほっと安堵の表情に変わったと思いきや、すぐさま険しい顔つきに変わった千尋。
「あぁ、まぁな。昔からうちとは敵対してるからさ。特に俺と須藤は犬猿の仲だし。・・・あっ。」
苦笑いで千尋に返しつつふと何気に視線を移すと、ソファ横のフローリングの上では、未だ伸びて失神状態の涼太。
うっ、しまった。思い切り殴りすぎたか。
「そういや、ずーっと大人しいなぁて思とったら、まだ失神してんのかいな。涼太の奴。」
半ば呆れがちに言った千尋に、『俺が起こすよ。』と言い置いて涼太に近づきしゃがみ込んだ俺は、次の瞬間がくっと肩を落としてしまった。
こ、こいつ・・・。
「どうしてん?拓海。涼太の様子おかしいんか??もしかして、殴られどころ悪かったんか??」
心配そうに問いかける千尋に、俺は即座に首を振り呆れ半分に口を開いた。
「寝てる」
「へ?」
俺の一言に間の抜けた声をあげた千尋。
「いや、だから、失神してるんじゃなくて、熟睡してる・・・こいつ。」
気持ちよさげににへにへ爆睡する涼太を指差しもう一度告げると、千尋がたまらず大声をあげて笑い出した。
「ぷっ、ひゃははははははっ。何や、寝てんのんかいな。さすが涼太や。ただもんやない。なかなかやってくれるやんけ。」
「だよな。あ、千尋、悪いけど、布団お願い出来るかな?涼太は、このままもう寝かすよ。」
むにゃむにゃと眠る涼太を抱き上げながら千尋に頼むと、彼は『ほな、すぐ布団敷くわ。』と和室へ駆けて行った。
布団の準備が出来るまでの間、ひとまず涼太をソファに寝かせた俺は、奴の隣りに座って煙草を吸い始めた。
手にしたケータイは、未だお嬢様からのメールはない。
今日は送って来ないのかな。
ってことは、そんなにたいした話じゃないってことか?つまり、怒りでも急用でも無い?
じゃあ、何のメールを送ってくるつもりなんだろう?ますます分からない。
何か、不安と恐怖だけがどんどん募っていく。
はぁ〜・・・。早く送って来てくれないかなぁ。
頭を抱えブルーになっているところに、千尋がパタパタと戻って来た。
「拓海、布団敷けたで。」
「さんきゅ。んじゃ、このボケを寝かせるか。」
再びよっこらせと涼太を抱き上げた俺は、真っ直ぐ和室へ向かった。
するとそこには、布団が三組。
あれ?
「千尋?何で布団が三組も敷いてあるんだ?俺と涼太だけだし、二組でいいんじゃ・・・」
当たり前のように普通に尋ね返すと、千尋は『修学旅行気分で川の字なって寝るんもええかなぁ〜て思てな。』と笑いながら答えた。
川の字・・・。
はははっ。ここにも修学旅行気分な奴がいたか。
ま、いいけど。
「そうか。んじゃ、とりあえず、涼太の布団は離さないとな。いつ蹴りが飛んでくるか分からないし。」
涼太を布団に寝かせてから、ズルズルと涼太ごと布団を離した俺に、千尋が『そやな。危険極まりないよってな、涼太の蹴りは』と深く頷いていた。
風呂から上がって布団に寝転がり、お嬢様と過ごした5月以降のことを思い出しながら一人思い出し笑いをしていると、風呂から出て来た千尋が声をかけてきた。
「何や拓海、ひとりでニヤニヤして。何かええことでもあったんか?」
えっ。
「いや、何も無いよ。ただの思い出し笑い。それより、涼太に蹴られる前に早く寝ようぜ。」
軽く返して布団を顔半分までかけた矢先、ふと千尋が真剣な顔で話しかけてきた。
「なぁ拓海、ちょっと話しあんねんけど、ええやろか?」
へ?
「あぁ、うん。いいけど。俺で分かる話しなら。」
布団から顔を出して笑顔で返すと、千尋はほっとしたように話を始めた。
「あのな、俺てな、やっぱ彼女出来へん部類の男なんやろか?」
は??
突然の予想外な話題と質問に、目を見開き答えに詰まっていると、千尋がそのまま話を続けた。
「俺な、付きおうた子によう言われるねん。『あんたは、束縛しぃの人や。』『それがうっとおしいてしゃーない』・・・て。俺、そんなんしてるつもりあれへんねんけど、相手がそお言うてことは、そおなんやろなぁ。」
布団にポフッと座って俺を見下ろすように言った千尋の顔は、真剣に悩み沈んでいた。
千尋・・・
「それってさ、相手がお前のことを本気で好きじゃないってことだろ?お前以外の男に興味があるから、束縛されると嫌だし、ウザイと思うんだよ。だから、気にすることないって、千尋。そんな女、こっちから願い下げじゃないか。事実、俺だってもし本気で好きな女と付き合ったら、絶対束縛するよ。人を好きになるって、そういうもんじゃないかな?だって、好きな女には、自分だけを見てて欲しいって思うじゃん。」
そうだ。もしお嬢様と付き合うことが出来たら、俺はきっとこれ以上無いってくらい彼女を束縛するに違いない。
だって、毎日傍にいて、ずっと離したくなくて、いつも彼女の体温を感じていたい。
あの瞳に映るのは俺だけでありたい。
でもこれは、一生有り得ない夢だけど・・・。
「拓海・・・」
「気にするなって、千尋。」
千尋の膝をトンと叩いて笑顔で言うと、彼はやっと顔をほころばせた。
「・・・そやな。気にせんとくわ。おおきに、聞いてくれて。でも意外やな。拓海からそんな言葉返ってくると思わへんかったわ。お前、好きな子いてんねや??」
布団に寝転がって笑顔で言った千尋に、俺は恥ずかしくて顔を反らした。
「い、一応な。片想いだけど。」
ぼそぼそと小さく返して布団に潜ると、千尋がトントンと布団の上から俺を軽く叩いた。
「ええやん、片想いでも。恋は恋や。実るとええなぁ。」
「いや、実らないよ、一生。俺には手の届かない女だ。」
そうだ、一生かかったってこの想いは届かないし、届けちゃいけないんだ。
布団に潜ったまま答えたと同時に、千尋がいきなり俺の布団をがばっと剥がした。
え・・・。
「阿呆、そおいうのんは、努力した人間が結果的に言う言葉や。努力せんうちから言うもんとちゃう。手が届かへん相手なんやったら、拓海がその子に届くとこまで近づくよう頑張ればいいこっちゃ。そやろ?そうやって、頑張ってみてからでもええのんとちゃうか?結果出すんは。」
俺の頭をコツンと叩いて笑顔で言った千尋。彼の言葉に、瞳からは無意識にツーッと涙が零れ落ちた。
手の届かない相手なら、自分が相手に近づく努力をすればいい・・・。
そんなの俺だって分かってるさ。分かってるけど、でも・・・。
どうにもならない現実にただただ涙を落とす俺に、千尋は驚くこともせず持っていたタオルで俺の顔を拭いてくれた。
「拓海は、そおいう感情を殺しすぎや。もっと素直になってもええのんとちゃうか?自分に。」
「千尋・・・」
「自分の気持ちに少し流されてみぃや。ちょっとは、楽になるで。」
そう言って俺の髪をくしゃくしゃっと掻き乱した千尋は、いつもと同じ柔らかい笑顔。
『自分の気持ちに流されて』・・・。
千尋の言葉を聞いて枕元のケータイへ視線を移した俺は、それをぎゅっと掴んだ。
自分の感情に流されて、俺はお嬢様にキスをした。
あの時、とてつもなく後悔して懺悔して・・・、どうしてあんな過ちを犯したんだろうって自分で自分を嫌いにさえなった。
でも、結果的に彼女は俺を拒んでなくて・・・。それを知った時は、死ぬほど幸せだった。
だけど今は、あの時とは違う。お嬢様の中で、俺はまだ出会って2ヶ月ほどのただの運転手。
そんな男から告られたら迷惑なのは、俺にだって分かる。
だから・・・
「千尋、俺、ちょっと電話してくる。」
それだけ言い置き起き上がると、千尋の返事も聞かず駆け出し、マンションから飛び出した。
向かった先は、一番端の非常階段。
そこまで行って息を整えた俺は、お嬢様へと電話を入れた。
―「あ、早瀬。どうしたの?」―
電話に出たお嬢様の声は怒ってる風でもなく、いつもと変わらない。
「あ、あの、夜分遅く済みません。その・・・、お、お嬢様からのメールが・・・無いもので、それで・・・その、もし、急用ならいけないと・・・」
俺のバカ、何でそんな緊張してしどろもどろなんだよ。
言いながら自己嫌悪に陥っていると、お嬢様がふふふっと笑った。
―「何だ、そのこと気にしてたの?」―
え・・・。
そのこと・・・って。そんなどうでもいいみたいに。
「で、でも、あの時怒っていらっしゃったので・・・。」
―「怒る?あ、ごめん。あの時、急にお腹痛くなっちゃって。トイレ行きたいのに、早瀬がメアド教えてくれないから、つい怒り口調になっちゃったの。ほんとにごめんね。」―
怒っていた事情を説明しながら苦笑を混ぜたお嬢様。
へ?お腹が痛かった?トイレに行きたくて?
初めてお嬢様事情を知った俺は、すごく真剣に悩んでた自分が可笑しくて、ついつい笑い出してしまった。
「ははははっ。何だ、そうだったのですか。それは申し訳ありませんでした。お腹が痛かったのでしたら、言って下さればよろしいのに。てっきり早瀬が何かやらかしたのかと思って、ドキドキしてしまいました。」
ほんとに、不安と恐怖でドキドキだったよ。
―「笑わなくてもいいじゃない。だって、言い出せないでしょ。男の人にそんなこと。」―
ぶちぶちと小声でぼやくお嬢様がとてつもなく可愛くて、『そうですね』と返しつつ心の中でずっと笑っていた。
「あ、ところでお嬢様、そのメール・・・というのは、いったい何を送ってくるつもりでいらっしゃったのですか?」
思い出して尋ねると、お嬢様は『あ、そうそう、それね』と話を始めた。
―「あのね、この間桜と出かける時にお気に入りのブローチつけてたの。そしたら、お兄ちゃんに言われたの。『そのブローチ、直して届けてくれたのは、早瀬なんだぞ。』って。」―
え・・・。
思ってもいなかった彼女の言葉に、俺はどう返していいか答えに戸惑った。
悠斗、内緒にしててくれるって言ったのに。どうして・・・。
―「ほんと?あの日、早瀬が届けてくれたの?」―
黙りこむ俺に質問を投げるお嬢様。
「そ、それは・・・その・・・」
言葉を濁しながら、頭の中ではいろんなことが廻っていた。
言ってしまったら、お嬢様は何て言うんだろう。このまま黙ってた方がいいんだろうか。否定した方がいいんだろうか。悠斗は、どういうつもりで言ったんだろうか・・・。
―「ねぇ、早瀬。どうなの?」―
再び問うお嬢様に、俺は大きく息を吐いて覚悟を決めた。
「・・・私・・・です。すみません。返すのが遅くなってしまった挙句、あのような乱筆乱文のメッセージまで添えてしまって。」
言いながら自分の心臓は、壊れそうなほど激しくバクバクしていた。
何て言われるんだろう。
これから返ってくるお嬢様の言葉を聞くのが怖くて、耳を塞ぎたい気分だった。
―「ううん。乱筆だなんて、そんなこと無いよ。すごく綺麗な字だった。男の人なんだってことはすぐに分かったの。それに、きっと誠実で真っ直ぐな性格の素敵な人なんだろうな・・・ってことも。そっか。やっぱり早瀬だったんだ。お兄ちゃんの言ってたことは嘘じゃなかったんだね。」―
やっと謎が解けてスッキリしたような声で言うお嬢様に、俺はすかさず言葉をさした。
「がっかりしたでしょう?誠実で真っ直ぐな性格の素敵な男じゃなくて。」
俺はお嬢様が期待したような男じゃない。
ヤクザで、しかも好きな女に下心がいっぱいあって、挙句強引にキスまでした最低な男だ。
―「ううん。思ったとおりの人だったよ。誠実で優しくて、その上強くて頼りになって、とても素敵な人だった。」―
俺の言葉を否定し言い返したお嬢様は、電話の向こうで優しく笑った。
そんな彼女の言葉に、心臓はドクンドクンと高鳴り一気に速度を速めた。
「お嬢様・・・」
―「何だか、ほんとにお兄ちゃんがもうひとり増えたみたいで、私嬉しいの。」―
え・・・。
お兄ちゃんがもう一人・・・。
心の底から嬉しそうに言うお嬢様に、俺はぐっと拳を握った。
そうか、そうだった。この人にとって俺は、運転手でありボディーガードであり、兄貴だったんだ。
忘れてた。
「さようですか。お嬢様に『お兄ちゃん』と呼ばれるのは光栄です。では私も、お嬢様のことは妹のように大切にいたしとうございます。」
自分と彼女の距離に切なさと寂しさを感じながらも平静を装い告げると、彼女は『うん』と小さく返事をしていた。
兄と妹・・・か。
どう頑張ったって、俺にはこれ以上彼女に近づくことは出来ないんだ。
これが限界。やっぱり手は届かないし、想いも届けられない。
―「そうだ、早瀬今旅行中だって言ったよね?帰って来るのはいつ?」―
思い出したように問うお嬢様に『24日の夕方か夜には』と曖昧に返した途端、彼女が被さるように言葉を発した。
―「そうなの?じゃあ、帰ってからでいいからうちに来てくれない?」―
は?
「あ、はい。承知いたしました。」
今度は何だ。
―「絶対だよ?約束ね。あ、ごめん、私これからお風呂入らなくちゃ。じゃあね、早瀬。ブローチ直してくれてほんとにありがとう。」―
念押し後に明るい声でそれだけ言って、電話を切ってしまったお嬢様。
一方、残された俺は、せっかくメールの件が解決してスッキリしたのに、お嬢様のせいでまた新たな不安材料が出来てしまった。
こんな風に、いつもお嬢様に流されっぱなしの俺は、自分でも思うけどかなり情けない。
だけど、好きすぎて『流されてもいいかな』なんて思ってる俺は、ちょっと変体なんだろうか・・・。
むぅ〜〜。考えるのやめよう。変体を認めてしまいそうだ。
それにしても、帰ったら何言われるんだろう。今度は屋敷に来いって言ってたな・・・。
怖い。 |