【62話】 悠斗の手助け・・・
翌朝―――。
悠斗に言われた通り、早朝6時に沢村の屋敷へ到着するよう車を走らせながら、心の中は初出勤の時の気分に少し似ていた。
「はぁ〜。久しぶりだなぁ。もう、二度とあの門をくぐることは無いと思ってたのに、またくぐれる日が来るなんて・・・。」
これも全部、お嬢様が悠斗に頼んでくれたおかげなんだよな。
ほんとに、お嬢様には何度お礼を言っても言い足りないくらいだ。
お嬢様・・・、どうかご無事でいて下さいね。必ず、早瀬が助けに参りますから。
久しぶりに見えてきた沢村の門をIDカードで通り抜け、真っ直ぐ向かったのは使用人駐車場。
車を置いてバカでかい屋敷の門へ走ろうとしたその時、車でやって来た翔太兄と出会った。
「あ、拓。おはよう。ちょっと待って。俺もすぐ車止めるから。」
「あぁ、おはよう、翔太兄。うん、じゃあ待ってるよ。」
翔太兄に言われてぼんやり待ってると、彼は急いで駐車場に車を止め、荷物を持って俺のもとへ駆けて来た。
「ごめんごめん、お待たせ。じゃ、行こうか。」
「おぅ。」
屋敷の玄関までてくてく歩きながら、翔太兄がふと俺に声をかけた。
「そういやさぁ、坊ちゃんの言ってる『手助け』って何だろうね?」
「さぁ、知らない。でも、あの人のことだから、あんまり真剣に考えない方がいいよ。絶対。」
だって、金持ちのすることは理解出来ない。
以前入ったプールだって、オリンピック会場並みだったし・・・。
今度は何が出て来るやら・・・。
「はははっ、拓ってば。まぁ、確かにお金持ちが考えることは、凡人の俺達には解りかねるところがあるよね。」
隣りを歩きつつ返した翔太兄は、何とも言えない顔で苦笑していた。
屋敷の玄関前に到着すると、一台の車が横付けされていた。
んん?何だ?
もしかして、こんな早朝からサツが来てるのか?
あれこれ考えながら呼び鈴を鳴らすと、出て来たのは日下部さん。
この人を見るのも、何週間ぶりだろう。でも、ちっとも変わってないや。懐かしい。
「おや、早瀬くんじゃないか。久しぶりだね。元気だったかい?おっと、そうだ、坊ちゃんに用事だったね。お待ちなさい。」
懐かしそうな顔と変わらずの穏やかな口調で俺に言った日下部さんは、思い出したように悠斗を呼びに行ってしまった。
俺もあんな爺さんになりたいもんだ。
それから待つこと数分後・・・。
重い玄関の扉から悠斗が姿を現した・・・のは良かったが、そのいでたちに俺と翔太兄は互いの顔を見合わせた。
「おはよう。待ってたぞ。」
そう言った悠斗は、荷物を片手にどう見ても『これから出かけます』状態で、しかもこのまま飛行機の操縦でもするのか?と言いたくなるような格好。
な、何だ!?
「ど、どうしたんですか?悠斗様。その格好。」
「坊ちゃん、これからどちらかへお出かけですか?」
俺と翔太兄が同時に投げた質問に、悠斗は笑顔で頷いた。
「まぁな。うちのことは父に任せて、俺もお前たちと同行しようと思ってさ。」
同行?
いや、それは構わんが、その姿でか?う〜〜ん・・・。
「は、はぁ。お屋敷の方が大丈夫なのであれば、探すのは一人でも多いほうが嬉しいですけど・・・。ね?川凪さん。」
翔太兄に同意を求めるように話を振ると、彼は『そうだね。』と苦笑い。
苦笑いしたくなるの分かるよ、翔太兄。
だって、いくらなんでもお嬢様捜索に、この姿は無いだろう。これじゃまるで、今から戦闘機にでも乗るみたいじゃねえか。
翔太兄とともに顔を見合わせ苦笑していると、悠斗が荷物を持って俺達の前を素通った。
「ほれ、何してる。行くぞ。警察が来る前に発つ。爺、車を。」
「はい、かしこまりました。坊ちゃん。」
日下部さんにキビキビと命令した悠斗は、玄関前に横付けされた車のトランクをガチャっと開け、さっさと荷物を積み込んだ。
この車に乗るのか?っつーか、乗って何処行くんだ?
「ほら、お前らも荷物を入れろ。でもって、早く車に乗る!」
ただただ呆然と見入っている俺達に荷物を入れるよう指示し、先に車へ乗り込んだ悠斗。
「あ、は、はい。」
慌てて言われた通り荷物を積み込み車へ乗り込むと、運転席に座ったのは日下部さん。
うおっ、日下部さんて運転出来るんだ・・・。知らなかった。すげえ。
感心している間も無く、車は早速何処かへと向けて走り出した。
車が向かう先は、屋敷の門・・・では無く、逆方向。
何処に向かってるんだ?でも、外には行かないって事は、敷地内の何処か・・・だよな?
何処だ。
「悠斗様、何処へ向かってるんですか?」
「ん?あぁ、行けば分かる。」
俺の問いに、腕を組み景色を眺めながら軽い調子で答えた悠斗。その反応に、思わず苦笑いをしてしまった。
行けば分かる・・・って。
そりゃ、行けば分かるだろうけど、その前に教えてくれてもいいだろ。
「あはは、はぁ。ところで、悠斗様。本当にお屋敷に残らなくても大丈夫なのですか?旦那様は、お嬢様のことで気落ちされてると仰っておいでだったのに・・・。」
ほんとにこいつが出て来ていいのかよ?俺は知らんぞ。
心配で問いかけた俺の横で、悠斗はふっと笑みを浮かべた。
「いいんだ。父に『月華の居場所の手がかりを掴んだ』って伝えたら元気になってくれた。それに俺自身、手がかりを掴んだって分かったら、いても経ってもいられなくてな。」
そう言って俺を見やり笑う悠斗の顔は、捜索依頼に来た時とは打って変わって穏やかだった。
「そうですか・・・。ほんの少しの手がかりでも、旦那様がお元気を取り戻して下さったのなら、安心しました。では、次は是非吉報をお届けしなくては。」
悠斗へ視線を向けにっと笑いかけた俺に、彼も『そうだな。』と嬉しそうに笑っていた。
車を走らせること7〜8分―――。
辿りついた先は、だだっ広い場所。そこにあったものは・・・。
「着いたぞ。ここだ。降りろ。」
先に降りた悠斗に続き、車から降り立った俺と翔太兄の目の前には、ヘリポート。
う〜〜、そういや、以前言ってたな。『ヘリポートもある』って。忘れてた。・・・っつーか、ちょっと待て!何だありゃ!!あれって・・・あれって・・・!!
「た、拓・・・。あれって・・・」
「あぁ・・・。これは夢だと俺は思いたい。」
翔太兄とともにぼそぼそ言い合ってると、悠斗が俺達の肩をトンと叩いた。
「さて、あれで行くぞ。ほら、荷物を運ぶぞ。急げ。」
さも当然とばかりに言い置いて荷物片手に行こうとした悠斗の腕を、俺は咄嗟にぐっと掴んで引き止めた。
「ちょ〜っと待ったぁ!!『あれで行く』って!!嘘だろ!?どう見てもあれって、“アメリカ軍用輸送大型ヘリCH−47 チヌーク”じゃねえか!?何であんな物が、此処にあるんだよ!?」
これは夢だ。絶対夢だ。あんなものが、こんな所にある訳が無い。
目の前にどっしり構えて止まっている軍用輸送ヘリを指差し吼えると、悠斗はにへにへとご機嫌な笑顔で口を開いた。
「おっ、早瀬よく知ってるじゃん〜♪あれさ、この間知り合いから安値で買ったんだ。いいだろ〜。さ、早く乗るぞ♪」
はあぁぁぁ??
『いいだろ♪』って・・・。“いいだろ”じゃねえ!!
んなもん買うなよ!!ってか、安値っていくらだよ!!安値って!!
っつーか、それ以前に乗るなよ!
「阿呆か、てめえは!!何言ってんだよ!!あんなバカでかい物で行って、何処に着地するってんだよ!?パラシュートで落下でもする気か!?あああぁぁ???」
呆れを通り越し怒りにも似た感情でぎゃんぎゃん吼える俺を見て、翔太兄が青ざめた顔で宥めに入った。
「た、拓、落ち着いて。喋り方が敬語じゃなくなってるよ。相手は財閥のお坊ちゃんだよ。俺達の雇い主だよ。冷静になって、拓。お願いだから。」
「がうぅぅぅ〜〜〜〜」
翔太兄に宥められ、唸り声をあげつつ怒っていると、悠斗は腕組をしながらしばらく考え込んでいた。
「むむぅ〜〜〜〜・・・、そうだなぁ。確かに言われてみれば、着地に困るかも知れんな。便利そうだが、日本じゃ案外不便なのかぁ、このヘリ。ふむふむ。おし、じゃ、あれはやめよう。そっちのなら、行けるだろう。ほれ、あれだ。」
ひとしきり悩んで諦めた悠斗は、その横にある別の小型ヘリを指差した。
あ、“あれ”・・・って。
まさか、“あれ”も安値で買ったって言うんじゃねえだろうな・・・。
「ゆ、悠斗様、参考までにひとつ伺いますが、もしやあの“フランス軍用ヘリSA341 ガゼル”も・・・安値でお買いになったのですか?」
ピクピク頬を引きつらせながら敬語で質問を投げた途端、悠斗はにまにまと笑みを見せた。
うっ、その反応は。
「おおっ!早瀬、もしかしてお前も好きなのかぁ?♪そうそう♪あれもちょっと前に買ったんだ♪ってことで、あれで行くぞ。あれなら着地出来るだろう〜。ほれほれ、急げ〜。」
悠斗の口から思った通りの答えが返って来た瞬間、脱力してその場にへたり込んでしまった。
はははっ。
やっぱりそうか。あれも買ったのか。あれも安値で買ったのか!!
うぬぬぬぅ〜〜、俺にはあいつの脳みそがどうなってるのか、全っ然理解出来ねえ。何をどうすれば、普通に買い物感覚で軍用ヘリ買おうなんて思いつくんだよ。
ヘタに金の有り余ってる奴の脳みそは、凡人とは構造が違うのか!?
こいつがこうだってことは、お嬢様もこうなのか??イヤだ・・・考えたくない。それより何より、信じたくない。
だって、もし俺の愛しのお嬢様が、『早瀬、安かったからお城ひとつ買っちゃった〜♪』何て言った日にゃ、俺は・・・俺は・・・。
あぁ〜〜〜、お嬢様はそんな変なお買い物はしないで下さい〜〜〜〜。
ううぅ・・・。
何か行く前からドッと疲れが出てきた。
くそぉ、これからどうなるんだ。すげえ不安だぞ。頭痛い。
がくっと肩を落としうな垂れた俺の前にしゃがんだ翔太兄が、俺の肩をポンポンと叩いた。
「拓、坊ちゃんの趣味に言いたいことがたくさんあるのは分かるよ。でも、今はお嬢様捜索のことだけ考えよう。ね?」
「そうだな。」
悠斗の趣味及び買い物に、いちいち突っ込んで怒ってたらきりがねえ。
ご機嫌な足取りでツカツカ歩いて行く悠斗の後姿を見ながらのろのろ起き上がった俺は、翔太兄とともにヘリに向かった。
荷物を持ってヘリに乗り込むと、操縦席には悠斗ともう一人。
え・・・。
「あ、あの・・・」
とてつもなく嫌な予感がして恐る恐る声をかけた俺に、振り返った悠斗が声をかけた。
「しっかり捕まってろよ。俺が操縦して行くから。じゃ、出発するぞ。」
・・・。
ぎゃ〜〜〜〜〜!!嘘だろぉ〜〜!!
「マジかよ!!冗談じゃねえ!!俺は降りる!!てめえなんぞの操縦で行ってたまるか!!俺はお嬢様に会うまでは死ねないんだ!!」
そうだ、俺にはお嬢様との約束を果たすっていう使命があるんだ!
荷物を掴んで降りようとしたのを、翔太兄に掴まれ止められた。
「うわあぁ〜〜〜!!ダメだよ拓、危ないよ!!もう動き出してるってば!」
「やかましい!!俺はお嬢様に会うまでは、生きてなきゃいけないんだぁ〜〜〜〜!!降ろせぇぇぇ〜〜〜!!」 |