【6話】 訪れた転機
3月中旬―――。
世間では、大学の合格発表が始まっている時期。
「そういや、俺の行ってた大学の合格発表はもう終わったはずだけど、月華ちゃん合格したのかな。」
仕事の手を休めて、窓の外を眺めながらふと独り言を呟いた。
大学受験だから声をかけるのはやめておこうと、結局未だに声もかけられないまま。
でも、もうそろそろ頑張って声をかけてみようかな…なんて最近ちょっぴり思ったりもしている。
ぼーっと外を見ていると、突然すごい勢いでドアが開いた。
「拓海!!」
「うわっ!!」
驚いて身構えると、大声をあげて入って来たのは圭兄。
何だ、圭兄か。
「びっくりするだろ〜〜。何だよ、いきなり。」
ほっと胸を撫でおろしている俺の両肩を、圭兄ががしっと鷲掴みにした。
「拓海!!見たか!?」
えっ?
「何を??」
何を見るんだ??
いきなりの言葉に首を傾げていると、圭兄がおもむろにパソコンをいじりだした。
ほえ?
「何だ、まだ見てないのか!?拓海。お前なら絶対見てると思ったのに。あぁ〜〜どれだったっけ、早くしないと締め切りが今日の3時までなんだ!!」
ぶつぶつ言いながらパソコンのキーボードを叩く圭兄。
3時??って、もう10分無いじゃん。
はにゃ?
目をしばたかせ呆然と見ていると、『あった!』と圭兄が声をあげた。
何だ?何があったんだ??
「これだよ、拓海。これ!!」
圭兄が俺の肩を揺さぶって指差したのは、沢村のホームページの一部。
何だ、沢村のホームページか…って、えっ!
ええっ?!
「ええぇ〜〜〜〜!?」
思わず驚きのあまり、パソコンの画面を掴んで覗き込んでしまった。
これは夢か、現実か!?
これって、これって…。まさか、神様がくれた二度目のチャンスか!?
「な?びっくりだろ??あのお嬢様、大学合格したらしくてさ。それで、春から大学通うのに屋敷から遠いからって専属運転手を募集してるみたいなんだ。応募はネットからしか受け付けないって書いてある。あと、日時と面接会場は一週間後に応募者にだけメールで知らせるって。履歴書は面接日に持って行けばいいみたいだ。」
ポンと俺の肩に手を乗せ、優しく説明した圭兄。
専属運転手…。
あの子の傍にいられるかも知れない大きなチャンス。
夢のようなのと嬉しすぎるのとで、胸はドキドキしっ放しだった。
「圭兄…、俺、これ応募する!!面接受ける!!」
結果がどう出るか分からないけど、受けるだけでも受けてみたい。
俺はあの子の傍に行きたいんだ!その為なら何でもする!
「おし、じゃあ早くしないと締め切られるぞ。」
俺の頭をくしゃっと撫でる圭兄に頷いて、急いでネットから応募をした。
応募完了画面が出たのは、締め切りの2分前。
画面には自分の面接番号が明記され、更に“この応募完了画面をプリントアウトし、面接当日に持参のこと”と書いてあった。
指示されるまま、その応募完了画面をプリンとアウトしてマジマジと見つめた。
500番…て、まさか500人も受けないよな?
ちょっぴり不安になりながら、そっとそれをデスクの引き出しにしまった。
「間に合ったみたいだな、良かった。」
ほっと胸を撫で下ろし、圭兄はソファに深く腰を下ろした。
「そう言えば、何で圭兄…沢村のホームページなんか見てたんだ?」
気になって尋ねると、『何気なく見ただけだ』と苦笑された。
何気なく…か。でも、そのおかげですごいチャンスを掴んだ。
どのくらいの人間が応募したのか分からないけど、でも精一杯頑張ってみよう。
それでダメなら、仕方ない。
はっ!でもちょっと待て。“面接当日に履歴書”…。
「うぎゃ〜〜〜!!履歴書にここの住所なんか書いたら、いっぺんでうちが“ヤクザ”だってバレるじゃないか〜〜〜〜!!そうなりゃ、面接どころか即帰される!」
頭を抱えて唸っていると、そんな俺を見て圭兄が笑い出した。
圭兄のボケ!笑い事じゃないぞ!俺にとっちゃ重大な問題だ!!
月華ちゃんに俺が“ヤクザ”だなんて知られたら、絶対好きになんかなってもらえない。
それどころか、声かけても怖がられて逃げられるに決まってる。
そんなの嫌だぁ〜〜〜〜!!
「あはははっ。大丈夫だ、拓海。お前が一人暮らしすればいい。そうすりゃ住所はここじゃなくなる。だろ??」
にっこりと笑みを浮かべて言う圭兄に、『おお!なるほど!!』と思わず感心してしまった。
そうだ、よく考えたら俺がここを出ればいいんだ。
うんうん。そうだ、そうしよう。
あぁ〜〜何でそんな簡単なこと考えつかなかったんだ、俺。
一週間後に面接日と会場を知らせるって書いてあったのと、月華ちゃんの大学入学から考えても、面接日はメールが来てから二、三日中だ。
それまでに、住むところを探さねば。
「圭兄!このことは親父には黙っててくれよな。」
「あぁ。でも、ちゃんとボスには一人暮らしのこと話しておけよ?あと、7代目の勤めは続けるように。ボスは、拓海が継いでくれることをすごく喜んでらっしゃるんだ。」
柔らかい細い視線で言った圭兄に、俺は素直に頷いた。
俺だって知ってる。襲名披露の時、親父すごく嬉しそうな顔してたから。
「分かってるさ。ただ…今はそれよりも、運転手になる為の面接を頑張って受けたいんだ。俺、あの子に一歩でも近づけるなら、どんな小さなことでもしたい。それに、運転手ってことはさ、あの子が変な奴らに絡まれたり襲われそうになったら、助ける役目も兼ね備えてるわけだろ。俺、あの子を守れるなら、命だって惜しくないって…本気で思うんだ。」
好きな子を守れるなら…。
あの子を守れるなら、俺の命なんて安いもんだ。
「さすが7代目。命を懸けても守りたいものがあるとは、なんと立派なお言葉。」
拳をぐっと握って言い切った俺に、笑顔と拍手で圭兄が褒めていた。
「立派じゃねえよ。とりあえず、今は履歴書に書く住所の為にマンション探す。うちの不動産じゃまずいから、普通に探すよ。今から出かけてくる。」
ジャケットを羽織って出かけようとしたのを、圭兄が引きとめた。
「それなら、今日いい広告が入ってたよ。マンションの。分譲だったけど。取って来るからちょっと待ってな。」
そう言ってにんまりと笑みを浮かべた圭兄は、ソファからゆっくり立ち上がってスタスタと部屋を出て行った。
月華ちゃんの専属運転手の面接かぁ。
はぁ〜、何か考えただけでドキドキする。
どのくらいの人数が受けるんだろう。どんな奴が来るのかな?
俺が思うに、きっと“お嬢様とやりたいだけの変な男”と“逆玉狙いの男”が、たくさん来るんだろうな。
だって、財閥のお嬢様の専属運転手だぞ??それも車の中って密室だし、送り迎え毎日だし。襲おうと思えば、十分可能だもんな。それに、逆玉狙ってる奴にしたらこれ以上のチャンスは無い。
何か、そういう奴が月華ちゃんの運転手になったら嫌だぞ。
俺だったら、毎日あの子の傍にいられて、あの子を守ってあげられるだけで幸せなんだけどな。
ソファに座って煙草を吸っているところに、圭兄が戻って来た。
「これだ。最近出来たばっかのマンションだ。好きな部屋選びたい放題だぞ。」
隣に腰を下ろした圭兄がテーブルに置いたのは、新しいマンションの広告。
「へぇ〜、綺麗なマンションだなぁ。場所も沢村の屋敷からそんな離れてないし。おし、決めた。ここにする!ここの最上階!」
「えっ、もう決めるのか??」
びっくりした顔で聞き返した圭兄に『おぅ、決めた!』と答えてVサインをした。
そうして、その後―――、早速不動産屋へ行った俺は、最上階の一番端の部屋を現金一括払いで購入した。
これで住所は確保したぞ。
後は、面接で頑張るだけだ。
にこにこしながら家に戻って、真っ先に向かったのは親父の部屋。
「親父、入るぞ。」
ノックと声をかけてから部屋に入ると、煙草を吸いつつぼんやりしている親父がいた。
「ん〜?拓海かぁ。何か用か??」
「どうかしたのか?ぼーっとして。」
ソファに腰掛けつつ尋ねると、『ちょっとな。』とだけ返された。
ちょっと?
何だ??
「何だよ。ちょっとって。」
「ん、あぁ、どうやって流揮会を潰してやろうかなぁ〜って思ってな。」
突っ込んで聞いた俺に、にへっと笑みを浮かべて返した親父。
なんだ、流揮会のことか。
「そんなの、5代目をぶっ殺せばいいじゃん。って、簡単な話しじゃない…か。」
「あははっ、そうそう。そんな簡単じゃないんだ。出来れば、うちの者をサツ行きにしたくないからな。」
苦笑まじりに言った俺を見て、次の煙草に火をつけながら親父も苦笑いで言い返した。
そうだよな。サツ行きにはしたくないけど、流揮会は潰したいぞ。
特に須藤!!あいつは殺してやりたい!
「ところで拓海、何か用があって来たんじゃないのか?」
ポンと軽く手を叩いて思い出したように親父が尋ねかけた。
あ、忘れてた。
「そうだ、俺さ、一人暮らししようかと思って。もう、マンション決めたんだ。」
にこにこ笑顔で言った途端、聞いていた親父が煙草の煙でむせ込んだ。
「げほっげほっ…。な、なにぃ〜〜〜!一人暮らしだぁ??何でまたそんな急に!?どうした??うちが嫌いになったのか??そうなのか??拓海ぃ〜〜〜〜〜」
吸いかけの煙草を灰皿で揉み消し、親父が俺の肩を揺さぶってうるうるの瞳を向けた。
「何言ってんだよ!嫌いとかそんなんじゃねえよ。それより目が回るからやめろ!」
親父の手を振り払ってひとつ息を吐き、ソファに深く座りなおした。
まったく、とんでもなく息子バカな親父だぜ。
「じゃあ、じゃあ何なんだ??何で一人暮らしなんかするんだ??」
悲しそうな瞳でじっと穴が開くほど見つめる親父に、つい苦笑してしまった。
ほんっと、子離れ出来ないってのはこういう親父のことを言うんだろうな。
「別に意味は無いよ。ただ、ここにいるとさ、下の奴らに全部任せっきりで、自分のこと何一つ出来ないままだから。ちょっとは自分のことは自分でやれる人間になろうかなぁ〜…なんて思っただけだ。」
すごい嘘つきだ俺。
言いながら少し胸の奥は、チクチクと痛んだ。
「おお!!お前いつからそんな大人になったんだ!?俺は感動したぞ。そうかそうか。一人暮らしでもなんでもして、もっと大きな男になって帰って来い!その為だったら俺は何でもしてやるぞ。一人暮らしするなら、家具や電化製品はどうするんだ??俺が全部買って揃えてやろう。メシはどうする?お前作れないだろ??洗濯も掃除も出来ないだろ??下働きとして亨を連れて行ってもいいぞ??」
俺の両肩を掴んで感動したかと思うと、心配そうな顔であれこれ言う親父に呆れてしまった。
はぁ〜…。
それじゃあ一人暮らしって言わないだろーが。
「いいって、そんなもん自分で買う。メシも自分で作る。洗濯も掃除も全部俺が自分でやる。だから、親父は何もしてくれなくていいし、下働きもいらねえ。」
まったく。
「でも拓海ぃ〜〜〜〜」
「でもじゃない!俺は一人でやってみたいんだ。とにかく、そういうことだから。近いうちに引越しする。」
うるうると縋る親父を振り払い、それだけ言い置いて部屋を出た。
はぁ〜…、疲れる親父だぜ。
そうだ、親父の話しじゃないけど電化製品どうしようか。
ベッドや仕事用のデスク、ソファにテーブルは今使ってるのをもって行けばいいか。
ウォークインクローゼットがあるみたいだし、タンスはいらないな。
おし、そうと決まれば圭兄誘って、電気屋で買い物でもしてくるか〜。
思い立って早速圭兄の部屋に行き、軽くノックしてドアを開けた。
「圭兄〜」
「あぁ、拓海か。ボスには話したのか?一人暮らしのこと。」
読んでいた本を閉じてテーブルに置き、圭兄が笑顔で俺に尋ねた。
「今話してきた。でさ、これから一緒に電気屋行かないか?あと、カーテンとかマットとか…インテリアにもこだわりたいし。買い物付き合ってくれないかな?」
にへにへ笑って誘う俺に、圭兄は笑顔で『いいぞ。気分転換しようと思ってたところだし。』と快く承諾してくれた。
「おぅ!じゃあ、行こうぜ〜圭兄〜。」
こうして、早速圭兄と二人で上機嫌で買い物に出かけた俺は、電化製品から始まり…インテリア用品、生活用品、調理器具など必要物品をたくさん買いまくって、新生活の準備を調えた。
一週間後―――。夜。
引越しを明日に控え自室でパソコンを開いてみると、沢村グループからのメールが一通届いていた。
「あっ!届いてる。なになに…、面接会場は沢村の本社ビル地下一階会議室か。へぇ〜面接は、三日間かけてやるんだ。すげえ。1番〜160番までが明日で、161番〜340番までは明後日で、341番〜503番までは明々後日…!?ってことは…、ぎえ〜〜〜〜〜、やっぱあの番号って人数だったのか!?う〜〜〜〜、専属運転手一人募集に対して503人も面接受ける奴がいるのか。はぁ…。いかん、ブルーになってる場合じゃない。えっと俺の番号は500番だから…面接日は明々後日の午後からだな。」
明々後日かぁ…。
あぁ〜〜〜すげえドキドキする。どんなこと聞かれるんだろう。
面接受けたのなんて、高校でアルバイトした以降無いからなぁ、俺。
ちょっと練習しておいた方がいいかな、やっぱ。
ヤクザだってことは、絶対バレないようにしないと。
「拓海、どうだ?メール来てたか?」
ドアを開けたと同時に声をかけてきた圭兄。
「あぁ、今見たとこ。面接、明々後日だって。でさ、圭兄に頼みがあるんだけど、面接の練習してくれないかな?」
「面接の練習??いいけど。」
快く引き受けてくれた圭兄を面接官に、早速その晩から凄まじく扱かれながら何度も何度も面接の練習は続いた。
うぅっ、圭兄…めちゃめちゃ厳しすぎ。
決戦は明々後日。
自分なりの全力を尽くすまでだ。
頑張るぞ!
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