7代目はお嬢様に恋をする。(58/77)PDFで表示縦書き表示RDF


7代目はお嬢様に恋をする。
作:九条 要



【58話】 明かされる真相


『よぉ、蓮、お前の死にそうな面、見に来てやったぜ。』―――― 
 
 冷たくそう言い放ち更に倉庫の中へ足を進めると、血生臭さが鼻を突いた。
 その正体は、コンクリートの上を染める夥しい量の血液。
 確かに俺の指示通り、蓮は圭兄たちによって事切れる寸前まで痛めつけられたようだ。
 想像以上に酷くやられたな。
 もう少しだけ遊んだら、止めてやるか。
 本人も、十分身体で思い知っただろうし。
 
「樹・・・冗談言わないで・・・助けて・・・く」
 下っ端の矢崎に髪をぐっと掴まれ銃口を向けられている蓮が、涙目で俺に訴える。
 そんな蓮のもとへ歩み寄った俺は、しゃがんで彼の顎をぐっと手で持ち上げた。
「助ける?笑わせるなよ。俺がせっかく『結婚詐欺紛いなことは、もうやめろ』って忠告してやったのに、それを聞かなかったお前が悪いんだろ。てめえが招いたことだ。てめえで何とかしろよ。」 
 冷たい言葉と態度で見捨てた後、矢崎と蓮川に『やれ』と目で合図をすると、矢崎が持っていた銃で思いきり蓮の顔をぶん殴った。
「ほらほら、しっかりしろよ!」
「ぐあっ」
 固い銃で顔を殴りつけられ、呻き声とともに飛ばされた蓮。
 コンクリートに叩きつけられ『物』に成り果てた彼の頭を、今度は蓮川がジリジリと踏み躙って嘲笑する。
「おいおい、冗談だろ?もうくたばっちまったのかよ。」
「くっ・・・あ・・・」
 あまりの痛みと苦しみに、蓮が顔を歪め呻く。
 
 と、次の瞬間・・・
 離れた場所で縛られて身動きの出来ない栞が泣き叫んだ。
「いやあぁぁ――――っっっ!!!蓮!!蓮!!もうやめて!!もう十分でしょ!?それ以上したら蓮が死んじゃう!蓮を殺さないで!!お願い早瀬さん!!お願いだから、愛里さんのお兄さんにもうやめさせてって言って!!」
 彼女の科白の一片に反応した蓮が、意識を朦朧とさせながらも必死に俺を見やり血液の滴り落ちる口を開いた。
「た・・・つき・・・。どういう・・・、早・・・瀬・・・って?」
 薄れる意識を必死に保ち、答えを求める蓮。
 だが、そんな蓮と栞を無視し、俺は愛里へ声をかけた。
「愛里、あの女邪魔だ。黙らせろ。」
「了解。」
 素直に応じた愛里は、真っ直ぐ栞のもとへ向かい彼女の口を手で押さえながら、片方の拳を彼女の腹部に喰らわせた。
 すると栞は、ガクッとうな垂れ・・・気を失ってしまった。
「ごめんね、小嶋さん。ちょっとだけ眠ってて。」
 一言謝り彼女の髪を優しく撫でた愛里は、踵を返すと再び俺のもとへ戻って来た。


「さてと・・・これで話しやすくなったな。おい矢崎、蓮川、お前達はもういい。坂口と一緒に下がってろ。」
「はい、分かりました。」
 俺の命令に素直に応じた矢崎と蓮川は、圭兄とともに俺達から後ずさっていった。
「樹・・・お前・・・いったい・・・」
 黒づくめの男に指図した俺に更に疑問を抱いた蓮が、息も絶え絶えの掠れ声で問いかける。
「俺か?俺の本当の名前は、“早瀬 拓海”。お前に名乗った“栗山 樹”なんてのは、大嘘だ。」
 にやりと薄く笑って教えてやった途端、蓮が『うそ・・・』と小さく声を洩らした。
「そう。ちなみに職業は、『サラリーマン』・・・じゃなく、『ヤクザ』。聞いたことあんだろ?『銀龍会』って。有名だからな。俺はそこの7代目。あそこにいる男達は、俺の部下だ。でもって、お前を痛めつけろと指示したのは、俺。」
「銀龍・・・会・・・。指示・・・した・・・?」
 友達だと信じて疑わなかった男が自分に偽名を使ってた挙句『ヤクザ』で、しかも今回の黒幕だったと知った蓮は、小さく呟き返してから愛里へと視線を向けた。
 その目は、『どういうこと?君は最初から知ってたのか?君も、俺を騙してたのか?違うよね?』と、必死に彼女に問いかけていた。
 そんな愛する女を信じたい一心の蓮に、愛里は一瞬黙ったのち、意を決したように口を開いた。
「ごめんね、蓮さん。騙してて。私も最初から知ってたの。それと私、貴方に言わなきゃいけないことがあるの。ほんとは私、『女』じゃない。貴方に近づいて落とすために、わざと『女』の姿をしてただけ・・・」
 言いながらかつらを外し、バサッと上半身だけ服を肌蹴た愛里。
 その下から見えたのは、華奢ながらも立派な男の体躯。
 それを見た蓮は、しばし言葉を失っていた。

「・・・男・・・」
 愛した女が自分と同姓だったというショックから抜け出せず、蚊の鳴くような声で呟いた蓮に、聞き逃さなかった愛里がこくんと頷いた。
「そう。俺の名前は“坂口 愛里”じゃなく、“上川 涼太”。拓海の幼馴染だ。ごめんな、あんたのこと騙してて。」
 愛してた女からのこれ以上無い程の残酷な仕打ちに、蓮は冷たいコンクリートの上にぐったりと倒れたまま涙を落とした。
「ひでぇよ・・・こんなの・・・。ほんとに・・・愛してたのに・・・。樹だって・・・、初めて出来た俺の大事な友達だったのに・・・。なんで・・・こんな・・・なんで」
 自分を騙してた俺や愛里への怒りと、騙されてたことに気付かなかった自分の情けなさにすすり泣く蓮。
 蓮・・・。
 
「『友達』だからだよ。」
 すすり泣く蓮の髪をくしゃっと撫でて言うと、蓮は涙目で俺を見上げた。
「友達・・・だから?」
「あぁ。せっかく友達になったんじゃないか。それなのに、今のまま「結婚詐欺紛い」なことを続けてたら、お前はいつか必ずサツに捕まる。そんなことさせたくないんだよ。だけど、お前は、俺が口で言っても聞こうとしてくれなかった。だから身体で思い知って貰おうと、仕方なく一芝居打ったんだ。済まなかったな、蓮。こんな酷い目に合わせて。痛かったろ。」
 ボロボロで動けない蓮を抱き起こして真相を告白すると、彼は痛みで顔を歪めつつ俺を見た。
「芝居・・・?」
「そう、全部芝居。涼太と、そこにいる坂口・・・そして、あそこで眠ってる“小嶋 栞”を使ったな。」
「栞も・・・?」
「あぁ。お前のやってることを全部話した上で、お前のことを憎ませて仲間に引き込んだ。で、拉致現場までお前を誘導させたんだ。だけど彼女、やっぱりお前のこと憎みきれなかったんだろうな。あんなに騙されてても、お前のこと好きでたまらないんだよ。さっきのは、きっと彼女の本音だ。一途でいい女じゃねえか。」
 栞へと視線を向けながら呟くと、同じように栞を見やった蓮は、『栞・・・』と独り言のように彼女の名を呼んだ。
「あんないい女、そうそういないぜ?蓮。」
「そう・・・だな。」
 俺の言葉に痛々しい顔で頷き微笑んだ蓮は、しばらく栞を見つめていた。
 栞に内緒にしてた俺の二番目の目的も、何だか上手くいきそうだな。


「なぁ、樹・・・ひとつ聞いていいか?」
 しばし沈黙が続いてから、言い慣れた名前で蓮が俺を呼んだ。
「ん?何だよ。」
「何で俺と初めて会った時、偽名を使ったんだ?だってあの時は、まだ友達でも何でも無かったじゃないか。もしかして、俺に近づいたのって、何か他の目的があったからなのか?」
 ずっと気になっていたと思われる質問を静かに投げかけた蓮。
 ぎくっ。
 彼の質問の答えに詰まっていると、涼太が指をぴっと一本立てて代わりに口を開いた。
「それは、俺から教えてやろう。実は、拓海の大事な友達が、蓮、お前に騙されて貢がされてたからだよ。な?拓海。」
 げっ。
「バカ涼太!!言うんじゃねえよ!!」
 瞬時に突っ込んで涼太の頭をべしっと叩いた俺を、蓮がマジマジと見やった。
「大事な・・・友達?」
「そうそう、大事な友だ・・・ぐおっ」
 にへにへしながら再び答えようとした涼太の腹部へ、これ以上喋らせるまいと思いきり拳をねじ込んでやると、涼太はきゅ〜〜〜っとダウンしまった。
 ふぅ。
 ったく、お前はちょっと大人しく寝てろ。
「樹・・・?」
 俺の行動を不思議げに見つめる蓮を無視し、蓮川と矢崎に声をかけた。
「蓮川!矢崎!涼太とあそこにいる女を連れて外で待ってろ!」
 強い口調で命令した俺に、慌てて『はい。7代目。』と返事をした二人は、涼太と栞を担いでいそいそと倉庫を出て行った。

 倉庫に残されたのは、俺と蓮と圭兄の三人。
「私も出て行きましょうか?7代目。」
 気を利かせて問う圭兄に、俺は静かに首を振った。
「いや、お前はここにいてくれ、坂口。」
「分かりました。」
 一言で応じた圭兄は俺達から少し距離を置き、壁にもたれて煙草を吸い始めた。
 そんな圭兄を見届けてから、俺は重い口を開いた。
「蓮、俺がお前に近づいたのは、ある人をお前から離したくて近づいたんだ。」
「ある人?」
 コンクリートの上に座り、痛みを堪えつつオウム返しをした蓮に、俺は深いため息とともに頷いた。
「あぁ。お前が騙して貢がせてる女の中に、沢村の令嬢がいるだろ?彼女を、お前から引き離す為だ。だから、偽名を使った。彼女に、俺が陰で動いてることを知られる訳にいかなかったんだ。」
「月華を俺から離す為に?でも何で樹がそんなことを?」
 サッパリ話が見えない蓮は、聞き返しながら首を傾げた。
 当然か。ヤクザの俺と沢村の令嬢とじゃ、接点が無さすぎるからな。
「俺は、少し前まで沢村の令嬢の下で使用人をしてたんだ。今はもう、辞めたけどな。」
 ふふっと笑いながら明かした途端、蓮が目を見開いた。
「使用人?」
「そう。使用人だ。そして、主の指示で、お嬢様の彼氏であるお前を探るために近づいた。笑っていいぜ。現におかしいだろ?『銀龍会7代目』の俺が、令嬢の使用人してたなんてさ。」
 くすくす笑いながら傍にあった台の上に腰を下ろすと、蓮が小さく首を振り痛々しい笑顔を見せた。
「笑わないよ。ほんとは、ちょっとだけ気になることがあったんだ。その時は、あんまり深く考えなかったんだけど、何かやっと分かった気がする。」
「え・・・?」
 蓮の言葉に笑いを止めると、彼は気にせずそのまま話を続けた。  
「樹と初対面の時、月華の話ししたろ?内容は、もう忘れたけど。でもその時、一瞬・・・お前の顔色が変わったんだ。その時は、何でだろう?くらいにしか思って無かった。でも、今やっと分かったよ。お前はさっき『主の指示で俺を探った』って言ったけど、ほんとはそれだけじゃないんだろ?樹、お前、月華のこと好きなんじゃないか?」
 思いがけない蓮の科白に、お嬢様にしてしまった罪を思い出し、胸の奥がズキズキと鋭く痛んだ。
 俺は・・・
 俺は、お嬢様を好きになる資格なんか無い。
 それどころか、彼女を穢してしまった最低な男だ。

「違うよ。主の指示に従ったまでだ。好きとかそんなんじゃねえ。」
 小声で否定した俺に、蓮は『でも・・・』と言葉を続けかけた。
「うるせぇ!!違うって言ってんだろ!!」
 ついどすの利いた声で、蓮を遮り強く吐き捨てるように言ってしまった俺を、蓮がビビッたように見つめた。
 はっ。
「すまん。・・・とにかく、今回お前に一芝居打ったのは、世の中そんなに上手く行かないし、甘くないってことを教えてやる為だ。もし、付き合ってる6人の中に愛里みたいな『ヤクザな兄貴』持ちの女がいてたとしたら、お前は今頃この世にはいねぇ。世の中、普通の女ばっかじゃねえってことを覚えときな。」
 台から降り、蓮に背を向けて冷たく言い吐くと、彼は『そうだな。樹の言うとおりだよ。もう、やめるよ。』と呟いた。
「そうか。分かればいい。なら、帰るぞ。おい、坂口、蓮を頼む。」
「はい。分かりました。」
 俺の命令で傍に来た圭兄は、軽々と蓮を担ぎ上げ倉庫から出るべく歩き始めた。


 数メートル歩いたところで、一向についてこない俺に気付いた圭兄が、足を止めて振り向き声をかけた。
「7代目?いかがされました??」
「え、あぁ、いや、何でも無い。今夜は、蓮と栞と涼太は、別宅の方に連れて行ってくれ。そこで、蓮の手当てを頼む。俺は、このままマンションへ帰る。」
 今夜は一人でいたい気分だ。
「そうですか。じゃあ、また明日にでも電話します。」
 深く突っ込まずに優しく返した圭兄が再び足を進めようとしたその時、蓮が『ちょっと待って下さい。』と告げてから俺へ振り向いた。
 ん・・・?

「拓海、俺、お前が俺の友達第一号でほんとに良かったよ。ありがとう、俺と友達になってくれて。ほんとにありがとう。」
 
 初めて俺の名前を呼び、心底嬉しそうに言った蓮。
 蓮・・・。
「あぁ、俺こそありがとう。こんなヤクザな俺と連れになってくれて。」
 視線を細めて穏やかに返すと、蓮は殴られたボコボコの痛々しい顔で一生懸命笑っていた。
 

 圭兄に遅れて倉庫を出た俺は、真っ直ぐ自分の車へ向かい乗り込んだ。
 助手席の足元には、転がったままの俺のケータイ。
 それを拾い上げてみると、着信が23件も入っていた。
 そのすべてが『翔太兄』から。でも、かけてきたのは、間違いなく悠斗だろう。
「嫌がらせかよ。ムカつく。」
 吐き捨てるように呟き車を走らせた矢先、24回目の着信が鳴った。
 誰が出るか。
 俺はもう使用人じゃねえんだ。
 お嬢様のことも、お前のことも忘れたいんだ。
 だから、もう俺に関わってくるな。
 ケータイの電源を切って後部座席に投げ捨てた俺は、煙草をふかしイライラしながらマンションへと車をぶっ飛ばした。
 くそっ、明日ケータイ替えてやる。
 
 不機嫌満開でマンションの前に辿りつくと、そこには、見覚えのある真っ赤なフェラーリ。
 それはまるで、俺を待ち構えていたかのように止まっていた―――。  












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