7代目はお嬢様に恋をする。(5/77)PDFで表示縦書き表示RDF


7代目はお嬢様に恋をする。
作:九条 要



【5話】 神様のくれたチャンス!?


 翌年―――。元日。

 須藤との喧嘩のせいで見るに耐え難い顔だったのと、年末に突入したおかげでブローチを直すことが出来なかったのとで、結局彼女に返せないまま新年が来た。
 はぁ〜…、早く修理して返そうと思っていたのに。
 俺のバカ。
 当然のことながら今は高校も冬休みで、彼女が登校することは無い。
 そして更に、正月&受験生だから彼女に会える可能性は限りなくゼロだ。
 なので、ここ10日ほどは朝のお散歩は中止している。
 あぁ〜〜〜〜月華ちゃんに会いたい。

 深夜のうちに銀龍会の毎年恒例の初詣を済ませ、朝方帰宅してからずっと紋付袴姿でソファに寝転がって、ダラダラごろごろしつつ天井を見つめていた。
 月華ちゃんもお正月は着物着るのかなぁ。
 絶対可愛いだろうなぁ。見てみたいな。
 あ、でも今年は受験だし今頃勉強頑張ってるか。
 頑張れ、月華ちゃん。俺も陰ながら応援してるよ。

「兄貴〜、涼太兄が来たぜ。初詣行くんだろ??…って、その格好で行くのかよ??」
 リビングでくつろぐ俺に声をかけた望が、俺の姿を見て『マジかよ』と言わんばかりの顔をした。
「えっ!、もう涼太来たのか!?」
 やべっ、着替えないと。
 ぼーっとしてたら時間忘れてた。
 慌ててソファから起き上がったところに、ご機嫌な足取りで涼太がやって来た。
「新年おめでと〜拓海〜…って、うっ!!相変わらずお前ってその紋付袴…、似合ってるよなぁ。やっぱ7代目だな。でも、それで行くのはやめてくれよな、怖いから。俺まで“ヤクザさん”のお仲間だと思われるじゃん。」
 遠巻きに見ながら、嫌そうな顔でぼそっと言葉をさす涼太。
 …お仲間…。
「分かってるって!こんな格好で行く訳ないだろ。着替えてくるからちょっと待っててくれ。」
 ぶつぶつ文句をたれる涼太をリビングに残し、急いで自分の部屋へと着替えに向かった。

 やっぱ、世間では“ヤクザ”=“怖い”なんだな。
 はぁ〜…。
 部屋でもぞもぞ着替えていると、突然ドアが軽快に開かれた。
 驚いて振り返ると、やって来たのは涼太。
「なぁ拓海〜、初詣なんだけどさ〜、神田明神でいいだろ〜??」
 入って来るなりソファにちょこんと座った涼太は、にこにこしながら俺に尋ねかけた。
「何で来るんだよ。リビングで待ってろって言ったのに。」
 着替えながらため息まじりに言うと、涼太がにっと笑みを浮かべた。
「いいじゃん〜。着替え見られて恥ずかしがる仲でも無いだろ〜〜。けど、拓海の部屋って相変わらず殺風景だなぁ。な〜んもねえじゃん。」
 部屋の中をきょろきょろ見渡してから、ソファの肘掛にもたれかけてにへにへ答えた涼太。
 何も…って。
「いいだろ。あんまりごちゃごちゃ置くの嫌いなんだ。」
 着替えを済ませ、鏡で髪型を直しつつ言い返したその時…
「おっ、拓海のケータイみっけ〜。なぁ、待ちうけ何にしてるんだ??見ていい〜?」
 テーブルにあったケータイに手を伸ばし、涼太がにまにまと興味津々の顔で声をかけた。
 ぎえっ!!
 しまった、置きっぱだった!!
「うわぁ〜〜〜〜!!それを開くな!!」
 慌ててケータイを奪い取った俺に、涼太がにんまりと細い視線を向けた。
「そんな慌てて取るところを見ると、何かあるな。怪しい。見せろ!!」
 そう言ってひょいっとソファから下りた涼太は、いきなり俺に抱きついてケータイを奪おうとした。
「うぎゃっ!!何すんだ涼太!!離せ!!」
 こいつにだけは見られたくない。
「嫌だ!!離さないぞ!!ケータイの待ちうけ見せろ〜〜〜〜」
 俺をソファに押し倒した涼太は、両手でこちょこちょとお腹をこそばし始めた。
 ひっ!
「ひゃはははは〜〜〜やめろって涼太…やめ…ぎゃはははは〜〜〜〜」
 身をよじって大笑いしつつ、それでも必死に涼太からケータイを死守した。
 これだけは取られてなるものか。
「見せてくれるまでやめてやらないぞ〜。ほれほれほれほれ〜〜〜〜見せろ拓海〜〜」
「嫌だ〜〜〜!誰が見せるか…離せ〜〜〜〜〜ぎゃはは〜〜〜」
 更にこそばす涼太に、ひーひー笑いながらも抵抗し、何とか奴の身体を突き放した。
 はぁ…はぁ…。何とか逃れられた。
「ったく、初詣行く前に疲れさすなよな。涼太のボケ!」
 部屋の隅まで逃げ荒い呼吸で服と髪型を直して怒ると、涼太がソファに座ってぶすっと頬を膨らませていた。
「拓海が見せてくれないから悪いんだろ〜。ちょっとくらい見せてくれてもいいじゃないかぁ〜〜〜〜。」
 どうしても見たそうにすねる涼太に、つんと顔を背けた俺。
「嫌だ。ぜ〜〜〜ったい見せない。」
 だって、月華ちゃんの写真なんだ。
 それも何枚か撮ったうちの、俺の一番大好きなベストショット。
 見るだけで超にへにへしてしまうやつだ。
「ケチ〜〜〜〜。じゃあ、何の待ちうけかだけ教えてくれよ拓海ぃ〜〜。頼む!!な?な?」
 両手を合わせてお願いのポーズをする涼太に、しばしどうしようか考えてからぼそっと口を開いた。
「女の子の写真だ。それだけ言えばもう十分だろ。ほら、初詣行くぞ!」
 ダメだ、めちゃめちゃ恥ずかしい。恥ずかしすぎて顔が熱い。
 さっさとコートを羽織り部屋を出かけた俺の腕を、涼太ががしっと捕まえた。
「拓海〜、顔真っ赤だぞ。ってことは、もしや本命の子の写真とか??」
 目を輝かせて問う涼太に、『そうだよ』と小さく一言だけ返事をした瞬間、顔はもっと熱くなり胸のドキドキは増してしまった。
 いかん、動悸が。
「おおっ、拓海の顔がもっと真っ赤になった〜!!へぇ〜〜、本命の写真が待ちうけなんだぁ〜〜。この青春小僧〜〜」
「殺すぞ、てめえ。」
 にやにやして冷やかす涼太の胸ぐらを掴んで一言吐き捨てると、『やだなぁ拓海くん、冗談だってば〜。ほら、初詣初詣〜』とへらへら顔で俺の腕を引っ張り部屋を出る涼太。
 はぁ〜…。
 こうして俺たちは、ようやく初詣へと出発した。

 涼太の運転で車を走らせ、向かったのは“神田明神”。
 縁結びの神社だ。
「何でまた、神田明神なんだよ。」
 まぁ、俺としてはちょっと嬉しいけど。
 煙草に火をつけながら尋ねると、涼太が横目で俺を見てへへっと笑った。
「だってさ〜、今年こそ美人で甘えると超可愛い子と出会いたいし〜。神様に念入りに頼んでおかないと。拓海は?何のお願いするんだ??」
 笑顔で話しを振った涼太は、とても興味あり気な顔。
 そんなもん、お前に言えるか。
 俺のお願いが『月華ちゃんとお近づきになれますように』だなんて…。死んでも言いたくない。
「何を願うかは秘密だ。言ったら意味ねえじゃん。」
 ふいっと視線を逸らして拒否すると、『あははっ、だと思った。』と運転しながら涼太が苦笑していた。

 到着した神田明神で涼太と二人、早速賽銭を入れて神頼み。
 ちらりと涼太を見やると、何やら真剣に願いごとをしてるようだった。
 よっぽど理想の女と出会いたいらしい。
 見てて笑える。
 涼太のこと見てる場合じゃない、俺も願いごとをしておかねば。
 神様の前で二礼二拍手し、願いごとを心の中で唱える。

『今年は、どーしても月華ちゃんとお近づきになりたいです。その為だったら何でもします。ですから、一つでいい…彼女の傍にいられる為の何かチャンスを下さい。どうかよろしくお願いします。』

 心の中で神様に必死のお願いをしてから、最後に一礼をした。
「めちゃめちゃ気合入ってんじゃん〜、拓海。」
 隣で見ていた涼太がにーっと笑みを浮かべて声をかけた。
 気合?当然だ!俺の場合“神様”にも縋りたいような恋なんだ。
「まぁな。それより、これからどうすんだ??」
 適当に答え返してから、さっさと話題を変えた俺。
「う〜〜ん、とりあえず縁結びのお守り買うなんてどうだ??」
 にこにことご機嫌な笑顔で提案した涼太が、お守り売り場を指差した。
「えっ、お守り?」
「そう、お守り〜。神様からのあやかり物〜。」
 うんうんと頷いて涼太が笑う。
 縁結びのお守りねぇ…。
 女の子が買うとか、カップルで買うのは見たことあるけど、男二人で買うのはどうなんだ??ちょっと怪しいぞ。
 でも…。
 ひとしきり悩んだ末、『じゃあ、一つ買って帰るか。』と了承してしまった。
 うぅっ、神様からのあやかり物だと聞くと、つい縋ってしまいたくなる俺っていったい…。
 でも、そのおかげで月華ちゃんとお近づきになれるなら、俺は100個、いや、1000個だってお守りを買うぞ!!
 だって、ほんとにお近づきになりたいんだぁ〜〜〜〜〜〜!
 あぁ〜〜〜〜神様!!お願いですからその為のチャンスを下さい〜〜〜〜〜!
 お守り買って神社に貢献するからぁ!!
「…海…拓海!」
 目の前でひらひらと手をかざす涼太に気付いてハッと我に返り、その途端にとてつもなく恥ずかしくなった。
「あ、ごめん。ちょっといろいろ考え事をしてた。早くお守り買いに行こうぜ。」
 そそくさとお守りの売り場に向かおうとした俺を、すかさず涼太が引きとめじっと見つめる。
「な、何だよ…」
「拓海、顔真っ赤だぞ。本命の子のこと考えてたろ〜〜??そうだろ〜〜??俺の目はごまかせないぞ。さぁ、吐け!吐いて楽になれ拓海!」
 にやにやして問い詰める涼太。
 お前はサツか。
「はいはい、そうです。その通りです。好きな子のこと考えてました。以上。さ、お守り買って帰ろうぜ。」
 半分呆れがちに答えてから、涼太の肩をがしっと抱いてそのままズルズルとお守り売り場に連衡した。

 お守りを買って神社を出ると、すっかり昼前。
「腹減った〜〜。メシでも食って帰ろうぜ、拓海。」
「そうだな。」
 意見の一致で向かったのは、自宅へ帰る途中にある一軒のファミレス。
「なぁ拓海、ちょっと思ったんだけどさぁ…」
 ファミレスへ向かう車中、ふいに涼太が話しかけた。
「ん?何だよ?」
 返事をして首を傾げると、涼太がそのまま話を続けた。
「うん、もしかしてお前って、片想いな訳??」
 ぎくっ。
「…あぁ。相手の子は俺のこと知らないんだ。俺が勝手に見かけて好きになってるだけだ。」
「ふ〜ん、でも写真が待ちうけになってるってことは、しょっちゅう見かける子ってことだよな??」
 う〜んと考えながら問う涼太に、『ストーカーまがいなことしてる』とは、とてもじゃないが言えそうに無かった。
「あ、あぁ。まぁな。」
 引きつった顔で返事をしてから、手に持っていた縁結びのお守りに視線を落とした。
 そういや、ブローチ…いつ返そう。結局直せないままだったけど…。
 今日あたり、ちゃんと返そうかな。いつまでも持ってる訳に行かないし。
 彼女に直接返すのは無理だろうから、警備員に言付けて彼女に返しておいてもらおう。
「拓海、どうかしたのか??」
 黙り込んでいた俺が気になったのか、さり気なく涼太が声をかけた。
「へ?あ、いや、何でも無い。ご利益あるといいなぁ…って思ってただけだ。」
 軽く笑って返しながら、お守りをコートのポケットにそっとしまい込んだ。
 ほんと、ご利益あればいいのに。
「だな。けど、お前らしくないよな〜。片想いなんてさ。いつもみたいに、ちょっと甘く声かけりゃいいじゃん。そしたらコロッと落ちるんじゃないか??その女の子も。」
 ちらりと視線を向けて簡単そうに言い放つ涼太に、ふっとひとつため息をついてから首を振った。
「無理だよ。何度も声かけようとしたけど、出来ないんだ。緊張しすぎて、ドキドキしすぎて、とてもじゃないけど声かけるどころじゃない。」
 苦笑とため息まじりで話す俺を見て、突然涼太が車を路肩に止めた。
「うそだろっ!?、マジかよ!?うはー、そんなお前初めて見た。お前でもドキドキすることあったんだな??意外だ…。お前みたいなイケメンが声かけられない女って、ちょっと興味あるなぁ。どんな女なんだろう。う〜〜ん。」
 腕を組んで考え込んでいる涼太の頭を、べしっと一発しばいた。
「そんなことどーでもいいだろ。早く運転しろ!」
「いてっ!しばくなよ〜〜〜〜。暴力男〜〜〜〜。行くよ、行きゃいいんだろ〜〜」
 頭を押さえて怒る涼太は、渋々車を走らせ始めた。

 ファミレスに到着し、腰を落ち着け料理を注文し終えた後、ふぅっとため息をついてから煙草に火をつけた。
 どうやってブローチを返そうか。
 やっぱ、箱か袋に入れて返した方がいいよな。
 何も無しでブローチだけ返すと、『何でもっと早く返してくれなかったの?貴方が壊したの?』って怪しまれるかな。
 何か一言書いて入れておいた方がいいかな。
 う〜〜〜、どうしよう。
「拓海、煙草吸いながら眉間にシワ寄せて悩むなよ。見てて怖いぞ。それに、お前の注文したミートスパ来てるぞ。」
 向かいに座って、運ばれて来た豚の生姜焼きを頬張りながらぼそっと涼太が突っ込んだ。
 うっ、そんな怖い顔してたのか?俺。
「あぁ…、すまん。」
 一言謝って煙草を消し、黙々とパスタを食い始めると、じっと見ていた涼太が口を開いた。
「お前ってさぁ、その女の子のことすげえマジなんだな。何か、その子しか見えてないって感じ。」
 えっ?
 涼太の言葉に、一瞬胸の奥に何かが突き刺さったような気がした。
 彼女しか…見えてない?
「…そうなのかな?何せ、本気で女なんて好きになったこと無いから、何もかもが初めての感情すぎて…自分でも戸惑うこと多いんだ。」
 そうだ、こいつの言うとおりだ。
 俺、彼女しか見えてない。俺の目には、彼女しか映ってない。
 今初めて気付いた。俺、重症だな。
 ぼそぼそ言う俺を見て涼太が穏やかな笑みを浮かべた。
「だろうな。初恋したことない男だからな、お前。けど、いいもんだろ??誰かを好きになるってさ…。まぁ、胸は苦しかったりするけどな。これでお前も、普通の男になったって訳だ。幼馴染としては、ほっとした。」
 そう言ってにっと笑った涼太は、おいしそうに味噌汁をすすっていた。
 “普通の男”って、じゃあ今まで俺は“異常”だったのかよ。
 まぁ確かに、24で初恋してる男ってちょっと変だよな。
 でも、変でもいい。だって、初恋の相手がかわいいかわいい月華ちゃんだから。
 あぁ〜〜月華ちゃん〜〜〜、今年は君とお近づきになりたい〜〜〜。
「拓海…タバスコ…」
「えっ?うぎゃっ!!」
 ぼそっと涼太に突っ込まれ視線を落としてみると、ミートスパにかかった山盛りのタバスコ。
 うぅっ、こんなの食えねえ。
「お前、ほんっとにその子のこと考えてる時、他が見えてないんだな。笑える。」
 おかしそうにケラケラと涼太が笑い出した。
「悪いかよ。仕方ないだろ。自分で好きでこうなってる訳じゃないんだから。」
 俺の脳みそが勝手にあれこれ考えやがるんだ。
 だからこんなことになるんだ。
 う〜〜〜俺の脳みそめ。

 昼を食べ終えファミレスを出てから、そのまま自宅まで送り届けてもらい涼太と別れた。
「7代目、おかえりなさいませ。お昼はいかがされますか?」
 家に戻ってまず声をかけてきたのは、相馬。
 いつも圭兄と一緒に俺を護衛する奴だ。
「おぅ、ただいま〜。メシ食って来たからいらない。」
「さようでございますか。では…」
 言葉を続けようとした相馬を遮るように、俺が先に口を開いた。
「あぁ、茶もいらないぞ。俺、またすぐ出かけるから。」
「お出かけなさるんで??では、お供いたします。」
 深く頭を下げる相馬の肩を、ポンポンと軽く叩き下から顔を覗きこんだ。
「悪いけど、お供はいらない。プライベートな用事だから。坂口にもそう言っておいてくれ。」
 笑顔で声をかけると、相馬がスッと顔をあげて口を開いた。
「坂口の兄貴はお出かけになられました。7代目がお出かけになられてすぐに。」
 ほえ?
「出かけた?」
「はい。」
 素直に答え返す相馬に、『ふ〜ん』と返しつつ珍しいこともあるもんだと考えていた。
 俺が出かけてすぐに出かけた…ってことは、やっぱ彼女いるんじゃないのか?圭兄。
 怪しいぞ。
 帰って来たら根掘り葉掘り聞き出してやる。
 にまにまとしているところに聞こえた誰かの足音。
 視線を向けると、帰ってきたのは圭兄だった。
「あぁ、兄貴おかえりなさい。今、7代目と兄貴の話をしていたところで。」
 相馬が軽く頭を下げると、圭兄が『ただいま。』とだけ返しそのまま俺の腕を掴んで歩き出した。
「な、何だよ。坂口、いきなり。」
「いいから、お部屋へ。」
 ズルズルと引きずって俺の部屋に向かった圭兄は、部屋に入るなり鍵をかけた。
「何だよ??」
「これ。」
 そう言って圭兄がコートのポケットから出したのは、あのブローチ。
 しかも、壊れていたはずなのに直っていた。
「え…、これ…。圭兄まさか…」
 受け取ってじっと見入っていると、圭兄がふふっと笑みを浮かべた。
「あぁ、俺の知ってる奴が『手が空いたから持って来い』って連絡くれたから、行って直してもらって来た。これ、すごい高い物らしいぞ。あとは、これ。ちゃんとラッピング出来るよう入れ物も買ってきた。これに入れて返すといい。」
 圭兄がテーブルの上に乗せたのは、小さな組み立て式の箱とリボン。
 俺の為に、わざわざ買って来てくれたのか?
 本当は、俺が自分でしないといけないのに。
「ありがとう、圭兄。ほんとは、直せなかったままこれから返しに行こうかと思ってたんだ。」
 ブローチを握り小さく呟くと、圭兄は俺の頭をくしゃっと撫でた。
「そうか。じゃあ、せめて何か一言メッセージ入れて返しておいたらどうだ?」
 優しく笑って言う圭兄に、『そうする。』と答えてデスクの引き出しからメモ用紙とボールペンを取り出した。
「じゃ、気をつけて行って来いよ。」
 にっこり笑った圭兄は、そう言い残して部屋を出て行った。

「何て書こうかな。」
 いざ、メモ用紙と向き合うと何て書いていいか悩んでしまう。
 むぅ〜〜、思いつかない。って言うか、緊張しすぎて手が震える。
 落ち着け…、落ち着け俺。
 何度か深呼吸をし、気持ちを落ち着けてメモ用紙に向かう。

『クリスマスイヴの晩にお屋敷の傍で拾いました。やっと直すことが出来ましたのでお返しします。遅れてすみません。』

 これでいっか。あんまりいっぱい書くのもどうかと思うし。
 書いたメモとブローチを箱に入れてリボンで綺麗に結んだ。
 それを、コートのポケットにそっと入れると、いそいそとそのまま家を後にした。

 車で向かった先は、当然沢村の屋敷。
 屋敷から少し離れた場所に車を止めて、門の前まで歩いて行くと立っている警備員に声をかけた。
「あの、すみません。」
「何か?」
 じろっと見て一言だけ返した警備の男にポケットから取り出した箱を見せた。
「これを…、ここのお嬢様にお返し願えませんか?『以前落とされた物です』と、お伝えいただければ分かるはずです。」
 警備の男に箱を手渡すと、彼は『少しお待ち下さい』と言い置き、門の傍にある警備室の窓を開けた。
 …?
 じっと様子を見ていると、電話で何やら話をしている。
 何だ?俺、まさか変な奴だと思われてるのか??
 ど、どうしよう。
 とりあえず突っ立っていると、受話器を押さえたまま警備の男が俺に手招きをした。
「な、何ですか?」
 恐る恐る聞くと、『それはブローチですか?』と尋ねた警備員。
 何で知ってるんだ??
「ええ、そうです。雪の結晶の形の…」
 素直に答え返した俺に、男は『待つように』と手で仕草をしてから、再び電話で何やら話していた。
 ん??
 それから間も無く、電話を切った警備の男は俺をじっと見やり口を開いた。
「お嬢様にお聞きしたところ、お嬢様の落し物に間違い無いとのことです。ずっと探しておられたそうで、お礼がおっしゃりたいとのことです。今からこちらにお出でになられるそうですので、お待ちください。」
「えっ!」
 そんな、嘘だろ!俺、めちゃめちゃ普段着じゃないか。
 それに、そんないきなり…。心の準備が出来てないよ。
「あ、あの!お、俺、急ぎの用があるのでこれで失礼します。じゃあ。」
「あ、ちょっと君!」
 引き止めようとした警備員を振り切り、ドキドキしながらその場から走り去ってしまった。
 まさか、これが神様のくれたチャンスなのか??
 でも、ドキドキしすぎて会えない。
 絶対無理!!
 もう少しで車に…と思ったところで、突然背後から声が聞こえた。

「飯田、どの人が届けてくれたの?」

 うはっ、月華ちゃんだ。
 咄嗟に街路樹に隠れて門を見やると、彼女が外に出てきてきょろきょろと辺りを伺っていた。
 ダメだ、やっぱり会えない。動悸がする。

「それが、『お待ち下さい』と言ったのですが、『急ぎの用があるから』とおっしゃって」
 警備員が説明すると、彼女はちょっと寂しそうな顔をしていた。
「そう、せっかくお礼言おうと思ったのに…」
 言いながら箱の中を開けてメッセージを見た彼女が、それを握り締めてもう一度辺りを見渡していた。
「お嬢様、いかがされました?」
「これ届けてくれた人、壊れてたブローチを直してくれたみたいなの。直して届けてくれた。すごい嬉しい!」
 そう言ってブローチを握り締めて、嬉しそうな笑顔を見せる彼女。

 そんな彼女の顔を見ながら、何故かぼろぼろと涙は止まらなかった。
 しばらく辺りを見渡していた彼女は、いなくなってしまった届け主に向かって深く頭を下げてから、大事そうにブローチを持って屋敷に入って行った。
 そんな深く頭下げてくれなくてもいいのに。
 けど、良かった。やっぱり大事な物だったんだ。
「ごめんよ、返すの遅れて。」
 小さく呟いてから、大きな深いため息を吐き…空を仰いだ。
 あ〜あ、せっかく月華ちゃんとお近づきになれるチャンスだったのに。
 神様がくれたチャンスだったかも知れないのに、自分でダメにするなんて…俺ってかなりバカだな。
 でもいいか、あんな嬉しそうな顔見れたんだ。
 それだけですごく幸せ。
 声をかけるのは、今度また自分から頑張ろう。
 出来るかどうか不安だけど…。
 自分自身にそっと苦笑してから、車に乗り込み自宅へと走らせた―――。












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