【48話】 計画変更
夕方・・・
バーベキューを終えて片づけを全て済ませてから、レジャーシートにぽつんと座り川で遊ぶお嬢様と大輝と桜さんを見やってため息を吐いた。
はぁ〜・・・。
結局、ずーっとお嬢様は、ああやってクソガキに独占されっぱなし状態。
ちょっとでも俺が近づこうもんなら、あの野郎・・・威嚇するわ、きゃんきゃん吼えるわ。
ほんっとうるさい奴だぜ。
おかげで、絞めてやろうと思ったけど、何かそんなの通り越してめちゃくちゃ疲れた。
うぅ〜〜〜、早くあのクソガキと離れたい。
三角座りをしてうな垂れていると、しばらく用事で部屋に戻っていた悠斗が帰ってきた。
「おい、早瀬。そろそろお開きにするぞ。」
「え、あ、はい。」
おお!やっとあのクソガキから開放される。
嬉しさに笑顔で応じて頷くと、悠斗は『お〜〜〜い!!お開きにするぞ!!』と、川原にいる三人に大声で叫んだ。
そんな悠斗の声に『は〜い』と明るく返事をしたお嬢様が、桜さんと一緒に俺達のもとへ駆けて来る。
こうやって見ると、やっぱり19の女の子だ。
可愛い。すげえ可愛い。
なのに、蓮と付き合って大人の女になりたいなんて・・・。どうして急にそんなこと思ったのかな。
今のままで十分俺は大好きなんだけどな。
全員揃ったところで、再び屋敷に入り廊下を突っ切って玄関を出ると、そこには既に二台の車が止まっていた。
ん?一台は・・・桜さんが乗ってきた車だよな?
もう一台は?・・・あぁ、大輝か。
「え〜〜、何で俺の車まで呼んであるんだよ!俺、もうちょっと月華と一緒にいる!」
とてつもなく嫌そうな声をあげて、お嬢様をぎゅっと抱きしめ帰るのを拒む大輝に、悠斗が冷めた目つきで口を開いた。
「遅れてきた奴が何を偉そうに言ってやがる。さっさと帰れ。」
うはっ。
「でも、月華と一緒にいたい・・・。ちょっとだけ。なぁ、いいじゃん、悠兄ちゃん。」
縋るような目でお願いする大輝に『却下。』と吐き捨てた悠斗は、彼をがしっと摘んで車に放り込んだ。
うおっ、何て強引な。
「うわっ!ちょっと、悠兄ちゃん!!何すんだよ!俺はまだ帰りたくない!」
きゃんきゃん吼える大輝を無視して運転手に車を出すよう指示した悠斗は、『じゃあな〜大輝。』と極上の笑顔で大輝を見送っていた。
むむぅ〜〜。
やっぱこいつが一番曲者だ。
「じゃあ、私もこれで失礼します。今日は、ありがとうございました。月華、来週からまた大学で会おうね。」
大輝の車を見送った後、俺と悠斗にぺこっと頭を下げた桜さんは、お嬢様に笑顔で言葉をかけてから車に乗り込んだ。
「うん。また来週ね。気をつけて帰ってね、桜。じゃあ。」
にっこり笑顔で手を振り桜さんを見送るお嬢様。
こうして、精神的にかなり疲れたバーベキューは幕を閉じた。
はぁ〜・・・。
「それでは悠斗様、お嬢様、私もこれで失礼致します。」
深く頭を下げて一礼した俺に、『おぅ、いろんな意味でご苦労さん。』と返し笑った悠斗。
ほんとに、いろんな意味でかなり疲れ果てたぞ。
「お疲れ様、早瀬。また月曜日から大学始まるからお願いね。」
「はい。承知いたしました。」
にっこり微笑み言うお嬢様に笑顔で返した俺は、踵を返して使用人駐車場へと向かった。
トボトボと駐車場に向かって歩いていると、ふと背後から足音が聞こえた。
ん?
立ち止まって振り返ると、駆けて来たのはお嬢様。
「早瀬〜〜〜待って〜〜!」
お嬢様・・・。
「どうかなさったのですか?」
首を傾げて尋ねると、俺のもとに辿りついた彼女は、息を整えながら見上げて来た。
「あのね、早瀬に言いたいことがあって。」
言いたいこと?
「何でしょうか?」
「ほんとにごめんね、今日。無理に嫌いな物食べさせちゃって。」
え・・・。
申し訳なさそうな瞳で真剣に謝るお嬢様に、俺はゆっくり首を振った。
「いえ。私の方こそすみませんでした。頑張って食べると言ったのに、あんな醜態をお見せしてしまって。反省しております。」
もう少しでお嬢様の前でゲロるとこだったもんな。
あれは、ほんとにやばかった。
「ううん。早瀬はすっごく頑張ったよ。だってハンバーグもロールキャベツも、どっちもちゃんと食べたじゃない。すごいよ。」
優しく笑って褒めたお嬢様は、突然俺の手を掴んでぐいっと引っ張った。
「うわっ!」
声をあげたと同時に身体ががくっと下がったかと思うと、頬に何かが触れた。
え・・・。
視線だけを動かすと、真横にはお嬢様の顔。
頬に触れてる犯人は・・・お嬢様の唇。
「お、お、お嬢様・・・」
やばい、心臓バクバクする。
「“無理強いしてごめんね”と、“頑張ったね”のしるし。」
そう言ってふふっと笑うお嬢様がとてつもなく可愛くて愛しくて、無意識に彼女を抱き寄せその頬にキスを返してしまった。
初めて“手”以外で触れた彼女の頬。それは、とてもすべすべで柔らかい。
あぁ、やっぱり死ぬほど好きだ。愛してるよ。
俺の・・・、俺だけの愛しい月華。
「は、早瀬・・・」
思いがけないキスに、驚いてうわずった声で俺の名を呼んだお嬢様。
そんな彼女の声で、ハッと我に返った。
うはっ!
お、俺としたことが、ほっぺたとは言え・・・お嬢様にキ、キスしてしまった。
ど、どうしよう。嫌われる。何とか誤魔化さないと。
ただただ目を見開いて俺を凝視する彼女に、にっこりと一生懸命な笑顔を向けて口を開いた。
「お嬢様のお言葉を借りるとするなら、“今日はありがとうございました”のしるしです。」
にっと笑いかける俺をじっと見上げたお嬢様は、一変・・・極上の笑みで『うん。』と頷いた。
はぁ〜〜、何とか嫌われずに済んだ。でも・・・
あぁ〜〜〜〜俺ってば、お嬢様のほっぺに初ちゅうしてしまったぁ〜〜〜〜。
嬉しすぎて死にそう〜〜。
しかも・・・しかも!極上の笑みまで向けてくれて・・・。うぅ〜〜何て可愛いんだ、お嬢様ぁ〜〜。
最高に可愛い。可愛すぎる。このまま連れて帰ってベッドですりすりしたいぃ〜〜〜。
はっ・・・、いかん、つい幸せと妄想に浸ってしまった。
早く帰って計画を練り直さねば。
「あの、お嬢様、それでは早瀬はそろそろ失礼します。これから用がありますので。」
「用?」
目をぱちくりするお嬢様に『ええ、ちょっとプライベートな用がありまして』と返すと、ほんの一瞬彼女の瞳が曇りを見せ、でもすぐにいつものきらきらうるうるの瞳に戻った。
え・・・。
お嬢様?
「そっか。土曜日だもんね。ごめんね、引き止めて。じゃ、気をつけて帰ってね、早瀬。」
にこにこと明るく返して手を振るお嬢様に、『はい、ではまた月曜に。』と言い置き、その場を別れた。
さっきの・・・何だったんだろう。
俺の見間違え・・・?
自宅マンションに辿りついたのは、19時を少し過ぎた頃。
玄関のドアを開けると、中は物音ひとつ無く静かだった。
涼太、まだ帰って来てないのか。
スタスタとリビングに向かい、ソファへボフッと腰を下ろしたのと、ため息が出たのは同時だった。
はぁ〜・・・。
何だったのかな、あれ。
一瞬、お嬢様の瞳がすごく寂しそうに見えたんだけど。やっぱ、気のせいだったのかな。
部屋の明かりもつけずぼんやり考えていると、一時間ほど経ってからガチャっとドアの開く音がした。
ん?涼太の奴、やっと帰って来たか。
「ただいま〜。」
だるそうな声とともに、トントンと廊下を歩く足音。
真っ直ぐリビングに入って来た涼太は、おもむろにキッチンの蛇口を捻りうがいを始めた。
「涼太・・・?」
「ん?あぁ、何だ拓海いたのか。もう、最悪だぜ。聞いてくれよ!あの野郎、フェイントついてキスしやがったんだぜ!超ムカつく!!あ〜〜〜〜〜やだやだ。ガラガラガラガラ・・・・おえっ。」
ぶちぶちと文句をたれ、何度もうがいをして俺のもとへ来た涼太は、隣りに座るなり俺にべちょっとくっついた。
ひっ。
「な、何だよ。」
「うぅ〜〜〜、このままだと次のデートも、あいつにキスされるぅ〜〜〜。そんなの耐えられない〜〜〜」
えっ。あ〜〜、う〜〜ん。
くっついてさめざめ泣く涼太に『はぁっ』と一度息を吐いた俺は、彼の背中をトントンと叩いて口を開いた。
「涼太、落ち着け。それはお前が女装してる以上仕方ないことだ。諦めろ。」
「ええーっ!!そ、そんなぁ〜〜!!イヤだ!何で俺がそんな何回も男とキスしなきゃいけないんだよぉ!拓海の阿呆〜〜〜〜」
睨み付けてがうぅ〜〜〜っと唸る涼太の肩をそっと掴み、『自分を女だと思え。そしたら耐えられる。』と慰めると、射抜くような鋭い眼で睨まれてしまった。
そんな怖い顔せんでも・・・。
う〜ん、やっぱこんな慰め方じゃ素直に頷く訳無い・・・か。
はははっ・・・。
「仕方ないだろ、涼太。予想外にも、相手にマジ惚れされちまったんだから。これもみんな、可愛い可愛いお前が悪いんだ。まったく罪な男だな、お前は。うんうん。」
「バカ野郎〜〜!ふざけんな!そんなの冗談じゃねえ〜〜〜〜」
俺の言葉に反抗して吼える涼太に、それ以上慰める言葉が浮かばなかった。
やれやれ・・・。
「まぁまぁ、落ち着けって。とりあえず風呂入って来たらどうだ?な?そしたら嫌なこともスッキリ・・・」
何とか宥めようと笑顔で言った瞬間、涼太に遮られた。
「するわけないだろ〜〜〜。ちゅ〜〜〜ってキスされた俺のこの辛さが分かるか!?拓海に分かるのか、ええええ!!??」
すっかり怒りで興奮状態の涼太を鎮火させるのは、ちょっとやそっとじゃ無理そうだ。
う〜ん。
「じゃあ、これから女でも抱きに行くか?俺は抱かないけど。」
一番喰らいつきそうな提案をしてみると、涼太がソファの背もたれに突っ伏して叫んだ。
「そんなどうでもいい女なんか抱きたくない!!そんなんで俺の心の傷は癒えない!!」
あははは・・・。心の傷ね。
まぁ、確かに。
「じゃあ、どうしたいんだよ。もうやめるか?もし、お前がどうしてもイヤだって言うなら、やめてもいいぞ?」
涼太の頭をポンポンと叩いて優しく言うと、彼は俺をちろっと伺って『でも、やめたら困るだろ?』と尋ねた。
「ん〜、まぁ困るけど、涼太がイヤなら仕方ないじゃん。」
ソファにもたれ、両手を頭の後ろで組んでさらっと言った俺を、涼太がじっと見やった。
「拓海・・・」
「な?お前がイヤならやめようぜ。じゃあ、違う策でも考えるか。それはそうと、メシ食ったか?俺は腹減ってないからいらないけど。」
ソファを立って声をかけると、涼太が首を振った。
「食って来たからいらない。」
「そっか。じゃあ、風呂入って男に戻って来な。」
涼太の頭をポンと叩いて笑顔で告げると、彼は『おぅ。』と小さく答えてソファを立ち・・・バスルームへと歩いて行った。
ふぅ・・・。
部屋の明かりをつけてから、ベランダでぼーっと夜空を見上げ計画変更について考えあぐねている最中、ふいにケータイが鳴り出した。
ん?誰だ?
上着のポケットから取り出し着信を見ると、かけてきたのは蓮。
蓮?
「はい」
―「あ、樹〜?おっす。」―
電話の向こうから聞こえてきたのは、ご機嫌そうな蓮の声。
「何だ、えらく機嫌がいいみたいだな。」
―「えへへ。分かる?実はさ、その・・・愛里ちゃんに告ちゃったんだ。」―
嬉しそうに言う蓮の声を耳元で聞きながら、今頃風呂場で怒り爆発の涼太を思い浮かべると、何だかやけにおかしくて笑いそうになってしまった。
「そうなんだ?じゃあ、貢がせる女がもうひとり増えたって訳か。良かったじゃん。」
―「それなんだけどさ・・・、俺も最初はそのつもりだったんだ。けど、初めて愛里ちゃんに会わせてもらった日、彼女と話をしてて・・・何か・・・マジ好きになっちまって。そしたら、騙して貢がせるなんてこと、どうでも良くなってさ。だってほら、貢がせるのなんか、今いるバカ女たちで十分だし〜。」―
照れくさそうに恥ずかしそうに言って笑う蓮。
そんな彼の『貢がせるのは、今いるバカ女たちで十分』発言に、俺は小さく鼻で笑った。
阿呆、『バカ』なのはお前だ。蓮。
他の女は確かに『バカ』かも知れんが、お嬢様はお前の嘘を全部知ってらっしゃるんだ。
それにも気付いてないなんて、お前の方が余程バカだぜ。
「そうか、本気で惚れたんだ?愛里のこと。・・・で、愛里は何て?OKしたのか?付き合うこと。」
白々しく尋ねると、蓮は『えへへ、OKしてくれたんだ〜』と嬉しげな声で即答した。
「へぇ、良かったじゃん。うまくいくといいな。」
まったく心にも無い科白を吐いたのと同じくして、涼太が風呂からあがりリビングへ戻って来るのが見えた。
げっ。まずい。
「あ、蓮、すまん。俺、これから風呂入るからまたな。じゃ。」
一方的に言って電話を切った直後、俺のもとに涼太がやって来た。
「おっ、あがったのか。じゃあ、俺も風呂に入って来ようかな。」
涼太の肩をポンと叩いて行きかけた俺の手を、涼太がぎゅっと掴んだ。
え・・・。
「拓海、あのさ・・・。俺・・・、やっぱやるよ。続ける。」
「涼太?・・・阿呆、もういいって言ったろ?嫌なものを無理強いさせる気はないよ。」
蓮のあの様子じゃ、これ以上させたら、ほんとに涼太の貞操の危機だからな。
さすがに、そこまで鬼にはなれん。
涼太の頭をこつんと軽く叩いて笑顔で言うと、彼はすぐさま首を振った。
「最後までやらせてくれ。だって、今ここでやめたら、あいつに負けた気がしてイヤなんだ。だから・・・」
涼太・・・。
「そっか。じゃあ、もう少しだけ涼太に頑張ってもらおうかな。」
「おぅ。任しとけ。」
俺の言葉に笑顔で頷いた涼太は、『おし、じゃあビール飲も〜っと』とすっかりご機嫌で冷蔵庫へ駆けて行った。
う〜ん、何て切り替わりの早い奴。
ま、そこが涼太のいいところかな。あはは。
さて、じゃあ、俺も風呂に入って来るか。
風呂から出てリビングに行くと、涼太がビールを飲みながら雑誌を見ていた。
「何読んでるんだ?涼太。」
背後から覗き見ると、それはファッション雑誌。
「ん?あぁ、次のデートはどんな服装がいいかなって思って。」
にへっと笑みを向ける涼太に『なるほど。』と頷き、ソファに座ってタオルで頭をごしごし拭いた。
「それより拓海、計画変更・・・どうする?蓮の奴、どうやら俺に金品要求するつもりないっぽいぜ?」
雑誌をパタンと閉じた涼太が、真剣な口調で話を切り出した。
「そうだな。とりあえず蓮には、この際もっとマジに惚れてもらおうか。そうすりゃ、今度はあいつがお前に貢ぐようになるだろうから、現在“貢がせ女”にしてる連中からもっと執拗に金を貪り取るようになるかも知れん。」
特にお嬢様からな。
だって、蓮にすりゃ、お嬢様は最高の金づるなんだ。
「確かに。十分有り得るな。今日だって、すげえはぶり良かったし、あいつ。」
俺の言葉に、腕を組んでうんうんと頷く涼太。
「だろ?何せ、貢がせ女が6人もいるんだからな。・・・と言うことで、俺はちょっと、今あいつが貢がせてる女をあたってみる。涼太は、今のまま蓮と普通に付き合ってくれ。」
「あぁ、うん。でも、貢がせてる女に会ってどうするんだよ?拓海。」
素直に頷いてから不思議そうに聞き返した涼太は、テーブルに置いていたビールをこくっと一口飲みこんだ。
「ん?あぁ、きっと今蓮が貢がせてる女たちは、間違いなく本気で蓮に惚れてるはずだ。それを逆手に取る。蓮には、飼い犬に噛まれてもらうぜ。」
お嬢様以外の女は全員蓮に惚れてるはずだから、そのうち一番使いやすい女に的を絞るか。
頭をわしゃわしゃ拭きながら言い吐くと、涼太は『拓海って、やっぱ鬼だな』と呟いた。
「阿呆、使えるものは何でも使う。これは、“基本中の基本”だ。」
涼太の手から缶ビールを奪い取ってごくっと喉に流し込むと、涼太がくすくすと笑い出した。
「何だよ。」
「いや、拓海ってやっぱしヤクザさんだなぁ〜って思っただけ。」
・・・。
にひゃにひゃ笑ってさくっと言い放った涼太に『うるさい、どうせ俺はヤクザだよ。』と不機嫌に言葉を返すと、もっと笑われてしまった。
うぅ〜〜、笑うな〜〜!ボケ涼太め。
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