【44話】 最高にいい女紹介します! 1
翌日。午後・・・。
夕べから降り続く雨の中、車で沢村の屋敷に出勤した俺は、真っ直ぐ玄関へと向かい呼び鈴を鳴らした。
「はい。おや、早瀬くん。」
重い玄関の扉を開けて出て来たのは、執事の日下部さん。
「こんにちは。あの、悠斗様にお会いしたいのですが・・・。今日はまだ・・・お帰りでは?」
今日って月曜だもんな。やっぱ帰って来るのは夕方過ぎか?
恐る恐る尋ねると、日下部さんはふっと頬を緩ませた。
「いやいや、坊ちゃんなら先程帰られてお昼を済まされたから、今はお部屋でごゆっくりなさっておいでだよ。お呼びするから待っていなさい。」
いつものように柔らかな笑顔とゆっくりの口調で告げた日下部さんは、呼びに行くべく踵を返した。
「あ、いえ、呼んでいただかなくても結構です。私が、直接悠斗様のお部屋に伺わせていただきます。急用なので。」
呼んでもらったところで、どうせ悠斗の部屋に行くことになるんだ。
それなら俺が行った方が早い。
行きかけた日下部さんに声をかけツカツカと屋敷に踏み込んだ俺は、呆気に取られてきょとんとしている彼に軽く会釈をし、さっそく悠斗の部屋へと向かった。
三階まで階段を上り、長い長い凄まじく長い廊下を歩き、ようやく悠斗の部屋へ辿りつくと、軽く一度深呼吸をしてからドアを叩いた。
「・・・はいはい〜、今開ける。」
しばし間があってから聞こえたのは、軽い調子の悠斗の声。それから間も無くドアが開けられた。
「お、何だ、早瀬か。へぇ〜、どうやら無事に生きてたみたいだな。」
俺を見た悠斗の第一声は、にまにま顔での意地悪発言。
むかっ。
死にかけたのは、てめえのせいだろうが。
沸々と込み上げる怒りをぐぐっと堪えた俺は、清々しい爽やか笑顔を悠斗に向けた。
「ええ。おかげ様で、しぶとく生きております。昨日は、何処かの誰かさんが、前もって危機を教えて下さらなかったせいで、トイレで息絶えるかと思いましたけどね。」
嫌味たっぷりに言い返してやると、悠斗はおかしかったらしくくすくす笑い出した。
「ひゃははは、まぁまぁ、そう言うなよ。いいじゃん。無事に生きてたんだし。あ、それよか、用があって来たんだろ?ここじゃなんだ、入れ。」
室内を指差し入るよう促した悠斗に『では、失礼して・・・』と足を踏み入れた次の瞬間・・・、悠斗がガチャっと鍵を閉めた。
え・・・。
「悠斗様?」
「お前の用って、あの野郎の話しか月華の話しだろ?だったら、月華に聞かれる訳にいかないからな。『念の為』だ。ほれ、ソファに座ってろ、今日は紅茶でも入れてやる。」
さらっと言い切りソファに座るよう指示した悠斗は、スタスタと紅茶の準備に向かった。
『念の為』ね。なるほど。でも、今回は聞かれてもいいんだけどな。
「あ、はい。どうもすみません。」
指示通りソファへ移動した俺は、ポフッと腰を下ろして室内を見渡した。
相変わらず、馬鹿でかい上にだだっ広い部屋だ。
でも、この間も思ったけど、部屋の中は案外シックって言うかモダンな感じだよな。お嬢様のお部屋も、俺の好みな内装だったし。
う〜〜ん、屋敷は中世ヨーロッパ風の建築なのになぁ・・・。
けど、家具は屋敷の外観と合わせてあるんだよな・・・。でも、それがちっとも自己主張してなくて、逆にアンティークな感じで上手く部屋と調和してる。
不思議だ。
「ほれ、アップルティーだ。菓子はそこの器の中に入ってるから、好きに食え。それで?何か掴めたのか?あの野郎のこと。それとも、月華を落とす件か?」
テーブルに紅茶を置いた悠斗は、俺の向かいのソファに深く腰掛けながら早速問いかけた。
「ありがとうございます。いただきます。・・・今日はお嬢様の件で、悠斗様にご報告したいことがありまして・・・。」
とりあえず、こいつには事実を話しておかないとな。
「報告?何だ、うちのお嬢様をもう落としたのか?イケメン早瀬くんは・・・。それとも逆か?」
煙草を一本掴んで足を組み、俺へ細い視線を向けて尋ねる悠斗。
「いえ、そうではなく、お嬢様を落とす必要は無くなりました。」
悠斗の言葉をあっさり否定し涼しい顔で紅茶をすすると、彼は煙草を咥えたまま驚いた顔と瞳で俺を見やった。
「必要・・・無い?どういうことだ?」
「ええ、お嬢様はご存知なんです。ご自分が彼氏に騙されてることも、彼が俳優の卵では無いことも。それらすべて知っている上で、わざと気付かぬフリをして、わざと貢いでおられます。昨日、お嬢様ご本人から伺いました。」
淡々と答える俺とは逆に、衝撃の事実に驚いた悠斗は、開いた口が塞がらず・・・まだ火のついていない煙草をぽろっと床に落として真っ白になってしまった。
はははっ、放心状態になったか。ま、無理も無い。
絶対、普通に本気でお嬢様が騙されてると思ってたんだろうからな。
俺も実際そう思ってたし・・・。
何と言うか、蓮よりお嬢様の方が一枚上手だったなんて・・・、宝くじが当たったくらいの驚き・・・いや、天変地異で日本沈没!?くらいの大事件!だからな。
ははは・・・。
あれこれ想像しつつくすくす笑い、ひとり暢気に紅茶を堪能していると、しばら〜く異世界に旅立っていた悠斗がようやく帰還した。
「お前なぁ・・・、人が放心状態になってんのに、放っておくなよ。そのまま戻って来れなくなったら、どうする気だ。ったく。」
床に落とした煙草を拾いながら、ぶちぶちと文句をたれた悠斗。
「へ?あははは、すみません。紅茶がおいしかったもので、ついつい堪能してました。」
カップを持ってにへにへする俺に、怒りを削がれ脱力した悠斗は、苦笑しながら器のフタを開けた。
「ほれ、クッキーもあるから食え。」
「あ、ありがとうございます。」
薦められて一枚手に取りサクサクッとかじったのと、悠斗が喋り出したのは同じだった。
「しかし、あの超鈍い月華がなぁ・・・。俺の知らんうちに、いつの間にかそんな芸当が出来るようになっていたとは・・・。成長したもんだ。」
同じくクッキーを一枚掴んでサクッとかじった悠斗は、お嬢様の変わりようにしみじみと感心していた。
おいおい・・・。
『芸当』って・・・。それじゃまるで、お嬢様がアシカみたいじゃねえか。
笑える。
「とにかく、お嬢様曰く『思惑があって彼と付き合ってる』そうですし、いずれご自分から別れるつもりでいらっしゃるとのことですから、無理にお嬢様を落とすことも片桐の方を離すことも無いかと存じます。」
二枚目のおいしいクッキーをパクッと口に頬張り平然と返すと、悠斗が納得いかない様子で口を開いた。
「だからって、このまま奴を放って置くのは俺の気が治まらん!月華を騙してることは事実なんだ!」
ふぅ・・・。
そう言うと思ったぜ。
ま、妹バカな兄貴としては当然か。
紅茶をすすって一息ついた俺は、ここぞとばかりに次の本題を切り出した。
「確かに、奴がお嬢様を騙していることは事実です。そこで悠斗様にお願いなのですが、奴の件・・・この早瀬に一任してはいただけませんか?」
「お前に?」
いきなりの思いがけない申し出に、悠斗は目をしばたかせていた。
「はい。忙しい悠斗様のお手を煩わせず、確実に奴を地獄の果てへ送って見せます。」
ふっと口端を吊り上げて悪魔な笑みを向けると、悠斗は俺を見て『へぇ・・・相当、自信があるみたいだな。』と視線を細めた。
「もちろんでございます。ですので、是非この早瀬に、すべてお任せを。」
自信に満ちた声と顔で願い出る俺に、悠斗が腕を組んでしばし考えてから口を開いた。
「よし、いいだろう。どんな策かは知らんが、お前の良きに計らえ。でもって、奴を必ず『地獄の果て』と言わず、『宇宙の果て』に葬り去れ。」
言った最後に冷笑を浮かべた悠斗は、うまそうにアップルティーをすすっていた。
はははっ、宇宙の果て・・・ね。
「はい、仰せの通りに・・・。それでは、私の用件は終わりましたので、これで失礼致します。紅茶ご馳走様でした。」
深く頭を下げて返した俺は、ゆっくりとソファを立った。
「あぁ、ご苦労さん。じゃ、玄関まで送る。」
同じくソファを立った悠斗は、俺の肩をポンと軽く叩き・・・先にドアの方へと歩いて行った。
そんな彼の後をついてドアへ向かいかけた俺は、ひとつ質問するべく足を止めた。
「あの、そう言えば悠斗様、今日はお嬢様は・・・」
「ん?あぁ、昼から原稿書くために部屋に篭るって言ってたから、今頃必死に仕事してんじゃないか?今日は、たぶんお前の仕事は無いと思うぞ?」
足を止めて振り返り答えた悠斗は、『作家も大変だよな。』と付け加えて苦笑した。
そっか。今日はお仕事でお部屋に篭ってるのか、お嬢様。
好都合だな。
「さようでございますか。でしたら私は、本日はこのまま帰らせていただきます。いろいろ準備がありますので・・・」
「あぁ、分かった。じゃ、月華にはそう言っておく。気をつけて帰れよ。さっきニュースで、暴力団事務所が発砲される事件があったらしいから。」
軽い口調で言った悠斗は、『お〜怖い怖い。』と自分で自分をきゅっと抱きしめていた。
え・・・。
発砲事件・・・?
「どこの暴力団ですか?」
つい聞き返してしまった俺に、悠斗が『ん〜っ』と眉間にシワを寄せて考えてから、ポンッと手を叩いた。
「えっと、確か『流揮会』ってのが、『銀龍会』の事務所に発砲したとか言ってたっけ。けど、負傷者はいなかったらしい。お前も気をつけろよ、まだ発砲した奴捕まってないらしいから、その辺にうろついてるかも知れん。ああいう輩は、一般市民でも構わず撃ったりするからな。」
腕を組んでうんうんとひとり頷く悠斗に、俺はぐっと拳を強く握り締めながら笑顔を見せた。
「ええ、そうですね。気をつけます。あ、お見送りはここで結構です。それでは失礼いたします。」
軽く会釈をした俺は、笑顔を崩さず悠斗の部屋を後にした。
屋敷を出て、玄関から少し離れた場所に止めた車に乗り込むと、まずケータイを手にした。
かけた先は、親父。
―「拓海か。お前がかけてきたってことは・・・」―
「あぁ、今知った。負傷者はいなかったって、本当なのか?」
一応確認の為尋ねると、親父は『あぁ、本当だ。』と静かに答えて息を吐いた。
「そうか。それなら良かった。でも、流揮会はさっさとぶっ潰した方が良さそうだな。って、俺が言わなくても、やられて黙ってるような『銀龍会6代目 早瀬 章吾』じゃねえよな??」
意地悪っぽく言い放った俺に、電話の向こうで親父がふっと鼻で笑った。
―「当然だ。もう手は打ってる。」―
はははっ、やっぱし。
「相変わらず仕事が早いじゃん、親父。けど、須藤は殺るなよ?あいつは、俺が殺すって決めてんだ。」
須藤だけは、俺がこの手でぶっ殺してやる。
―「分かってる。雑魚に用は無い。あのクソガキはお前にくれてやるから、好きに殺れ。」―
冷ややかな口調で淡々と言う親父に、『言われなくても好きに殺るさ。』と薄く笑った俺。
すると、突然親父が電話の向こうで笑い出した。
―「ははははっ。お前って、ほんとに俺の子だよなぁ〜。昔の俺にそっくりだ。うんうん。」―
おかしそうに笑いながら言う親父の声は、先程とは一変・・・いつもの優しい声だった。
「何だよそれ。当たり前だろ。親父の子じゃなかったら、誰の子なんだよ。似た顔してよく言うぜ。」
ったく。
呆れて返す俺に『はははっ』と笑う親父は、『ま、とにかく今回の件は俺に任せておけ。』と付け加え、ずっと笑っていた。
「あ、そうだ親父、圭兄って手空いてそうか?」
思い出して尋ねると、親父は笑いを止めて『圭介?』と聞き返した。
「あぁ、もし手空いてるなら、俺のマンションに来て欲しいって伝えてくれないかな?」
蓮を改心させる計画には、圭兄も参加してもらわないと。
―「分かった。じゃあこれから向かわせる。」―
快く承諾した親父に『さんきゅ、じゃあ。』と俺は一方的に電話を切った。
さてと、そろそろ涼太も買い物終えて帰って来てる頃だろう。
俺も買い物済ませて、早く帰らねば。
自宅マンションに戻り玄関のドアを開けてみると、女物のサンダルが一足置かれていた。
ん?
「涼太〜、帰ってるのか??」
声をかけつつ部屋に上がってリビングへ向かってみると、そこには・・・ソファに座って真剣に雑誌を読み入ってる涼太の姿。
そして、彼の向かいのソファには、何やら箱と紙袋が無造作に置かれていた。
・・・?
「何だよ、いるなら返事くらいしろよな、涼太。」
「あっ、すまん。真剣にこれ読んでたから聞こえなかった。」
やっと俺の声に気付いて振り返り言った涼太は、手に持っていた雑誌を見せた。
それは・・・メイクの本。
なるほど。メイクの仕方を覚えてた訳か。
「へぇ、勉強熱心じゃん。どれどれ。で、必要物品は買って来たのか?」
スーツの上着を脱いでソファの背もたれにかけた後、涼太の隣りに腰を下ろして雑誌を奪い取った。
うおっ、女ってのは、こんなに化粧品使って化けるのか。
むむぅ〜〜。
「あぁ、一応必要最低限の物だけは、ちゃんと買って来た。あとは、追々必要なら買うつもりだ。ほら。」
自慢げにソファで胡坐をかいた涼太は、向かいのソファに置いたいくつもの箱や紙袋などを指差した。
あれがそうだったのか・・・。
「了解。じゃあ、あとで領収書回せよ。俺が金出すから。それよか、まだ箱や袋に入ったままってことは、ぶっつけ本番か?」
何気なく聞いた俺に、涼太はにーっと笑った。
むむ?
「違うよ。本番の前に、拓海に是非俺様の『華麗なる変身ビフォー・アフター』を見せてやろうと思ってさ。帰って来るのずっと待ってたんだよ。な?見たいだろ?ビフォー・アフター♪」
にへにへとご機嫌に言った涼太は、俺の肩をポンポンと叩いた。
え・・・。
「いや・・・結構だ。遠慮する。見るのは本番だけで十分・・・。だってお前の女装姿は、中学で一回と大学で一回見てるから、だいたいの想像はつくし・・・。」
そんな何度も見たいとは思わんぞ。男が女装した姿なんか。
苦笑いで低調に断った瞬間、涼太が俺の肩をがしっと掴んで口を開いた。
「甘いな。そんな過去の俺を想像してもらっちゃ困るぜ、ハニー。」
決め台詞を吐いてふっと鼻で笑った涼太は、俺の頬に手を当てた。
ひっ。
お前いったい何者なんだよ。
「な、何が困るんだよ。どうせ、あんな感じに仕上がるんだろ?」
涼太の手を払いのけて言い返してやると、涼太は『ちっちっち・・・』と指を振った。
また変なキャラ増やしやがったな、こいつ。
「そんなの比較にならないほど、今回は『超スペシャルな、可愛い涼太様♪』を披露してやるぜ。惚れるなよ、ハニー。・・・と言うことで!只今より、早速『涼太のお着替え変身タイム』に入りたいと思いま〜す♪見ちゃイヤよ。ダーリン。恥ずかしいからあっち行ってて♪」
話しの途中でころっとキャラを変えた涼太は、上目遣いに俺を見て恥ずかしそうに囁いた。
はぁ〜・・・。
俺には、こいつの脳みその構造が理解出来ん。
「はいはい。分かった分かった。じゃあ俺も着がえに行って来ます。」
呆れながら返した俺は、とりあえずスーツを脱ぐ為に寝室へ向かった。
「はぁ〜・・・。ったく、何が『超スペシャルに可愛い涼太様』だ。どう考えたって、出来上がりは大学のミスコンの時と同じだろうが。涼太の奴・・・。それに、俺は男の着替えなんぞ見たくねえっつーの。」
ぶつぶつ言いながら部屋着に着替えた俺は、ベッドにボフッと仰向けで倒れ込んで天井を見つめた。
そういやお嬢様・・・、何の思惑があって蓮と付き合ってるんだろう??
教えてくれなかったけど・・・。
蓮と付き合ったのも、あいつが年上だったからって言ってたよな?
それとお嬢様の思惑は、関係あるのか??
窓を叩く雨音を聞きながら、長い間ぼんやりあれこれ考えていると、ふいにドアがノックされた。
ん?出来上がったのか?
がばっと起き上がりドアへ視線を移すと、そーっと開かれた向こうにはお初にお目にかかる女がいた。
え・・・。
「どう?」
ちょっぴり恥ずかしそうに声をかけた女は、ワンピースに7分袖のボレロ姿。
髪は、栗色で肩より少し長め。毛先はクルンクルンと巻き髪。
化粧も濃すぎずいい感じ。
仄かに香る香水は、甘く男を誘う。
嘘だ。これが・・・涼太??
何処をどう見ても女にしか見えん。しかも、めちゃめちゃ可愛い。
「ほんとに・・・涼太なのか?」
恐る恐る聞き返しながら、不覚にもこいつを見てドキドキしてしまった俺。
くそっ、落ち着け、俺の心臓。
「もちろん。正真正銘、間違いなく涼太くんです。うふっ。どうだい?スペシャルに可愛いだろう〜♪あ、もしかしてドキドキしてる?拓海ぃ〜。」
うっ。
図星をさされて焦った俺は、『違う』と即答して顔を逸らした。
まずい。ほんとにドキドキしてる。かなりやばい。
女にドキドキしたなんてお嬢様以来だ。
いや、こいつは女じゃないか・・・。うっ、それって尚ショーック!!
俺ってば、男にドキドキしてしまったのか・・・。あぁ、もしかして俺、相当欲求不満・・・?
しくしく。
「嘘ばっかり〜。図星なんだろ?なぁなぁ、拓海〜。ほんとはドキドキするんだろ?もしかして拓海の好みのタイプ??なぁ、どうなんだよ〜。」
俺の隣りに来てべちょーっとくっついた涼太は、にへにへにまにま顔で質問攻撃。
うっ。
「うるさい!!そんな訳ねえだろ!調子こいてんじゃねえ!!」
涼太の胸ぐらを掴み、ムキになって言い返した俺は、奴を捨て置き寝室を出た。
くそっ、捨て台詞吐いて逃げるなんて、認めたようなもんじゃねえか。
俺のバカ。
リビングに戻り、ソファに寝転んでしばらく天井を仰いでいると、戻って来た涼太が向かいのソファにちょんと腰を下ろして俺を見た。
「何だよ。」
「何でもない。」
ぼそっと呟いた涼太は、ちょっぴりいじけた様子で毛先をクルクル指で巻いて遊んでいた。
どこが何でもないんだよ。何でもなくねえじゃん。
やれやれ。
「・・・けど、ほんとにお前が言ったとおり、大学ん時とは比較にならねえな。完璧すぎだぞ、その変身ぶり。俺も最初、誰か分からなかったくらいだ。すげえじゃん、お前。」
話しを変えてちらっと涼太を見やり褒めてやると、涼太は一変・・・『そうか?そんなに完璧?』と嬉しそうにへへへっと笑った。
「あぁ、服のセンスもいいし、似合ってる。それに、そのメイクがいいよ。俺が見てもすげえ可愛いと思う。」
むぅ〜、女がメイクで変わるのが、涼太を見てて分かった気がする。
すっぴんの女を見るのって、きっと未知の生物との遭遇だな。
あははは・・・。怖い。
「えへへへっ。いいだろ?このメイク。拓海が帰って来るまでに、必死に雑誌で覚えたんだ。その名も『男にもてる究極の小悪魔メイク』だ!!にひゃっ」
読んでいた雑誌を見せて自慢げに笑う涼太。
はははっ・・・。なるほど、それは究極の小悪魔メイクだったのか・・・。
確かに、小悪魔・・・かもな。違う意味で。
「へぇ。お前って不器用なくせに、そういうのは案外器用なんだな。」
「ふふふっ、他にもあるぞ。見よ!ヒゲと足と腕の、この見事なツルツル脱毛♪エステですっかり処理済み♪それから、ブラジャーに特製ジェルパッドを入れて、自然な大きさと柔らかさを演出♪どうだ、努力の人と言ってくれ。」
そう言ってにへっと笑みを向けた涼太は、ぴっとVサインをした。
はははっ・・・『努力の人』ね。確かに。
「はいはい、涼太くんは努力の人です。」
ケラケラ笑いながら返してやると、ふいに涼太が声をかけた。
「あ、なぁ拓海、話しは変わるんだけどさ、ひとつ聞きたいことがあるんだ。例の『うさんくさい結婚詐欺師』って『ヤクザ』さんなんだろ?何で、こんなことする必要あるんだ?」
え・・・。
「あぁ・・・それは・・・。実はそいつ『ヤクザ』じゃないんだ。俺の知ってる子がさ、奴に騙されて貢がされてんだよ。で、何とか奴を懲らしめて痛い目見せてやろうと思ってさ。」
ソファから起き上がり白状した俺をじっと見ていた涼太が、『知ってる子?まさか、お前の本命?』と恐る恐る聞いた。
ぎくっ。
「いや、本命は関係ない。それとは別件。」
「そっか。ま、何にせよ、女を騙して貢がせる男は許せん。この涼太様が懲らしめてやる。あ、ところで拓海、俺は奴に会ったら自分のこと何て名乗ったらいいんだ?」
一番大事なことを思い出した涼太が、俺をマジマジと見つめて尋ねた。
「ん?あぁ、大丈夫。もう決めてるから。お前の名前は今日から『坂口 愛里』だ。」
「さかぐちあいり?」
復唱して聞く涼太に頷いたところで、インターホンが鳴った。
おっ、圭兄か。ナイスタイミング!
「そ。坂口 愛里。ま、これからその名前の意味は話す。ちょどよく、もう一人の参加者も来たみたいだし。」
「もう一人の参加者?」
首を傾げて聞く涼太に『そ。もうひとり大事な役をこなしてもらう人物。』と告げ、ロックを解除する為にモニター付きインターホンへ向かった。
インターホンを取り、モニター越しに見やると、来ていたのはやはり圭兄。
―「おい、拓海。来たぞ。」―
圭兄もまた、訳が分からない様子で声をかけた。
「今開ける。」
オートロックを解除しマンションへ入れるようにしてから、早速三人分のコーヒーの準備に取り掛かった。
「拓海〜、『もう一人の参加者』って圭ちゃん?」
キッチンの俺を見て不思議そうに尋ねる涼太。
「うん、圭兄。そうだ涼太、チャイム鳴ったら鍵開けてやってくれないか。俺、湯沸かしてて手離せないし。」
「あ、うん、分かった。」
俺の言葉に素直に涼太が頷いたその数分後・・・、玄関のチャイムが響いた。
「お、来たみたいだ。涼太頼む。」
キッチンから声をかけると、涼太が『はいはい〜。』とトコトコ玄関へ向かって行った。
「さて、そろそろ湯が沸いたかな。」
コンロの火を止め、コーヒーを準備して菓子を器に入れ終えた俺は、それらをテーブルに運んだ。
テーブルにコーヒーを並べつつドアの方を見やるが、一向に涼太が戻ってこない。
「ん?涼太の奴、何してんだ?」
ソファに座ってしばらく待ってみたものの、二人がやって来る気配は全く無し。
う〜〜〜〜。
「遅い!遅い!遅〜〜〜〜い!!何してんだ、涼太め。」
痺れを切らした俺は、涼太と圭兄を迎えに玄関へとズカズカ向かった。
「こら、涼太!女装のまま玄関開けっ放しで長話してるんじゃない!!近所の人に見つかったら俺が変に思われるだろうが!」
玄関のドア全開で突っ立ってる涼太と圭兄に声をかけた瞬間、圭兄が目の前の女を指差し大声をあげた。
「えええ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!りょ、りょ、涼〜〜〜〜!!??」
「うん。」
圭兄の言葉に素直に頷いた涼太は、にへにへ笑う。
一方、圭兄はと言うと、ドアにへにゃへにゃとへたり込み、何故かものすごくブルーになっていた。
んん?何かあったのか?
圭兄と涼太を交互に見返してみたが、今ひとつ分からない。
むぅ〜。何かよく分からんが、とにかくこんな姿の涼太をちょろちょろさせとく訳にはいかない。
「ほら涼太、さっさとリビング戻れ。コーヒーと菓子置いてるから。」
「ほ〜い。お菓子お菓子〜。」
俺に言われてご機嫌に返事をした涼太は、軽やかな足取りでリビングへと戻って行った。
ふぅ〜・・・。
「圭兄、どうかしたのか?もしかして、涼太に何かされたのか?」
ブルーになっている圭兄の横にしゃがんで問いかけると、彼はただドアに縋ってさめざめ泣いていた。
はははっ・・・、何かあったんだな。こりゃ。
頬をポリポリ掻いて苦笑いをしていると、圭兄が突然俺の肩をがしっと掴んだ。
わっ。
驚いて圭兄を見やるとそこには、いつになく真剣でしかも蒼白な顔。
「拓海・・・、俺、欲求不満なんだろうか?それとも、アブノーマルになっちまったんだろうか?不覚にも涼にドキドキして惚れかけた。」
え・・・。
あははは・・・、なるほど。そういうことか。
「心配すんなって、圭兄。圭兄は、ちゃんとノーマルな男だよ。完璧な女装しすぎてる涼太が悪いんだ。ここだけの話し、さっき俺もあいつ見てマジでドキドキした。」
苦笑いで小さく囁くと、圭兄は『そうなのか?』と俺を見た。
「あぁ。だから、圭兄はちっともアブノーマルじゃねえよ。」
あっさり返しくすくす笑う俺に、圭兄が『良かった。』と安堵し苦笑を零していた。
圭兄とともにリビングへ行くと、そこでは涼太が菓子を片手にコーヒーを飲んでいた。
「あ、拓海〜。さきにお菓子食ってるぞ。」
振り返ってにこにこ言う涼太に『あぁ。』とだけ返し、圭兄にもソファへ座るよう促した俺は、涼太の隣りに腰を落ち着けた。
「さて、揃ったところで打ち合わせといきますか。」
コーヒーを一口すすって切り出した俺に、圭兄が『打ち合わせ?』と口を挟んだ。
「あっと、圭兄には最初から話すよ。まずは、この写真を見てくれ。」
テーブルの上に置いておいた蓮の写真を圭兄に手渡した。
「誰だ?こいつ。何処かの組の者か?」
写真を覗きこんだ圭兄が、俺を見返し尋ねかけた。
「いや、そうじゃないよ。そいつは、俺の大事な知り合いを騙して、金品を巻き上げてる野郎だ。名前は、『片桐 蓮』。25歳。」
そこまで話した俺に、圭兄は『大事な知り合い』が誰なのか気付いたようで口を開いた。
「なるほど。で、こいつを絞めてやろうって魂胆か?」
「あぁ。そういうこと。」
写真をテーブルに置いて問い返す圭兄に頷くと、彼は『分かった。面白そうだから、その企画参加させてもらおう。』と了承し、コーヒーを口に運んだ。
「さんきゅ、圭兄。さて、じゃあ、本題に入ろうか。まず、蓮に関しては、もう既に俺が友達関係を築いてあるからOKだ。で、早速『騙す為の、いい女紹介してくれ』って頼まれてる。」
煙草を吸いながら話を始めると、隣りにいた涼太がポッキーをかじりつつ言葉を挿した。
「なるほど。で、俺が登場って訳だ?」
「そうそう。ここからが、この計画の真の始まりだ。と言っても、内容はちっとも難しくない。むしろ、超簡単だ。・・・涼太、さっき俺がお前に教えた名前覚えてるか?」
煙をふぅ〜っと吐いて尋ねると、涼太は『坂口 愛里だろ?』と即答した。
「よしよし、ちゃんと覚えてるな。じゃあ、涼太の役から説明するぞ?あ、でも、覚えやすい役だから安心しろ。・・・お前の演じる『坂口 愛里』の父親は、都内で大きな会社の社長をしてる。つまりお前は、社長令嬢だ。でも今現在は、実家を出てマンションで一人暮らし中。それが、このマンション。どうだ?覚えやすいだろ?」
「ふむふむ。確かに覚えやすい。じゃあ、デートの日の送迎は『ここ』ってことだな?」
俺の説明に素直に頷いた涼太は、確認の質問を投げかけた。
「あぁ。デートの前日・当日は俺の部屋に泊まっていい。合鍵はお前にひとつ預けておく。」
「了解〜。」
コーヒーをすすって一言返した涼太は、器の中のチョコを手に取り・・・パクッと口に放り込んだ。
「おし、じゃあ続きを言うぞ?『坂口 愛里』にはひとつ年上の兄がいるんだ。名前は坂口 圭介。でも彼は、父親と折り合いが悪くて、何年も前に家を出たまま音沙汰なしだ。もし、蓮に身内のことを聞かれたらそこまで話せ。いいな?」
チョコを美味そうに頬張る涼太に言い聞かすと、彼は『分かったけど、ひとつ質問!』と手を挙げた。
「何だ?」
「圭ちゃんは何をするんだ?」
圭兄を指差し俺に尋ねた涼太は、不思議そうに首を傾げた。
「圭兄か?圭兄の役はこれから話す。とりあえず、涼太の役は分かったか??何せお前は、蓮に尽くして貢げばいい。」
「おぅ。ばっちり了解!」
ぴっとVサインをして見せた涼太は、美味そうにこくこくとコーヒーを飲んだ。
「じゃあ、次は圭兄の番だ。圭兄の役は、愛里の兄。とうの昔に家を出て、今は『銀龍会』で『最高幹部』をしてる。家を出てからも妹を大事にしている圭兄は、愛里と頻繁に会ったり連絡を取り合ってる。そんな愛里に彼氏が出来たのはいいが、話を聞いてるうちに、どうやら彼氏に騙されて貢がされてるってことに気付く。そこで、ようやく出番だ。出るタイミングは、俺が見計らって圭兄に知らせるよ。指示したら、デート帰りに愛里をマンションまで送り届けた蓮を、待ち伏せして拉致しろ。連れて行く先は圭兄に任せる。埠頭でもどこでもいい。そこで、死ぬ手前まで奴を痛めつけろ。演技じゃない『本物のヤクザ』ってのが、どんなものか思い知らせてやれ。」
蓮・・・お前の身体に直に教えてやるぜ。世の中そんなに上手くいかないってことをな。
ポテトチップスをぱりっとかじって言い吐くと、圭兄が頷き口を開いた。
「OK。じゃあ、拉致の際には、下の者を数人連れて行くことにする。で、お前はいつ登場するんだ?拓海。」
「俺?俺はラスト。愛里を連れて現場へ向かう。きっと蓮のことだ、俺に電話してくるのは間違いないからな。そこで、俺は俺の正体を蓮にバラす。もちろん愛里の正体もな。」
ふふっと笑いポテトチップスをたいらげると、圭兄が『なるほど。』と納得していた。
「な?内容としてはとてつもなく簡単だろ?あいつに凝った芝居は必要無いからな。と言うことで、まずは涼太に本領発揮してもらおう。頑張るんだぞ、涼太。」
涼太の肩をポンポンと叩き笑顔を向けると、『おぅ!任しとけ!』とやる気満々にVサインをする涼太。
「何だか久しぶりに楽しめそうだ。」
煙草を咥えた圭兄が、小さく呟き薄く笑った。
その顔は、まさしく『銀龍会最高幹部 坂口 圭介』の顔だった。
夜、9時30分。
シャワーを浴びてから本日二度目の女装を完成させた涼太は、やはりどこをどう見ても女にしか見えない。っつーか、俺が言うのも何だが、お嬢様の次に可愛い。
むぅ〜、こう完璧すぎると逆に怖いものがあるぞ。
「OK〜。いつでも出れるよ。」
そう言ってにーっと笑う涼太は、既に戦闘モード。
「おし、じゃあそろそろ行くか・・・と、その前に、そのネックレスは外せ。代わりにいい物をやる。」
ポケットからゴソゴソとダイヤのペンダントを取り出した俺は、それを涼太の首に付けた。
「これは?」
目をしばたかせ、不思議そうに俺を見る涼太。
「今日買って来た。俺からお前にプレゼントだ。社長令嬢なんだから、これくらいの物は付けてろ。」
あっさり返した俺に『なるほど。』と頷いた涼太は、自分の首に付けられた高そうなダイヤのペンダントをじっと眺めていた。
「そうだ、涼太、行く前にもうひとつ。俺のことは、今から『樹』って呼べ。いいな?俺が蓮の前で使ってる偽名だ。」
「『樹』?おぅ、分かった。樹だな。」
「あぁ。くれぐれも、『拓海』って呼ぶんじゃないぞ?・・・じゃ、行くとするか。」
こうしてマンションを出た俺達は、蓮と待ち合わせしている店へとタクシーで向かった。
蓮の待っている店に到着したのは、10時を10分ほど過ぎた頃。
店のドアの前に立った俺は、隣りで緊張している涼太の肩をそっと優しく抱いて声をかけた。
「大丈夫。大丈夫。俺が付いてる。いいか、愛里。行くぞ。」
「うん。」
涼太の返事を聞いてからゆっくりとドアを開けた俺。
広がった視界の先には、前回と同じくカウンターに座り、俺達を待つ蓮の姿があった・・・。
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