【41話】 ミッション1 〜片桐 蓮という男〜
沢村の屋敷からマンションに戻り、玄関のチャイムを鳴らした途端、中からバタバタと音が聞こえた。
むむっ、嫌な予感がするぞ。・・・と思った瞬間!ガチャっとドアが開き、何かががばっと俺にくっついた。
ぎゃっ!!
「たっくみぃ〜〜〜〜〜!!!!おっかえりぃ〜〜〜〜〜」
にへにへしながらくっついてきた犯人は涼太。
うぬぬぬぬぅ〜〜〜。
「だぁ〜〜〜〜〜!!!暑苦しいからくっつくなボケ〜〜〜〜!!!離れろぉ〜〜!!!」
俺は断言するぞ。絶対、こいつの前世は犬だ。
しかも、飛びついて飼い主をベロベロ舐めまくる、どうしようもなくうっとおしい犬だ!
間違いない!!
すりすりくっつく涼太を突き放し・・・ぜえぜえと荒い息をした俺は、不機嫌満開でズカズカと部屋に上がった。
まったく。何で俺が、自分の家に入るのにこんなに疲れなきゃいけないんだよ。
「拓海ぃ〜、そう怒るなよ〜。いいじゃん。幼馴染なんだし〜。」
後ろから軽やかに追って来た涼太が、涼しい顔でひょうひょうと言ってのけた。
「『幼馴染だからいい。』だと??何がどういいんだ!?15文字以内で簡潔に言ってみやがれ!っつーか、さっきから手に持ってるそれは何だ!?」
リビングに入ったところで足を止めて涼太の手を指差すと、にーっと幸せそうな顔の涼太が持っていた紙をぴらっと広げて見せた。
それは、俺が冷蔵庫に貼っておいたピザの宅配チラシ。
むむっ。ピザのチラシ??
「今日の晩飯、ピザにしようと思ってさ。やっぱ、ワインにはピザっしょ??なぁなぁ、どのピザにする?拓海ぃ〜。俺は、このシーフード山盛り乗っかったやつがいい〜〜〜〜。おし、決定。これにしよ〜。うんうん。」
超ご機嫌にメニューの相談を持ちかけた涼太は、俺が答える間も無く勝手に決めてしまった。
・・・。
「お前なぁ〜〜、『どれがいい?』って聞いときながら、勝手に決めてんじゃねえよ。」
ったく。勝手に決めるなら、最初から俺に聞くなっつーの。
「だって、これが食いたい・・・。」
チラシを見せて必死にうるうる訴える涼太に、ため息しか出ず・・・呆れてしまった。
ピザ如きで・・・。
「あ〜〜もう、分かった分かった。お前の好きに注文しろ。」
呆れ果てていい加減に返事をし、ソファに座ろうとスーツの上着を脱いだ拍子に、ポケットの中の『蓮』の写真がひらひらと床に落ちた。
うげっ。ちゃんと入って無かったのか。
慌てて取ろうと手を伸ばしたが、涼太の方が一瞬早かった。
「んん?何だ??この写真。誰だこいつ??」
右手に写真・・・左手にチラシを持った涼太が、マジマジと『蓮』を見て言葉を吐いた。
まずい。適当な言い訳で誤魔化さねば。
「あ、あぁ、それは敵対してる組の男の写真だ。うちの若い奴がそいつにやられたらしくてさ。今度絞めてやろうと思ってな。」
「ふ〜ん。何だ、出かけてた先って『銀龍会』だったのか。」
「え、あぁ、まぁ。」
素直に納得している涼太に曖昧な返事をした俺は、彼から写真を取り上げソファに腰を下ろした。
ふぅ・・・、焦った。でも、あっさり信じてくれて助かったぞ。
煙草を吸いながら写真をじっと眺めていると、ピザの注文を終えた涼太が俺の横にちょこんと座り同じように写真を見入った。
「なぁ、拓海。こいつ、ほんとに『ヤクザさん』か??俺には、ただの『うさんくさい結婚詐欺師』にしか見えないぞ。」
え?
写真を指差し普通に素で言った涼太に、俺は堪えきれず噴出した。
う、うさんくさい結婚詐欺師・・・。
そのネーミングぴったりすぎだぞ。
「ひゃはははは・・・。それいい。よし、今からこいつのことは『うさんくさい結婚詐欺師』と呼ぼう。うんうん。あはははっ。」
ひとり大笑いしながら頷くと、さっぱり分からず笑いについて来れない涼太が俺をじっと見つめ・・・目をしばたかせていた。
あ・・・。
「すまん、すまん。あまりにもぴったりなネーミングをお前がつけたもんだから、おもしろすぎてさ。」
落ちそうな煙草の灰を灰皿に移しながら言うと、『おお!俺のネーミング、採用??』と、涼太が目をキラキラと輝かせた。
「あぁ、採用。採用。」
ほんと、『うさんくさい結婚詐欺師』なんて、似合いすぎだぞ『片桐 蓮』。
笑える。
「そいじゃあ、ぴったりなネーミングつけたご褒美にひとつお願い聞いてくれ。拓海。」
俺の両腕を掴んでにへにへ言う涼太に『お願い?』と聞き返すと、うんうんと頷かれた。
「何だよ?」
ちょっとだけ嫌な予感が・・・。
「今夜、俺が拓海の寝室で寝る許可をくれ。だって、あのベッド、ふかふかで寝心地がいいんだよ。な?な?頼むよ、拓海ぃ〜〜。大丈夫!今度は蹴らないからさ。」
両手を合わせてお願いポーズをしながらちろっと俺を見る涼太。
うっ、い、嫌だ。
だって、こいつが蹴らないワケがない。
また地獄を味わうのか、俺は・・・。今度背中蹴られたら、間違いなく骨折するじゃないか。
いや、それより、蹴られてベッドから落とされたら、せっかく治った足がまたとんでもないことに・・・。それでなくても、まだプレートで固定されてる状態なのに。
うぅっ・・・。
あ、でも、ちょっと待てよ。よく考えたら俺・・・今夜出かけるんだった。
あははっ。
「分かった。お前の好きなところで寝ろ。」
「いいのかぁ〜??やりぃ〜。そうと決まれば荷物を持って行かねば。」
ご機嫌にソファを立って荷物を抱えた涼太は、いそいそ寝室へ駆けて行った。
やれやれ。
その後間も無く配達されてきたピザと、涼太の持ってきたワイン2本・・・それと冷蔵庫に入っていた生ハムをサラダにして、二人でダラダラ喋りつつ夕食を堪能し・・・食い終えたのは22時頃だった。
ワインの飲みすぎですっかりダウンした涼太は、ソファに持たれて視線が定まっていない。
「たくみぃ〜・・・もう飲めない・・・」
「はいはい。もう飲まなくて結構だ。それより、頭痛薬飲んでおかないと、明日死ぬほど頭痛いぞ。ほれ。口開けろ。」
用意していたバファリン2錠を涼太の口に放り込み、グラスの水を飲ませた。
「う〜〜〜、たくみがぐるぐるまわってるぅ〜〜〜〜」
「飲みすぎなんだよ、お前は。」
2本あったワイン、ほとんどひとりで飲みやがって。
俺の退院祝いじゃなかったのかよ。
「にひゃひゃひゃひゃ〜、たくみぃ〜〜〜、ベッド〜〜〜〜」
両手を伸ばして『連れて行け』とねだる涼太に、思わずはぁ〜っとため息をついた。
何で俺が、野郎をベッドに運ばなきゃならねえんだ。
あぁ、これがお嬢様だったらいいのに。
そしたら、速攻ベッドへ連れてって・・・いや、このままここでキスをしながら服を脱がして、その後、あのマシュマロみたいな柔らかい胸にかぷっと・・・その先は・・・へへへ・・・へへへへっ。
はっ!俺としたことが、また煩悩に走ってしまった。
うっ、しかもよだれが・・・。やばい、俺もだいぶ酔ってるのかな。
シャワー浴びて酔いを冷まさないと・・・。
「ほら、負ぶってやるから掴まれ涼太。ベッド行くぞ。」
「たくみぃ〜〜、そいね〜〜〜。そいねして〜〜〜〜〜」
俺の背中にべちょっとくっつき両手を首に回した涼太が、子供のように駄々をこねた。
むっ。
「んなもんするかボケ。」
「じゃあ、おやすみのちゅ〜〜〜。う〜〜〜〜っ」
「ばかたれ!何で俺が、お前にそんなことせにゃならん!!そんな趣味はないわ!!」
何が『おやすみのちゅう』じゃ!気持ち悪すぎて、鳥肌がたつだろうが!
くっついたまま背後から『う〜〜〜っ』とキスを迫る涼太の頭を、思いきりべしっと平手でしばいた。
「いた〜〜い!!たくみがたたいたぁ〜〜〜〜〜。ぼうりょくはんた〜〜い。」
うぬぬぬ〜〜、この酔っぱらいめ。
「やかましい!!!これ以上殴られたくなかったら、さっさとおとなしく寝やがれ!」
この野郎。本気でぶっ飛ばすぞ。
「ひゃひゃひゃひゃ〜〜〜〜〜。」
「何が『ひゃひゃひゃ』だ。このまま息の根を止めるぞ。てめえ。」
拳をわなわな振るわせつつ怒号したものの、『酔っぱらい涼太』はにひゃにひゃ笑うだけ。
うぅ〜〜〜〜、このでろでろの酔っぱらいが〜〜〜〜。
はぁ・・・、やめよう。こんなところで無駄にエネルギー消費してる場合じゃない。さっさとこいつを寝かせて出かける用意をしないと。
やれやれと大きなため息をついた俺は、泥酔状態の涼太を寝室までズルズル運んで寝かしつけた後、早速出かける準備に取り掛かった。
シャワーを浴び・・・寝室で服に着替えていると、物音に気付いた涼太が目をこしこししてこっちを見やった。
「ん〜〜〜、たくみ、どっかいくのか?」
「ん?あぁ。ちょっとな。でもすぐ戻る。だからお前は寝てろ。」
「ふ〜ん、おやすみぃ〜〜」
目を開けてるのがやっとな状態の涼太は、それだけ言って再び夢の世界へと旅立って行った。
はははっ。ありゃ、かなりワインが効いてるな。
さて、服も髪型もOK。香水は・・・と、お嬢様からもらったものはまずいか。
以前使ってたやつにしよう。
きっと奴のことだ、女連れなのは間違いない。
『女に一度も振られたことが無い』・・・。上等だぜ。お嬢様以外の女に興味は無いが、今回は特別だ。俺様が、『片桐 蓮』・・・貴様の女・・・いただいてやろうじゃないか。ふっ。
香水を振ってばっちりお出かけモードに切り替えた俺は、リビングへ移動し『財布・鍵・ケータイ』を持った後、煙草とライターに手を伸ばして止めた。
「ぎゃっ、煙草2本しかないじゃん。う〜〜、仕方ない。行く途中に買うか。」
あ、でも待てよ。
確か、悠斗情報では『片桐 蓮』も煙草を吸う奴だったな。それなら、煙草は奴から拝借するとしようか・・・。ふふっ。
「さてと、じゃ、お出かけと行きますか。」
タクシーで向かった先は、駅からそんなに離れていない一軒のショットバー。
「ここだな。悠斗が言ってた店は。おし、入るとするか。」
なるべく感情的になるんじゃないぞ、拓海。クールに行こう。クールに。
胸の奥で自分に言い聞かせてからそっとドアを開けて中に入ると、意外と雰囲気がいいのに驚いた。
へぇ、いい感じの店じゃん。
「いらっしゃいませ。」
店員の声を耳にしながらそれとなく席を伺うと、カウンターには『片桐 蓮』の姿。
おっ。いたいた、あいつだ、間違いない。ん?一人・・・か?
気になって、奴の隣りの席を見てみたがグラスは無い。
絶対女連れてると思ったんだけどな。ま、いっか。
涼太ネーミングの『うさんくさい結婚詐欺師、蓮』は、早く逃げたそうにしている店員を無理矢理捕まえ、何やらひとりで話しに盛り上がっているようだった。
う〜〜ん。ありゃ、結構酔ってるぞ。ま、その方が俺としては好都合だけど。
早速カウンター席に移動した俺は、『蓮』からひとつ椅子をあけた席に腰を下ろした。
「お飲み物は何になさいますか?」
カウンター越しから、俺と似たり寄ったりな年齢の男性店員が笑顔で声をかけた。
「ん〜、そうだな・・・。あ、なぁなぁ、あんたの飲んでるそれ、うまい??」
いきなり蓮へと会話を振ると、ひとりベラベラ話しに弾んでいた彼は、話を中断し俺へと顔を移した。
「んあ?あぁ、これ?超うまいよ。最高〜。」
手にしたグラスを俺に見せてにへにへする蓮は、そのまま美味そうにカクテルを喉に流し込んだ。
「へぇ。じゃあ、俺も彼と同じので。」
いい加減な俺の注文に『かしこまりました。』と笑顔で答えた店員は、早速蓮と同じカクテルを作り始めた。
「何だかご機嫌だね。あんた。」
煙草を一本取り出し吸いながら声をかけると、蓮は『え?分かる〜??』とにへにへ顔。
分かるに決まってんだろ。その緩みきった顔見りゃ。
「何か楽しいことでも??」
「有り、有り、大有り〜。今もその話しててさ。」
ヘラヘラ笑いつつ言う蓮に『へぇ、そうなんだ??』とちょっと興味あり気に言葉を返してやると、彼は『まぁ隣りに座れよ』とでも言いたげに手招きした。
はははっ。『こっちに来る』んじゃなくて、『こっちに来い』かよ。
呼ばれるままに彼の隣りに移動した途端、奴の話しは始まった。
「俺、今、付き合ってる女が6人いるんだけどさ、そのどの女もこれがまた『バカ女達』でさぁ〜。俺の嘘、ぜ〜〜んぶ真に受けてやんの。笑えるだろ??それに、こっちが本気じゃなくても、あっちが本気で俺に惚れてるもんだから、ちょっとねだれば、面白いくらいにほいほい貢いでくれる。ほんっと、女なんて、バカで単純な生き物だよな〜。ひゃひゃひゃ〜。」
自慢話をしてニヤニヤする蓮に呆れた俺は、思わずふんっと小さく鼻で笑ってしまった。
付き合ってる女が6人ねぇ・・・。俺なんか両手じゃ足りなかったぞ。ま、それは置いといて。
その6人の中にお嬢様も入ってるってことか。
ほんと、涼太のネーミングはぴったりだ。まさしく『うさんくさい結婚詐欺師』だぜ。
お嬢様、君はこの男の何処に惹かれたんだ??俺には、さっぱり分からないよ。
「な〜んだ、それ系の話しか。それなら俺も同感。ほんと女って、扱いちょろいよな。甘くねだれば、すぐに貢ぐし。ちょっと優しくしてやれば、その気になって速攻抱かせてくれる。」
片手で頬杖をつき、とりあえず話を合わせてやったのと同時に、蓮が俺の肩をがしっと抱いた。
ぎえっ。気安く触るんじゃねえよ!
さり気なく蓮の手を放すと、彼はそれにまったく気を留めず喋りだした。
「そう!そうなんだよ!やっぱ、こういう話は男前同士だと通じるんだな。さっきの店員にしてもちっとも分かってくれなくてさ。盛り上がりに欠けたんだよ。いや〜、あんたとは話が合いそうで嬉しいよ。あ、俺、片桐 蓮。25。あんたは??」
仲間を見つけたとばかりに超ご機嫌で尋ねかけた蓮は、テーブルに置いていた煙草へと手を伸ばした。
「へぇ、俺も25だよ。名前は、栗山 樹。よろしく。」
煙草を揉み消しながらポーカーフェイスで答えると、蓮が煙草を咥える前に俺を見返し声をあげた。
「えっ!?そうなんだ???同じ年なんだ??うっひゃ〜、すごい偶然。これも何かの縁かな。へぇ、樹ってのかぁ。かっこいい名前じゃん。そうだ、俺のことは蓮って呼んでくれよ。俺も樹って呼ぶからさぁ。」
お嬢様対策の為に名乗った俺の偽名を、まったく疑うことなくあっさり信じ込んでしまった蓮は、すっかり俺とお友達モード。
俺が思うに、女がバカってより、お前が一番バカだと思うぞ。
にしても、今ふと思ったけど、今夜の店代って経費で落としてくれるかな、悠斗の奴。
明日屋敷行ったら、あいつに交渉してみるか。念のため、領収書貰っておこうっと。
「分かった。じゃあ俺も蓮って呼ぶ。あ、そういや蓮、さっき『俺の嘘を女が真に受けてる』って言ってたよな?嘘って?」
それとなく質問を投げかけてからカクテルを口に運んでいると、蓮が再び自慢げに話を始めた。
「あぁ、あれ??俺、『俳優の卵』って嘘ついてんだよね。ほんとはただのフリーター。けど、女って疑うこと知らなくてさ。あっさり信じるんだよ、これが。笑っちゃうだろ??」
へ?
『俳優の卵』じゃなく、ただのフリーター?
おいおい、話が違うじゃねえか。
天下の沢村の『国家機密部隊』も意外と当てにならず・・・か?
しっかし、酔ってるせいかペラペラとよく喋る奴だぜ。
俺としちゃ、楽だけど。
「まぁ、女って、そういう『夢に向かって頑張ってる男』に落ちやすいからな。」
ふっと鼻で笑い答えた俺を、蓮が突然ばしばしと叩いた。
んぎゃっ!いでええ!!!
「そうそう!!樹、分かってんじゃん〜。っつーことは、お前もこの手使ったことあり??」
にまにま聞き返す蓮に『まぁな。』と含み笑いをしながら、腹の底では怒りに燃えていた。
くそ〜〜、ばしばし叩きやがって!
「なぁなぁ、樹は、女にどんな物貢がせたんだよ??」
俺の腕を掴み、興味津々の瞳を向ける蓮。
そんな彼に答える前に、煙草を吸おうと取り出したが空だった。
「すまん、蓮。煙草くれないか?空になっちまって。」
「あぁ、いいぜ。ほら。」
快く自分のを差し出した蓮は、ライターまで貸してくれた。
「さんきゅ。ん〜、とりあえず、身に付けるもの一式だろ?家に置く家具家電すべてだろ。それと一番グレードの高いベンツ。あとは、今住んでるマンション・・・かな。」
貰った煙草に火をつけ、にこにこご機嫌に吸いながら嘘を並べ立てると、聞いていた蓮は瞳を輝かせていた。
「ひゃ〜、すっげえなぁ、樹って。俺なんてお前に比べたらまだまだ序の口だよ。なぁなぁ、何処のどんな女落としたらそんな風になるんだよ??」
バカ女同様、俺の嘘をまるっきし信じ込んで身を乗り出し質問を続ける蓮が妙におかしくて、ついつい笑いそうになってしまった。
ダメだ、笑うな拓海。お前は今は『早瀬 拓海』じゃなくて『栗山 樹』だ。
演じきれ。
「ん?あぁ、医者の娘とか。親がホテルやレストラン経営してるところの娘とか。代議士の娘とか。ん〜、あぁ・・・あとは、財閥のお嬢さんとか・・・かな。他にもいっぱいいたけど、忘れた。」
適当に事実と嘘で塗り固めた俺の科白に、蓮が更に興味を持ったようで言葉を挟んできた。
「樹、すっげえじゃん。なぁ、今度俺にも紹介してくれよ。」
「え?あぁ、いいぜ。じゃあ今度紹介してやるよ。ひとり『いいとこのお嬢さん』知ってるんだ。でもお前も、そういう『いいとこのお嬢』に手出したりしてるんじゃないのか??蓮。」
「え?俺??へへへん。実は、今ひとりキープしてるんだ。財閥のお嬢さん。これがまた、すっごいとこのお嬢でさ。樹知ってるか??『沢村財閥』って。そこのお嬢さんなんだ。しかも、超可愛い女!でも、所詮は19のお子様だぜ。騙して貢がせるのなんざ、ちょろいもんだ。」
俺の誘い込んだ罠にあっさり引っかかり、ペラペラと自白した蓮。
吐きやがったな『うさんくさい結婚詐欺師』め。お嬢様を誑かしおって!!
しかも、お嬢様のことを『所詮19のお子様』とは聞き捨てならん!
そりゃ、お嬢様はちょっとお子様っぽいところはあるけど、でも世界一お可愛い上に、すごくすごく優しい子なんだ!!
食べれない物を『ちゃんと食べれるようになってほしいから』って言ってくれるし、『早く治るといいね。』って手を撫でてくれる。
ベッドから落ちた時だって、『大丈夫?』ってすごく心配そうな顔で背中を擦ってくれた。
桜さんのお誕生パーティーの晩だって、『お腹減ってるだろうと思って。』って俺にだけサンドイッチを持って来てくれた。
それに、海水浴行く時だって、『ひとりぼっちでご飯食べるの寂しいから、早瀬も一緒にバーベキュー食べよ。』って言ってくれた。
他にもいっぱいいっぱい、い〜〜っぱいあるんだ。
そんな優しいお嬢様を平気で騙して、物や金を巻き上げるお前が・・・俺には凄まじく許せない。
絶対に許すものか!!
「樹?どうかしたのか?」
無言の俺を覗き込み、不思議そうに首を傾げつつ声をかけた蓮の言葉で、ハッと我に返った。
「えっ、あぁ、何でもない。ちょっと驚いてただけだよ。沢村財閥って言ったら超有名財閥じゃないか??そんなとこのお嬢さんと、よく知り合いになれたな??」
更に情報を聞き出す為に突っ込んで問うと、蓮は『へへへっ』と笑い・・・お嬢様の話しを続けた。
「俺の知り合いの彼女が大学生でさ、合コン企画してもらったんだよ。そしたら、そこに偶然来たんだ。その令嬢が。これは手に入れなきゃいけない金づるだろ??」
合コン?友達の紹介じゃなかったのか??
まぁ、それはいいとして、俺のお嬢様を『金づる』・・・だと。
「へぇ、そうなんだ?でも、財閥のお嬢さんでそんなに可愛いなら、合コン行かなくても彼氏出来るだろうに。何で来てたんだろう?」
カクテルを一口飲んで言葉を挿すと、蓮が同じようにカクテルで喉を潤してから口を開いた。
「さぁ、詳しくは俺も知らないけど。でも何か、ショックなことがあったらしいぜ。それで合コン来たって言ってた。」
ショックなこと?
何だ??何があったんだ??
でも、それで自棄になって合コン行くってことは、相当ショックな何かがあったに違いない・・・。
お嬢様・・・。
「ふ〜ん、ショックなことねぇ。でも、そのおかげでラッキーだったじゃん、蓮。いい金づる捕まえたんだし。」
平然と返す俺に、蓮はへへへっと笑った。
「あぁ、当分あの女は手放す気は無いよ。とことんまで貢がせるさ。」
とことんまで・・・。
ふざけんな。そんなこと、俺が絶対させねえ。
「なるほど。ま、そうだろうな。で?実際どのくらい貢がせたんだよ?その令嬢に。」
にんまり顔で深い質問をすると、蓮はにま〜っと顔を緩ませた。
「結構貢がせたぜ〜。ブランド物の品から始まって、ほんといろいろ。数えられないくらい。ちなみに、今日も貰った。へへっ。けど、それもそろそろ飽きてきたし、樹みたいにいっそのことマンションか車買わせるのも有りかな。あ、そうだ、樹にも彼女の知り合い紹介させようか??きっと、お嬢さんの知り合いは『お嬢さん』だろうしさ。」
ふふっと何かを企んだような笑みをした蓮が、俺ににまにまと告げた。
ばーろー。お嬢様の友達が『お嬢さん』なのは知ってんだよ。ちなみに名前は『桜』さんだ。
ふんっ。
しかしお嬢様・・・、何でそんなにこの男に貢いでるんだろう・・・。
ほんとに、この男が好きなのか??何か、そうじゃない気がするのは俺だけか・・・?
「いや、俺は遠慮しとくよ。お嬢さんってのは、我がままで疲れる。」
カクテルを飲み干ししみじみ言った俺に、蓮がくすくす笑い出した。
「何か、もううんざりって感じだな、樹。でも、俺にはその、お前の知ってる女、紹介してくれよな。俺はまだまだ、女を騙し足りないって感じなんだ〜。へへへっ。あ、おかわり〜。次は水割りで。」
にっと笑って答えた蓮は、店員に水割りを注文してご満悦に煙草を吸っていた。
「はははっ。はいはい。ちゃんと紹介してやるよ。」
あぁ、紹介してやるさ。最高にいい女をな。
「約束だぞ、樹。あ、そうだ、俺のケータイ番号教えておくよ。樹のも教えてくれ。」
徐にケータイを取り出した蓮が、俺にそれを渡した。
「あぁ。分かった。じゃ、お前の登録したら一回そっちに鳴らすよ。」
早速蓮の番号を自分のケータイに登録し、約束どおり一回奴のケータイに電話を鳴らして着信を残した。
「さんきゅ。じゃ、樹のも登録しとくよ。」
届いた俺の番号を嬉しそうに登録している蓮を横目に、俺は店員にワインを注文してから、更に探りを入れるべく口を開いた。
「なぁ、蓮。お前、フリーターだろ??親は何も言わねえの?」
「へ?親?あぁ、何も言わないよ。うちの親、一応会社経営してるんだけど、借金まみれなんだ。だから息子に、偉そうなこと言えた義理じゃないんだろ。何か親が言うには、先祖は『旧華族』っての??そういうのだったらしい。けど、今じゃ全然そんなの見る影無しって感じ。潰れかけてる親の会社なんか継ぎたくないし、それよりは、このルックス利用して女騙して『うはうは生活』する方が、楽でいいじゃん??だから、実家出て一人暮らし中。でも一応肩書的に『旧華族』と『社長の息子』ってのは使わせてもらってるけどね。」
自分のことをいともあっさりペラペラ話した蓮は、煙草を咥え火をつけた。
「へぇ、そうなんだ?実は、いいとこのお坊ちゃんなんだ?蓮って。」
なるほど。
『旧華族』で『社長の息子』なのは、一応本当なのか。
「そんなことねえよ。ただの『女騙して生活してるどうしようもないフリーター』だよ。それより、ほら。」
そう言ってふふふっと笑った蓮は、俺の番号を登録したケータイをとっても嬉しそうに見せた。
そこには『たつき』とひらがなで登録され、俺の番号が登録されていた。
「あははは。そんな嬉しそうに見せてくれなくても。」
「いいじゃん。俺さ、ちゃんと友達出来たの初めてなんだ。」
笑いながら言った蓮の横顔は、ちょっぴり切なそうだった。
え・・・。
「でもさっき、『知り合い』に合コン企画してもらったって言ってたじゃん??」
確かそう言ってたよな?
不思議に思い突っ込み聞くと、蓮は苦笑しつつ口を開いた。
「知り合いって言っても、時々行く飲み屋の人でさ。ほんとは、ただの顔見知り程度なんだ。」
ただの顔見知り・・・。
「そっか。」
「そ。変だろ?俺。25で、一人も友達いないんだぜ。笑えるよな。・・・はははっ。」
けろっとした顔で言い放った蓮は、水割りをこくっと一口飲んでから・・・少し寂しげに笑った。
「別に変じゃないさ。じゃあ、俺はお前の友達第一号ってワケだな??」
ふふっと笑みを向けて穏やかに告げる俺を見て、蓮が嬉しそうに頷いた。
「あぁ。樹が、俺の友達第一号。」
へへっと照れ笑いを浮かべた蓮に、『じゃあ、祝第一号に乾杯〜』とワイングラスを持って見せると、彼は『乾杯〜』と水割り入りのグラスをかち合わせた。
こいつ、根はいい奴・・・なのか??
でも、まだ油断は出来ない。これも嘘かも知れん。
こくこくとワインを飲んでいる俺に、ふいに蓮が話しかけた。
「樹は、何の仕事してるんだ?」
「え?俺?普通にサラリーマン。」
間違ってないぞ。運転手もサラリーマンだ。
「そっか。じゃあ、明日は日曜だし休みだな??二軒目行こうぜ。」
にこにこ誘う蓮の言葉を適当に聞きながらケータイを開くと、既に深夜2時。
んぎゃっ!!
早く帰らねば。『明日待ってるね。』ってお嬢様に言われてるのに。
「悪い蓮!明日用事あるんだ。だから、今夜はそろそろ帰るよ。じゃ・・・」
そう言って慌てて席を立って帰ろうとした俺の腕を、蓮が掴んで引き止めた。
え・・・。
「樹、また連絡してもいいかな??こうやって、またお前と一緒に酒飲みたい。」
蓮・・・。
「おぅ。俺も一人暮らしで寂しいから、また暇な時に連絡するよ。それじゃ、おやすみ。お前もいい加減帰って寝ろよ、蓮。」
笑顔で蓮に手を振った俺は、彼から離れた後・・・店員に領収書を書かせ、店から出るなりタクシーを拾ってマンションへ急いだ。
あいつ・・・、ほんとは寂しがりやなだけなのかな?
ま、もう少し探ってみる必要はありそうだな。
そんなことより、明日・・・いや、今日起きられるかなぁ・・・。
不安だ。