【35話】 お嬢様と俺。 2 (幸せな時間・・・)
翌日、朝・・・。
お嬢様に会える嬉しさで、結局一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった。
「う〜〜、俺って、もしかしなくてもめちゃくちゃ単純すぎ・・・だよな。」
お嬢様に会えるだけで興奮して眠れないなんて。
自分自身に呆れながら朝食のメロンパンにかぶりついたところで、突然ガラガラとドアが開いた。
ん?
メロンパンを咥えたまま視線を向けるとそこにいたのは圭兄。
「ふぇーにぃ・・・(圭兄)?」
「おはよう、拓海。・・・何だお前、その顔。目の下に隈が出来てるぞ。さては寝不足かぁ〜??」
入って来るなり圭兄は、俺を見てニヤニヤ笑って声をかけた。
むっ。来ていきなり笑うか。おのれ。
「笑うな。俺にもいろいろ事情ってのがあるんだ。」
そうだ、いろいろあるんだ。俺にだって・・・。
「ふ〜ん、事情ねぇ・・・。『お嬢に会えるのが嬉しすぎて寝れなかった』っていう事情か?」
口端をついっと上げ・・・にまにまと視線を細めながら図星を言い当てた圭兄。
うぐぐぐぅ〜〜。
そんなハッキリ言わなくてもいいじゃないか。
圭兄のボケ〜〜。
「い、いいだろ、どんな事情だって・・・。それよか、何で圭兄来たんだよ??今日は誰も来るなって言っといただろ。」
まったく。分かってる癖に何で来たんだよ。
「ん?だって、一般の面会は午後2時からじゃないか。それまではいても大丈夫だろ?な〜に、お嬢が来る前にはちゃんと帰るよ。心配するなって。」
さらりと言ってのけた圭兄は、俺の頭を軽くポンと叩き椅子に腰を下ろした。
・・・そうか。一般の面会って、午後2時からだっけ。
俺としたことが、すっかり頭から抜けてたぞ。
「あぁ、そうだ拓海・・・」
コーヒー牛乳をすする俺に、思い出したように圭兄が声をかけた。
「んっ?」
「明日、北秦会のボスが見舞いに来ることになったから。」
へ?
北秦会の・・・ボスが・・・見舞いに来る?
はぁ??見舞いに来るだとぉ〜〜〜!?
いつもの如く普通に話した圭兄に、思わず飲んでいたコーヒー牛乳を思いきり噴出してしまった。
「ぶーっっ!!げほっげほっ・・・。わ、亘おじさんが見舞いに来るのか!?ってことは、もしや・・・朋樹も??」
まさか、あいつまで一緒には来ない・・・よな?
「あぁ〜あぁ〜、布団がコーヒー牛乳だらけじゃないか。おまけに俺の顔にまで飛ばすなよ、拓海。」
持っていたタオルハンカチで自分の顔を拭く圭兄の胸ぐらを、ぐっと掴んだ。
「んなことより、朋樹も来るのか!?」
「ん?あぁ、一緒に来るそうだ。ちなみにうちのボスも来るぞ。」
当然とばかりにさらりと言った圭兄は、ハンカチで今度は布団を拭き始めた。
ぬぁにぃ〜〜〜!!
親父も来るだとぉ〜〜!?
うぅぅ〜〜、親父だけでも『いかにもヤクザです。』って感じなのに、亘おじさんと親父が一緒だと、他の患者にバレバレじゃねえか。
その上、そこに朋樹も来るって・・・。
うがぁ〜〜〜、もし回りまわって俺の素性が悠斗にでもバレたりしたら・・・、『お前は解雇だ。』って一言叩きつけられて・・・終わりだ。
ひぃ〜〜、そんなの冗談じゃねえぞ!!
「んん?拓海、どうかしたのか?」
顔色をコロコロ変えて頭を悩ませている俺を、不思議そうに圭兄が覗き込んだ。
「ばーろー!!どうかしたじゃねえ!!何で断ってくれなかったんだよ、圭兄!!亘おじさんと朋樹が見舞いに来て、病棟中に俺が『ヤクザ』だってバレたらどうしてくれるんだ!でもって、それが沢村の後継にバレたら・・・あぁ〜〜俺はもう終わりだぁ〜〜。お嬢様に嫌われるぅ〜〜〜。それどころか、一生お嬢様に会えなくなる〜〜〜。そうなったら末代まで祟ってやるからな〜〜圭兄〜〜」
朝食そっちのけで圭兄に吼えまくった俺は、布団に潜ってさめざめと泣いた。
だって、悠斗に俺の素性がバレたら即解雇間違いないんだ。
そしたら、お嬢様と二度と会えなくなるんだ。
お嬢様に会えない人生なんて、俺には死んだのと同じなんだ。
うぅぅっ。
「・・・あははは、そんな大げさな。分かった分かった。何とか理由つけて、退院後に快気祝いがてらうちへ来てもらよう頼んでみるから。だから泣くな。」
布団の上からポフポフと俺を叩いた圭兄が、呆れたような声で宥めた。
「ほんとだな??約束だぞ!!絶対そうしてくれよ、圭兄!!ぜ〜〜〜〜ったい、病院には来させるなよ!分かったな!?」
布団から顔を出し、射抜くように圭兄を見て言い放つと、彼は『はいはい。』と適当に返しながらくすくす笑っていた。
う〜〜〜、笑い事じゃねえ!俺には重大なことなんだ!
圭兄の阿呆。
頭からすっぽり布団を被ってしばらく不機嫌にしていると、根負けしたのか圭兄が俺の顔を覗き込んだ。
「笑って悪かったよ。だから、いい加減機嫌直してメシ食ったらどうだ??拓海。でもって、その後少し寝たほうがいいぞ。そんな顔でお嬢に会う訳にいかんだろ?ほら。」
優しく笑い俺の頭を撫でた圭兄は、スッと鏡を差し出した。
そこに映っていたのは、目の下にすごい隈を作った自分。
ぎゃっ。
う〜〜、確かに圭兄の言うとおり、こんな不健康そうな顔でお嬢様に会えないぞ。
ちょっとでも寝て寝不足改善せねば。
「そうする。」
一言だけ言ってもぞもぞ布団から起きた俺に、圭兄が食べかけのメロンパンを差し出した。
「やっと機嫌が直ったか。ほら、早く食べな。うっとおしい看護師の対処は俺が引き受けてやるから。」
「ありがと。」
ぼそっと返して圭兄から受け取ったメロンパンにかぶりつこうとしたその時、圭兄のお腹が『ぐぅ〜』っと鳴った。
へ・・・。
「あ・・・。」
お腹を押さえて苦笑いをした圭兄に、思わずくすくす笑ってしまった。
そういや圭兄、いっつも忙しくてちゃんとメシ食わないもんな。
「そうだ、圭兄。昨日翔太兄からシュークリーム貰ったんだ。冷蔵庫にあと三つ残ってるから食おうぜ。俺、一個でいいから圭兄に二つやるよ。」
「えっ、いいのか??実は今日、朝飯食って来なかったんだ。」
嬉しそうに答えた圭兄は、さっそく冷蔵庫からシュークリームの箱を取り出した。
そうして、シュークリームを一つと、それとは別に朝食のメロンパンとコーヒー牛乳とゼリーをたいらげて満足した俺は、うっとおしい看護師の対処を圭兄に任せ・・・ベッドに潜ってスヤスヤと眠りに落ちた。
午後・・・。
「さて、そろそろ面会時間になるから俺は帰るよ。」
椅子を立った圭兄が、俺の肩を軽く叩いた。
「あぁ、気をつけて帰ってくれ。明日のことは頼んだ。」
「任しとけ。何とかしておくよ。じゃ、お嬢によろしく。」
にっと笑みを浮かべて手を振った圭兄に、『どうよろしくなんだよ。』と突っ込むと、『いろいろ。』とだけ言い残され・・・帰られてしまった。
何だよ、いろいろって・・・。
圭兄が病室を出て行ってから時計を見やると午後2時。
「2時か。お嬢様、いつ来るのかな。」
早く来ないかなぁ〜。
ベッドから降りて窓際まで行き下を覗くと、病院に来る人の姿が小さく見える。
お嬢様、どうやって来るんだろう?
リムジンじゃないのは確かだろうけど。
もしかして、翔太兄が送って来るのかな??
あれこれ考えてにへにへしていると、ドアが軽く叩かれガラッと開いた。
お嬢様か??
「はい。」
にっこり笑顔で振り返った先にいたのは、うっとおしい看護師の一人。
がくっ。
お嬢様じゃないのか。
落胆する俺とは逆にツカツカと部屋に入って来た看護師は、にこにこの笑顔でさっそく口を開いた。
「早瀬さん、今日はいいお天気ですから、お散歩でも行きませんか?」
はぁ?散歩だと?んなもん、行く訳ないだろ。
お嬢様が来るってのに。
「ごめん。違う患者さん連れて行ってあげてくれるかな。俺はパス。」
笑顔で誘う看護師にあっさり断ると、彼女は『でもずっとお部屋にいると退屈でしょ?』と引く様子無し。
むっ。
パスって言ってんのが分かんねえのか。
「悪い、今日は面会が来るんだ。」
「でも、まだ面会の方って来られてないし・・・」
二度目の断りにも笑顔を見せて諦めない看護師。
そんな彼女の態度に、俺の中の線が切れた。
「面会が来るって言ってんのが聞こえないのか?来て誰もいなかったら失礼だろうが!んなことも分かんねえのかよ、あんた!ほら、邪魔だ、さっさと出て行け!」
「あ、でも、早瀬さ・・・」
有無を言わせず看護師の腕を強引に掴んで部屋の外へ追い出した俺は、ピシャッとドアを閉めた。
ったく、どこまでもムカつく女だぜ。
深いため息を吐いてからベッドに戻ろうとした矢先、再びドアが叩かれた。
むっ。
おのれ〜〜、しつこい奴め。
まだ諦めないつもりかよ。
「いい加減にしろよ!俺は、あんたみたいなしつこい女は大嫌いなんだ!」
ドアを開けて思いきり睨みつけて怒鳴った瞬間、全身の血の気がサーッと引いてしまった。
だって、目の前に立っていたのは・・・
「・・・お、お嬢様・・・」
「しつこい女?私??」
自分を指差しながら俺を見上げるお嬢様に、俺は即座に大きく首を振った。
「い、いいえ、ち、違います!お嬢様のことではなく、さっきの看護師のことで・・・。」
慌てて説明をすると、お嬢様はちらりと廊下の方へ視線を移し指差した。
「あ、もしかして、さっき私と入れ違いでナースステーションに戻って行ったナースのこと??」
そう言って首を傾げて聞くお嬢様にこくんと頷くと、彼女は『ふ〜ん。』と含み笑いをした。
「な、何ですか。その意味あり気な笑いは。」
「ううん。そういや、さっきナースステーションの横通って来たら、ナースの人たちが早瀬のこと話してたなぁ〜と思って。『早瀬さんって、背も高いし、すっごくかっこいいし最高〜。あんな彼氏欲しいな〜。あんな人の彼女になりたい〜〜』って言ってたよ。早瀬ってば、ナースにモテモテだね。いっそのこと、彼女にしてあげたら??」
にまにまと笑って俺を突くお嬢様。
そんな彼女の言葉が、胸に刺さって痛くて痛くてたまらなかった。
「からかわないで下さい。そんなつもりありませんよ。それより入り口じゃなんですから、中へどうぞ、お嬢様。」
さらっと返して中へ入るよう促した俺は、先にソファへと移動し腰を下ろした。
「あ、うん。そうそう、プリン買って来たの。冷蔵庫入れておくから、後で一緒に食べようよ、早瀬。」
にっこり笑ってプリンを見せたお嬢様に『はい。ありがとうございます。』とお礼を言うと、彼女はそれを冷蔵庫に入れてから室内を見渡した。
「早瀬のお部屋って、お花多いね。いい香り。これ全部お見舞い?」
「ええ、まぁ。でも、たくさんすぎて邪魔なんです。」
だって、足の踏み場に困るくらいあるもんなぁ・・・。
「え?そうなの?じゃあ、後でちょっとだけ貰って帰ってもいい?」
隣りに来て腰を下ろしたお嬢様は、俺に寄り添いじっと見つめて問いかけた。
うはっ。
そ、そんなくっつかれて見つめられたら・・・俺・・・。
ドキドキしながらお嬢様を見下ろすと、そこには薄っすらと汗の滲んだ胸の谷間・・・。
ごくっ。
あぁ、香水の香りと混じったお嬢様のにおいが・・・たまらなく俺を欲情させる。
くそ〜〜、この柔らかそうな胸に顔を埋めたい・・・。
出来るなら、服を脱がしてお嬢様を押し倒してしまいたい。
すぐそこにベッドもあるし、お嬢様を抱くくらい、片足使えなくたって俺には楽勝だし・・・。
はっ!俺としたことが、欲求不満満開じゃねえか。
ダメだぞ拓海。冷静になれ。冷静になるんだ・・・。
「早瀬?」
すっかり危ない世界に入っていた俺を引っ張り戻したお嬢様の声。
「あ、えと、構いませんので、帰る際にお好きなだけ持って帰って下さい。」
我に返り慌てて笑顔を向けて答えると、『ほんと?じゃあ、いっぱい持って帰る。』とお嬢様は嬉しそうに笑っていた。
うぅっ、やっぱすげえ可愛い。何も出来ないのが地獄だ。
しくしく。
「早瀬・・・」
心の中でさめざめ泣いていると、ふいにお嬢様が声をかけてきた。
「はい?」
「こうやって早瀬に会うの、2週間ぶりだね。」
え・・・。
しみじみ言うお嬢様に『そうですね。』とだけ返すと、彼女は俺を見上げて口を開いた。
「寂しかった?」
「え・・・。」
お嬢様・・・?
突然の質問にどう答えていいのか言葉を探していると、そんな俺を真っ直ぐ見たまま・・・お嬢様が更に口を開いた。
「私は、寂しかったよ。早瀬に会えなくて。」
優しく笑みを向けて吐かれた彼女の言葉。
聞いた瞬間、鼓動はドクンと跳ね・・・そのまま一気に加速した。
寂しかった?俺に会えなくて?
それって・・・どういう意味?
俺のこと、好きって思ってくれてるってこと?
それなら俺だって・・・。
「お嬢様・・・。早瀬も・・・寂しゅうございました。」
俺だって、すごく会いたかったよ、君に。
毎晩夢に見るくらい、会いたくてたまらなかったよ。
じっとお嬢様を見つめて真剣に告げた途端、彼女にがしっと腕を掴まれた。
えっ!?な、なんだ!?
「ほんと!?だったら、早く治って帰って来て。お願い。だってね、早瀬いないとつまんないんだもん。お出かけ出来ないし、暇な時の話し相手いないし。川凪はお兄ちゃんのお供で忙しそうにしてるし・・・。ほんっと、この2週間、仕事も終えちゃってす――っごく退屈だったんだから!早く帰って来てくれないと、お買い物にも行けないの。」
まるで溜まってたものを吐き出すかのように、ぶちぶちと俺へぶーたれたお嬢様。
へ??
お出かけに困る?暇な時の話し相手?
そ、それって・・・もしかして・・・。
「お、お嬢様・・・『早瀬に会えなくて寂しかった』と言うのは、それが理由・・・ですか?」
恐る恐る尋ねてみると、お嬢様は『そうだよ?』と当然の如く言って頷いた。
はうっ。
俺って単にお嬢様の『暇つぶし』な訳ね。
う〜〜〜お嬢様ひどい。
暇つぶしだなんて。
胸の奥で嘆き悲しんでいると、お嬢様が小さく息を吐いた後真剣な声で話しかけた。
「早瀬・・・、ごめんね。あの時、気付いてあげれなくて。」
「え・・・?」
あの時?
話しが見えず目をしばたかせると、お嬢様はそのまま話を続けた。
「ほら、海に行った日のこと。私ったら自分のことでいっぱいで、早瀬の足のこと気付いてあげれなかった。ほんとは、もっと早くこうやってちゃんと早瀬の顔見て謝りたかったの。ほんとにほんとに、ごめんね。ダメな女だよね、私。」
謝ったお嬢様は、俺を見てぺろっと軽く舌を出し苦笑いをした。
お嬢様・・・。
「いえ、お嬢様は何も悪くありませんから、謝るのはおやめください。それに、夕べ電話でも申しましたとおり・・・」
「『お嬢様をお守りするのが早瀬の仕事ですから』でしょ?」
俺が言う前に科白を奪ったお嬢様。
「はい・・・。」
頷きながら俺は、ぐっと拳を握った。
違うよ。ほんとはそうじゃないよ。
仕事だから守るんじゃない。好きだから守りたいんだ。
でも、それは口に出すことを禁じられた言葉・・・。
「お嬢様・・・」
「ん?なぁに?」
「お嬢様は、本当によろしかったのですか?宮野くんと別れて・・・」
ちらりとお嬢様へ視線を移して問いかけると、彼女はふぅっと軽く息を吐いた。
「いいから別れたの。だって私、平野さんみたいに宮野くんを好きにはなれないよ。どうしても、友達以上には思えなくて。」
俺を見返して答えたお嬢様は、吹っ切れたようにとても晴れやかな顔をしていた。
「・・・そうですか。では、どうして、今お好きな方に告白されないのですか?」
夕べの電話からずっと気になっていたことを質問した途端、お嬢様はくすっと笑って涼しい顔を向けた。
「だって出来るわけないじゃない。そんな人いないもん。」
え・・・。
いない?
でも・・・。
「ですが、海水浴に行った際にお聞きした時は・・・」
確かに、あの時恥ずかしそうに真っ赤になってたはず。
「いないものはいないの〜。」
思いっきり意地悪な瞳を向けたお嬢様は、俺にふふふっと笑いかけた。
「そうですか。でも、お嬢様でしたらすぐに新しい彼氏がお出来になりますよ。」
彼氏なんか作らないでくれ。
君が他の男を見ると、胸が苦しくてたまらなくなる。
声に出せない言葉たちが、胸を埋めつくして溢れそうなのを必死に堪えた。
「さぁ、どうだか。出来たって、またライバルがいて、崖から突き落とされたり他の嫌がらせされるかも。」
小さく答えたお嬢様は、ちょっぴり切なそうな潤んだ瞳を俺へ向けた。
お嬢様・・・。
「させませんよ、そんなこと。その時はまた早瀬がお助けします。」
お嬢様の肩をそっと抱き寄せ髪を撫でると、彼女は俺に寄りかかった。
「うん。頼りにしてるよ。私のボディーガードさん。」
「はい。お嬢様の身に何かあった時は、必ず早瀬が助けに参ります。お約束しますよ。」
たとえ、この気持ちが届かなくても、愛してる君を俺は命を懸けても守ってみせるよ。
絶対に・・・。
「じゃあ、約束のしるしに指きり。」
俺から離れたお嬢様は、そっと小指を出した。
「はい。必ず、お約束します。」
自分の小指をお嬢様の小指に絡めて指きりをした後、俺は大事なことを思い出した。
「あ、そう言えばお嬢様、病院の中を案内するって昨日お約束しましたよね?そろそろ行きましょうか。」
「あ、そうだった。忘れてた。じゃあ、私が車椅子押してあげる。」
俺より先にソファを立ったお嬢様は、いそいそと車椅子を取って来ると俺の傍に置いた。
えっ。
「そ、そんな、お嬢様に押していただくなど、とんでもございません。松葉杖で十分です。」
手を振って断った俺をがしっと掴んだお嬢様は、『いいの。ほらほら。』と俺を引っ張り、無理矢理車椅子に乗せた。
「お、お嬢様・・・」
「ほら、出発進行〜。」
そう言って嬉しそうにゴロゴロと車椅子を押し始めたお嬢様は、早速俺を病室の外に連れ出した。
お嬢様に押されて廊下を行くと、ナースステーションの前を横切った。
中にいる看護師たちが、お嬢様を見て何やらひそひそ話している。
どうせ話してることなんて分かりきってる。『誰?あの女』『どういう関係?』ってところだろう。
「ねぇ早瀬、何だか私、ナースの人たちに睨まれてる気がするんだけど。」
車椅子を押しながら俺の耳元でこそっと告げたお嬢様。
「気のせいですよ。お嬢様を睨むだなどと、そんなことありませんよ。さ、行きましょう。」
「あ、うん。」
全く気に留めず前を素通りした俺たちは、その後2時間ほどかけて病院の中をあちこちうろちょろ見て回った。
◆
「はぁ〜、すごく広いね。ここの病院。見て回るだけで疲れちゃった。」
しゃがみ込んで大きな息を吐いたお嬢様。
「あはは。でしょう?私も一度やって疲れましたから。それはそうと、小説に使えそうなネタは転がってましたか?お嬢様。」
笑いながら問いかけると、俺を見たお嬢様は『うん、おかげで何だか早速次の話が書けそう。』と笑った。
「それはようございましたね。では、地下にカフェっぽい店があるので、そこで休憩でもしましょうか。車椅子を押して下さったお礼に、早瀬がおごりますから。」
お嬢様に声をかけてから、車椅子を自分で転がそうとした俺の手を彼女が止めた。
お嬢様・・・?
「ううん。私ね、カフェじゃなくて屋上行きたい。ねぇ、ジュースとプリンと持って屋上行こうよ早瀬。ね?そうだ、早瀬はジュース買ってここで待ってて。私、病室からプリン取って来るね。」
え・・・。
ダメだよ。お嬢様、俺の車椅子押して疲れて・・・。
「あ、でしたら私が取って参りま・・・お、お嬢様・・・」
俺の声も聞かず、手を振り行ってしまったお嬢様。
はぁ〜・・・。ほんっと、マイペースな人だ。
でも、何で屋上なんかに?
不思議に思いながらも、ジュースを買ってぼーっと待っていると、だいぶ経った頃お嬢様が駆けて来た。
「お待たせ。行こ。」
俺の膝にプリンを置いて再び車椅子を押し始めたお嬢様は、『屋上ってどう行くの?』と尋ねかけた。
「そのエレベーターで行けますよ。」
目の前に見えてきたエレベーターを指差し教える俺に、『了解〜』と返事したお嬢様は嬉しそうにゴロゴロと車椅子を押していた。
屋上に辿りついて、日陰になっているベンチに腰を下ろしたと同時にお嬢様がう〜んと伸びをした。
とっても薄着なお嬢様は、俺が隣りにいるのも全く気にする様子はない。
俺ってもしかしなくても、男に見られてない・・・よな?
ま、兄貴みたいだと思われてる時点で、“男”扱いじゃないか。
はははっ。
悲しすぎる。
「あ、どうぞ。お嬢様のジュースとプリンです。」
「ありがと〜。喉渇いちゃった。」
ジュースを受け取ったお嬢様は、早速それをこくこくとおいしそうに飲み始めた。
「今日も暑いですからね。でも、どうして屋上なんて行きたかったんです?カフェなら涼しいのに。」
プリンを一口頬張ってから質問を投げかけると、お嬢様は俺を真っ直ぐ見つめてにっこり笑った。
え?
「夕べ早瀬が何処で電話してたか知りたかったの。ねぇ、ここから見たの?夕べの満月。」
そう言って瞳を輝かせて尋ねるお嬢様がとても可愛くて、心臓はドクンドクンと高鳴り始めた。
「あ、はい。」
「綺麗だった?ここから見た月。」
「え、ええ。とても。」
「そっかぁ。ここだと綺麗だろうね。私も見たかったなぁ。」
しみじみ言ったお嬢様は、空を見上げた。
お嬢様・・・。
「しかし、お屋敷のバルコニーからだって、綺麗に見えるんじゃないんですか?」
あんなでかい屋敷なんだ。周りは全部沢村の土地だし、何の邪魔もなく月が見えるはず。
「見えるけど、ここで見たいの。早瀬が見た月・・・、私も見てみたいんだぁ。」
え・・・。
俺に優しく笑いかけたお嬢様は、プリンをパクッと口に運んだ。
「あ、はぁ・・・。」
ダメだ、胸のドキドキが止まらない。
「そうだ!ねぇ早瀬、今夜ここで一緒に月見ようよ。面会って10時前までいいんでしょ?」
ポンと手を叩いてとんでもないことを言い出したお嬢様に、俺は食っていたプリンを喉に詰まらせむせ込んだ。
「うっ、ごほっごほっ・・・。な、何言ってるんですかお嬢様。8時には面会終わりです。」
はぁ〜、びっくりした。
窒息死するかと思った。
「えっ、そうなの?10時前までOKなんじゃないの??ん〜〜、困ったなぁ。あっ!!じゃあ、見回りのナースに見つからないように、早瀬のお部屋に泊まっちゃおう。うん、そうしよう。決定〜!」
勝手に決めてしまったお嬢様は、超ご機嫌にプリンをパクパク頬張った。
うげっ!
そんな無茶苦茶な。
「お、お嬢様、ダメですよ。そんなこと出来る訳ないじゃないですか。見つかってしまいます。」
バレたら、俺が怒られるのはともかく、お嬢様がこっ酷く咎められる。
そんなことさせられるか。
「やあねぇ。それを見つからないようにするのが早瀬の仕事でしょ??」
止める俺の胸をツンツンと突いて、笑顔で言ったお嬢様。
うっ、仕事って・・・。
「いくら仕事でも、そんなこと早瀬には出来ませんよ。」
「だ〜め。これは私の命令です。今夜、私をかくまいなさい!じゃないと、貴方は今すぐ解雇よ。」
俺の鼻の頭をビシッと指差して言い切ったお嬢様は、ふふふっと勝ち誇った笑いをした。
うぐぐぐ・・・。
「ずるいですよ、お嬢様。それを言ったら、私が何も言えないのをご存知でそんな意地悪するなんて!」
ほんとに、君はずるい女だ。
いつも主導権は君にある。俺が君に逆らえないのを、君はちゃんと知ってる。
ずるいよ。
「いいじゃない。だって私はお嬢様で、早瀬は運転手でしょ?主と使用人なんだもの。」
あっさりと言ってのけたお嬢様に返す言葉が無かった。
うぅ〜〜〜。
ただ唇を噛み締めていると、にーっと笑ったお嬢様は俺の頬に手を当てた。
「お泊りしてもいいのよね?早瀬。」
ものすごく意地悪な瞳で聞くお嬢様は、まるで悪魔だ。
それも、めちゃめちゃ可愛い小悪魔。
「・・・分かりました。見つからないようにします。」
仕方なく承諾した俺の言葉を聞いた瞬間、お嬢様が俺に抱きついた。
「やったぁ〜。ありがと、早瀬。何だか、見つからないようにするのってすごいスリル感あるよね。ドキドキワクワクする。うふふふ」
俺の頬にキスをしたお嬢様は、超ご機嫌でおいしそうにプリンを頬張っていた。
うぅっ、キスも嬉しいし一緒にいれるのも幸せだけど、見つかるんじゃないかって見回りの度にビクビクしなくちゃいけないのか。
はぁ〜・・・。
どうなるんだ、今夜。
考えたくない。 |