【34話】 会いたい人・・・
翌月、8月。
手術を終え、2週間が経った。
そして、お嬢様に会えなくなって2週間・・・。
2週間・・・と言えば14日!!!!
「あぁ〜〜〜〜、お嬢様に会いたい!会いたい!会いたいぃ〜〜〜〜〜〜」
昼飯の後ベッドで唸っていると、圭兄が俺を見て笑い出した。
「あははは、なんだ、とうとう禁断症状が出たか?拓海。」
「うぅ〜〜〜〜〜、だって、2週間もお嬢様と会ってないんだぞ!?2週間だぞ、2週間!分かるか!?圭兄!!2週間!!!!」
沢村で働き始めて、お嬢様と2週間も会わないなんて初めてのことなんだ。
俺には、1年会ってないのと同じくらい長いんだ。
あぅぅ〜〜〜お嬢様ぁ〜〜。
入院してる間に、他の運転手雇わないで下さいね〜〜〜。
早瀬のことも忘れないでくださいまし。
早瀬は一日たりともお嬢様のことを忘れたことはございませんから。
掛け布団に噛み付いて低く唸る俺を、半ば呆れがちに圭兄が宥めた。
「はいはい、分かった分かった。だから唸るな拓海。」
むっ。
今、すご〜く適当にあしらわれた気がするぞ。
ふんっ。いいんだ。いいんだ。
どうせ、お嬢様に会えない俺の悲しみなんか、圭兄には分かるもんか。
しくしく。
ひとり布団でいじけてしょげているところへ、ドアを叩く音がした。
むっ、また来たか。
「はい。」
同じく『またか』と呆れた様子で圭兄が返事をした直後、病室のドアがガラガラと開かれた。
「早瀬さ〜ん、お体拭きましょ〜。」
そう言ってワゴンを押して入って来たのは看護師の女。
やっぱり。
俺の部屋には、こうやって毎日毎日朝から晩まで、途切れることなくいろんな女(看護師や助手)がやって来る。
かなりうっとおしい。いや、凄まじくうっとおしい!
他の患者の世話もしろってんだ。まったく。
布団に潜って目だけ出しうんざりしていると、圭兄が看護師の女ににっこりと微笑んで口を開いた。
「せっかく準備してきてくれたのに悪いね。さっき拭いてやったところなんだ。だから今日はもういいよ。」
「あ、そ、そうなんですか。分かりました。じゃあ、何か用事があったら必ず呼んでください。それでは失礼します。」
圭兄に笑顔で言われて顔を真っ赤にした看護師の女は、うっとりと圭兄を見つめながら言葉を返し・・・病室を出て行った。
分かりやすい女だ。あれじゃ、圭兄に気があるのバレバレじゃねえか。
おかしくて笑い出しそうなのを必死に堪え圭兄を見やると、彼は『やっと行ったか。』と言いたそうに大きなため息を吐いていた。
俺が思うに、この部屋に来る看護師の女で『圭兄目当て』なのが結構いる。
さっきの女もその一人。
圭兄は、それ知ってるのかな・・・。
圭兄も案外鈍いからなぁ。
「ほんっと、毎日すごいなぁ・・・お前目当ての女。対処する俺まで疲れるぞ。」
看護師が出て行って間も無く、圭兄が俺に向かってぼそっと言った。
・・・。
やっぱ、全然気付いてないぞ。この男。
「圭兄〜〜〜、超鈍すぎ。」
布団をがばっと捲って起き上がり・・・呆れながら突っ込むと、圭兄は『へ?』と目をしばたかせた。
はぁ〜・・・。
「あのさぁ、さっきの女は、『俺』じゃなく『圭兄目当て』。見てて分かんなかったのか??」
やれやれとため息まじりに教えた途端、圭兄が一瞬カッと顔を赤らめた。が、すぐ表情を戻し俺の頭をこつんと叩いた。
「阿呆、そんな訳ないだろ。」
「そんな訳あるんだよ。俺が知ってるだけでもかなりいるぜ。ここのスタッフで圭兄のこと好きな奴。そうだ、いい機会だし、この際彼女作っちまえば?圭兄。」
にんまり笑って提案すると、圭兄は無言で椅子から立ち上がり窓際へと移動した。
・・・?
「圭兄?」
「今は彼女作る気ない。それ以前に、ここには俺好みの女はいない。」
うはっ、圭兄・・・そんなサクッと・・・。
俺に背を向けたまま窓の外を眺めハッキリキッパリ答えた圭兄に、苦笑しか出なかった。
「はははっ、さようですか。じゃあ、仕方ねえな。」
「それより拓海、散歩にでも行かないか?ここにいると、用も無いのに看護師がちょろちょろ来てうっとおしい。」
振り返って話を変えた圭兄は、窓の外を指差しにっこりと笑った。
圭兄、そんな笑顔で『うっとおしい』なんて・・・。
ま、確かにうっとおしいけど。
「いいね。じゃあ、次の看護師が来ないうちに早く行こうぜ。」
そうしてさっそく車椅子へ乗り移った俺は、うっとおしい看護師から逃げるように圭兄とともに病院の外へと散歩に出かけた。
病院の玄関を出ると、ギラギラと突き刺さる夏の陽射し。
そして、その暑さを増徴させるかの如くあちこちの木々で鳴く蝉たち。
「ひゃ〜、あっついなぁ〜〜。」
両手をかざし陽射しを除けると、圭兄が『8月だからなぁ〜。』と苦笑した。
う〜ん、こんな日はプールで泳ぎたい。
気持ちいいだろうなぁ。
そういや悠斗の奴、お嬢様に何て言って誤魔化してくれてるんだろう?
気になる。
車椅子を押されながら考え込んだ矢先、圭兄のケータイが鳴った。
「あ、相馬だ。拓海、ちょっとすまん。」
俺に断りを入れた圭兄は、『もしもし・・・』とケータイに出ながら俺から少し距離を置いた。
相馬、何の用だろ?ま、いっか。
圭兄に『あっちへ行ってるぞ。』とゼスチャーだけし、自分で車椅子をゴロゴロ押して大きな木の陰に移動すると、そこには既に先客がいた。
年はまだ5、6歳くらいの女の子。
彼女は、俺と同様・・・足にギブスをはめられ、退屈そうに小さな車椅子に乗っていた。
一人・・・か?
辺りを見渡したが彼女の母親らしき人物の姿はなく、どうやら一人で病室から出て来たっぽい。
おいおい。こんな小さな子、一人にするなよ。
「こんにちは。」
近寄って笑顔で声をかけてみると、彼女は俺へと振り向き『こんにちは。』と同じく笑顔で挨拶をし返した。
おお!可愛い子だ。
お嬢様の次にだけど・・・。
「一人で部屋から出て来たの?」
「うん。だって、おへやにいるのつまんないんだもん。みんなおとなのひとばっかりで、奈々とあそんでくれないの。」
俺の質問に素直に答えた女の子は、ちょっぴり寂しそうな顔で視線を落とした。
大人ばっかり?ってことは、小児科病棟にいるんじゃないのか。
あはは・・・、それじゃ確かにつまんないよな。
「そっか。お兄ちゃんも退屈でお部屋から出て来ちゃったんだ。同じだね。」
「おにいちゃんも?」
不思議そうに聞き返す奈々ちゃんに頷いて見せると、彼女は俺の足へと視線を移した。
「おにいちゃん、あし・・・けがしたの?」
「うん。遊んでて高いところから落ちてね、骨が折れちゃったんだ。奈々ちゃんも?」
優しく尋ね返してみると、奈々ちゃんは悲しそうにこくんと頷き『すべりだいからおちちゃったの。』と小さく呟いた。
「そっか。」
「うん。・・・でも、はやくおうちかえりたい。だって奈々・・・ひとりぼっちだもん。みんな、きてもすぐかえっちゃうんだもん。ひとりぼっちきらい。」
瞳にじわーっと涙を滲ませた奈々ちゃんは、次にえぐえぐと泣き出した。
うっ、もしかして俺が泣かせたのか??
辺りを伺うと、同じように散歩に出て来ている入院患者がジロジロとこっちを見やっている。
絶対俺が泣かしたと思われてるぞ。
何とかせねば。
「大丈夫だよ、奈々ちゃん。いい子にしてたらすぐ帰れるよ。だから泣かないで。ね?そうだ、いいこと考えた。奈々ちゃんは何処のお部屋にいるの?」
突然の俺の質問に、涙目のまま俺を見上げた奈々ちゃん。
「奈々?5かいの、520っていうおへや。」
5階って、俺と同じ整形病棟か。
520・・・確か大部屋だった気がするぞ。
しゃくりあげながら答える奈々ちゃんの頭を撫で撫でし・・・俺は笑顔を向けた。
「そっかぁ。お兄ちゃんも5階にいるんだ。じゃあ、奈々ちゃんが寂しくないように、時々お兄ちゃんが遊びに行ってあげるよ。」
いいのか?俺。こんな約束して。
・・・ま、いっか。俺も一人で寂しいし。
それに、この子可愛いしな。
「ほんと?おにいちゃん。ほんと?」
まだ涙で揺れる瞳を真っ直ぐ向けて聞き返す奈々ちゃんに、俺は頷いた。
「うん。お兄ちゃんも、会いたい人に会えなくてすごく寂しいんだ。だから、お兄ちゃんとお友達になってもらえるかな?」
「うん。なる。・・・おにいちゃんもおともだちとあえないの?」
じっと見つめて問い返す奈々ちゃんに、俺はしばし押し黙ってから静かに首を振った。
「ううん。お兄ちゃんの会えない人は、お友達じゃなくて、大好きな大好きなお姉ちゃんなんだ。」
「おねえちゃん?どうしてあえないの?」
「お兄ちゃんが悪いことしてるからかな。」
「おにいちゃん、わるいひとなの?」
え・・・。いや、悪い人って言うか・・・。
う〜〜ん。
奈々ちゃんに真っ直ぐな瞳で問われた俺は、どう返そうか困ってしまった。
「ん〜、そういうんじゃなくてね、お兄ちゃんはお姉ちゃんのこと、ほんとは好きでいちゃいけないんだ。でも、好きになっちゃったんだよ。」
とりあえず噛み砕いて説明してみたものの、奈々ちゃんには理解してもらえないようだった。
「ん〜〜、奈々にはわかんないや。でも、おねえちゃんかわいそう。」
え・・・。
ふと奈々ちゃんの口から零れた思いも寄らなかった言葉。その言葉に俺はとてつもなく驚いた。
お姉ちゃんが可哀想??
「奈々ちゃん、どうしてお姉ちゃんが可哀想なの?」
「だって、おねえちゃんもおにいちゃんにあえないんでしょ?かわいそう。」
奈々ちゃん・・・。
「あのね奈々ちゃん、そのお姉ちゃんは、お兄ちゃんに会えなくても寂しくないんだ。だから、可哀想じゃないんだよ。」
そう、お嬢様は俺と2週間会えなかろうが、1年会えなかろうが、全然平気なんだ。
寂しいのは俺だけ・・・。
「さみしくないの?なんで?」
じーっと俺の瞳を覗きこんで尋ね、答えを待つ奈々ちゃん。
そんな彼女の頭を撫でながら、俺は小さく口を開いた。
「それはね、お姉ちゃんが、お兄ちゃんのこと好きじゃないからなんだよ。」
「ふ〜ん。」
きょとんとした顔で奈々ちゃんが返事をしたその時、彼女の母親らしき女性がやって来た。
見た感じ、俺とたいして変わらないくらいの年の女だ。
「奈々〜〜、やっと見つけた。こんなところにいたの。あ、すみません。ご迷惑をおかけしたんじゃ・・・」
俺を見て慌てて頭を下げた母親に、『いいえ。奈々ちゃんに話し相手になってもらっていたところで。』と笑顔で返すと、『そうだったんですか。』と真っ赤になられた。
「じゃあ奈々ちゃん、またね。」
「うん。あ、おにいちゃんのおなまえ、なんていうの?」
手を振って声をかけた俺に、彼女が思い出したように問いかけた。
「拓海だよ。た・く・み。じゃあね。」
名前を教えて再度手を振ると、『じゃあね、たくみおにいちゃん。』と奈々ちゃんは大きく手を振り返し病室へと帰って行った。
「小さな彼女が出来たもんだな。」
奈々ちゃんと母親の後姿を見つめている俺のすぐ後ろで、圭兄が声をかけた。
「ん?あぁ、圭兄。うん、お嬢様の次に可愛い子だろ?奈々ちゃんって言うんだ。俺の小さな恋人だよ。」
へへへっと笑った俺の肩を、圭兄がポンと叩いた。
「確かに可愛い子だな。でも、頼むからロリコンにはなるなよ、拓海。」
そう言ってくすくす笑う圭兄の腹部に、軽く一発拳を見舞ってやった。
「ばーろー。んなもん、なるわけねえだろ。俺は、死ぬまでず〜っとお嬢様オンリーなんだ。」
言い切ってにへにへ自慢する俺を見て、圭兄がおかしそうに笑った。
「はいはい、分かった分かった。」
「分かればよろしい・・・。あ、それより圭兄、相馬・・・何だって?」
思い出して話を変えた途端、圭兄がポンと手を叩いた。
「そうそう、これからボスのお供で出かけなくちゃならないんだ。拓海、ひとりで大丈夫か?」
ひとりで・・・って。俺はガキか。
「大丈夫に決まってんだろ。心配ご無用です。」
Vサインでにかっと笑みを浮かべる俺を見て、ふふっと笑った圭兄は『そっか。じゃ、とりあえず、病室に帰るか。』と告げ・・・車椅子を押し、俺を病室へと連れ帰った。
病室に戻って間も無く圭兄は出かけて行き、凄まじく退屈になってしまった俺は、枕元に置いてあった圭兄からの借り物の本を読み始めた。
なかなか途中で本を閉じることが出来ないくらい続きが気になる『東條 翼』の本。
それをどのくらいまで読み進めた頃か、ドアが軽くノックされた。
・・・また看護師か。
「はいはい、どうぞ。」
いい加減な返事をした直後、ドアが開き入って来たのは翔太兄。
「拓、シュークリーム持ってお見舞いに来たよ。」
「あ、翔太兄〜〜〜。なんだ、俺てっきり、またうっとおしい看護師が来たのかと思ったよ。あ、入って入って。」
にこにこしながら手招きする俺に、翔太兄が『だいぶ暇そうだね。』と苦笑した。
「だいぶどころか、死ぬほど暇なんだよ。」
ほんと、暇だし、うっとおしい看護師は来るし。最悪。
「あはは、そっか。おっと、シュークリーム冷蔵庫入れとくね。後で食べて。・・・それはそうと、足の具合はどう?拓。もうリハビリ始まってるのかい?」
冷蔵庫にシュークリームを入れてからベッドサイドの椅子に腰を下ろした翔太兄は、俺の足を見て尋ねかけた。
「ううん、全然。まだ先だってさ。」
ぶんぶんと首を振って苦笑まじりに答えると、翔太兄は『そっかぁ。』と一言だけ返し・・・ひとつ息を吐いた。
「なぁ、翔太兄、話しは全然違うんだけど、お嬢様・・・どうしてる?」
「ん?あぁ、お嬢様か、『運転手いないとお出かけに不便だから、他の人雇おうかなぁ〜』って言ってらしたよ。」
俺の質問にさらりと返してくれた翔太兄。
その言葉に俺は真っ白になるくらい驚いた。
「ええ〜〜〜〜〜!!!!!『他の運転手』を雇う〜〜〜〜?????そんなぁ、そんなぁ〜〜〜〜それって、俺はもう用済みってことじゃないかぁ〜〜〜〜〜」
他の運転手を雇うだなんて、お嬢様ひどい。
ひどすぎる。
翔太兄の腕をがしっと掴んでさめざめ泣く俺に、堪えきれなくなったのか・・・翔太兄が突如声をあげて笑い出した。
「あはははは、冗談だよ、拓。冗談。他の運転手なんか雇う訳無いじゃん。はははっ。」
むっ。翔太兄〜〜〜。
「もう!嘘つくなよ!!翔太兄の阿呆!ほんとにそうだったらどうしようって思ったじゃねえか!!」
お嬢様に捨てられるかと思ったじゃないか。
俺のこともういらないって思われたのかと思ったじゃないか。
ぐすん。
いじけてしょげる俺の肩を、笑いすぎで涙目になった翔太兄が叩いた。
「ごめんごめん、そうしょげないで、拓。『早瀬、早く出勤して来ないかなぁ・・・。』ってお庭で寂しそうに言ってらしたよ、お嬢様。だから、早くリハビリ済ませて退院しなくちゃ、拓。」
俺の顔を覗き込んで笑顔を見せる翔太兄に、俺は一瞬言葉を失った。
え・・・。
お嬢様が・・・そんなことを・・・?
「・・・ほんとに?ほんと〜に、お嬢様がそう言ってらしたのか?」
何だかまた騙されてる気がして疑いの眼差しを向けると、翔太兄は『本当だってば。疑り深いなぁ。』と引きつった顔で笑った。
本当?本当なのか?
お嬢様が俺の帰りを待っててくれてるのか!?あぁ、なんて幸せすぎ!
待っててくださいね、お嬢様。早瀬は一日でも早く退院しますからね。
・・・あっ、そう言えば・・・。
「なぁ、翔太兄。そういや、お嬢様は、俺が出勤しない理由・・・何だと思ってるんだ?悠斗様から何て聞いてるんだろう。」
ずっと気になってたことを口にして翔太兄を見ると、彼はふっと穏やかに笑った。
え・・・。
「悠斗坊ちゃんは、拓が休んでることに関しては『身内の不幸事で、早瀬はしばらく田舎に帰ってる』ってお嬢様に説明してるんだ。でもお嬢様は、それが嘘だってちゃんと知ってらっしゃるよ。」
へ・・・?
嘘だと知ってる・・・??
「えっ!何で??」
翔太兄の科白に驚き聞き返すと、くすっと笑われた。
「ほら、拓が入院してから何度か坊ちゃんがここに来てるだろ?だから、不思議に思って後つけたんだって。それで、拓の骨折も入院のことも知ったみたいだよ。お嬢様が俺にそう言ってた。」
ふふっと笑って白状した翔太兄に俺は、『そっか。』としか返せなかった。
悠斗の後を尾行したのか。何か、お嬢様らしい。
さすがの悠斗も、妹に尾行されるなんて考えつかなかったんだな。
ふふふっ。
「本当はさ、すごくお見舞いに来たいみたいだよ。お嬢様。」
え?
俺の顔をじっと見つめて言った翔太兄に、すぐさまぶんぶんと首を振った。
「ダ、ダメだよ。俺だってお嬢様にすごく会いたいけど、見舞いになんか来られたら、俺の素性がバレる。そんなの嫌だ。」
知られたくないんだ。俺が『銀龍会7代目』だなんて。『ヤクザ』だなんて。
「そっか。そうだね。でも、俺は、きっとお嬢様は拓の素性知っても嫌わないと思うけどな。」
真っ直ぐ俺を見て優しい笑顔で言ってくれた翔太兄。
その彼の言葉を嬉しいと感じながら、俺は首を左右に振った。
「ううん、きっと嫌われるよ。俺には分かる。」
ヤクザだって知ったら、必ずお嬢様は俺をそういう目で見る。
そんなの、分かりきってるさ。
言い返して窓の外をじっと見やる俺の腕を、翔太兄がそっと掴んで口を開いた。
「拓は、ずるいよ。自分は『お嬢様のこと好きだから何でも知りたい』って言う癖に、お嬢様には何一つ自分のことを教えてあげてないじゃないか。」
「え・・・?」
何一つ・・・?
翔太兄の言葉に振り向き見ると、穏やかな笑みが向けられていた。
「だってそうだろ??気持ちを隠して、素性を隠して、そしてこうやって入院してることも隠してる・・・。拓は、ぜ〜んぶ秘密にしてる。お嬢様が言ってらしたよ。『そう言えば、私は早瀬のこと何にも知らない。』って。気持ちや素性を明かすのは無理だけど、せめて骨折して入院してることくらいは、教えてあげてもいいんじゃない?拓。」
翔太兄・・・。
そうだ、翔太兄の言うとおりだ。
俺はお嬢様のことは何でも知りたい癖に、自分のことは全部秘密にしてる。
最低だ。
「・・・うん。じゃあ、後でお嬢様に連絡する。」
俯きぼそっと答えた俺の頭を、翔太兄が優しく撫でた。
「うん。そうしてあげな。お嬢様もきっと安心なさるから。あっ、いけない!じゃあ俺そろそろ帰るね、拓。今日は、坊ちゃん早上がりなんだ。だからこれから迎えに行かなくちゃならないんだ。」
そう言って慌てて椅子から立ち上がった翔太兄は荷物を抱えた。
「そっか、ありがとう翔太兄。気をつけて帰ってくれ。」
「うん、じゃあまた来るよ。」
俺の言葉に手を振って返した翔太兄は、急いで病室を出て行った。
夜・・・。
22時の消灯の見回りを終えてからこっそり病室を抜け出した俺は、車椅子で屋上へと向かった。
屋上の扉の前に車椅子を乗り捨て、そこから松葉杖で外に出ると見事な満月。
「うわ〜、今日は満月だったんだ。綺麗だな。」
しばらく月に見とれてから、ベンチに座ってふぅっとひとつ息を吐き・・・気持ちが落ち着いたところでお嬢様に電話を入れた。
「もしもしお嬢様、早瀬です。」
―「あ、早瀬。」―
「夜分にすみません。」
―「ううん、どうしたの?」―
「お嬢様に、お話がありまして・・・」
ぼそっと小声で言う俺に、『うん、なぁに?』とお嬢様が聞き返した。
「その、身内の不幸事と言うのは嘘でして、実は・・・」
本当のことを話そうと話し始めて間も無く、俺を遮るようにお嬢様が言葉を発した。
―「うん、足・・・大丈夫?まだだいぶ痛む??ごめんね、私を助けてくれた時に骨折しちゃったんでしょ??ごめんね。ほんとにごめんね。」―
そう言って電話の向こうで何度も謝ったお嬢様。
お嬢様・・・。
「いえ、痛みはもう大丈夫です。後はリハビリして退院するだけですから。それに、お嬢様のせいでは無いので、ご自分を責めるのはおやめ下さい。早瀬は、お嬢様の運転手兼ボディーガードですので、お嬢様をお守りするのは仕事ですから。」
―「・・・仕事・・・?」―
俺の言葉にお嬢様が、小さく聞き返した。
「はい。お嬢様をお守りすることが早瀬の役目です。」
違う。ほんとは、仕事なんか関係なく、何があっても君を守るよ。
好きだから。愛してるから。
世界で一番大事な人だから・・・。
―「・・・そっか。じゃあ、早く帰って来てね。ボディーガードさん。そうだ、ねぇ早瀬、今病室にいるの?」―
え?
いきなりの質問に『屋上ですけど。』と即答すると、『月、見える?』と聞かれた。
「ええ、見えますよ。とても大きな綺麗な月です。」
―「私もね、今バルコニーから見上げてるの。すごく綺麗ね。今夜の月。」―
電話の向こうから聞こえるお嬢様の声が、とても艶っぽくて心臓が一気にドキドキした。
お嬢様・・・。
会いたい。今すぐ会いたいよ。会って君を思いきり抱きしめたい。
「そうですね。場所は違いますが、お嬢様と一緒にこうして月を見上げてるなんて、光栄です。」
夜空を見上げて呟くと、電話の向こうでお嬢様が『ねぇ・・・』と俺に声をかけた。
「はい?」
―「遠距離恋愛ってこんな感じなのかなぁ?」―
え・・・。
思いもよらなかったお嬢様の言葉に、俺の心臓のドキドキは更に増した。
「そ、そうかも知れませんね。」
答えながら顔がカーッと熱くなるのを感じた。
うぅっ、俺、ぜったい耳まで真っ赤だ。超恥ずかしい。
念の為辺りを伺うと、屋上には俺ひとり。
良かった、誰もいなくて。
ほっとしたのも束の間、お嬢様が話を続けた。
―「ねぇ、遠距離恋愛してる時って、電話でどんな会話するのかな?・・・『お仕事大変?』とか、『今度いつ会える?』とかかな。あ、これも言うよね?きっと。『浮気してない??』って。」―
あれこれ考えつつ言葉を吐くお嬢様。
そんな彼女の声が言葉が、どんどん心拍を速くさせる。
ダメだ、ドキドキしすぎて胸が苦しい。
「さ、さぁ・・・。どうなんでしょう・・・」
―「早瀬ならどんな会話する?」―
えっ。
お、俺・・・?
そんな、急に言われても。心の準備が・・・。
「わ、私ですか・・・。た、たぶん、自分と相手の近況を話すと思いますが・・・。」
―「それだけ?彼女が浮気してないかどうか、気にならない?会いたいとか思わないの?」―
不思議そうに聞き返すお嬢様に、俺は言葉に詰まった。
「えっ、ま、まぁ・・・それはもちろん・・・」
会いたいよ。会いたいに決まってるじゃないか。今好きな男がどんな奴かってのも知りたいよ。他の男なんか好きになってもらいたくないよ。俺だけを見て欲しいし、俺だけを好きだって言って欲しいよ。
お前が好きだって叫びたいよ。
―「じゃあ、何て言うの?教えて。」―
興味津々に尋ねるお嬢様。
彼女の質問に一瞬押し黙ってから、俺は口を開いた。
「秘密です。」
―「え〜〜、秘密なの〜〜????う〜〜〜、せっかく早瀬の恋愛経歴を暴露させてやろうと思ったのに〜〜〜」―
俺にたった一言で会話を切られたお嬢様は、不服そうにぶちぶちと文句をたれていた。
むむっ・・・暴露?
お、お嬢様・・・
それってもしかして・・・。
「お嬢様、それはもしや、私の恋愛経験を次の小説のネタにしようと?」
恐る恐る尋ねかけてみると、電話の向こうのお嬢様は一瞬言葉に詰まったようだった。
むっ。
―「えっ、あ〜・・・その・・・えへへへ、実は。」―
言い訳を考えたが思いつかなかったのか、苦笑まじりに白状したお嬢様。
うぅっ、やっぱそうか。
すごい真剣にドキドキしてた俺って、めちゃめちゃおバカさんだったのね。
しくしく。
―「ねぇ早瀬・・・」―
「はい?」
う〜〜、お嬢様の阿呆。バカ。ボケ。人でなし〜〜。
不機嫌な返事をした俺に、お嬢様が話を続けた。
―「・・・私ね、宮野くんと別れちゃった。」―
へ?
突然話題を変えられ一瞬目が点になったものの、・・・ふっと軽く息を吐いた。
「そうでございますか。」
―「うん。」―
「では、今お好きな方に告白出来るじゃないですか。ようございましたね、お嬢様。」
告白でも何でもしてくれ。
どうせ、俺には止める権利なんか無いんだ。
―「・・・出来ないよ・・・」―
それだけ言ったお嬢様は、少し切なげな声で笑った。
出来ない?
「出来ない・・・とは?」
―「あ、そうだ、ねぇ早瀬、明日・・・もしお邪魔じゃなければお見舞い行ってもいい?原稿書き上げて、今すごく暇なの。」―
え・・・。
俺の問いを完璧無視して話を変えたお嬢様。
無視かよ。ってそれより今、見舞い・・・って聞こえたような・・・。
んぎゃっ!見舞いだとぉ〜〜〜!!??
「そ、それは困ります!!来ないで下さい!!」
冗談じゃない、来られたら俺の素性が・・・バレる。
焦りからつい強く即答してしまった俺に『・・・そっか。じゃあ、行くのやめるね。』と素直に返したお嬢様。
そんな彼女の言葉が、胸に突き刺さってとてつもなく痛かった。
「・・・申し訳ございません・・・」
―「ううん、気にしないで。あ、いけない、もう消灯時間過ぎてるよね?切らなくちゃ。」―
いつものように優しく言ってくれるお嬢様の声を耳にしながら、ケータイをぐっと握り締めた。
嫌だ、切りたくない。
もっと声を聞いていたい。君に会いたい。
会いたくてたまらない。
「・・・会いたい・・・」
14日間会えなかった禁断症状か、つい小さく吐き出してしまった本音。
はっ!俺ってば、何てことを。
慌てて手で口を押さえたものの、心臓はバクバクだった。
どうしよう、絶対聞かれた。
何か言い訳考えないと。
―「早瀬・・・?」―
「あ、その、やっぱり明日暇つぶしに来て下さって結構です。個室にいるせいか、暇なうえに人との接触が少ないもので、誰かに会いたくて仕方なくて・・・。」
あぁ、何て言い訳。
これじゃあ、自分で自分の首絞めてるじゃねえか。
―「え?でも、困るんじゃないの?」―
「いえ、あれは、私のような身分の者がお嬢様のお見舞いを受けるなど恐れ多いことだと思い、お断りしただけです。」
―「何だ、そっか。じゃあ、お言葉に甘えて暇つぶしに行くね。ついでに病院の中も散策してこよ〜っと。次の小説のネタも転がってそうだし。」―
嬉しそうに言ったお嬢様は、ふふふっと笑った。
「はい。では早瀬が病院の中をご案内いたします。」
はぁ〜・・・、こりゃ裏工作が必要だな。
後で圭兄に電話するか・・・。
―「うん。あ、じゃあ、そろそろ切るね。明日楽しみにしてるね。おやすみ、早瀬。」―
「はい、おやすみなさいませ、お嬢様。」
電話を切ってから深い深いため息を吐き、すぐさま圭兄に電話を入れた。
「もしもし、圭兄・・・」
―「あぁ、拓海。もう消灯時間過ぎてるんじゃないのか?いいのか?電話なんかして。」―
「あ、うん。すぐ切るよ。だから、何も言わずに今から俺の言うこと聞いてくれないか?」
―「へ?何だ?」―
訳の分からない様子の圭兄が、間の抜けた声で聞き返した。
「明日、誰も病院に来させないでくれ。頼む。」
詳しいことは何ひとつ言わずただそれだけお願いすると、圭兄は察したのか少し間を置いてから返事をした。
―「・・・あぁ、分かった。任せておけ。」―
「ありがとう、圭兄。じゃあ、もう切るよ。おやすみ。」
―「あぁ、おやすみ。」―
圭兄との電話を切ってから空を見上げると優しい光を放つ月。
早く、明日にならないかなぁ・・・。
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