7代目はお嬢様に恋をする。(26/77)PDFで表示縦書き表示RDF


7代目はお嬢様に恋をする。
作:九条 要



【26話】 対面


 夕方。

 お嬢様に嫌われて無かったことでご機嫌に仕事を終えた俺は、翔太兄とともに『銀龍会』へ行くべく、その前に涼太を拾おうと車二台で自宅マンションへと向かった。
 
 にこにこ運転しながらちらりと自分の手に視線を移すと、そこにはお嬢様から貰ったスカイブルーの地にチューリップの絵柄が入ったハンカチ。
「綺麗なハンカチだよなぁ。いいものなんだろうな、きっと。今夜風呂入って綺麗に血を洗い落とさなくっちゃ。そんでもって、俺の宝物にしよ〜っと。へへへ。」
 ハンカチを握り締めてにへにへにまにましていると、ふと・・・頭の片隅に追いやられていたあることを思い出した。
 はっ!
「宮野邸の紅茶・・・。」
 自分のことでいっぱいでそっちのけにしてたけど、やっぱりあれは気になる。
 紅茶を飲む前は何とも無いのに、飲むと眠くなるなんて変だ。
 それも、高校の頃から『たまに』ってのが・・・。
 そんなにしょっちゅう遊び疲れで寝るか?普通。いくら友達とは言え、男の部屋で。
 どう考えたって、有り得ないだろ。
 むぅ〜〜〜。
 しばらくあいつを泳がせて様子を見るしかないか・・・。
 俺の嫌な予感が当たってなけりゃいいけど。

 
 マンションに到着し・・・翔太兄とエレベーターに乗ったところで、大事なことを言い忘れて声をかけた。
「あぁそうだ、翔太兄。あのさ、これから会う奴とうちの実家の奴らには、『沢村』の名前は伏せておいてもらえないかな?もちろん、そこで働いてるのも黙ってて欲しい。俺、誰にも今の仕事のこと話してないんだ。だから・・・」
 言ってから伺うように翔太兄へ視線を移すと、彼はいつものように柔らかい笑みを俺に向けた。
「うん。分かったよ。じゃあ黙っておく。でも・・・」
「あ、もちろん相馬には本当のこと話すつもりでいるから大丈夫。それは安心して、翔太兄。」
 笑顔で言葉を補足すると、それを聞いた翔太兄は『うん。』と安心したような顔で頷いていた。
 
 エレベーターを最上階で降りて一番端の部屋へと向かう途中、隣を歩いていた翔太兄が俺に声をかけた。
「へぇ〜、拓ってこんなすごいマンションの最上階に住んでるんだね。いいなぁ〜、羨ましい。最上階だったら部屋も広いんじゃないの?」
「え?あぁ、ん〜、確か部屋の広さは4LDKだった気がする。最初は、面接受ける為に適当に決めて買ったんだけど、今は気に入ってるよ。眺めいいし。あ、着いた。ここだよ、俺のうち。」
 てくてく歩きながら説明し部屋の前まで来たところで、素直に聞いていた翔太兄が声をあげた。
「えっ!!ここって賃貸じゃなくて分譲なのかい??す、すごい・・・」
 凄まじく驚いている翔太兄に苦笑しつつ、俺はガチャっと玄関の鍵を開けた。
 そしてドアを開けた瞬間・・・

「おっかえりぃ〜〜〜〜〜拓海ぃ〜〜〜〜!!」
 先に帰っていた涼太が、ダッシュで走って来るなり上がり小口で『タンッ』と足を踏み切った。
 ひっ!
 そのまま何を思ったか俺へ向かってジャンプした涼太は、俺にがばっと抱きついた。
「ぎゃー!!」
 声をあげたのと同時に、『ドンッ』『ゴキッ』という音とともに後方に倒されてしまった俺。 
「ぐはっ!」
 うぅっ、また背中を打った・・・。いだい・・・。 
「拓海〜、お腹減った。今晩のメシは何?何?俺、チーズの入ったコロッケがいい〜。あと、クリームシチュー!トマトのサラダも食いたい〜〜。なぁなぁ、今日の晩飯それにしよ〜〜。拓海ぃ〜〜」
 俺の上に乗っかってにへにへ顔で訴える涼太。
 う〜〜〜
「お前は犬か!!いきなり飛びついてくんじゃねえよ、このボケ!!さっさと降りやがれ!!!」
 思いきり涼太の身体を突き飛ばして何とか起き上がった俺は、『はぁ、はぁ、』と荒い呼吸をした。
 くそっ、背中が痛い。
「うぅ〜〜、コロッケとシチュー。」
 俺から離れてぶちぶち言う涼太の頭を平手でしばいた。
「阿呆!お前なぁ!周りをよく見ろ!俺一人じゃねえんだ!!」
「ほえ?あっ!」
 俺の言葉でようやく視線を上げて翔太兄を確認した涼太は、恥ずかしそうにささっと立ち上がった。

「あ、すみません。お客様だとは知らず、お見苦しいところをお見せしてしまって。僕は、上川 涼太と申します。あ、別に僕と早瀬くんとは危ない関係では無いので、誤解しないで下さい。ただの幼馴染ですから。今、ちょっと訳あって居候をさせてもらってまして・・・」
 苦笑まじりの顔で挨拶し説明をする涼太に、翔太兄が突然笑い出した。
「く、あははははは。おもしろいね、拓のお友達。何か、拓とすっごくいいコンビって感じ。」
「翔太兄、そんなに笑わなくても。」
 スーツの汚れを掃って立ち上がり翔太兄に言葉を刺すと、『ごめんごめん』と返した彼は、涼太に視線を移した。
「初めまして。僕は早瀬くんと同じ会社に勤めている川凪 翔太と言います。」
 軽く頭を下げて自己紹介をする翔太兄に、涼太が同じように頭を下げていた。
「さて、涼太。今夜の晩飯は銀龍会で食うぞ。ほれ、お前も行くぞ。スーツのままでいいのか?」
 涼太に声をかけると、彼は一瞬目を点にしてからにまーっと笑みを返した。
「おお!銀龍会でお夕食、行く行く〜。このまま行く!さぁ、行こ〜。早く行こ〜。川凪さんも行きましょう〜。今夜のお夕食何かなぁ〜?にへへへ。」
 こうして、にへにへとご機嫌な涼太とともに、三人で銀龍会へと向かった。
 やれやれ、涼太を動かすには餌で釣るのが一番だな。

 俺の車に翔太兄と涼太を乗せて15分ほど走ったところで、銀龍会に辿りついた。
「ここだよ。俺の実家。」
 目の前の屋敷を指差し言うと、翔太兄が声を震わせた。
「そ、そうなんだ・・・。何か、緊張する。追い出されたりしないかな、俺。」
 オドオドしながら俺に聞く翔太兄に、涼太が言葉を挟んだ。
「大丈夫ですよ、川凪さん。おじさんも圭ちゃんもみんなもいい人だから。リラックスリラックス〜。それに、ここのお食事うまいんですよ〜。」
 にこにこ笑顔でVサインをする涼太のおかげで、翔太兄の緊張と不安は和らいだようだった。
 こういう時は役に立つよな、こいつ。
 助手席に座って夕食のことを考えにへにへする涼太を見ながら、俺は小さく笑った。
「さぁ、じゃあ入るよ。」
 車に乗せてあるリモコンを押して固い鉄の門を開くと、そのまま中へと車を乗り入れた。
 玄関前に車を止めて降りた俺たちを出迎えたのは圭兄と相馬だった。

「おかえりなさいませ、拓海坊ちゃん。」
「おかえりなさいませ、7代目。」
 圭兄と相馬の言葉を受けて『あぁ、ただいま。』と返したところで、涼太が圭兄に駆け寄った。
「圭ちゃん久しぶり〜。元気だった?」
「あぁ。涼も元気そうだな。ボスが最近お前と喋ってないなぁって言ってたぞ。」
 涼太の頭を撫でて圭兄が笑顔で言った。
「え?そう?じゃあ、今夜はおじさんと喋り捲るぞ。あ、相馬ちゃん、髪型変えたんだ?ひゃ〜、こっちの方が男前じゃん〜。」
 相馬の肩を掴んでジロジロ見入る涼太に、相馬が照れていた。
「そ、そうかぁ?そんな見るなよ。照れるじゃねえか。涼ちゃん。」
「だって、ほんとに男前だぞ。」
「さんきゅ。」
 涼太と相馬の笑顔なやり取りを見ていた翔太兄が、少しだけほっとした顔をした。
 ほんと、涼太って、人をリラックスさせるのは名人だな。

「坊ちゃん、そちらの方は・・・?」
 突っ立っている翔太兄へ視線を移し、俺に問いかけた圭兄。
「あぁ、俺の先輩で川凪 翔太さんだ。ほら、前に一度例の店で会ったろ?って、だいぶ前だし覚えてないか?」
「あ、川凪 翔太と申します。いつぞやは、失礼いたしました。」
 俺に続くように深く頭を下げて自己紹介をした翔太兄に、彼を思い出した圭兄がにこやかに口を開いた。
「あぁ。あの時はどうも。いつもうちの坊ちゃんがお世話になっております。私は、銀龍会最高幹部をしております、坂口と申します。私の隣にいるのは同じく幹部で相馬と申します。以後お見知りおきを。」
「あ、いえ。僕の方こそ、早瀬くんには大変お世話になっております。」
 慌てて答え返した翔太兄に、圭兄が優しく声をかけた。
「さぁさぁ、このような場所ではなんですから、どうぞ中へお入り下さい。相馬、ボスに7代目が帰って来たとお伝えしろ。」
「はい。」
 圭兄に命令され、先に屋敷の中へ戻りかけた相馬を俺は呼び止めた。
「待て相馬、後で俺の部屋へ来い。話がある。」
「あ、はい。では後ほどすぐに伺います。」
 それだけ返事をした相馬は急ぎ足で行ってしまった。
 
 屋敷に入り自室へ向かう途中、親父が嬉しそうな顔でやって来た。
「おお、拓海、GW以来だな。どうした?ホームシックか?」
「んなわけねーだろ。たまには帰ってやらないと、親父が泣くからな。」
 しれっと返す俺の頭を、親父が無言でくしゃくしゃと撫でた。
 俺の頭をひとしきり撫でた親父は、翔太兄へ視線を向けた。
「ん?初めて見る顔だな?拓海、お前の友達か?」
「あぁ、そうだよ。川凪 翔太さんだ。」
「ほぉ、そうか。初めまして、私は銀龍会6代頭首、早瀬 章吾です。よろしく。」
「あ、は、はい。こちらこそ、よ、よろしくお願いします。」
 緊張しながら深く深くお辞儀をした翔太兄の頭をわしゃっと撫でた親父は、にこっと彼に笑みを向けていた。
「そうだ親父、俺、川凪さんと話があるから、涼太と一緒に遊んでてくれよ。晩飯は、ここで食って帰るからさ。」
 思い出して親父に声をかけると、『おお、そうか。じゃあ久しぶりに積もる話しでもしようじゃないか、涼〜。ほれほれ行くぞ〜。』と、親父は涼太の首根っこを捕まえてにへにへしながら行ってしまった。
 やれやれ。

 二人の後姿を見送ってから、ようやく翔太兄を連れて自分の部屋に向かった。
「はぁ〜・・・、緊張した。拓のお父さんって、何かやっぱオーラみたいなのがあるよね。」
 歩きながら翔太兄が大きく息を吐いて呟いた。
「あはは、そうかぁ?そんなオーラ無い無い〜。あんなの、ただの息子バカな親父だよ。」
 へらへら笑い飛ばす俺を、翔太兄が苦笑いで見つめていた。

「さぁ、ここだよ、俺の部屋。入って。殺風景な部屋だけど。」
 部屋に着いてドアを開け・・・中へ促すと、翔太兄は頷いてから室内に入り足を止めた。
「へぇ〜、シンプルでいい部屋だね。インテリアのセンスもいいし。俺はこういう方が好きだよ。あんまりゴチャゴチャしてるとリラックス出来ないし。」
 辺りを見て言葉を返した翔太兄。
 おお!俺と同じ考えの人間がいた。
「そうだよな?俺もそうなんだよ。分かってくれる人がいて良かった。あ、ソファどうぞ。」
 結局、引越しの際にすべて買い揃えた俺は、自分の部屋の物を持って行かなかった為、ソファもベッドもデスクもそのままなのだ。
「あ、うん。じゃあ・・・」
 トスンとソファに翔太兄が腰を下ろして間も無く、部屋のドアが叩かれた。
「7代目。相馬です。入ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、入れ。」
 軽く返事をすると、ゆっくりドアが開かれ・・・コーヒーとお茶菓子を持った相馬が立っていた。
「失礼致します。」
「コーヒー置いたらお前も座れ。」
 テーブルにコーヒーを置く相馬に声をかけた俺は、先にソファへと腰を下ろした。
「はい。」
 一言返した相馬は、テーブルに人数分のコーヒーを置いた後、言われたとおりそっとソファに腰を下ろした。

「あの、7代目・・・何の御用でしょうか?」
 不思議そうに尋ねた相馬に、俺はひとつ息を吐いて口を開いた。
「さっき紹介したからもう名前は言わないぞ。でもって、回りくどい言い方はやめる。お前の前にいるのが、由胡の彼氏だ。」
「はい。存じております。」
 え?
 意外な相馬の答えに、俺と翔太兄が驚いて顔を見合わせた。
「相馬、今・・・何て言った?」
「ですから、知っていると申したんです。少し前に、由胡から『彼氏が出来た』と写メールが届きまして・・・それで。」
 自分のコーヒーをすすりながら、相馬が言いにくそうに答えた。
 そっか。由胡の奴・・・。写メールで送ってやがったのか。
 先を越された。
「な〜んだ、お前知ってたのか。」
 俺が残念そうに返したところで、翔太兄が真剣な顔で言葉を挟んだ。
「あの、お兄さん、僕は・・・由胡とは遊びじゃないです。まだ付き合い始めてからそんなに経ってませんが、一緒になりたいって・・・本気で思ってます。僕には由胡しかいないんです。ただ、年が8つも離れてるので・・・それが、お兄さんのお気に触るのではと・・・」
 翔太兄・・・。
 本気・・・なんだ、由胡とのこと。
 口ごもった翔太兄に、相馬が穏やかな顔で口を開いた。
「年は、関係ないと思います。あいつは、見ての通りぼーっとしててとろくさくて天然なとこがあります。そんなあいつには、貴方くらい年の離れた男の方がいいのかも知れません。それに、あいつと電話で喋った時、私の知ってるあいつの中で一番嬉しそうな声で話してました。『こんな自分でもあったかく優しく包んでくれる心の広い人だ。大切にしてくれる素敵な人だ』と。あんな、甘えたでどうしようもない妹ですけど、良ければ仲良くしてやって下さい。」
 相馬の言葉を聞いた翔太兄は、心の底から安堵したような顔をした。
 そんな翔太兄に、相馬は更に言葉を繋げた。
「ただ・・・由胡の兄である私は、この世界の人間です。もしそのことを、貴方が少しでも気にされるのでしたら、今すぐ妹とは別れていただきたい。」
 え・・・。相馬・・・。
 先程とは一変し、冷たく吐かれた相馬の言葉に、俺はすかさず口を挟んだ。
「おい、相馬・・・何もそんな言い方しなくてもいいだろ。川凪さんは・・・。」
 相馬の肩を掴んで言った俺を、翔太兄が遮った。
「いいんだ、拓。お兄さんの言いたいことは、俺には分かってるんだ。」
 え・・・。
 翔太兄の顔を見ると、そこには真剣な瞳があった。
 翔太兄・・・。
「分かった。俺は黙ってるよ。」
 小さく返しおとなしくコーヒーをすすると、翔太兄は『ありがとう。』と笑顔で言ってから相馬へ視線を向けた。
「お兄さん、お兄さんが仰るように、もしそのことを気にしていたのなら・・・僕は今日ここには来ていません。由胡から全部聞きました。今まで付き合ってきた人が皆、お兄さんが『ヤクザ』だと分かった途端、自分から離れて行った・・・と。だから、初めは怖くて僕にも話せなかったと・・・。でも、僕はそうじゃないと思うんです。以前、友達が僕に言いました。『好きだから、その子のことはどんなことでも知りたい。』って・・・。その時の僕は、彼の気持ちが分かりませんでした。知ればショックを受けるのに、彼女をそういう目で見てしまうかも知れないのに・・・と。でも、由胡を好きになって、僕は彼の気持ちが分かりました。由胡が好きだから・・・だから、由胡のことは何でも知りたい。知ったうえで、もっと彼女を好きでいたいし、包んであげたいって。ですから、僕は、お兄さんが『銀龍会』の方でもちっとも構いません。そういうことをひっくるめて、僕は由胡を好きでいたいんです。」
 言い終えた翔太兄は、相馬に柔らかな笑顔を向けた。
 翔太兄・・・。すごいよ、めちゃくちゃかっこいいよ。かっこよすぎだよ。
 コーヒーカップを手に、話しに感動しながら相馬をちらりと見ると、彼は無言でじっと翔太兄を見つめていた。
 相馬・・・。
   
「相馬、お前の負けだぞ。由胡の彼氏として合格だろ?認めてやったらどうだ?」
 コーヒーを一口飲んでから相馬の肩を叩き声をかけると、彼は俺へと視線を向けて顔を和らげた。
「ええ・・・そうですね。でも、何だかあいつには、もったいない彼氏ですよ。」
「阿呆、もったいないんじゃない。お似合いなんだ。」
 くすっと笑って言い返した俺に、相馬もふっと笑みを浮かべて口を開いた。
「確かに。ほんわかオーラが漂ってるとこが由胡とそっくりです。」
「えっ!そ、そうですか?僕ってほんわかしてます?・・・う〜〜ん・・・」
 顎に手を当てて翔太兄が考え込んでいるのを見ながら、俺は相馬と顔を見合わせ笑っていた。
 ほんと、似てるよ。由胡と翔太兄。すげえお似合いだぜ。

「あ、それはそうと、由胡から聞いたのですが、川凪さんは『沢村財閥』で会長補佐の運転手をされていらっしゃるとか?」
 突然思い出したように話題を変えた相馬。
「あ、はい。そうです。あの、やっぱり、妹の彼氏が運転手じゃダメでしょうか?」
 恐る恐る聞き返した翔太兄に、相馬が静かに首を振った。
「いえ。そんなことありません。それを言うなら、私は『ヤクザ』してますから。私が言いたいのは、そうではなく、何故7代目とお知り合いなのかと思いまして・・・」
 翔太兄と俺を交互に見やって相馬が首を傾げていた。
「あ、それは・・・」
「いいよ、翔太兄。俺から話す。」
 説明しかけた翔太兄を遮って、俺はひとつ息を吐いてから話を始めた。
「実は、俺も今『沢村財閥』で使用人として働いてるんだ。」
「えっ!!!7代目がどうしてそのような・・・。使用人など・・・」
 驚いて目を点にしている相馬に、『まぁ、聞け。』とだけ言い、そのまま話を続けた。
「3月半ばから、俺は『沢村財閥』でお嬢様付きの運転手をしてて、川凪さんは、そこでの俺の先輩なんだよ。仕事をいろいろ教えてもらってる。」
 俺の話を聞いた相馬は、何だか訳が分からないような顔で俺を見た。
「・・・7代目が、『運転手』をなさっておいでなのですか?それで、7代目が、その財閥のお嬢さんに『敬語』をお使いになって??頭を下げておいでなのですか?」
「あぁそうだ。『おはようございます』『行ってらっしゃいませ』ってな。」
 くすくす笑いつつ答える俺を、相馬はただあんぐりと口を開けて見ていた。
 そんな相馬を見て、翔太兄も堪えきれずに笑い出した。
「そ、相馬さん、おもしろすぎです。」
「はっ!あの、でも何故7代目がそのようなことを・・・???まさか、足を洗うおつもりなのですか?」
 我に返って一変、不安そうな表情を浮かべて問う相馬に、俺は一瞬答えに詰まった。
 う〜ん。
「いや、そうじゃないんだ、相馬。ん〜〜、何ていうか、ちょっといろんなことしてみるのもいいかなぁ〜と思ってな。それだけだ。」
 にへっと笑みを向けて嘘の答えを返すと、『なるほど。社会勉強なのですね。』と相馬は腕を組んで感心していた。
 社会勉強って言うか、忍耐訓練と拷問だな、あれは。
 ははは・・・はぁ。
「まぁ、とにかく、このことはお前の胸の内にだけ秘めといてくれ。俺は誰にも話してないんだ。いいな?話しはそれだけだ、仕事に戻っていいぞ。」
「はい。承知致しました。では、失礼致します。」
 苦笑まじりに告げた俺に素直に応じた相馬は、ソファを立ち・・・俺に一礼をしてから部屋を出て行った。
    
「どう?相馬に会った感想は?」
 ふっと翔太兄に視線を向けて尋ねると、笑顔を返された。
「良かったよ、来て。とても、妹思いのいいお兄さんだ。」
「まぁ、あいつも案外妹バカなところあるからな。悠斗様には負けるけど。」
 くすくす笑う俺に、翔太兄も『坊ちゃんに勝てる人はいないよ、きっと。』と笑っていた。
 しばし二人でへらへら笑っていると、軽くドアが叩かれた。
 ん?
「坊ちゃん、坂口です。失礼します。」
 名乗ってからドアを開けて入って来たのは圭兄。
「あ、圭兄。メシ?」
 顔を向けて問うと、彼はにこっと笑った。
「あぁ、もう準備が整ってる。川凪さんの分もご用意させてもらいましたので、ご一緒にどうぞ。」
 声をかけられた翔太兄は、『ありがとうございます。』と深く頭を下げた。
「あの、ダイニングへ行く前に、川凪さん・・・お父上のご様子はいかがですか?」
 ソファを立った翔太兄に、声を落として圭兄が尋ねた。
「え・・・」
 驚いた翔太兄が、すぐさま俺を見返した。
「あぁ、圭兄は知ってるんだよ。俺が圭兄に送金するよう頼んだんだ。」
 笑顔で説明をすると、翔太兄は納得したようだった。
「その節は、本当にお世話になりました。拓にも、皆様にも何とお礼を申していいか。おかげさまで、手術を終え・・・今は自宅療養しております。ただ・・・」
 頭を下げて話していた翔太兄が、言葉を止めた。
「ただ・・・?」
 聞き返す俺を見た翔太兄の瞳は、涙で微かに揺れていた。
「進行ガンで、あちこちに転移してて・・・手術じゃ全部取りきれなかったんだ。抗がん剤治療は親父が嫌がってさ。自分は、残された命を家で過ごしたいって・・・。最後は、お袋と一緒に仲良く今までみたいに酒屋をやりながら・・・死にたいって・・・」
 え・・・。
 翔太兄の衝撃の言葉に、思わず俺は言葉を失った。
「それでは・・・」
 俺の代わりに問いかけたのは圭兄。
「はい・・・、1年もつかどうか・・・。」
「そう・・・ですか。」
 翔太兄の言葉に、圭兄は他に言葉が見つからないようだった。
「でも、僕はそれでいいと思ってます。親父が一番望む生き方をさせてやりたいんです。ただ、親父が最期を迎える前に・・・いい報告と、息子の晴れ姿を見せてやれればいいなぁ・・・と思うんですけど、叶うかどうか・・・。」
 切なそうな顔で答えた翔太兄の肩を、圭兄がそっと掴んだ。
「大丈夫ですよ川凪さん。相馬が言ってましたから、『由胡もやっと嫁に行けそうだ』って。ですから、お父上にお見せできる日は遠くないと思いますよ。」
「そう・・・でしょうか」
「そうだよ、翔太兄。大丈夫さ。」
 俯いて呟いた翔太兄の肩を叩いて笑顔を向けると、彼は俺を見返し口を開いた。
「うん、ありがとう拓。ありがとう・・・」
 そう言った翔太兄の瞳は、大きく涙で揺れていた・・・。
 大丈夫だよ、翔太兄。絶対見せてやれるさ、親父さんに。

「さぁさぁ、ではお食事にしましょう。・・・あっ、それはそうと拓海、お前、涼に何てこと言ったんだ。そのせいであいつ、ボスに変なこと聞いてたぞ。」
 翔太兄の肩を軽くポンと叩いた圭兄は、思い出したように俺に話かけた。
「へ?何を聞いてるんだ?俺、何か言ったっけ?涼太に。」
 う〜ん。何か言ったか??
 はにゃ?
 考え込む俺の肩を圭兄が掴んで、やれやれとばかりに首を振った。
「お前、涼に『北秦会のお嬢さんに惚れてる』って言っただろ??だからあいつ、ボスに『どんなお嬢さん??』ってもう、興味津々で聞いてたぞ。」
 げっ!
 そうだ、忘れてた。夕べ適当に言ったんだ。
「ぎゃっ!まずい!親父の口を封じねば!」
「はぁ〜・・・、遅いよ拓海。『北秦会には、息子はいるがお嬢さんはいないぞ。』ってけろっとした顔でボスが答えてた。」
 ぎえっ!おーまいがっ!!
 うお〜〜どうしよう。
「圭兄、どうしよう、どうしよう、どうしよう〜〜〜〜〜」
 圭兄の両肩を掴んで揺さぶり唸ってるところへ、勢いよくドアが開いた。

「拓海ぃ〜〜〜〜〜〜!!!嘘ついただろ〜〜〜!!おじさんに聞いたら、『北秦会』にはお嬢さんなんかいないって言ってたぞ!!お前の言ってるお嬢さんは、どこの女だぁ〜〜〜〜〜吐けぇ〜〜〜〜」
 部屋に飛び込んできた涼太が、俺の胸ぐらを鷲掴みにして揺さぶった。
「ぎゃ〜〜〜〜〜!!!ごめん涼太!!!嘘言ったのは勘弁してくれ〜〜〜〜。お前がうるさいから、ああ言うしかなかったんだぁ〜〜〜〜〜」
「ええい、吐け吐け吐けぇぇ〜〜〜〜〜〜〜!!!!何処の女だぁ〜〜〜〜〜!」
 ガクガク俺を揺さぶって目を三角にして叫ぶ涼太。
「ひぃぃぃ〜〜〜〜〜〜助けてぇ〜〜〜〜〜圭兄ぃ〜〜〜翔太兄ぃ〜〜〜〜〜」
 必死に助けを請う俺を見ていた圭兄と翔太兄は、互いの顔を見合わせて苦笑いだけをしていた。
 薄情者〜〜〜〜〜!お前ら二人とも薄情者だぁ!!
「ええい、吐かないなら今夜俺がお前を『お婿に行けない身体』にしてやるぅ〜〜〜〜〜〜。」
 俺をソファに押し倒した涼太が、瞳をキラリンと光らせた。
 ひえぇぇぇ〜〜。目がマジだぞこいつ!!!
「ぎゃ〜〜〜〜〜それだけはイヤだぁ〜〜〜〜〜〜!!!勘弁してくれぇ〜〜〜〜〜!俺は綺麗な身体でお婿に行きたい〜〜〜〜〜」
「だったら吐けぇ〜〜〜〜〜〜」
「ぎゃ〜〜〜嫌だぁ〜〜〜〜〜!!!!」 

 その後も、しばらく涼太の怒りは治まらず、結局夕食の『タンシチュー』を胃に入れることが出来たのは、2時間後・・・だった。
 












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