7代目はお嬢様に恋をする。(25/77)PDFで表示縦書き表示RDF


7代目はお嬢様に恋をする。
作:九条 要



【25話】 不安


 翌日。

 朝方やっとウトウトし始めたその時、いきなり背中に激しい痛みが走った。
「ぎゃっ!」
 声をあげた次の瞬間・・・『ダンッ!』『ベシャッ!』と言う音の後に、『ぐえっ!』と声をあげてしまった。
 いだい・・・。
 あまりの顔面の痛さに目を開けると、自分がいたのはフローリングの上。
「いててて・・・。」
 何とかのろのろと起き上がってベッドの上を見てみると、俺のいた場所に伸びているのは涼太の足。
 う〜〜〜〜〜
「うぉのれ〜〜〜〜〜、何回蹴ったら気が済むんじゃ〜〜〜〜!!!」
 今ので通算6回目のキックに切れた俺は、ベッドの上へあがるなり涼太に馬乗りになった。
「ええい、起きろ〜〜〜〜!!!!てめえ〜〜〜!!!おらおらおら〜〜〜〜!!!」
 涼太のTシャツの襟元を掴んでワッサワッサ揺さぶると、涼太が何かを言い出した。
「ん〜〜〜〜拓海ぃ〜〜〜、もう餃子は食えない・・・」
 うがぁ〜〜〜〜!!
「誰が餃子の話をしとるかこらぁ〜〜〜〜〜!!!!!目を覚ませこのバカたれがぁ〜〜〜〜!!!うぉりゃ〜〜〜〜!!!」
 怒りマックスで涼太をベッドから思いきり蹴り落とすと、『ぎゃっ!!』と言う悲鳴とともに涼太が目を覚ました。
「い、痛い・・・。」
「やっと目ぇ覚ましやがったか、このボケ!」
 ベッドの上で仁王立ちする俺を見た涼太は、何で自分が落とされたのかを瞬時に悟ったらしかった。
「ひぃ〜〜〜〜〜拓海の顔が鬼になってる。俺、もしかして蹴った?蹴った?」
 蒼白な顔で後ずさりしながら恐る恐る尋ねる涼太に向かって、『6回な』とどすの利いた声で一言返すと・・・『うぅ〜〜〜〜すみません〜〜許して下さい〜〜〜〜』と涼太が手を合わせて命乞いをした。
「分かってんだろうなぁ??今日から貴様は和室行きだぁ!!!!この部屋には入って来るな!」
「は、はいぃ・・・」
 部屋の隅でびびりながら小さく返事をした涼太。
「まったく、結局一睡も出来なかったじゃねえか。」
 ベッドから降りた俺は、不機嫌いっぱいの大きなため息をついてから寝室を出た。
 くそっ、朝から最悪だ。

 リビングでコーヒーとトーストの準備をしながら洗面や着替えを済ませ、ソファに座ってTVを観つつトーストをかじってるところに涼太がやって来た。
「おはよ〜、ハニー。夕べはごめんよ。お詫びに・・・」
 ご機嫌を取ろうと背後からがばっと抱きついてきた涼太に、俺は無言で持っていたものを向けた。
「ひっ!!た、拓海・・・くん・・・、こ、これは・・・」
「俺は今、機嫌が悪いんだ。何かしたら引き金を引くぞ。」
 そう、俺が涼太に向けたのは実家から持ってきた自分の銃。
 もちろん実弾入りの本物だ。
「わ、分かった。何もしない。しないから、そんな物騒な物はしまおうね、拓海くん。」
 両手をあげてそろそろと俺から離れた涼太を見届けてから、ふっとひとつ息を吐き・・・銃をテーブルに置いた。
 うっ、体の向きを変えると腰と背中が痛い。
「分かればいいんだ。分かれば。まったく、いい加減その寝相の悪さ直せよな。お前の蹴りで腰の骨が折れたらどうしてくれんだよ。それもお前の悪いところだぞ。」
「・・・はい。努力して直します。」
 ぶちぶち文句を言う俺に、涼太が小さくぼそっと謝っていた。
 ふぅ。
「ほれ、お前の分の朝食はカウンターに準備してるから早く食え。」
 キッチンカウンターに乗せてある朝食を指差し言うと、『おお!さんきゅ〜。』と笑顔に戻った涼太がそれを取りに向かった。

「なぁなぁ拓海、お前何でそんな早起きなんだよ?会社遠いのか?」
 トーストとコーヒー持参でソファへ来た涼太が、ちょこんと俺の隣に腰を下ろして尋ねかけた。
「いや、そんなに遠くない。8時仕事開始なんだ。だから15分前には出勤しておかないとまずいからな。」
 コーヒーをすすりながら答えると、『ひゃ〜、えらく早いんだな?』と不思議がられてしまった。
「まぁな。」
「そんら出勤ひかんの早い仕事っれ、らりやっへるんらよ?」
 トーストにがぶっとかぶりついてモゴモゴ尋ねる涼太に、俺はため息をついた。
「お前なぁ、食うか喋るかどっちかにしろよ。ったく。前にも言っただろ。普通のサラリーマンだ。」
 コーヒーを飲み干して呆れがちに答えた俺を見て、『ふ〜ん、ふちゅ〜のひゃらりーまんれぇ・・・』と疑いの目で見る涼太。
「何だよ。その目は。」
 給料貰って働いてんだ。サラリーマンだろうが。間違ってないぞ。
「別に。あっ、そうそう拓海ぃ〜、話しは全然違うけどさぁ、明日はフレンチトーストが食べたい〜。」
「はぁ???」
 無邪気な笑顔でいきなり180度話を変え・・・明日の注文した涼太に、思わず全身の力がガクッと抜けてしまった。
 お、お前なぁ・・・。
「フレンチトースト!」
 もう一度言ってへへへっと笑う涼太の隣で、俺は返す言葉も無くへにゃへにゃとソファにうな垂れた。
 こいつの思考回路はいったいどうなっとるんだ。
「拓海ぃ〜、フレンチトーストと紅茶!な?な?」
 俺の顔を覗き込んで目をキラキラ輝かせ、必死にお願いする涼太。
 はぁ〜・・・。
「・・・はいはい分かりましたよ。明日はフレンチトーストにすりゃいいんだろ。」
 くそっ、何で俺が・・・何で俺がぁ〜〜。
 俺はお前の専属シェフじゃねえ・・・。
「わ〜い。明日はフレンチトーストだぁ〜。きゃっほ〜。明後日は何にしようかぁ〜。」
 肩を落として返す俺とは逆に、超ご機嫌になった涼太は、にこにことトーストを食いながら、既に明後日の朝食のことを考えていた。
 うぅっ、お前はいったいいつまでうちに居座るんだ・・・。
 レンタルしたDVDが7本てことは、最低でも1週間はいるつもりなのか。
 これが毎日続くのか?すさまじく疲れる・・・。
 はっ!こんなことでブルーになってる場合じゃないぞ。
 お嬢様のことが心配だから、少し早めに出勤しないと。
 
 
 いつもより少し早めに出勤した俺は、ベンツで屋敷の玄関前まで来たところで、ちょうど悠斗と出会った。
「あ、悠斗様!」
 慌てて車を降り・・・センチュリーに乗り込みかけた悠斗に声をかけると、彼は俺へと視線を向けた。
「おぅ、早瀬じゃん。おはようさん。そうそう、夕べは済まなかったな。」
 笑顔で挨拶をして一言謝った悠斗に首を振った俺は、さっそくお嬢様のことを切り出した。
「あ、いえ。それより、お嬢様は・・・」
「あぁ、結局、0時前に帰って来たよ。何でも、彼氏の家でお茶飲んで喋ってたら疲れて寝ちまったんだとさ。お前に連絡入れなくて悪かったな。ほんっと、心配ばっかかけさせる妹だよ。」
 呆れ口調で言った悠斗は、『じゃあな。』とだけ言い残してセンチュリーに乗り込んだ。
「はい、行ってらっしゃいませ。」
 深く頭を下げて見送った俺に、運転席から翔太兄が軽く手を振ってそのまま車を走らせ行ってしまった。
 そっか。彼氏の家でお茶して眠りこけてしまっただけだったのか。
 良かった、誘拐じゃなくて。良かった・・・。
 
 心の底からほっとして待機室でお嬢様の登校時間までぼんやりコーヒーを飲んでいると、翔太兄が戻って来た。
「ただいま、拓。」
「あ、おかえり。なぁ、翔太兄、加藤さんと山中さんは??来てから顔見て無いんだけど。」
 戻ってきてコーヒーを準備し始めた翔太兄に問うと、『お休みだよ。』とあっさり返された。
「休み?」
 今日って平日だよな?何で休みなんだ?
「うん。土曜日から旦那様と奥様はご旅行に出かけていらっしゃるんだ。スペインまで。だから、加藤さんと山中さんはしばらくお休みなんだ。でも、坊ちゃんは仕事だし、お嬢様は大学だから、俺と拓はお仕事ってわけ。」
 コーヒーを持って向かいのソファに腰を下ろしながら、翔太兄が笑顔で言った。
「そうなんだ?スペインかぁ・・・。いいなぁ、財閥の人間ってのは。好きな時に好きなところへ行けて。羨ましい。」
 俺なんて国内旅行しかしたことない。
「そうだね。坊ちゃんもよく仕事やプライベートで海外行ったりされてるしね。」
「へぇ〜、悠斗様もかぁ・・・。」
 コーヒーをすすりながら呟くと、翔太兄が更に言葉を刺した。
「うん。坊ちゃんはお嬢様とよく海外へ遊びに行かれるよ、お二人で。PJに乗ってさ。」
 え??お嬢様と二人で!?って、別に変じゃないのか。兄妹だもんな。
 つい似てないから違和感を感じてしまった。
「へぇ、そうなのかぁ。お嬢様も海外旅行好きなんだ〜。今度お話聞いてみようかな。」
 にへにへと笑う俺を、向かいに座る翔太兄がじっと見つめた。
 ん?
「何?翔太兄?あ、もしかして俺、すげえにへにへしてた??」
 いかん、お嬢様のことを考えるとつい顔が・・・。
 両手を顔に当てて問うと、翔太兄はぶんぶんと首を振った。
「ううん、そうじゃないんだ。あのさ、拓に話があるんだけどいいかな?」
「へ?話し?いいけど。何?」
 真剣な顔で言った翔太兄に『顔のことじゃなかったのか』とほっとしながら返すと、彼は言いにくそうにコーヒーをすすった。
「翔太兄??」
「あのさ・・・、その・・・今日って拓、何か用事ある?」
 へ?
「いや、何も無いけど。」
 恐る恐る尋ねる翔太兄に即答すると、ほっとした顔をされた。
「ほんと?そっか。良かった。じゃあ、連れて行ってもらえないかな?・・・銀龍会。」
 え?銀龍会・・・?
 あぁ。
 やっと話が見えた俺は、彼ににこっと笑みを向けた。
「そっか、相馬に会う気になったんだ?いいよ。じゃあ、今日仕事帰りに・・・うがっ。」
 しまった。大事なことを忘れてた。うちには今、居候がいたんだ。
 むぅ〜〜〜。
「拓??どうかした?」
 不思議そうに俺を見る翔太兄に、しばし考え込んでから口を開いた。
「あのさ、翔太兄。一緒に連れて行きたい奴がいるんだけど、いいかな?」
 あいつを一人にする訳にはいかない。
「へ?うん、いいけど。」
 笑顔で了承してくれた翔太兄に『さんきゅ。』と礼を言ったところで、お嬢様の登校時間がやってきた。
「あ、そろそろ時間だ。じゃあ俺、お嬢様を送ってくるよ。」
「うん。行ってらっしゃい。」
 翔太兄に笑顔で見送られ、俺はリムジンで屋敷の玄関前まで向かった。
 
 玄関前にリムジンを止めて傍らに立ち・・・お嬢様を待っていると、少ししてから重い扉が開いた。
 出て来たのは、いつもと変わらず可愛い、俺の大好きなお嬢様。
 そんなお嬢様は、6月になり暑くなってきたことで服装が変わってきた。
 そう、簡単に言えば・・・露出度が高くなってきたのだ。
 俺としては、すごく目のやり場に困ってしまう。
 このまま7月8月になったら、俺はどうなってしまうんだろう。
 耐えられるだろうか。想像すると怖い。
「おはようございます。お嬢様。」
「おはよう、早瀬。今日はいいお天気ね。でも暑くなるんだって。」
 挨拶とともに頭を下げた俺に、お嬢様はいつものように優しく言葉をかけた。 
「はい、そのようでございますね。さぁ、お嬢様、お車へ。」
 後部座席のドアを開けて声をかけると、『ありがとう。』と彼女は中へ乗り込んだ。
 そんな彼女が車に乗り込む際にかがんだのと同時に、胸の谷間がちらりと視界に飛び込んだ。
 うはっ。お嬢様の・・・柔らかそうな胸・・・。
 ど、どうしよう、ドキドキする。
 ダメだぞ、拓海。冷静になるんだ。冷静に・・・冷静に・・・なれない。
 あの胸に触れたい。このまま、後部座席に押し倒して彼女を抱きたい・・・。
 俺だけのものにしてしまいたい。誰にも触れさせたくない。
「早瀬?どうしたの?」
「えっ!?あ、い、いえ、何でもございません。すみません。」
 お嬢様に声をかけられ我に返り、慌てて運転席に乗り込んで車を走らせた。
 くそっ、涼太が夕べあんなこと言うから、頭ん中イヤらしいことばっかだ。
 俺、最低。
 ええい、変なこと考えるな拓海!欲情するな!『男』になるな!自分で決めたことを守れ!!
 何度も自分に言い聞かせてから、ハンドルをぐっと握り締め・・・唇をがりっと強く噛むと、その激痛と口腔内に広がった鉄くさい味とで、ようやく欲情はおさまった。
 ふぅ・・・。
  
 車を走らせてしばらく経った頃、ふいにお嬢様が俺に声をかけた。
「早瀬・・・」
「あ、はい。何でございましょう。」
 ミラー越しに後ろを見ると、お嬢様が俺を見た。
「うん、昨日、ごめんね。お兄ちゃんが電話したんでしょ?早瀬に。聞いたよ。うちのお兄ちゃんってば、ほんとに心配性なんだから困っちゃう。ただ、宮野くんちで紅茶よばれて眠くなって寝ちゃっただけなのに。」
 謝って呆れがちに言うお嬢様。
「あ、いえ。お嬢様に謝っていただくほどのことでは。それより、何事も無くてようございました。誘拐ではないかと、悠斗様が大層ご心配なさっておいででしたから。」
 俺もすごく心配だったけど。
 ミラー越しにお嬢様を見て答え返すと、彼女はおかしそうに笑い出した。
「お兄ちゃんてばそんなこと言ってたの??もう。おかしすぎだよね。誘拐な訳ないじゃん〜。」
「ですが、『夕方からお出かけの用事があったのに』と、悠斗様は仰っておいででしたけど?お忘れだったのですか?」
 ずっと気になっていたことを尋ねると、お嬢様は手を口元にそっと当てた。
「覚えてたよ。でね、夕方前に桜たちと別れて帰ろうとしたら、宮野くんが『お出かけまで時間あるし、ちょっとだけうちに寄ってお茶しようよ。』って言うから、寄ったの。で、おば様に紅茶を入れてもらって、宮野くんのお部屋で飲んでたら眠くなってきて・・・それで、寝ちゃったみたい。きっと遊び疲れだね。へへへ。」
 そう言って苦笑いをしたお嬢様に、少しだけ違和感を感じた。
 何だ?この妙な感じ。
「さようでございましたか。」
「うん。高校の頃からね、宮野くんのおうちに行くと、たまにやっちゃうの、私。きっと友達だから安心しちゃうのかな。」
 え・・・?たま・・・に?
 へへへっと笑って補足したお嬢様の言葉が、俺の胸をざわつかせた。
 何だ、胸がモヤモヤする・・・。
「そうかも知れませんね。ですがお嬢様、男の子のお部屋で無防備に寝ては危険ですよ。お気をつけ下さい。」
 笑顔を向けて一応忠告をすると、お嬢様は俺を見て頷いた。
「うん、気をつける。でも、変だよね。紅茶いただく前は眠くないのに、飲んだらほっこりするのか眠くなっちゃうのよね。」
 にっこり笑顔で平然と返したお嬢様は窓の外へと視線を向けた。
 紅茶を飲む前は眠くないのに・・・飲んだら眠くなる?
 飲んだら・・・眠く?
 まさか・・・。いや、考えすぎか・・・。
  
 大学前に着いて車を止めると、すぐに運転席を出て・・・後部座席のドアをガチャっと開けた。
「お嬢様、さぁどうぞ。」
「うん、ありがとう。」
 ゆっくりと外に降り立つお嬢様の服は、やっぱり露出度が高くて胸元が見えてしまう。
 うぅっ、やっぱ目のやり場に困る。
「お嬢様、これから暑くなりますが、そのような・・・」
 少し視線を逸らして途中まで言いかけた俺の口元に、お嬢様がハンカチを当てた。
 え・・・?
「早瀬、唇から血が出てるよ。」
 反射的に視線を落としたのと同時に、心配そうな瞳で見上げるお嬢様と目が合った。
 その瞬間、一気に顔がカーッと熱くなってしまった。
 最悪。俺、今絶対顔真っ赤だ。恥ずかしい。
 されるがまま状態で突っ立ってる俺を見て、お嬢様が更に声をかけた。
「早瀬もおっちょこちょいだね。って私もね、実はよくこうやって噛んじゃうの。これって、ご飯食べる時、沁みて痛いんだよね。」
 ふふふっと優しく笑い、俺の唇をハンカチで拭いてくれるお嬢様。
「はぁ、お昼食べる際には気をつけます。」
 ぼそぼそ言い返しながら、胸のドキドキは増す一方だった。その時・・・
「月華ちゃ〜ん。」
 ん?
 ふいに聞こえた声で視線を向けると、こっちに駆けてくる男が一人。
 あいつは・・・宮野。
「あ、宮野くん。おはよ〜。」
 お嬢様が俺の口元を拭きながら、駆けてくる宮野に笑顔で声をかけた。
 むむぅ、目の前でちゃんと見るのは初めてだ。
 背が高いと言っても、俺よりは低いな。175センチってとこか。
 ルックスは普通だな。ふむふむ。
「おはよ、月華ちゃん。その人が、いつも話してる運転手さん?」
 傍に来た宮野が、俺を見てからお嬢様に声をかけた。
 いつも話してる?お嬢様は俺のことをこいつに話してるのか?
 まぁ、だいたい内容は想像つくけど。
「うん、そうだよ。早瀬って言うの。あ、早瀬、紹介するね。彼が宮野くん。ちゃんと会うのは初めてだよね?」
 笑顔で彼氏に答え返したお嬢様は、俺に改めて彼氏の紹介をした。
「はい。初めまして。お嬢様付きの運転手をしております、早瀬と申します。」
 お嬢様の手を離し・・・深く頭を下げて挨拶をすると、『初めまして。僕は月華ちゃんとは高校からの友達で、今は彼氏をさせてもらってる宮野 智史と言います。』と、礼儀正しく挨拶を返されてしまった。
 むむっ。きっちり挨拶は出来るみたいだな。
 やっぱ、お嬢様の言うように本当に『いい人』なのか??
 分からん。
「あ、月華ちゃん。僕、教授に呼ばれてるから先に行くね。じゃあ、また後で。」
「うん。また。」
 お嬢様に笑顔で言い置いた宮野は、彼女に手を振り行ってしまった。
 む〜〜〜。どうなんだ??いい人なのか?それとも、『いい人』ぶってるだけなのか??
 紅茶の件を考えると、どうも何やら引っかかる・・・。
 腕を組み・・・走り去っていく宮野の後ろ姿を睨みつけていると、お嬢様の笑い声とシャッター音が聞こえた。
 えっ??
「ひゃははは。早瀬ってば、おかしい。唇からダラダラ血流しながらすごい怖い顔してる。あんまりにもおかしいから、写真撮っちゃった。ひゃはははは。」 
 はうっ。
 お、お嬢様・・・。
「そんな写真撮らないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか。」
 そうだ、そんなに笑わなくてもいいじゃないか。しかも、写真撮るなんて。お嬢様のバカ。
 俺はただ、お嬢様の心配をしてただけなのに。
「ごめんごめん。でもおかしくて。ほら。」
 ヒーヒー笑いながら俺にケータイの写真を見せたお嬢様。
 そこに映っていたのは・・・。
 めちゃくちゃ最悪な俺の顔。
「・・・お嬢様、今すぐ削除して下さい。そんな顔嫌です。」
 だって、嫌だ。これじゃあ、イケメン早瀬 拓海の名が廃るじゃないか。
 しくしく。
「だ〜め。おもしろいから帰ってお兄ちゃんにも見せよ〜っと。」
 うげっ、悠斗に見せるだと??
 意地悪な瞳でぺろっと舌を出して言ったお嬢様の手を、俺は咄嗟に掴んだ。
「やめてください、悠斗様にだけは見せないで下さい。」
 う〜〜、悠斗には見せないでくれ。100%いじめられる。
「じゃあ、一回見せたら削除するから・・・。それならいいでしょ?」
 必死にケータイを死守するお嬢様から何とか奪い取ろうと、彼女の手首を掴んだ。
「嫌です〜〜!今すぐ消して下さい〜〜〜。」
「イヤ〜〜〜。絶対お兄ちゃんに見せる〜〜〜」
 ケータイの奪い合いをしてるうちに、俺は無意識にお嬢様を『ダンッ』とリムジンに押し当てた。
 あっ。
 リムジンと自分の間にはお嬢様の身体。しかも、密着した・・・身体。
 その状況に、心臓はバクバクして顔は真っ赤になってしまった。
「早・・・瀬・・・」
 顔を赤くしたお嬢様が俺を見上げて小さく名を呼んだ。
「あ、ち、違います。そういうつもりじゃ・・・。す、すみません。」
 慌ててお嬢様から離れると、彼女がその場にへにゃへにゃと崩れかけた。
「お、お嬢様!」
 驚き急いで彼女の身体を抱きとめると、その身体は震えていた。
 え・・・。
 もしかして、俺は・・・彼女を怖がらせてしまったのか?
「早瀬・・・、もう大丈夫だから・・・離して・・・。」
「あ、はい。あ、でも先ほどのは本当に違うんです。早瀬は、神に誓ってお嬢様にそのようなことは致しません。どうか信じてください。お嬢様を怖がらせてしまって本当に申し訳ありません。お許し下さい。お許し下さい・・・」
 お嬢様を離し・・・頭を下げて謝ると、彼女は『・・・怖かったわけじゃないから。』と小さく返した。
「え・・・?」
 顔を上げて目をしばたかせると、お嬢様は俺に優しく笑みを向けた。
「とにかく、そうじゃないから。早瀬が責任感じるのはやめてね。写真、ちゃんと削除しておくから安心して。それと、はい、ハンカチ。まだ、血が出てるよ。このハンカチあげる。じゃ、行って来るね。」
 お嬢様は、それだけ言うとあの夜と同じように足早に駆けて行ってしまった。    
 怖がらせた訳じゃないのか?でも、お嬢様・・・震えてた。
 まさか、俺に気を使って、嘘を言ってくれたのか?
    
 
 屋敷に戻ると、裏庭でベンチに座り・・・ぼーっと青い空を見上げた。
 お嬢様は、絶対嘘を言ってる。
 だって、あんなに身体が震えてたのに、怖くなかったはずない。
 ほんとは、すごく怖かったんだ。
 なのに俺・・・。俺・・・。
 手を見れば、お嬢様がくれたハンカチ。
「お嬢様・・・」
 ごめん。君を怖がらせるつもりなんか無かったのに。
 ごめんよ・・・。
「拓。ここにいたのか。」
 肩をポンと叩かれて振り返ると、笑顔で立っていたのは翔太兄。
「翔太兄・・・。」
「どうしたんだい?何か、泣きそうな顔してる。」
 隣に腰を下ろして問いかけた翔太兄の服をぐっと掴んで、俺は言葉を吐き出した。
「翔太兄、俺どうしたらいい?俺、お嬢様を怖がらせるようなことしてしまった。俺のせいで、お嬢様があんなに震えてた。どうしよう。どうしたらいいんだろう・・・。」
「拓、もしかして・・・『男』になっちゃったのか?」
 恐る恐る聞き返す翔太兄に、俺は首を振った。
「違う、違うよ。なってない!そうじゃないんだ!でも、結果的には、お嬢様にはそう取られたかも・・・知れない。どうしよう、お嬢様に嫌われたくない。嫌われたら俺・・・。もうどうしていいか分からない。」
「拓・・・。お嬢様は、何て仰ってた?」
 俺の肩を優しく掴んで問いかけた翔太兄。
「え?お嬢様は・・・『怖かった訳じゃない』って・・・。だから、『早瀬が責任感じなくてもいい』・・・って言ってくれた。でも、あんなの嘘だ。怖くなかったのならあんなに身体が震えるもんか。絶対、怖かったんだ。絶対・・・」
 翔太兄から手を離して呟く俺の頭を、彼がよしよしと軽く撫でた。
「拓、お嬢様がそう言っておいでなら、きっとそうなんだよ。だから、拓が責任感じることは無いさ。」
「でも・・・」
「ねぇ拓、お嬢様その時、どんなお顔していらっしゃった?」
 へ?
 どんなって・・・。 
「周りに人がいたから、恥ずかしそうに真っ赤になっていらしたよ。でも、それは俺も同じだ。事実、相当恥ずかしかったし・・・。」
 そうだよ、あんな大学の門前で。恥ずかしくない訳ないだろ。
「ふ〜ん、そっか。・・・そっかぁ〜・・・。ふふふ。」
 へ??
 俺の言葉を聞いて、一人で何やら笑う翔太兄。
 何なんだ。俺が真剣に悩んでるってのに。
「何だよ、翔太兄。」
「ううん、別に。そうだ、お嬢様のお迎え、俺が代わりに行ってあげるよ。拓は、今はお嬢様に会いにくいだろ?」
 にっこり笑顔で言う翔太兄を見ながら、無言でこくんと頷いた。
 確かに、今はお嬢様と会いたくない。
 だって『やっぱり早瀬なんて大嫌い。』なんて言われたら、俺はショックで寝込むの間違いない。
「じゃあ、俺が行って来るよ。その間、拓はゆっくりしてていいよ。」
「うん。頼む。」
 こうして、お嬢様のお迎えは翔太兄に行ってもらうことになった。

 昼前・・・。
「じゃあ、お迎え行って来るよ、拓。」
 リムジンの鍵を掴んだ翔太兄は、軽く手を振り行ってしまった。
「行ってらっしゃい。」 
 同じく手を振り返して彼の後姿を見送った俺は、待機室のソファにバタンと倒れ込んだ。
 はぁ・・・。  
 宮野がどうとか紅茶がどうとか言ってる場合じゃない。俺がお嬢様に嫌われる危機だ。
 うぅっ。
 こんなことになるなら、あんな写真我慢するんだった。
 あぁ、最悪。
 どうしよう。今度こそ解雇されたら。
 解雇・・・
「うあぁ〜〜〜〜考えたくない〜〜〜〜イヤだイヤだイヤだぁ〜〜〜〜〜」
 クッションを頭からボフッと被ってひとりで叫んだ。
 嫌われたくないよぉ。
 ぐすん。
 
 しばらくひとりで暗い空気を漂わせていじけていると、小1時間ほどした頃にリムジンが戻って来た音がした。
 あ、帰ってきた。
 どうだったんだろう?お嬢様、不機嫌だったのかな?
 ダメだ、聞けそうにない。怖い。
「ただいま、拓。」
「おかえり・・・」
 クッションを抱えてどよ〜んと重い空気を漂わせている俺を見た翔太兄は、突然笑い出した。
「拓、おばけみたいだよ。それじゃ。あははは。」
「笑うな。俺はすげえブルーなんだ。」
 だって、お嬢様に嫌われる危機なんだ。
「大丈夫だよ、拓。お嬢様は拓が心配してるようなことは思っていらっしゃらないよ。だから、元気出しなって。」
 俺の肩をポンポンと叩いて笑う翔太兄。
 そんな彼に疑いの眼差しを向けると、『疑り深いなぁ・・・』と苦笑された。
「ほんとか?ほんとに、怒っていらっしゃらないのか?ほんとに俺、嫌われてない?解雇されない?」
「ないない。全部ない。怒ってないし、嫌われてないし、解雇もない。」
 ソファに座ってくすくすとおかしそうに笑う翔太兄を、俺はじとっと見据えた。
「ほんとだな?嘘じゃないな?」
「ほんとだってば。」
 呆れたように言った彼の言葉で、俺はようやく心から安堵した。
「良かった。嫌われてなくて。良かった。ほんとに良かったぁ〜。はぁ〜〜〜、ほっとしたら腹が減った。」
 行き倒れの如くソファに倒れた俺に、翔太兄が言葉を繋げた。
「そうそう、今日の昼ご飯さぁ、お嬢様が『専属シェフに用意させて運ばせるから待ってて』って言ってたよ。」
「へ?お嬢様が・・・?」
 俺たちに?
「うん。『早瀬に悪いことしちゃったお詫び』だって。」
 そう言ってにこっと笑う翔太兄に俺は首を傾げた。
 お詫び?お詫び・・・。う〜ん。
「『写真』がどうとかって言ってらしたよ。」
 考え込む俺に、翔太兄がぼそっと言葉を刺した。
「あっ。あれか・・・。」
 ちゃんと削除してくれたかな・・・って、別にもうどうでもいいけど。
 嫌われてなかったし。
「あと、拓にお嬢様から伝言。」
「伝言??」
「うん。『早瀬は唇怪我してるから、食べても沁みないようなお食事作ってもらうね。だからいっぱい食べてね。』ってさ。ね?全然嫌われてないだろ?だから、もう少ししたら、スペシャルにうまいお昼が食べれるよ、拓。」
 ふふっと笑みを見せて言った翔太兄に『うん』と頷きながら、俺は・・・食事よりもお嬢様が俺にしてくれた心遣いに目頭が熱くなった。
 お嬢様・・・俺の為に・・・俺の為に・・・。
 何てお優しいんだ・・・。
 優しすぎる・・・。

 うぅ・・・お嬢様は、やっぱり早瀬の小悪魔。いえ、女神様です。
 何を言われようと、早瀬は一生貴女について行きます。この身をすべてお捧げします。
 ずっと貴女だけを見つめさせてくださいまし。
 
「拓、何してるの?お祈り?」
「女神様に、一生お使えするお約束を・・・」
「はぁ?・・・拓?拓?頭大丈夫??」
「あぁ・・・俺の女神様・・・。」
「た、拓が・・・壊れてる。」

 俺のお嬢様(女神様)・・・。
 世界で一番好き。            












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