【24話】 幼馴染 (後)
レンタルショップから帰宅し、キッチンで夕食を作りつつ大きなため息を吐いた。
「はぁ〜・・・」
何で俺が涼太のメシも作らなきゃいけないんだ。
ちらりと視線を移せば、ソファに座ってじっとTVを見入ってる涼太の姿。
そりゃ確かに、一人で食うより二人の方がいいけど、その相手が涼太ってのが気に食わないぞ。
あぁ、ここに一緒にいるのがお嬢様ならいいのにな・・・。
お嬢様が俺の為に夕食なんか作ってくれたら、最高に幸せすぎるんだけどなぁ〜。『拓海くん、もう少しで出来るから待っててね。』なんてキッチンから俺に声をかけるんだ。
もしくは、一緒にキッチンで作りながら『私はこっちするから、拓海くんはそっちで炒め物お願いね。』なんて・・・。へへへへ・・・。
はっ!いかん、妄想で喜んでしまった。
そう言えばお嬢様、夕方にはちゃんと帰るって言ってたけど、帰ったのかな??
どうなんだろう??気になる。でも、自分で『夕方に帰る』って言ってたんだし、帰ったよな。きっと。そうだよな。うんうん。
「なぁ、拓海〜。今日の晩飯なに〜?」
静かにTVを観ていた涼太が、ふいに俺の方を見て声をかけた。
そんな涼太の声に現実に引き戻された俺は、ひとつ息を吐いてから口を開いた。
「ん?あぁ、あんかけ炒飯と餃子と鳥の唐揚げと青椒牛肉絲と卵スープだ。」
「ひゃっほ〜。中華好き。もしかして全部手作り??」
そう言ってトコトコとキッチンにやって来た涼太が、俺の作業をじっと見つめた。
「当たり前だ。餃子の皮まで手作りだ。」
ちまちまと餃子を作りながら言い返すと、出来上がった餃子をひとつ摘み上げて涼太が感動していた。
「うひゃ〜、すげえ。これが丸ごと手作りなのかぁ〜〜。むぅ〜〜、デパートで並べても十分商品になるぞ。」
「感心してる暇があるなら、手伝え。餃子焼くくらいならお前にも出来るだろ。」
「出来る!やるやる。」
にこにこと嬉しそうにキッチンの中に入って来た涼太にフライパンを渡し、出来上がった餃子を焼くように命令した。
「いいか??せっかく一生懸命作ったんだからな!焦がしたら、殺すぞ!」
先に脅しをかけてから餃子を渡すと、『頑張る。』と涼太は顔を引きつらせていた。
そうして、焼き餃子は涼太に任せて他のおかずを作っていると、いきなり悲鳴が聞こえた。
「ぎゃ〜〜!!あぢぃ〜〜〜!!」
な、なんだ??
作業の手を止めて視線を移すと、涼太が自分の顔を押さえていた。
「どうした??」
「油が飛んだ。あちちち・・・。」
油?
うげっ!!
「バカ、お前、油入れすぎなんだよ!!」
はぁ〜・・・。やっぱこいつに任せたのが間違いだった。
これじゃ、焼き餃子じゃなくて揚げ餃子だろうが!
「そんなの言ってくれなかったじゃないか!」
「普通は言わなくても分かるんだよ!」
ぶーたれる涼太に呆れ言い返した俺は、大きなため息を吐いた。
「もういい。俺がやるから、お前はあっちに行ってろ。」
ため息まじりに言った俺に、『嫌だ。』と涼太が反抗した。
「嫌だじゃない!あっちに行ってろ!」
「嫌だ。最後までする。」
頑として引かない涼太に負けてしまった。
「分かった。じゃあ、俺が教えてやるからその通りにやれ。いいな??」
まったく。妙なとこで意地っ張りだからな、こいつ。
「ほい。でも拓海、その前に目が痛い。」
左目を押さえて呟いた涼太に驚いた。
え・・・?まさか、目に飛んだのか?油。
「おい、大丈夫か?早く水で顔洗え。ほら。」
キッチンの水でジャバジャバ顔を洗わせてから、もう一度尋ねた。
「どうだ??まだ痛いのか??」
「う〜ん、瞼がチクチクする。」
へ?瞼?
「眼球じゃないのか??」
「いや、瞼。」
そう言って濡れた顔でにへっと笑った涼太の頭を、べしっと一発しばいた。
「阿呆!だったら最初からそう言え!てっきり眼球に飛んだのかと思ったじゃねえか!!」
まったく。
「だって、目には間違いないじゃん。おし!気を取り直して、気合いを入れて餃子を焼くぞ!お〜!!さぁ拓海、早く餃子焼きのテクを教えてくれ。」
すっかり元気になった涼太が、フライ返しを握り締めてにまにまと俺の指示を待っていた。
そんな涼太にすっかり呆れた俺は、堪えきれずついクスクスと笑ってしまった。
「はいはい・・・、教える教える。」
こうして、かなりと言うか凄まじく手間取った夕食作りを終えたのは、8時を過ぎた頃で・・・実際に食べ始めたのは9時前だった。
夕食後・・・。
涼太が風呂に入っている間に食器を洗い、リビング横の和室スペースに来客用の布団を敷いた俺は、ソファに座って雑誌を読みながらダラダラくつろいでいた。
「ふぅ〜。お風呂最高〜。」
トランクス一枚でリビングに戻って来た涼太が、タオルでゴシゴシと頭を拭きつつポフッとソファに座った。
「涼太、お前、Tシャツとかジャージとか持ってきてないのか?」
雑誌を閉じて尋ねる俺に、涼太が頭を拭きつつ視線を向けた。
「へ?あぁ、持ってきてるよ。後で着る。今は暑いからいらない。あ、もしかしてハニーってば、僕の裸にムラムラくるのかな??」
にんまりしながら俺に尋ねる涼太の頭をべしっと一発叩いた。
「阿呆、そんな訳ねえだろ。」
誰が男の裸見てムラムラくるかってんだよ。
お嬢様の裸なら・・・そりゃ・・・。
そこまで思った瞬間、以前見たパーティードレス姿や浴衣姿のお嬢様の『白い柔肌』と『豊満で柔らかそうな胸』を思い出し、顔が一気にカーッと熱くなるのを感じた。
「うおっ!ハニー、顔が真っ赤!やっぱ俺の裸見て興奮したんじゃないかぁ〜。そんなに俺を抱きたいなら・・・」
「違うわボケ!!誰がお前の見て興奮するか!!それ以上ふざけたことぬかしやがったら殺すぞ!!」
履いていたスリッパでバシッと涼太の額をしばくと、『ぎゃっ!』と言う声とともに涼太が潤んだ瞳で俺を見返した。
「スリッパで叩くことないじゃないか。冗談が通じないんだからハニーは。」
「ハニーって言うなって言ってんだろうが!!次言ったらタオルで首を絞め上げるぞ。」
涼太の持ってたタオルを奪い取り・・・ギンッと睨みつけて言葉を吐き捨てると、涼太は顔を引きつらせながらそろそろと逃げ出した。
「そ、そんな怖い顔で睨まなくてもいいじゃないかぁ・・・。分かったよ、言わない。言わないから首は絞めないでくれ。な??拓海。」
「ほんとだな??」
「ほんとほんと。」
こくこく頷く涼太に、俺はひとつ息を吐いた。
「まぁいい。じゃあ、俺は風呂に入って来る。」
それだけ言い残して涼太にタオルを返した俺は、ズカズカとバスルームへ向かった。
まったく。
お湯に浸かり顔にバシャバシャッと湯をかけてから、大きなため息をついた。
「ふぅ・・・、さっきはやばかった。あれじゃ確かに、涼太の裸見て赤面したように見えるよな。うぅっ、俺はお嬢様のことを想像してドキドキしただけなのに。」
ぐすんと落ち込んでからふとガラス窓の外を見やると、街はすっかり夜景に変わっていた。
「お嬢様、ほんとにちゃんと夕方には帰ったのかな。何だか、妙に心配なのはどうしてだろう・・・。」
あの宮野って奴、ほんとにお嬢様が言うように『優しくていい人』なんだろうか??
まぁ、お嬢様は彼と付き合いが長いし、お嬢様がそう言うならそうなのかも知れない・・・。
本当にお嬢様のことを思ってくれてる男ならいいけど。
だって、今現在お嬢様の彼氏である以上、彼女を泣かすようなことだけは絶対にして欲しくない。
彼氏になれない俺が言えるのも願えるのも、それくらいだから・・・。
お湯の中でブクブク沈んでいるところに、突然ドアが叩かれた。
「拓海〜、ケータイ鳴ってるぞ。ここに置いとくからな。」
それだけ告げた涼太は、ケータイを何処かに置いて行ってしまった。
電話・・・?誰だ?
慌てて風呂から出てバスタオルを巻き・・・電話を見ると、着信は悠斗。
何だ??
「はい。」
―「あ、すまん早瀬。俺だ。お前も、今日あいつデートだって聞いてたか?」―
へ?
「あ、ええ。伺っております。それがどうかされましたか??夕方には帰るとおっしゃっておられましたから、もうお戻りになってるはずでは?デートで何かあったのですか?」
―「それが、帰って来ないんだ。」―
え・・・?帰って・・・こない??
電話の向こうの悠斗の言葉に、俺は風呂に入る前の時間を思い出した。
俺が風呂に入るのが9時45分くらいだったから、たぶん今10時頃だぞ。
なのに・・・。
「まだ、お戻りでは無いのですか?」
夕方には帰るって言ってたのに。
―「あぁ。今日、本当は夕方から出かける用事があったんだが、一向に帰って来ないから結局中止にしたんだ。月華のケータイには何度も電話してるんだが、まったく繋がらない。それで、さっき桜ちゃんに電話をしたら、『夕方前には別れて帰った』って言うんだ。だから、もしかしたらお前に何か連絡があったかと思ってな。」―
夕方前には別れて帰った?ケータイが繋がらない?
「いえ、私の方には何もございません。もしかすると、用事をお忘れになっていて、彼氏とご一緒にお食事でもなさっておいでなのでは?ですから、ケータイが鳴ってることにお気づきにならないのかも知れません。『お酒は飲まないから』とご自分で言っておられましたから、きっと大丈夫だと思います。」
でも変だな。お出かけの用事を忘れるようなお嬢様じゃないはずだけど・・・。
―「そうかな。もしかして、誘拐とかじゃ・・・。ほら、前にもお前、言ってたじゃないか?月華を誘拐しようとした奴らがいたって。」―
誘・・・拐・・・。
悠斗の言葉に、一瞬背筋に悪寒が走った。
「ですが、あの時のような怪しい輩がうろついてるのは見かけませんし、そういったことは無いと思います。もし見かけていれば、とうに私が始末しておりますので。きっと何処かへ寄り道しておられるだけで、じきにお戻りになられますよ。ですから、あまり悪い方にお考えにならない方がよろしいかと。」
悠斗に言い諭しながらも、自分の心の中は妙な不安と心配でいっぱいだった。
―「そうだな。済まない。もう一度あいつのケータイに連絡入れてみるよ。さんきゅ。じゃあ。」―
「あ、はい。では失礼いたします。」
電話を切った後に『ふぅ・・・』と息を吐くと、ドアの隙間から涼太がじーっと俺を見つめていた。
「ぎゃ〜〜!!お前、いつの間にいたんだよ!!びっくりするだろうが!!」
心臓に悪い。
「電話、誰だ?お前、やけに丁寧な敬語だったけど。それに、『怪しい輩』がどうとか『始末する』とか・・・」
じとっと見据えて問う涼太に一瞬焦った。
どうしよう、こいつの前で『沢村』の名前は出せないぞ。
「あ、あぁ、北秦会の頭首だよ。そこの娘さんのことでちょっといろいろな。それより、なんだ?用事か??」
亘おじさんには娘はいないけど、この際仕方ない。
適当な嘘で返して話を変えると、涼太は『早く映画が観たい』とふくれっ面で言った。
「はいはい、すぐに行くから待ってろ。俺はまだ風呂の途中なんだ。」
「ほい。んじゃあ、コーヒーでも準備して待っとく。」
げっ!
にへにへ顔で言う涼太の腕を、咄嗟にがしっと強く掴んだ。
「用意するな!!後で俺がする。だからお前はキッチンに近づくな。いいな??」
ぎろっと睨みつけて言い放つ俺を見て、涼太が『わ、分かった。』と素直に頷いた。
「よしよし、分かればいいんだ。じゃ、後でな。」
あいつにさせると、絶対ヤケドするからな。前もそうだったし・・・さっきもそうだし・・・。
やれやれと首を振ってから風呂に戻り、再びお湯に浸かってのんびりとくつろいだ。
ふぅ・・・。
でもお嬢様、どうしたんだろう??『ちゃんと夕方に帰る』って自分で言ってたくらいだし、遅くなるなら連絡を入れそうなもんだけど。
まだ宮野と一緒なのかな?それとも・・・。
『誘拐とかじゃ・・・』
悠斗の言葉が耳について離れない。
違う。そんなんじゃない。誘拐なんかじゃ。大丈夫だ、きっともうじき帰ってくるはず。ただ、彼氏と遊んでるんだ。そうだよ。そうに違いない。
何度も頭を振って、『誘拐』と言う不吉な言葉を頭の中からかき消した。
風呂から上がって洗濯機のスタートボタンを押してから、バスタオルで頭を拭きつつリビングへ戻った俺が見たものは、キッチンの床にしゃがみ込んで何やらしている涼太の姿。
むっ??
「何してんだ??」
「ひっ!!あ、いや、これは・・・その・・・。」
俺の声に驚いて振り向き焦る涼太。
見ると、床が濡れている。
「まさかとは思うが、コーヒーの準備なんぞしてたんじゃねえだろうなぁ??」
ぎろっと睨みつけて尋ねた俺に、涼太の顔が強張った。
「えっ!!あ〜・・・その・・・。あははは、ごめん。湯を沸かしたら熱くてひっくり返して零したんだぁ〜。にゃはははは〜。」
必死に苦笑いで答える涼太を見下ろし、思わず大きなため息をついてしまった。
はぁ〜・・・。だから言わんこっちゃない。
「だから、キッチンには近寄るなって言っただろ。で?ヤケドしなかったか??手とか足とか。」
やれやれとため息まじりに問うと、『足にかかった。』と左足を見せられた。
トランクス一枚姿の涼太の足は、左の大腿〜膝関節辺りまでが薄っすら赤くなっていた。
「お前、それ水で冷やしたか?」
「へ?まだ。先に床を拭いておかないと、拓海が怒ると思ってさ。」
にへにへと笑顔で返す涼太に、一瞬頭を抱えた。
うぅっ、こいつだけは・・・。
「お前は阿呆か!!床なんぞ後で拭けばいい!!早く来い!!」
怒鳴りながら涼太の腕をぐっと掴み、無理矢理風呂場へと連衡した。
ズルズルと風呂場へ連れて行くと、シャワーの水を一気に涼太の足にかけた。
「ぎゃっ!!冷たい冷たい冷たい!!」
「当たり前だ、このくらい我慢しろ!!ボケ。」
ぎゃーぎゃーうるさい涼太の頭をぐーで軽く殴って黙らせてから、水で冷やした後にタオルで足をそっと拭いた。
「どうだ?痛いか?」
「う〜ん、感覚が無い。でも、チクチクしなくなった気がする。」
にへにへと答える涼太の顔を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「そうか。でも、しばらく冷やしておいた方がいい。冷凍庫にアイスノンがあるから、タオルで巻いてやるから当てておけ。」
「おぅ。」
にへーっと笑顔で返事した涼太は、俺の背中にべちょっとくっついた。
「んぎゃっ!何しやがる!!」
「負傷者一名。だから、おんぶ。」
はぁ??
「バカたれ!!一人で歩け!!」
べしっと涼太の頭を軽くしばいた俺は、アイスノンを巻く為のタオルを持ってリビングへスタスタと先に戻った。
早速冷凍庫からアイスノンを取り出し、グルグル巻きにしたところに涼太が戻って来た。
「ほれ。これ当ててソファでじっとしてろ。床は俺が拭くから。」
アイスノンを渡し・・・床の拭き掃除を始めた俺を、涼太がじーっと無言で見つめていた。
「何だ?ソファに行ってろよ。」
床を拭きながら気になってもう一度声をかけると、涼太が小さく口を開いた。
「俺・・・、何かいっつもお前に迷惑かけてるよな。」
え・・・。
ぼそっと吐き出すように言った涼太の言葉に、俺は手を止め息を吐いた。
「阿呆。こんなのは迷惑のうちに入らねえよ。不器用なくせに、『やっぱり風呂上りにコーヒー飲ませてやろう。』って気遣ったんだろ??そんなの分かってるさ。けど、そういう気遣いは今度から俺にはしてくれなくていい。」
「え・・・?でも・・・。」
口ごもった涼太に、俺は更にため息とともに口を開いた。
「『でも』じゃない。それでヤケドや怪我される方が迷惑だ。心配するだろうが、まったく。それはお前の悪いところだ。」
「すまん。」
小さく謝った涼太は、小さな子供みたくしょげていた。
「それから、俺はお前の悪いところをもうひとつ知ってるぞ。」
そう、これも昔からだ。こいつの悪いところ。
「へ?もうひとつ??」
しゃがみ込んで不思議そうに聞き返した涼太に、俺はふふっと笑みを浮かべて頷き口を開いた。
「あぁ。恋愛に関してお前は、バカだってことだ。」
「はぁ??何だよ、『バカ』って。」
むーっと口を尖らせ不機嫌な顔をした涼太がおもしろくて、俺はつい笑い出しながら話を続けた。
「だってそうじゃないか。昔からお前は、友達と同じ女を好きになったって分かると、必ずってほど黙って身を引くんだ。そして『頑張れよ。うまくいくといいな。』って友達を応援しておいて、陰で俺に縋っていじけて泣く。『自分は友達には勝てない。だから諦めた。でも、ほんとは彼女のことすごく大好きだったんだ・・・』ってさ。ほんと、『バカ』すぎの『お人よし』め。」
「そ、それは・・・」
言葉に詰まって俯いた涼太を見て、俺はけっけっけっと笑い視線を細めた。
「どうだ、言い返せないだろ?んん??」
「う〜〜・・・」
図星をさされて口をへの字に曲げ、返す言葉に困っている涼太。
そんな涼太の肩を、俺は軽くポンと叩いた。
「お前さぁ、もっと自分本位になってみろよ。」
「え・・・?」
突然の真面目な俺の言葉に、涼太は驚き・・・目をしばたかせていた。
「俺がこんなことお前に言う資格ないけど・・・、好きなら絶対引くなよ。もしライバルが友達だとしても、正々堂々真正面から闘ってみろよ。お前なら、絶対勝てる!」
にかっと笑みを浮かべてVサインを向ける俺を、涼太が無言でじっと見つめていた。
そんな涼太の肩をポンポンともう一度叩いて『大丈夫。俺が保障する!』と念を押すと、涼太は『そうかな・・・。』とちょっとだけ嬉しそうに呟いた。
「そうだよ。もっと自信持て。な??」
笑顔で言ってからキッチンペーパーで床掃除を始めると、しばし押し黙っていた涼太が口を開いた。
「なぁ、拓海・・・。」
「ん?何だ??」
「もし、もしだぞ??俺が、拓海と同じ女を好きになったら、その時も引かなくていいか?」
え・・・?
想像だにしてなかった涼太の言葉に驚いて顔を上げると、そこにあったのは俺を見つめる真っ直ぐな瞳。
その瞳に、俺は少し間を置いてからふっと笑い返した。
「・・・阿呆、当たり前だろ。絶対引くな。もし仮にでもそういうことがあれば、その時には俺は、正々堂々お前と闘って倒してやる。」
拳を握って涼太の胸元に軽く押し当てると、彼は俺の腕をぐっと掴んで口を開いた。
「おぅ。じゃあその時は、俺、絶対に拓海には負けないからな。負けてべそかくなよ、拓海。」
「お前こそな。」
そう言い合ってふふっと笑った俺たちは、ようやく真面目に床掃除に取り掛かった。
涼太、安心しろ。
俺たちが同じ女を好きになることは、きっと永遠にないよ。
いいお屋敷のお嬢さんと一緒になるのが嫌なお前と、沢村のお嬢様を好きな俺だぞ?一生かち合わないさ。
それに俺はずっと片想い。お前のライバルにすらならないよ。
一生懸命拭き掃除をしている涼太を見つめて、俺は心の中で呟いていた。
長々と喋りながら床掃除をしていたせいで、ようやく済ませて時計を見ると11時30分。
「DVD観れなくなっちまったな。」
ぼそっと呟いた俺を見て、『明日観ればいいじゃん。』と笑顔で言った涼太。
「そうだな。じゃ、明日は仕事だし、早く寝るか。」
「おぅ!・・・で、俺は何処の部屋で寝ればいいんだ??」
目をぱちくりさせて尋ねる涼太に、リビング横にある4、5畳ほどの和室スペースを指差した。
「あそこ。布団は敷いてあるから、思う存分寝返り打って寝ろ。」
「え〜〜〜!!!ひとりで寝るのか???それに、ベッドじゃないと寝れない。」
ぶーぶー文句をたれる涼太へ『歯磨いて寝ろよ。じゃあ。』とだけ言い残し、スタスタとリビングを出て、歯磨きを済ませると自分の寝室へ向かった。
自分のベッドにゴソゴソと潜って窓の外を見ると、大きな月。
あれから悠斗からの電話が無かったってことは、お嬢様は無事に帰って来たのだろうか?
悠斗が変なこと言うから、気になるじゃねえか。くそっ。
昼寝したせいもあって眠れないでいると、ガチャっとドアが開いた。
ん?
顔を起こしてちらっとドアの方を見やると、立っていたのは涼太。
げっ。
「何だよ涼太。早く寝ろよな。明日仕事だろーが。」
「拓海ぃ〜〜〜俺もベッドがいい〜〜〜。一緒に寝よ〜。」
枕を持っていそいそとベッドに来た涼太が、モゾモゾと布団に潜り込んできた。
「ぎえ〜〜!何でお前と一緒に寝なきゃなんねーんだ!!いい年した大人なんだから一人で寝ろ!!」
必死にベッドから涼太を追い出そうと頑張る俺を涼太が捕まえた。
「いいじゃん、拓海のベッド『クイーンサイズ』なんだから。二人で寝たって狭くないだろ〜〜〜。」
「そういう問題じゃねえ!!お前、寝相悪いから嫌なんだ!!」
ガキの頃のお泊りや旅行で一緒に寝て、何度こいつの寝相の悪さに泣かされたことか・・・。
「大丈夫〜。もう治ったから。にへへへ。」
Vサインをしてにまにまする涼太。
「嘘つくんじゃねえよ!大学ん時の卒業旅行でも寝相悪かったじゃねえか。夜中に俺と千尋が、何回お前のキックを喰らったか知らねえだろ!!」
お前のせいで、俺と千尋は縁側で寝てたんだぞ。
「うぅ〜〜〜。・・・だって・・・だって・・・。」
しょげてぶちぶちいじける涼太の横で、俺は大きなため息をついた。
「分かった分かった。その代わり、一度でもキックしたら明日からは和室で寝ろよ。いいな!?」
「おぅ!わ〜い。旅行来たみたいで楽しいなぁ〜。拓海〜。」
すっかりご機嫌の涼太とは逆に、俺はゴソゴソと彼に背を向け呟いた。
「俺は楽しくない・・・」
あぁ、今から和室で寝ようかなぁ・・・。かと言って、ベッドを涼太に明け渡すのは嫌だ。
ふぅ・・・。我慢して寝るか。
やれやれと思ったその時、何かが俺の背中にくっついた。
うぎゃっ!!
「くっつくな!!涼太!!」
「ハニー、僕がハニーの性欲発散のお相手になってあげようか??」
耳元で囁かれた涼太の科白に、全身に悪寒が走った。
「なっていらんわ!!!ボケ!!」
涼太を振り払ってベッドから降りた俺は、思いきり涼太の頭をぐーで殴った。
「んぎゃっ!!!いでぇ〜〜!!殴らなくてもいいじゃないかぁ〜〜〜!!何処までも冗談の通じない奴だなぁ。」
殴られた頭を擦りながら、涼太が文句を言い返した。
「そんな冗談通じとうないわ!!!俺はそんな趣味はない!!お前はいつからそんな趣味になったんだ!!」
うぅっ、まだ鳥肌が・・・。気持ち悪い。ブツブツしてる・・・。
「ん〜、たった今。だって、ずっと女無しで一人Hもしてないんじゃ、性欲溜まってるだろ?だから仕方なく幼馴染である俺が・・・」
涼太が最後まで言う前に、俺はそれを遮って怒鳴った。
「いらんわ!!男とするくらいなら、俺は一生しない方を選ぶ!!寝る!!」
ベッドの隅の方に潜り込んだ俺は、布団を頭まで被った。
「そんなに怒らなくてもいいじゃん。だったら、本命に告って付き合ってすればいいじゃないか。」
むっ。
涼太の科白にがばっと布団を捲くって振り返り、べしっと奴の頭をしばいた。
「お前なぁ!!お嬢様にそんな恐れ多いこと出来るわけないだろ!!」
「お嬢様?恐れ多い?」
聞き返してきた涼太に一瞬焦った。
しまった。俺としたことが、まずいことを口走ってしまった。
「何でもない。お前のせいで頭の中がパニックになって訳が分かんねえだけだ。」
それだけ言って再び背を向けた俺に、涼太が話しかけた。
「あ、もしかして、風呂のときに言ってた『北秦会』とか言う組のお嬢さんのことか??お前、そこのお嬢さんのこと好きなのか??なぁ?そうなのか??」
興味津々の涼太に『あぁ、そうだよ。』と適当に嘘の返事をすると、涼太が俺の背中にべちょっとくっついた。
「へぇ〜、そうなのかぁ。でも、お前『銀龍会7代目頭首』になるんだし、告ればいいじゃん。」
「そんなつもりはない。もう寝ろ。俺は寝る。明日も早いからな。おやすみ。」
それ以降口を閉ざした俺の後ろで、涼太が一人ブツブツと呟いていた。
「ん〜、相手がヤクザのお嬢さんじゃ、俺と拓海がライバルになることは無いだろうなぁ・・・。むぅ〜〜〜。でも、どんなお嬢さんなんだろう。拓海がドキドキしすぎて告れない女かぁ・・・。気になる。」
ば〜か。北秦会にお嬢さんはいねえよ。
俺の好きなお嬢さんは、沢村財閥の月華お嬢様だ。
お前には一生教えてやらないぞ。
ふんだ。
あ、そういやお嬢様・・・ちゃんとお屋敷に戻って来たかなぁ。
気になる・・・。 |