7代目はお嬢様に恋をする。(15/77)PDFで表示縦書き表示RDF


7代目はお嬢様に恋をする。
作:九条 要



【15話】 家族旅行 1(偶然)


 5月2日。夜…。銀龍会。

 見回りから帰宅し、リビングのソファで雑誌をペラペラ捲りながらため息をついた。
「明日からGWかぁ。」
 お土産なんていらないから、俺もお嬢様と一緒に温泉行きたい…。
 ひとりで落ち込んでブルーになっているところに、望がやって来た。
「なぁ兄貴〜、親父から聞いた?」
 俺の隣に腰を下ろした望は、コーヒー持参で来たらしく…それを美味そうに飲んでいた。
「何をだよ?何も聞いてねえぞ…って、俺もコーヒー飲みたかったのに、自分のだけ持って来たのかよ。お前…」
「そんなの知らねえじゃん。飲みたかったら自分で持って来いよな。」
 つんと顔を背けて美味そうにコーヒーをすする望。
 このクソガキ!…って、こいつお嬢様と同じ年なんだよな。
 あぁ、俺って弟と同じ年の女の子にベタ惚れなのか。
 何かちょっと複雑。
「それよか、親父の話しって何だよ??」
 ふと思い出して望に聞き返すと、ちょうどそこに親父が入って来た。
「拓海く〜ん、父さんから君に話があるんだよ。」
 にへにへしながら傍に来た親父は、何やら嬉しそうに何かを持って向かいのソファにちょこんと座った。
「何が『父さん』だよ。気持ち悪い。おまけに、にへにへしやがって。」
「コーヒーをお持ちしました。」
 じとっと親父を見据えて言った俺に被さったのは圭兄の声。
「あ、圭兄〜。コーヒー持って来てくれたんだ。さんきゅ〜。」
 テーブルに置かれたコーヒーを手に取って早速すすると、親父が同じようにコーヒーを一口飲んでから話を始めた。
「明日からGWなのは知ってるな?そこでだ!明日から我が家も家族旅行に出かけるぞ!お〜〜!」
 にこにことご機嫌に発表した親父は、持っていた物をテーブルに乗せて見せた。
 それは、温泉旅行のパンフレット。
「家族旅行?しかも、草津かよ…」
 しかし、なんでまた家族旅行なんだ?
 コーヒーを飲みながら呆れたように返すと、親父がにへにへと口を開いた。
「そうそう。草津温泉〜。いいだろ?拓海〜〜。温泉だぞ、温泉。それに、家族旅行なんて連れて行ってやったこと無かったろ?望も無事に大学生になったことだし、な?都合で一泊二日しか無理だけど、家族で温泉行こ〜〜〜。拓海ぃ〜〜〜〜〜。」
 うるうるの目で、親父が温泉のパンフレットを握り締めて俺に訴える。
 ほんとにこのおっさんは、あの恐れられてる“銀龍会6代目”なのか…?時々疑うぞ。
「分かった分かった。家族旅行賛成。でも、何人で行くんだよ?」
「おお!これで全員賛成だな。よしよし。行くのは、俺と、拓海と、望と、圭介だ。」
 上機嫌で教えた親父は、うまそうにコーヒーをすする。
 行くのは、親父と俺と望と圭兄…?
「ちょっと待て、親父!じゃあ、ここはどうすんだよ??何かあったら…」
 聞き返した俺に答えたのは圭兄だった。
「ここには、相馬と神田を残していくから大丈夫だ。」
 相馬と神田を…。
「そっか、じゃあ安心だな。で、何で行くんだ?温泉。」
 更なる質問をする俺に、圭兄が笑顔を見せた。
「車で行くんだ。運転は俺がする。でも、一人じゃ大変だから…もう一人はお前。」
 俺を指差しにっこり笑う圭兄。
 俺が、運転手?
 げっ!!
「え〜〜〜!!!何で俺が運転手なんだよ!?それでなくても、毎…」
 言いかけて慌てて自分の口を手で押さえた。
 やばい、親父にバレる。
「ん?どうかしたのか?拓海。」
 首を傾げて聞く親父に、俺は口を押さえたまま首をぶんぶんと大きく振った。
 そんな俺を横目で見ながら、圭兄がおかしそうに忍び笑いをしていた。
 むっ。笑うな、圭兄!
「おし!拓海も旅行の準備があるだろう?早くマンションへ帰れ。望も圭介もほれ、準備準備!明日は昼前に出発するから、ちゃんと早起きするんだぞ??拓海。いつもみたいに、昼まで寝てたらぶっ殺すからな!」
 ご機嫌な顔で言った最後にギンッと睨みつけて脅した親父は、『さぁ〜て、俺も準備しよ〜っと。』とにへにへにまにましながら、軽い足取りでリビングを出て行った。
 むぅ〜〜、我が親父ながらよく分からんおっさんだ。
 やれやれ…。
「じゃあ、俺もマンション帰るか。準備して早く寝る。」
 ため息まじりに言ってソファを立つと、望が『俺も準備するかな。』と同じように立ち上がった。
 こうして、突然の親父の提案で決定した我が家の温泉旅行。
 何が悲しくて野郎ばっかで温泉なのか…と思いつつ、俺はマンションへと帰宅した。
 
 
 
 翌日。今日からGW!
 そして、今日から野郎ばっかの家族旅行…。
「さて、荷物の準備もOKだし、あとは圭兄が迎えに来るのを待つだけだな。」
 荷物を足元に置いてソファに座ってぼーっとしていたところに、ケータイが鳴り響いた。
 お、圭兄だ。
「おはよ。」
―「あぁ、おはよう。マンションに着いたぞ。下りて来い。」―
「了解〜」
 電話を切って早速部屋を出ると、エレベーターでマンションの一階に向かう。
 マンション前では、圭兄のセルシオが待っていた。
「兄貴、荷物は後ろ。」
 助手席の窓を開けて望がトランクを指差した。
「おぅ。」
 トランクを開けて荷物を入れた俺は、いそいそと車に乗り込んだ。
「おし、圭介、出発〜!」
「あはは、はいはい。了解しました、ボス。」
 俺の横でにこにことご機嫌に命令する親父に、圭兄は呆れながら返事をしていた。

「で、何処泊まるんだよ?」
 目的地に向かって走り出した車の中でさり気なく聞くと、親父が『ほれ。』とパンフレットを手渡した。
「湯畑の近くにある旅館だ。露天風呂もあるんだぞ。嬉しいだろ??」
 そう言ってにへにへする親父の横で『まぁな。』とだけ返し、ペラペラとパンフレットを捲った。
 ふむふむ、露天風呂ありか。
 おっ、湯畑の脇には無料の足湯もあるんだ。ふ〜ん。
 風呂入ってメシ食ってダラダラするかぁ…。
 そうだ!俺もお嬢様に何かお土産買って帰って差し上げよ〜っと。
 へへへっ。
「兄貴、湯畑からちょっと離れたとこには共同のでっかい露天風呂もあるらしいぜ。行ってみようよ。観光で来てる可愛い女の子いるかも知れないしさ〜。」
 違った意味でにへにへする望。
 観光で来てる可愛い女の子…。
 そんなもん、俺は興味無いぞ。だって、俺が興味あるのはお嬢様だけ〜。
 あぁ、お嬢様〜。早瀬は、早くお嬢様にお会いしたいです。
「あぁ、そうだな。」
 適当に返事をした俺は、お嬢様にどんなお土産を買って帰ろうかと、ひとりでにへにへしていた。

 途中、休憩を取ったりしながら圭兄と俺で運転を交代しつつ、何とか草津温泉に到着したのは夕方過ぎ。
「おお!草津温泉〜〜〜〜!」
 親父が外を見て嬉しそうに声をあげた。
 子供か、このおっさんは。
「旅館に向かえばいいんだよな?」
 運転しながら問いかけると、圭兄が『あぁ。』と助手席で頷いた。
 旅館に辿りついて車を預けると、早速チェックインをし…部屋へと案内された。
 疲れた。荷物置いたら風呂にでも入ろうかな。
 
 案内されたのは、老舗らしく品格のある落ち着いた部屋。
「はぁ〜、やっとゆっくりできる〜。」
 部屋に入った途端、荷物を置いた望が畳の上に寝そべってぼやいた。
 同じように荷物を置いた俺は、ドスンと座椅子に腰を下ろして大きく息を吐いた。
 ふぅ〜〜、肩がこって痛い。
「さてと、夕食までどうする?お前たち…」
 縁側の椅子に座った親父が、俺たちに向かって声をかけた。
「俺はここでしばらくダラダラする〜。疲れて動けない〜。メシ食ってから風呂入る。」
 そう言ってだるそうに答えた望は、畳に寝そべったままテレビを観始めた。
「じゃあ俺は、とりあえずメシの前に露天風呂にでも入って来るよ。運転して疲れたし。」
 自分の肩をトントン叩きながら言うと、冷蔵庫に何やら入れていた圭兄が『それ賛成、俺も行く。めちゃめちゃ疲れた』と同意した。
「露天風呂かぁ〜。俺も行こうかなぁ〜。でも、その前に一服吸いたいし…。と言うことで、俺は煙草休憩。」
 考え込んだ末、ポケットからごそごそと煙草を取り出した親父が、それを俺たちに見せてにまにまと答えた。
 はははっ。
 風呂より煙草かよ、このおっさんは。
「じゃあ、圭兄と風呂行ってくる。」
 戸棚から浴衣を取り出し親父に声をかけてから、俺は圭兄と二人で部屋を後にした。
 

「はぁ〜、温泉なんて久しぶり。でも、野郎ばっかってのがどうかと思うけど。」
 言いながらため息をつくと、隣を歩く圭兄がふふっと笑って口を開いた。
「たまには、いいんじゃないか?だってさ、ボスがあんなに喜んでいらっしゃるんだ。ほんとは、以前からずっと気にしていらしたんだよ。『一度も何処へも連れて行ってやったことが無い。自分は、父親らしいことを何一つしてやれてない。』…って。まぁ、こういう家業だから仕方なかったんだろうけど。」
 え…。
 親父が、そんなことを…?
「そっか。じゃあ、たまには普通の父親ってのを、やらせてやるか。ついでに、俺たちの親孝行も兼ねてさ。」
 そう言ってくすくす笑いながら歩いていると、突然圭兄がぐいっと俺の身体を柱の陰に引っ張った。
「拓海、こっち!」 
「うわっ!な、何だよ!圭兄!」
 驚きで声をあげた途端、圭兄が俺の口を手で押さえた。
「うぐっ、うう〜〜」
 何なんだ、いったい。
「しっ!静かにしろ!あれ。」
 小声で言った圭兄が指差したのは、風呂場へ行く方向。
 ん?『あれ』?
 圭兄に口を押さえられたまま指差す方を見た俺は、一瞬自分の目を疑ったと同時に声にならない声をあげた。
「〜〜〜〜っっ!!」
 お、お嬢様っっ!!!
 そう、俺が見たものは…浴衣を持って桜さんと嬉しそうにお風呂場へ行くお嬢様の姿。
 何で!?何でお嬢様がこんなところに!?
 はっ!!まさか、お嬢様が行くって言ってた温泉て…、草津だったのか!?
 あぁ〜〜なんて夢のような現実!
 このような場所で愛しのお嬢様にお会い出来るなんて、早瀬はめちゃめちゃ幸せです〜。
「どうする?拓海。」
 一人幸せに浸る俺を離して尋ねた圭兄。
 どうって…。
「とりあえず、お嬢様に見つからないように行こう。せっかくの楽しいご旅行の最中なんだ。」
「そうだな。」
 お嬢様からだいぶ離れた後ろを歩き、二人が女湯に入ったのを確認してから圭兄とダッシュで男湯に入った。

「はぁ〜…。何とかお嬢様に見つからずに済んだ。」
 脱衣所に入るなり大きな安堵の息を吐いた。
 ここでお嬢様に出会う訳にいかない。
 だって、桜さんとの温泉旅行…あんなに『楽しみ』って言ってたんだ。
「まさか、お嬢も温泉来てたとはなぁ〜…。」
 服を脱ぎ始めた圭兄が、しみじみと言った。
「あぁ。温泉行くのは聞いてたけど、場所までは知らなかったから…。正直びっくり。」
 同じように服を脱ぎながら答え返すと、圭兄が視線を細めて俺を見た。
「嬉しいか?」
「えっ!そ、それは…めちゃめちゃ嬉しい…。」
 だって、連休中お嬢様に会えないと思ってたから。
 赤面しながら小声で答える俺を見て、圭兄がくすっと笑った。
「そっか、良かったな。お嬢に会えた上に、一緒の旅館っぽいし。」
「あぁ。」
 例え話せなくても、傍に彼女がいるんだってだけですごく幸せだ。
 
 誰もいない貸切状態の風呂場に入った俺は、さっそくかけ湯をしてから浮き浮きと露天風呂に向かった。
 露天風呂も貸切で、しかもお嬢様と同じ時間に風呂に入ってるなんて最高に幸せすぎ。
 にへにへしつつザバッと湯に浸かると、その気持ちよさに疲れが一気に吹き飛び、溶けてしまいそうだった。
「あぁ〜〜〜気持ちいい。極楽極楽〜。」
 う〜ん、温泉最高〜。
「はぁ〜〜、ほんとだ。疲れが取れる〜〜〜。」
 すぐ後にやって来た圭兄も、ににこにこお湯に浸かってご満悦。
「うぅ〜〜〜、メシの時間まで浸かってたい。」
「同感。」
 俺の言葉に同意した圭兄は、ブクブクと顔の半分まで沈んでいた。
「そういや、圭兄って彫り物入れないんだな?」
 ずっと不思議に思っていたことを聞くと、圭兄が俺をすっと指差して口を開いた。
「お前も入れてないじゃないか。」
 えっ、俺は…。
「俺は、痛いのが嫌いなだけ。」
 言いながら濡れた手でバサッと髪をかきあげると、圭兄が『子供みたいだな』と笑った。
「うるせえ。で、圭兄は何でだよ?」
「俺か?俺は、そういう物を入れることで、本当の親に何だかちょっと申し訳無い気がしてな。たとえ、俺を捨てた親でも…俺の親には変わりないからさ。」
 遠い眼差しで言った圭兄は、俺を見てふふっと優しく笑った。
 圭兄…。
「そっか…。ごめん、変なこと聞いて。」
 俯いて小さく謝った俺に、『いいって。気にしてないよ。』と傍に来てポンポンと俺の頭を叩いた圭兄。
 しばらくブクブクとお湯に顔半分まで浸かっていたその時、隣と思われる方向から声がした。
 え…。
 思わず圭兄と顔を見合わせ、互いに口を閉ざした。
 
「月華、どうかしたの?ぼーっとして。」
「え?ううん、何でもない。それよりこの間の彼のこと、ごめんね桜。」
 
 隣から聞こえてきたのは桜さんの声。
 そして彼女の声の次に聞こえたのは、紛れも無くお嬢様の声。
 この薄い塀のそっちにお嬢様がいる。
 あぁ、俺の愛しのお嬢様。

「え?ううん。いいってば、月華は何も悪くないよ。だって、好きでも無いのに付き合ってもらったって、うまくいかないもん。そうでしょ?」
「桜…。でも、すごく好きな人だったんでしょ?」
「ううん、なんか一気に冷めちゃった。また好きな人作るからいいよ。ねぇ、それより月華は好きな人っていないの?」

 桜さんの質問に、俺はドキドキしながらお嬢様の答えを待った。
 お嬢様…。

「好きな人?いないよ。」
「えっ、月華ってば好きな人いないの?」
「うん。いない。どうして?」

 いない…。
 そう…なんだ…。
 無言のままため息を吐くと、圭兄が俺の肩をポンと軽く叩いた。

「え、ううん。私、月華ってもしかしたらほら、えっと…何て言ったっけ?あの運転手さん。」
「運転手?…あぁ、早瀬のこと?」

 え?俺?
 俺が何だってんだ?

「そうそう、早瀬さん。月華って、早瀬さんのこと好きなのかなって思ってた。だって、『運転手なんていらないのに』って言ってた割には、早瀬さんと仲良くしてるみたいだし。」

 桜さんの言葉に、俺の心臓はバクバク状態になってしまった。
 そんな…。お嬢様が俺のことを…?
 ダメだ、ドキドキが止まらない。
 動悸に苦しんでるその時、突然お嬢様の笑い声が聞こえてきた。
 え…。

「あはははは、桜ってばおかしすぎ。私が早瀬のこと好きって?そんな訳無いじゃん〜。確かに、早瀬とは仲良く喋れるようになってきたけど、だからって好きとかそんな感情は無いよ。」
「ふ〜ん、そうなんだ?」
「そうそう。」

 『好きなわけない』『そんな感情は無い』…。
 お嬢様の言葉が、真っ直ぐ俺の心臓目掛けて突き刺さった。
「圭兄…、俺もう出るよ。」
 もう限界だ。胸が痛くてどうにかなりそうだ。  
「拓海…。」
「先、部屋戻ってる。」
 圭兄にそれだけ言い置いた俺は、風呂を上がり脱衣所でさっさと浴衣に着替えて男湯を出たものの、部屋に戻る気分にもなれず…そのままロビーへと向かった。
 
 ロビーで空いてるソファにトスンと深く腰を下ろした俺は、思わず自分のバカさに鼻で笑った。
 俺、バカだな。何期待してたんだ。
 お嬢様が俺に興味無いことなんて、十分解ってるくせに。
 しばらくぼんやりしていると、誰かが俺の肩を叩いた。
「拓海、ここにいたのか。夕食までもう少し時間あるみたいだし、ちょっと散歩でもするか。」
 優しく声をかけたのは圭兄。
「あぁ。せっかくだし、湯畑でも見に行くか。」
 そうして、俺は圭兄と一緒に旅館を出て湯畑へと足を運んだ。

 湯畑を眺めながら、しばらく続いた沈黙を破ったのは圭兄だった。
「拓海…、あの後もお嬢が話してたんだけどさ…」
「もういいよ。聞きたくない。聞いたら胸が痛むだけだ。」
 苦笑いで拒否すると、圭兄が『まぁ聞けよ。』と俺を真っ直ぐ見つめて言った。
「いいって。聞きたくない。」
「拓海…」
「俺は、お嬢様の運転手兼ボディーガードなんだ。だから、お嬢様に優しく笑顔で誠意を持ってお仕えして、何かあれば身体を張ってお守りする。…それだけだよ。」
 一方通行の恋でもいいんだ。
 大好きなお嬢様をお守りすることができるんだから。
 ただ、自分ではそう思って心に決めてるのに、やっぱり男としての感情が割り込んできて邪魔をする。
 困ったもんだよ、ほんと。
「そうか…。」
 一言頷いた圭兄は、ふぅ…っと息を吐いた。
「そう。だから、俺は元気元気。心配無用だぜ、圭兄。」
 圭兄の肩を軽く叩いてにへっと笑みを向けると、『分かった。』と同じように笑顔を返された。
「おっ、メシの時間だ!腹減ったから旅館戻ろうぜ。きっと親父も望も『腹減った!』ってぼやいてるぞ。目に浮かぶ。」
 へらへら笑って旅館への道を戻り始めると、圭兄が『確かに。』とくすくす笑いついてきた。

 急いで旅館に戻ってみると、案の定親父と望がぼやいていた。
「拓海〜〜〜圭介〜〜〜遅いぞ!!!!さっきから望と二人で、先に食おうかどうしようかって相談してたんだぞ!!!ったく!!」
 ぶちぶち怒りながら座椅子に座って、お食事準備万端の親父。
「そうだよ〜〜。二人とも遅いよ!もう、俺腹減って死にそうなんだからな!早く食わせてくれよ!」
 同じように怒った望は、箸を握り締めて目前の料理をうるうるしながら見つめていた。
「悪い悪い。ちょっとふらふら散歩してたんだ。さ、食おうぜ!」
 座椅子に座って箸を握り、笑顔で言ったところでお食事会は始まった。
「おし!まずは、“初めての家族旅行”に乾杯〜。」
 親父のかけ声に合わせてみんなでビールを乾杯し、一気に喉へ流し込む。
 もちろん、望は未成年だからジュース…ではなく、こいつもビールだ。
「ひゃ〜、やっぱ温泉入った後には冷たいビールだよなぁ〜。」
 ビールのうまさににへにへする俺の横で、圭兄はグラスのビールを一気に飲み干し、『ひゃ〜、うまい!』とご満悦状態。
「むぅ〜〜、俺も風呂上がりのビールが飲みたかったなぁ…。先に風呂入れば良かった…」
 メシを食いながら後悔いっぱいの顔でぼやく親父に、圭兄がくすくすと笑った。
「大丈夫ですよ、ボス。来た時に冷蔵庫にちゃんと缶ビール入れて置きましたから。後で飲んでください。」
「おお!さすが圭介!気が利くじゃないか。じゃあ、メシ食って休憩したらみんなで風呂行くぞ。久しぶりに家族で風呂に入ろう!」
 箸で料理を摘んだまま提案決定した親父は、何だかとても嬉しそうな顔。
「では、皆さんが入られてる間に私は相馬に連絡して、異常が無いか確認をしておきます。ですから、ごゆっくりお風呂に入って来てください。」
 いつもと同じ感覚で当たり前のように言った圭兄に、親父が不満そうな表情に変わった。
「な〜にを言っとるか、圭介。お前も一緒に風呂に行くんだ。あっちの状況聞くのなんか後でいいだろ。」
「えっ!私も??ですが、ボス…」
 引きつった顔の圭兄に向かって、親父がキッと睨んで口を開いた。
「『ですが』じゃない!!お前も一緒に行くんだ。分かったな??でないと、お前は遠方の支部に左遷だ。しかも、幹部降格!」
 …親父、それは脅しだぞ。
「えっ!!そ、それは…。分かりました、一緒に風呂へ行かせていただきます…。」
 サーッと蒼白な顔になってたじたじ状態で頷いた圭兄。
 気の毒に…。
「よしよし、素直ないい子だ。」
 圭兄の答えに気分を良くした親父は、再びにへにへしながらメシを食い始めた。
 はぁ〜…。
 でも、待てよ。夕食後って言えば、他の客も風呂に入る頃だよな???
 そこへ親父が入ったら…。
 ぎえっ!!!!
 親父の背中のご立派な彫り物がバレるじゃねえか!!!
 それはまずいぞ!
「親父、風呂は寝る前に行こう。その方が空いてるし。な??」
 風呂場で他の宿泊客に見られでもしたら困る!
 こんな客室数の少ない旅館で、ヤクザが泊まってるなんて知れたら…あっという間にお嬢様にもバレるじゃないか!!
 そんなこと出来るか!
「寝る前?何でだ?」
 首を傾げて不思議そうに聞き返す親父を、俺はギンッと睨みつけた。
「何でもだ!!」
 バカ野郎!こっちは、お嬢様に正体隠してるんだ!バレたら速攻首なんだよ!!
「そんな鬼みたいな顔で怒るなよ、拓海。理由くらい教えろ。何で寝る前にしか入っちゃいかんのだ??せっかく温泉来てるのに…」
 ぶすっとすねる親父は、もぐもぐとメシを食いながら俺を見据えた。
「んなもん、親父の背中に彫り物があるからだろーが!!そんなの他の客に見られてみろ、すぐに旅館追い出されちまうじゃねえか!!」
 自分がヤクザだって自覚しろってんだ。
 このくそ親父!
「う〜〜〜〜せっかく綺麗な自慢の彫り物なのに…。『そんなの』って言うなよ、拓海〜〜。」
 ぐずぐず拗ねる親父の言葉に耳を貸さず、『とにかく、風呂は寝る前だ!』と吐き捨ててメシの続きを始めた俺。
 こんな俺と親父のやり取りを見ていた望が、ふいにメシを食う手を止めて口を開いた。
「兄貴の言うとおりだぜ、親父。追い出されちまったら、温泉来た意味ねえじゃん。と言うわけで、親父だけ風呂は寝る前に決定!俺はメシ食ったら風呂入って、ロビーに可愛い女の子いたら声かけるんだ〜。だから、早くメシ食って風呂行かなくっちゃ〜。」
 そう言ってにへにへしながらメシを再開した望に、親父が箸を銜えたまま『この親不孝者め〜〜』と睨んでぼやいていた。
 あははっ。確かに親不孝者だな…。ん??
 ちょっと待て!!
 『ロビーで可愛い女の子がいたら声をかける』!!??
 んぎゃっ!!!
 お嬢様と出会おうもんなら、こいつ絶対声かけるに決まってるじゃないか!!
 んなことさせるか!!!!
「望、メシの前に俺と圭兄で風呂行ってロビーもウロウロして来たけど、そんな可愛い子いなかったぞ。な??圭兄。」
 圭兄の腕を叩いて必死に同意を求めると、察していた圭兄もうんうんと頷いて口を開いた。
「あぁ。望の好みっぽい女の子は、ここにはいそうに無かったぞ。」
「え〜〜〜そんなの分かんないじゃないかぁ!!二人が行った時には、たまたまロビーにいなかっただけかも知れないし。後でちゃんと自分の目で確かめてくる!」
 どうしても納得いかない様子の望は、俺と圭兄に強く言い返した。
 ひぃ〜〜〜。何とかせねば!
「の、望、明日俺が一緒に例のでっかい共同露天風呂行ってやるからさ。その時に可愛い子探せばいいじゃん。な??」
 必死に納得させようと頑張る俺をよそに、望は『嫌だ、今夜も探すんだ〜』と超ご機嫌。
 このクソガキ〜〜〜〜〜。
「そっか、分かった。じゃあ心ゆくまで探せ。さぁ、せっかく美味いメシなんだし食おうぜ。ほら、グラス空いてるぞ、望。飲め飲め。飲め〜〜〜〜〜」
 こうなったら完全に酔わせてやる。
 絶対、お前とお嬢様を会わせてなるものか!! 
「俺ばっかじゃなくて兄貴も飲めよ。ほら。」
 別のビールを掴んで俺にすすめる望。
 バカ野郎、俺が飲んでも意味ないんだよ!
「いや、俺は酒よりメシ食ってる方がいい。だから、遠慮しないで飲め、望。な?」
 頼むから、酔って寝てくれ。
「とか何とか言って、ほんとは可愛い子見つけたから俺に取られたくないんだろ??兄貴!!ずるいぞ!!」
 ぎろっと睨みつけて鋭く言葉を刺した望に、俺は一瞬ドキッとした。
 うっ。
「そんなんじゃねえよ。分かった、じゃあ俺も飲む。だから、お前も飲め!」
 仕方なく飲むことを了承して、望にビールを注ぎかけたその時――…
「何!?この旅館には、可愛い子が泊まってるのか??拓海!!俺も声をかけに行くぞ!」
 話を聞いていきなり仲間に入って来たのは親父。
 うげっ!
「親父まで話しに入って来るんじゃねえよ!!年考えろよな!」
 自分いくつだと思ってんだよ。
「何を言うか!俺だってまだ現役だぞ!このイケメン早瀬 章吾に落ちない女なんかいねえんだ!」
 だぁ〜〜かぁ〜〜らぁ〜〜!!
「声かけてどーすんだよ!?」
 忘れてた、このおっさん…、俺と張り合うくらいに、めちゃめちゃ女ったらしだった…。
「何言ってんだ、拓海。そんなの決まってるだろ。お付き合いして再婚するんだ!」
 再婚…って。
 にこにこご機嫌に言い切る親父に、思わず圭兄と一緒に呆れてしまった。
 このおっさん…。
「ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞ!クソ親父!いくつの女と再婚する気だ!!」
「そうだなぁ〜、下は16から上は35くらいまでがいいなぁ〜。あんまりおばさんは好みじゃない。」
 ビールグラスを片手に、にへにへにやにやしながら教える親父。
 下は16って…。
 そりゃ犯罪だろ…。
「あっ、親父、頼むから俺より年下の母さんはやめてくれよな。」
 箸を銜えて、さらっと言い返した望に俺はガクッと来た。
 望、そういう問題じゃねえだろーが。
「とにかく、親父や望が思ってるような可愛い子は、この旅館には泊まってない。」
 ため息まじりに言った俺を、望と親父が疑いの目でじとーっと見据えていた。
 うぅっ。し、視線が痛い…。
「ほら、ボスも望も拓海も、せっかく美味い料理なんですから食べましょう。」
 堪らず口を挟んだ圭兄は、俺たちに笑顔を向けた。
「そうだな。とりあえずメシ食うか。じゃあ、もう一回乾杯だぁ〜。」
 同意した親父は、グラスを持って高くあげた。
 そうして、二度目の乾杯をした俺たちは食事を再開した。 
 
 はぁ…。どうなるんだ、この家族旅行…。
 先が思いやられる…。   












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