7代目はお嬢様に恋をする。(13/77)PDFで表示縦書き表示RDF


7代目はお嬢様に恋をする。
作:九条 要



【13話】 パーティーの晩…。


 二週間後、土曜日。

 夕方―――。
 『6時30分に屋敷を出るから』と言っていたお嬢様に間に合うよう15分前に出勤した俺は、早速リムジンを玄関前へと移動させた。
「パーティーって何時までやるんだろ?メシ食ってくりゃ良かったかな…。」
 ちょっと後悔しつつリムジンの傍らで立ち尽くしていると、重そうな玄関のドアがゆっくりと開いた。
 あ、お嬢様だ。
 おお〜〜〜〜〜っ!!!
 玄関からそっと出てきたお嬢様は、何とも色っぽいシックなドレス姿。
 胸元がばっくりと開いていて、そこには…。
「早瀬、ごめんね。お休みだったのに。」
「い、いえ…」
 申し訳無さそうに謝りながら傍へ来たお嬢様に言葉を返しながら、俺は目のやり場にものすごく困ってしまった。
 だって、視線を下げるとそこには…豊満な胸の谷間。
 ダメだ、とてもじゃないが妹だとは思えないぞ。
 動悸が…。
「お嬢様、お車へどうぞ。」
 視線を逸らして声をかけた俺に『ありがと。』とだけ言った彼女は、ゆっくり後部座席に乗り込んだ。
 そんなお嬢様の後姿は、腰の辺りまで大きく開いていて白い柔肌が露出状態。
 何て露出度の高いドレスなんだ。
 あぁ、ドレスを脱がして抱きしめたい。あの肌に…あの胸に触れたい…。あの細い首筋にキスがしたい…。
 変だ俺、頭の中でいやらしいことばっか考えてる。
 ええい、正気に戻れ拓海!!変なこと考えるな!!
 ぶんぶんと首を振った俺は、自分の頬をパシッと思いきり一発叩いてから運転席に乗り込んだ。
 落ち着け拓海。落ち着くんだ。
 自分に言い聞かせている最中、口元に何かが伝うのを感じた。
 え…。
 手で触ってみると、鼻血。
 うっ、最悪。
 俺ってば、めちゃめちゃ興奮しすぎだぞ。
 慌ててハンカチで押さえると、お嬢様が声をかけてきた。
「どうしたの?早瀬。気分悪いの?」
「い、いえ、何でもありません。これからお友達のお屋敷まで向かいますので、道を教えてください。その通りに車を走らせますから。」
 鼻血出してるなんて知られたくない。
 それも、お嬢様見て興奮しただなんて…。バレたら絶対嫌われる。
「うん、でも大丈夫?出発、ちょっと遅らせようか??」
 心配そうに見るお嬢様から視線を逸らし『いえ、大丈夫です。』と一言だけ告げ、俺は車を走らせた。 
 はぁ〜、俺…最低。
 やっぱ欲求不満なのかな。それも、かなり…。

 ハンカチで鼻と口元を押さえつつ、お嬢様に道を教えてもらいながらお友達の家へと向かう。
 桜さんだっけ?あの友達。やっぱり、あの子の家もでかいんだろうな。
「あ、次の信号を右ね。で、二つ目の信号を左。」
「はい。」 
 後ろからお嬢様に指示されるとおり車を走らせると、遠くに一軒のでかい屋敷が姿を現した。
 あれか?
「あ、あれだよ。桜のおうち。門が開いてるから中に入って、玄関前で降ろして。」
「はい、かしこまりました。」
 むぅ〜〜〜。でかい家なのに、『あぁ…』って思ってしまうのは何故だ。
 普段、テーマパークのような沢村の屋敷を見慣れてるせいか??
 俺の目も、とうとう麻痺してしまったのか…。
 慣れって怖い。
 大きく開かれた屋敷の門を抜け、玄関前でリムジンを止めると、同じように何台もの高級車が止まっていた。
 うひゃ、すげえ…。何台あるんだ。
 これ全部、今日のパーティーの客なのか?
 はっ!感心してる場合じゃない、ドアを開けないと。
 急いで車を降り後部座席のドアを開けると、お嬢様がゆっくりと降り立った。
 胸を見るな、背中を見るな…って言うか、お嬢様を見るな拓海!
「じゃあ行ってくるね、早瀬。あ、駐車場はね、ほら、あそこ。いっぱい車が並んでるでしょ?あそこに止めてくれればいいよ。じゃ。」
「はい、承知致しました。行ってらっしゃいませお嬢様。」
 丁寧に教えてくれたお嬢様に頭を下げ、お見送りをした後…言われた場所にリムジンを移動させようと振り返ったところで、一台の高級車が止まった。
「まだ来るのか。やっぱ凄いな、金持ちのパーティーってのは…。」
 小さく呟きぼーっと眺めていると、車から降りてきたのはお嬢様と対して変わらない年齢の男。
 何処かの金持ちのお坊ちゃんか。
 同じ坊ちゃんでも、ヤクザの7代目の坊ちゃんとはえらい違いだな。
 パーティーに出席するってことは、この屋敷の中であの色っぽいドレス姿のお嬢様とも話をするってことだよな??
 いいなぁ…。
 屋敷の中へ入って行くその男を羨ましげに見ていた俺の傍に、今日の為に雇われたと思われる警備員が近寄って来て声をかけた。
「駐車場はあちらですので、移動をお願いいたします。」
「あ、はい。すみません、すぐに移動させます。」
 警備員に謝り慌てて車に乗り込んだ俺は、急いで駐車場へと車を動かした。

 広い駐車場で車を止め、辺りをきょろきょろ窺ってみると、どの車も運転手が暇そうに待っている。
「そりゃ、暇だよなぁ…。パーティー終わるまでぼーっと待ってるだけだし。ある意味“気力・体力・根気”のいる仕事だぜ。」
 苦笑いをして屋敷へ目をやると、パーティーが始まったらしく一階には明々と電気がともり賑やかそう。
「あそこでパーティー楽しんでる金持ちのお嬢様やお坊ちゃまは、運転手なんて『待たせて当たり前』くらいに思ってるんだろうな…きっと。」
 お嬢様も、そうなのかな…。だとしたら、ちょっと嫌かも。
 ハンドルにもたれかかり何をする訳でもなく待っていると、お腹が『ぐ〜〜、ぐ〜〜』と空腹を訴える。
「はぁ〜…、やっぱり何か食ってくれば良かった。腹減ったぁ。」
 中では、美味いご馳走食べてるんだろうなぁ。
 うぅ〜〜〜〜。
 
 一時間ほど車の中で空腹と闘っていると、突然ケータイが鳴り出した。
「誰だよ、腹減って死にそうなのに。」
 ケータイを手に取ると、着信は涼太。
「何だよ。」
―「あ、拓海〜?なぁ、一緒にメシ食いに行かないか?」―
 なぁにぃ!?メシだと!?
 おのれ〜〜〜、今の俺にメシの話しをするんじゃねえ!!
「仕事中だから無理!」
―「え?仕事って、今日土曜だぞ?お前、アルバイトでも始めたのか?」―
 不思議そうに聞き返す涼太に俺は切れた。
「土曜だろーが、日曜だろーが仕事なんだよ、仕事!メシ抜きで働いてるんだ!だから、今の俺にメシの話しするんじゃねえ〜〜〜」
 空腹で半分クラクラしながらどすの利いた声で吼えると、涼太が電話の向こうでビビッていた。
―「そ、そんなに怒るなよ拓海ぃ〜。分かった、じゃあまた今度な。」―
「あぁ。」
 ぶちっと電話を切って助手席に放り投げた俺は、空腹すぎて再びハンドルにもたれかかった。
「あぁ…、ダメだ、腹減りすぎて死ぬ。この飽食のご時世に、餓死するのか俺は…」
 そういや、昼メシもまともに食ってなかった。
 はぁ〜…。
 『ぐ〜〜ぐ〜〜』鳴るお腹を押さえていると、ふいに窓が叩かれた。
 誰だよ、これ以上俺に体力使わせないでくれ。ほんとに倒れる。
 ハンドルにもたれたまま顔だけ窓の方へ向けて驚いた。
 何故なら…、そこに立っていたのはお嬢様だったから。
「お、お嬢様!」
 慌てて姿勢を正し窓を開けると、お嬢様がにっこりと笑った。
 え…?
 不思議に思い屋敷を見やると、まだパーティーは続いてる様子。
 何で…。
 驚いてただただ目を見張る俺に、彼女は少し大きめなバスケットとお茶を手渡した。
「え?」
「早瀬、ご飯まだでしょ?待ってくれてる間、お腹減ると思って。美味しいサンドイッチだったから、いっぱい持って来ちゃった。」
 小声で言ってへへへっと笑うお嬢様。
 お嬢様…。
 待ってる俺のこと、気にしてくれてたんだ…。
「ですが、私などがいただいては皆様のお食事が…」
 そうだよ。これって、今夜のパーティーの料理だろ?俺が食っちゃまずいんじゃ…。
「平気。だって、いっぱいあるんだもの。気にしない気にしない。じゃあ、私戻るね。たぶん9時30分くらいには終わると思うから。」
「はい、承知いたしました。ありがとうございます、お嬢様。」
 頭を下げてお礼を言う俺に、何も言わず笑顔だけ見せた彼女は、そのまま急いでパーティー会場へ戻って行ってしまった。
 
 あぁ、やっぱり俺の大好きなお嬢様だ。
 そこいらの金持ちのお嬢様やお坊ちゃまなんかとは、ぜんっぜん違う。
 すごく優しい。
「はぁ〜〜、お嬢様ぁ〜〜。」 
 あまりの幸せに、ついにへにへしながらバスケットを抱きしめすりすりしてしまった。
 お嬢様ぁ〜〜〜、大好き。
 にへにへにまにましてる俺を、隣の運転手が変なものを見るように見つめていた。
 うぎゃっ!やばい、変体だと思われてる。
 慌てて素に戻りバスケットを開けると、中に入っていたのはいろんな種類の美味そうなサンドイッチ。
「おお!!美味そう!」
 ひとつ手に取って口に入れた瞬間、それはとてつもなく美味かった。
「美味い!!」
 すげえ美味いぞ!腹減ってるせいか、よけい美味い!
 パクパクと次から次に口へ運び、あっという間にたいらげてしまった。
「ひゃ〜、ごちそうさん。腹いっぱいだぁ〜」
 お茶をゴクゴク飲んで満足し、ちらりと腕時計を見ると8時40分。
 あと約一時間ってとこか。
 ちょっとトイレ行って来よーっと。
 車を降りて鍵をかけ、辺りをきょろきょろしてみたが何処へ行っていいのかサッパリ分からない。
 う〜〜ん。
 とりあず、先ほどの警備員のもとへ行って声をかけてみた。
「あの、すみません。トイレは、何処で借りれば良いでしょうか?」
「あぁ、トイレですか?お屋敷の中に入っていただいて、すぐ右に曲がっていただければございます。」
 親切に教えてくれた警備員に『ありがとうございます。』と軽く頭を下げ、屋敷へと向かった。
 
 屋敷の玄関をそっと開けてみると、中からは賑やかな声。
 気にすることなく、教えてもらった通り右に曲がって歩いていると、トイレを見つけた。
「お、あった。」
 いそいそと入って用を済ませ、車へ戻ろうと玄関に向かって歩いていると、パーティー会場と思われる部屋からお嬢様が出てくるのが見えた。
 あ、お嬢様だ。
 さっきのサンドイッチのお礼をもう一度言おうと声をかけようとした矢先、その部屋から一人の男が出てきてお嬢様の肩を掴んだ。
「待って、月華ちゃん。」
 え…。
 あの男は、確か…。
 そう、お嬢様に声をかけたのは、ここへ来た時に見かけたあの男。
 慌てて階段の陰に身を隠すと、お嬢様とその男は俺の隠れているすぐ傍までやって来た。
 ひぃ〜〜〜、見つかりませんように。
 祈る思いで息を潜めている俺に、二人はまったく気付かない様子。
 そのままじっとしていると、二人は…と言うより男の方から話を始めた。

「月華ちゃん、やっと二人になれたね。」
 むっ。
 何だと〜〜〜〜〜!!お嬢様と二人っきりになるチャンスを狙ってたのか、こいつ!!
 許せん!!
 そーっと覗いて見ると、男がお嬢様の腕を掴んでいた。
 お〜の〜れ〜〜〜!!俺の大事なお嬢様の腕を気安く掴むんじゃねえ〜〜〜〜!
「そうですね。」
 さり気なく男の手を離しながら言い返すお嬢様。
 お嬢様…?
「俺と、付き合ってくれるよね?月華ちゃん。」
 視線を細めてにっこり笑顔で告る男に、お嬢様は俯いて無言だった。
 そんなお嬢様を、俺は拳を握り締めてじっと見つめていた。
 お嬢様、その男と付き合うのか??
 そいつ、ほんとにお嬢様のことが好きだとは思えないよ。
 身体だけが目的だとしか思えないよ。
「ええ…、お付き合いします。」
 え…。
 お嬢様の口から出た承諾の言葉が、俺の胸を深く突き刺した。
 そんな…。嘘だ…。
 そいつは、君のこと本気で好きな訳じゃないんだよ?なのに…。
 階段の陰で身を潜めながら、俺は唇を噛み締めることしか出来なかった。
 だって、俺に彼女を止める権利は無い。資格も無い。
「良かった。じゃあ…」
 そう言った男は、お嬢様を壁に無理矢理押し当てて強引にキスをした。
 その光景を見た瞬間、零れ落ちた涙とともに、俺は顔を逸らさずにはいられなかった…。
 これ以上見たくない。
 もう嫌だ。
 必死に声を押し殺して涙を落とす俺をよそに、男はお嬢様に話を続ける。
「じゃあ早速、明日デートしようよ月華。そうだなぁ〜、映画とか。」
 付き合うと決まった途端に呼び捨てに変わった男。
 デート…。映画…。
 やめてくれ、もう聞きたくない。
「…ええ。そうね…。」
「じゃあさ、月華のケータイ番号教えてよ。今夜俺から電話するからさ。待ち合わせ時間決めよう。」
 ご機嫌そうに話し、お嬢様のケータイ番号を聞き出そうとする男。
 そんな二人の会話を、俺は耳を塞いで必死に聞かないようにしていた。
 聞きたくない。聞きたくない…。
「バッグの中にケータイ入れてるから、後で教えるわ。だから、先に会場に戻っててくださらない?私、お手洗いに行ってから戻るので。」
「OK〜。じゃあ、戻って待ってるよ。」
 にやりと口端を上げ嬉しそうに答えた男は、そのままお嬢様を置いてパーティー会場に戻って行った。
 一方のお嬢様は、男が行ってしまってから深くため息をつき、お手洗いへと歩いて行った。
 嫌だ、ここにいたくない。
 これ以上辛い思いはしたくない。
 彼女の姿が離れたのを見届けてから廊下に出た俺は、そのまま屋敷を出ようと玄関に向かった。
 その時―――…

「早瀬?」
 
 ふいに名前を呼ばれてドキッとした。
 震える足で立ち止まり、視線を向けた先にはお嬢様。
「お嬢…様。」
「どうしたの?」
「あ、いえ…、お手洗いの場所が分からなくて…。」
 咄嗟に嘘をつくと、彼女が笑顔で手招きした。
「お手洗いはこっちだよ。早瀬。」
「すみません…。」
 言われるままに歩み寄った俺を見て、お嬢様が声をかけた。
「早瀬、目が赤いよ?まさか、あのサンドイッチ…からしいっぱい入ってた??」
「いえ…、お腹が減りすぎて急いで食べたら喉に詰まって…それで…」
 俯いて苦しい言い訳をする俺を見ながら、お嬢様がくすくすと笑った。
「早瀬って面白いね。そんなに急いで食べなくても、サンドイッチは逃げないよ。」
「はい、すみません。では、私はお手洗いに行ってからすぐ車に戻ります。」 
 お嬢様に軽く頭を下げた俺は、もう一度トイレに入り洗面所で顔を洗ってからリムジンへと戻った。

 リムジンに戻って運転席に乗り込んだ途端、大きな深いため息をついた。
「ダメだな、俺。お嬢様に彼氏が出来ても構わないって思ってたはずなのに。実際そうなったら、辛くて涙が止まらねえ。」
 今だって、顔洗って来たばっかなのにもう涙が落ちてやがる。
 くそっ。
 何度拭っても、涙はボロボロと落ちて止まることは無かった。
 
 『自分の妹だと思ってみろ』

 妹…。
 ふと悠斗の言葉が脳裏をかすめた。
 そうだ、彼女は妹だ。六つ年下の妹。
 女じゃない、ただの妹なんだ。妹に彼氏が出来ただけなんだ…。
 心の奥で何度も何度も呪文のように言い聞かせていると、いつしか涙は瞳から零れなくなっていた。
 不思議だ…。ほんの少しだけ心が軽くなった気がする。
 もしかすると悠斗は、こういう事態が起こった時でも『妹だと思っていれば、心の傷が軽くて済む』って言いたかったのだろうか…?
 そんな訳ないか。あいつがそこまで俺のこと考えてくれてるとは、到底思えないしな。
 だけど、悠斗のおかげで少し気持ちが落ち着いた。
 
 
 30分程経った頃―――…。
 周りの車が次々にゆっくりと動き始めた。
 ん?パーティー、終わったのかな?
 屋敷の玄関へ目を向けてみると、ぞろぞろと出てくるたくさんの客。
 そのすべてが、玄関前まで自分の車が来るのを待っているようだ。
「楽ばっかしやがって。駐車場まですぐなんだから歩けよな。まったく。」
 ぶつぶつ文句を言いながらリムジンを動かそうとしたその時、窓がコンコンと叩かれた。
 え?
 顔を向けると、外にいたのはお嬢様。
 慌てて車を降りようとしたが、その前に後部座席のドアがガチャっと開いた。
 っっ??
「はぁ〜、疲れた。」
 自分で開けて乗り込んで来たお嬢様は、座るなり大きなため息。
「お嬢様、ドアは私がお開けいたしますのに…」
「ドアくらい自分で開けるってば。手があるんだもん。あの人たちもあそこで待ってないで、自分で車まで歩いた方が早く帰れるのにね?そう思わない??早瀬。」
 玄関前に群がる大勢の人間を見ながら、お嬢様が俺に呆れがちにそう言った。
 その言葉がさっきの俺に似ていてとても庶民的で、つい可笑しくて笑ってしまった。
 サンドイッチのことと言い、今のことと言い…このお嬢様は…。
 ほんとに、あの沢村財閥のお嬢様なんだろうか。
 でも、俺はこんなお嬢様が大好きだ。
「何で笑うの?早瀬。」
「いえ、早瀬もお嬢様と同意見でございます。」
 だって、やっぱりめちゃめちゃ可愛い。
「でしょ??さ、帰ろ〜。」
「はい。」
 笑いながら返事をし、俺は早速リムジンを走らせた。

 屋敷への帰り道、後部座席でお嬢様が深いため息をついていた。
「だいぶお疲れのようですね。」
「え?あ、うん。」
 曖昧に返事をした彼女は、ぼんやりと外を見つめていた。
 あの男とのことを考えてるのかな?
「今夜は、ゆっくりお休みください。お嬢様。」
 ミラー越しに声をかけた俺に、お嬢様は優しく微笑んだ。
「うん。早瀬も今日はゆっくり休んで。ごめんね、休日出勤させて。」
 お嬢様…。
「いえ。」
 ほんとに君は、あの男と付き合いたくて付き合うのか?
 俺には、とてもじゃないけどそんな風には見えないよ。
 仕方なくOKしたようにしか…。
 でも、俺が言うことじゃない。俺は、ただの運転手だから…。
 しばらく無言で車を走らせていると、お嬢様のケータイが鳴り響いた。
 あの男か?
「はい。…うん、じゃあその時間でいい。…うん…おやすみなさい…」
 物静かに喋っていたお嬢様は、電話を切った途端ケータイを座席に投げつけた。
 え…。
「お嬢様、いかがされました?」
「え?ううん。何でもない。」
 俺には何も言ってくれず、慌ててケータイを拾いバッグに入れたお嬢様。
「そうですか。」
 そうだよな。俺に話すようなことじゃない。
 口を閉ざした俺同様、お嬢様も屋敷に着くまでずっと無言だった。

 屋敷に辿りついて玄関前で車を止めた俺は、先に降りて後部座席のドアを開けた。
「お嬢様、どうぞ。」
 ドアを開けて声をかけると、いつもならすぐに『ありがとう』と言って降りる彼女は、車を降りようとしなかった。
 お嬢様…?
「お嬢様、いかがなさいました?」
 恐る恐る声をかけてみたものの、彼女は無言のまま。
 どうしたんだ?
 心配でもう一声かけようとした時、お嬢様が口を開いた。
「駐車場で降ろして。」
 え?
「あ、はい。かしこまりました。」
 素直に頷き運転席に乗り込んだ俺は、リムジンを駐車場へと向かわせた。

 言われたとおり駐車場で車を止めると、お嬢様は自分でドアを開けて降りて来た。
「お、お嬢様、ですからドアは早瀬が…」
「いいって。」
 彼女は冷めた口調でそれだけ言い、庭へとトボトボ歩いて行った。
 お嬢様…。
 ひとりで歩いて行った彼女を追いかける前に、とりあえず車を駐車場に入れて、鍵を待機室の所定のボックスへ直しに向かう。
 どうしたんだろう、お嬢様。やっぱり変だ。
 仕事を済ませてから急いで庭へ駆けて行くと、彼女は東屋でぼんやりと池を眺めていた。
 
 『妹だと思って・・・。』
 
 悠斗の言葉を一度自分の心で呟き、俺は彼女の傍へと歩み寄った。
「お嬢様、そのようなお姿ではお風邪をひかれます。」
 自分のスーツの上着を脱いで彼女にかけると、彼女は俺を見返しただけで…すぐに池に視線を落とした。
「早瀬は帰っていいよ。」
 小さく呟いた彼女からちょっと離れた俺は、静かに首を振った。
「お嬢様をこのような暗いお庭にお一人で残して帰るなど、早瀬には出来ません。」
「何で?運転手の仕事は終わったんだから、帰っていいんだよ?」
「いいえ、お嬢様を安全にお屋敷の玄関にお送りしておりませんから、まだ仕事中でございます。」
 ふふっと笑って彼女に説明すると、俺を見上げた彼女は『変なの。』と一言だけ呟いた。
「今夜のお友達のお誕生パーティー、楽しくありませんでしたか?」
「ううん、桜の誕生パーティーはすごく楽しかったよ。」
 首を振って話したお嬢様は、話しの最後にため息をついた。
「そうですか。ですが、早瀬には今のお嬢様はあまり楽しそうにお見受け出来ませんが。」
 だって、さっきから君はずっとため息ばかりついてるよ。
「今夜のパーティーでね、彼氏が…出来たの。」
 彼女の口から出たその言葉が、俺の胸を深く刺した。
「さようでございますか。おめでとうございます。『大学生になったら彼氏を作る』と仰っていたお言葉が叶いましたね。」
 違う。俺が言いたいのは、こんな言葉じゃない。
 笑顔で言いながら俺は、拳を強く握っていた。
「おめでたくない。」
 え?
 一言だけ言い返した彼女に、俺は目を見開いた。
「彼氏がお出来になったのに、嬉しくないのですか?」
「早瀬は、好きでもない女の子と付き合う!?好きでもない女の子にキスされて嬉しい!?」
 目じりを吊り上げ、強い口調で俺に言い返してきたお嬢様。
 俺は…。
 好きでもない女と付き合って、抱いて、キスを飽きるほどしてきたよ。だけど、嬉しいと思ったことは一度も無かった。
 君に出会って恋するまでは、女と一緒にいて幸せだなんて一度も感じたことは無かったよ…。
「お嬢様は、その彼氏のことお好きではないのですか?」
 質問に答えず聞き返した俺に、彼女は俯いて小さく口を開いた。
「好きじゃないよ。」
「そうですか。それなのに、お付き合いをされるのですか?」
「仕方なかったのよ。桜が、あの男の友達のこと好きになってね…、3日ほど前に告ったの。そしたら、今夜のパーティーであの男が私に言ったのよ『桜と友達を付き合わせてやりたかったら、自分と付き合え』って。じゃないと『友達に、桜の告白断るよう言う』って。だから…」
 東屋の柱をぎゅっと掴んで吐き出すように言った彼女。
 次の瞬間、俺の中であの男に対する怒りが一気にメラメラと沸き上がった。
 ぬぁんだとぉ〜〜〜〜〜〜!!!あんのクソガキ〜〜〜!!!!
 それであんな『俺と付き合ってくれるよね??』なんて言い方してやがったのか!!!
 許さん!!ぜ〜〜〜ったいに許さん!!
 おのれ、今度会ったら絶対ぶっ飛ばしてやる!いや、ぶっ殺してやる!
 はっ!いかん、切れるな。冷静になれ、拓海。
「お嬢様、もしお嬢様が桜さんのお立場でしたらいかがですか?」
 静かに問いかけた俺を、お嬢様が見上げた。
「え…。桜の…立場だったら…?」
「はい。お嬢様の為に、桜さんが好きでもない男の子とお付き合いすることになったら…。その事情をお嬢様が後でお知りになったら、いかがです?」
「そんなの、嫌だ!私の為に桜にそんなこと絶対させたくない!!それに、好きでもないのにお情けで付き合ってもらいたくなんてない!!」
 ムキになって怒るお嬢様に向かって、俺はにっこりと笑みを向けた。
「きっと、桜さんも同じではないでしょうか?早瀬はそう思います。」
「早瀬…」
「さぁ、お嬢様。そろそろお屋敷にお戻りになられた方がよろしいですよ。本当にお風邪をひいてしまいます。」
 笑顔で優しく言い諭したところに、悠斗の声が聞こえた。

「月華〜」
「あ、お兄ちゃん。」
 悠斗に呼ばれて笑顔で手を振ったお嬢様。
「何だ、早瀬も一緒だったのか。」
 傍に来た悠斗が俺をちらりと見てそう言った。
「申し訳ございません。これからお嬢様をお屋敷までお送りしようかと思っていた次第です。」
「ったく、こんなところにそんなドレス姿でいたら風邪引くだろーが。ほら、屋敷に戻るぞ月華。早瀬も、仕事済んだならさっさと帰れ。遅くなるぜ。」
 お嬢様にかけられたスーツの上着を俺に返した悠斗は、持ってきたストールを彼女にかけながら穏やかな声で告げた。
「はい。では、失礼いたします。おやすみなさいませ。」
「おぅ、お疲れさん。」
 深く頭を下げて挨拶した俺の肩をポンと叩いた悠斗は、一言だけ言い残してお嬢様とともに屋敷へと帰って行った。
 さて、帰るか。
 スーツの上着を羽織り、使用人用の駐車場へ向かおうと踵を返した瞬間…
「早瀬!」
 突然お嬢様が、俺の名を呼んだ。
「え?はい、何でございましょう?」
 びっくりして振り返った俺のもとへ、お嬢様が駆けて来た。
 忘れ物か?
 駆け寄って来たお嬢様は、何も言わず俺の左腕を掴んだ。
「え…」
 驚きで目を見張っている俺の袖口を捲くった彼女は、手首から白檀の数珠を奪った。
 数珠…?
「早瀬、これしばらく貸して。」
「え、ええ。構いませんが…。」
 数珠、どうするんだろう??
「ありがとう。じゃあ、おやすみ。」
 笑顔でそれだけ言ったお嬢様は、再び悠斗のもとへと駆けて行ってしまった。
 何だったんだ??
「はい、おやすみなさいませ。」
 訳の分からないままとりあえず頭を下げて挨拶した俺は、二人を見送ったあと使用人駐車場へ向かった。

 マンションへ帰る途中――…。
 ハンドルを握る自分の左手首には、まだお嬢様の手の感覚が残っていた。
 それがとてつもなく幸せで、思わず左腕を頬に当ててすりすりしてしまった。
「あぁ〜〜〜、今日はこの腕洗いたくない。」
 俺の愛しのお嬢様。
 ほんとは、土曜日も日曜日も関係なく毎日君に会いたよ。
 むむっ、日曜…。
「そういや、明日…デートだって言ってたな。」
 デート…。
 おのれ、あのクソガキめ!俺のお嬢様を脅すようなマネしやがって!!
 くそ〜〜、許されるのなら明日尾行してあの男を刺してやりたい。
 って言うか、尾行して刺してやる!! 
 はっ、でもデートの時間も行き場所も分かんねえ…
 あぅっ。
 
 あぁ〜〜〜〜〜俺のお嬢様、どうか無事に帰って来てね。
 早瀬は、お嬢様の御身がとってもとっても心配でなりません。
 うぅっ、しくしく…。
 おのれクソガキ!お嬢様に手ぇ出しやがったらぶっ殺してくれる!!












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