貧乏人から見たらお金持ちは規格外だしお金持ちから見たら貧乏人も規格外。世の中信じられないことだらけでさぁ
伊澄を家まで見送り屋敷に帰ってきたハヤテはいつものように屋敷の掃除に取りかかっていた。13号に負けないようにといつもより気合いが入る。
「あら…ハヤテ君。おかえりなさい」
「マリアさん。おかえりなさい」
奇妙な会話だがマリアは買い物から帰ってきたばかりでハヤテは学校から帰ってきてから初めてマリアと顔を合わせたので互いにおかえりと言ったのだ。
「ナギから聞きましたよ。13号君、しばらく帰ってこないみたいですね」
「そうですね」
「…安心しました?ハヤテ君」
「えっ?どういうことです?」
ハヤテは無意識にマリアが持っていた買い物袋を手に取った。
「ナギ、ハヤテ君がいなくなると寂しがったり泣いたりしますけど13号君がいなくてもハヤテ君がいればいつもと変わらないじゃないですか。ナギとハヤテ君の関係はそっとやちょっとじゃ崩れませんよ」
「マリアさん…。あ、う、ううっ…」
「ちょっ…な、なんで泣くんですか!?」
いきなり号泣するハヤテにマリアはたじろぐ。
「だって…僕、この屋敷を追われたらもう…どうやって生きていたらいいかわからなくて…!」
「ハヤテ君…」
泣きじゃくるハヤテを急にマリアが抱き締める。ハヤテはびっくりして赤面。
「マ、マ、マリアさん!?」
「居場所を失う怖さ…いつ終わるかわからない平穏…。そんな心配をしなくても大丈夫ですよ。だから…そんな悲しい顔はしないでください」
「マリアさん…!すみません…僕…!僕…!」
ハヤテの涙はしばらく止まらずマリアはギュッと抱き締める。しばらくしてようやくハヤテの感情も落ち着いてきた。
「…すみませんマリアさん。急に泣いたりして…」
「いいえ。泣きたい時は泣いていいんですよ。我慢することだけが強さじゃないですよ。弱さを見せることもまた強さですから…」
「あの…マリアさん。あんまり言われるとまた涙が…!」
「あ…す、すみません。それから…すみません」
「な、何がです?」
「えっと…」
マリアはハヤテを指差す。だが自分を指差していないとわかるとすぐに後ろを見た。そこにはたまたま廊下を通りかかり二人を見てワナワナ震えるナギがいた。右手に持っていたマンガはミシミシと音をたてていた。
「ハヤテ…お前…私の見ていないところでマリアとイチャイチャして…」
「い、いや!違いますよお嬢さま!これには理由が…!」
「問答無用っ!!!!」
ナギの爆裂蹴りがハヤテに直撃。ハヤテはその場に倒れた。
「あが…!お、お嬢さ…ま…!」
「言い訳は聞きたくない!ハヤテのバカバカバーカ!!」
ナギはもちろん怒って引き返してしまった。ハヤテはうろたえながらマリアを見た。
「あの…マリアさん?こういうのはどうすれば…」
「えーと…まぁ私にも責任はありますし、ナギの機嫌は山の天気並に変わりやすいですから…」
「はぁ…。だといいんですけど…」
「とりあえずハヤテ君は掃除を続けていてください。ナギのことは私がなんとかしますから…」
苦笑いを浮かべながらマリアは廊下を歩いていった。ハヤテはゆっくり立ち上がり落ちていた箒を拾う。
(どうしよう…。またお嬢さまを怒らせてしまった…。マリアさんにも迷惑をかけて…本当にダメだな…僕は…)
元気付けられたはずがさらに元気がなくなっていく。気を取り直して再び屋敷の掃除を再開。すると再開したのもつかの間マリアが走ってやって来た。
「ハヤテくーん!」
「マリアさん…?どうしたんです?そんなに慌てて…」
「いえ。大したことではないのですが…これからちょっとお出かけしてもらえます?ナギと一緒に…」
「お嬢さまと一緒にですか?」
「はい。ナギがどうしてもと…」
「で、でも…お嬢さま、さっきあんなに怒っていたのにどうして急に…」
「細かいことは気にしないで、準備ができたら玄関で待っていてください」
マリアはハヤテから箒を取り上げた。ハヤテは準備もなにもないためそのまま玄関へと向かう。
(…いきなり出かけたいだなんて…お嬢さま、どうしたんだろう…)
ハヤテが不思議に思っている頃、ナギも部屋で出かける準備をしていた。マリアに外用の服を用意させているが明らかにいつもとは違う。純白のドレスにはたくさんのダイヤが散りばめられ珍しく赤いストールまでしている。
「でも…ナギ?いきなりどうしたんです?こんなにおめかしして…」
「み、見ればわかるだろ?デートだよ、デート」
「それはわかりますけど…タンスの奥の奥に入っていた服を引っ張り出す必要は…」
「…いや、それはだな…最近ハヤテとの関係がうまくいっていない気がして…それは私がかわいくないからだと思うのだ。ハヤテだってすぐ怒ったり文句ばかり言う恋人なんか好きにならないだろうし…」
「そ、そういうものですか…?」
(というか元々ハヤテ君にはあなたは恋愛対象にはないのですけど…)
誤解が誤解を招き大変なことになっているのを知っているのはマリアだけ。だからこそ胸が痛くなるのだ。
(まぁ…思春期の乙女心は複雑ですし、また時間が立てばいつものように戻るでしょうね…)
「つまり女の子らしい振る舞いをすることでハヤテ君の気を惹こうと?」
「まぁそんなところだ。それにこれは温泉旅行の前哨戦!どうすればハヤテといい感じになれるか調べなくては…」
「そういうことですか。で、うまくいきそうですか?」
「うむ!今、即席で考えたデートプランだ」
ナギはマリアに一枚の紙を見せた。そこにはデートの詳細が事細かに書かれていた。
「…今が4時ですから…4時半動物園。かわいい動物とふれ合う…。6時半ブランドショップで買い物。ハヤテ君の好みの服をリサーチ…。7時レストランでディナー。夜景を見ながら至福の一時。8時半遊園地。観覧車に乗り、一番上まで来たところでキス…。あの…本当にこれで大丈夫なんですか?」
「む!!それはどういう意味だ?」
「ちょっとナギにしては背伸びしすぎているような気が…」
「…確かにそうかもしれんがハヤテだってこういう大人な展開に憧れているはずだ。この作戦に不備はないのだ!」
「はぁ…。まぁダメとは言いませんがあまり遅くなったらダメですよ?夜はなにかと物騒ですから…」
「心配はいらん!ハヤテがいるのだからな」
「え、ええ…」
(ハヤテ君と一緒だから不安なんですけど…)
「なにか言ったか?」
「いえ、何も…」
マリアはナギから視線を逸らす。
「そういうわけだからマリア。行ってくる」
「知らない人にはついていってはダメですよ?」
「それくらいわかってる」
心配するマリアをよそにナギは部屋から出た。そしてすぐに玄関へ向かうとそこでは先程からずっと待っていたハヤテがいた。
「待たせたな、ハヤテ」
「いえ。そんなには…。ところでお嬢さま。そのドレス…」
「似合うか?」
ナギは階段の上でクルッとターン。ハヤテの反応を見た。ハヤテも笑って答えた。
「よくお似合いですよ。お嬢さま」
「ほ、ホントか?」
「ええ」
ハヤテに褒められナギは上機嫌。そのまま小走りで階段を駆け降りる。だがその途中、ドレスがちょっと長すぎたため足に引っ掛かってしまい体勢が崩れた。
「う、うわぁっ!!」
「お、お嬢さま!!」
階段から落ちそうになるナギをハヤテが間一髪下で受け止めた。
「あ…ありがとうハヤテ…」
ナギはハヤテに礼を言う。ハヤテは当然ですとばかりに言うとナギの顔は真っ赤になる。抱えられたナギのすぐ目の前にハヤテの顔があったからだ。
「あ…あの…ハヤテ…」
「?どうしました?」
「いや…えっと…」
「あ、わかりました。すぐ降ろしますから…」
ハヤテは身動きできないナギをすぐに降ろそうとする。しかしナギにとっては千載一遇のチャンス。この機を逃すまいと声を出す。
「いや、いい!今のでちょっと足を痛めたのだ。だから…しばらくこのままで…」
「足を…ですか?なら、マリアさんを呼んで治療を…」
「そ、そこまで痛くはない!ちょっとつったみたいになったのだ!だから…」
「…そうですか?なら…」
ハヤテは言われたとおりしばらくナギを抱えたままでいた。ナギはというと自分でこのままでと言い出したのだが赤面したままでハヤテの顔もろくに見れずせっかくの作戦もうまくいかなかったようだ。
(い、いかん!このままでは時間がただただ流れてしまう!このまま抱っこされたままでも構わんがまだ私はやりたいことが山ほどあるのだ!!)
「あ、あ、あのさハヤテ!!そろそろ出かけるか!!」
「ええ。このところ陽が落ちるのが早いですからね。急ぎましょう。それで一体どこに行くんですか?」
ナギはハヤテから降りるとすぐに外に出る。玄関には既にSPが待機するリムジンがあったのだ。
「リムジンで外出ということはどこか遠くへ行くということですか?」
「そうだな。それもあるが時間も限られてるし、さっさと行くぞ!」
「はい、お嬢さま」
すぐにハヤテは先回りしリムジンの後部座席のドアを開けた。それを見てナギは言う。
「あ、ハヤテ。ちょっといいか?今日の外出中は執事の仕事は一旦忘れろ」
「え?なんですか?いきなり…」
「今日はその…デ、デートなのだから…」
「デート…ですか?」
(そうか…お嬢さまも普通の女の子。いつかは好きな人と一緒にデートをするのが夢なんだろうな。だったら…)
「わかりましたお嬢さま。今日はもう残り少ないですが、一緒に楽しみましょう」
「ハヤテ…」
ハヤテの笑顔を見てナギの顔はまた赤くなる。
「と、とにかくハヤテ!早く乗るのだ!陽が暮れてはなにかと不便だ」
「はい、では、失礼して…」
ハヤテもリムジンの後部座席に乗り込んだ。リムジンの中はナギ用に改造されていてジュースやゲーム機などがある。
「これはお嬢さまが退屈しないようになっているんですね〜」
「う、うるさい!別にそんなことはない!まったく…子供扱いを…」
「あはは…」
「とにかく行くぞ!おい!出してくれ」
ナギは運転手のSPに言うとようやくリムジンが発進。まず向かうは動物園だ。
「そう言えば…この前伊澄がハヤテにした頼み事とはなんなのだろうな」
「え?さぁ…僕にもちょっと…」
ハヤテはなにかを隠すようにごまかした。するとナギは疑いの目でハヤテを見た。
「もしかして…私とではなく伊澄と温泉を楽しむつもりではないだろうな?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!!お嬢さまを差し置いてそんな…」
「本当か?それならいいが…ハヤテはモテるし…」
「え?なんです?」
「い、いや!なんでもない!ハヤテ!!ジュース!!」
「はい。わかりました」
すぐに執事としての仕事をやらされるハヤテ。そんなことをやっている間にリムジンは都内の動物園に到着。
「着きましたよ、お嬢さま」
「ちょっと待ってくれ。セーブがまだ済んでないのだ。あとちょっと…」
「あ…はい」
結局移動時間が退屈だったため携帯ゲームをやってしまったナギ。時間はどんどん過ぎていくのであった。
気を取り直し二人は動物園の中へ。しかし今回は貸し切りにはしなかった。急に決めたということもあるがナギは視察の意味も兼ねていたのだ。
(一般人はデートの時、一体どういうことをしているのかも知っておかねば…)
「あの…お嬢さま?どうしたんです?動物園に来たというのに考え事ですか?」
「へ?ああ…そうだな。動物園に来たからにはちゃんと動物を見なくてはな。行くぞ、ハヤテ!」
「はい、お嬢さま」
二人は手を繋ぎながら園内を回り始めた。しかし明らかにナギの服装は動物園にマッチしていないため周りからじろじろ見られている。
(なんだか視線が気になるな…。ふふ!!やはり私とハヤテのラブラブぶりは端から見ても羨ましいか!!)
そう思うとナギは上機嫌に。自然と足が早く出る。もう動物にはほとんど興味を示さなくなったナギはすぐ歩き疲れてしまいベンチに座る。
「ハヤテ…疲れた」
「あ…そうですか」
(まだ来て10分も経っていないのに…)
「ぼ、僕、ちょっと飲み物買ってきますよ」
「ああ…頼む」
ハヤテはナギを1人残し飲み物を買いに行く。1人になったとはいえ外にはSPが待機しているので誘拐などの心配はないが。
(もう動物園も飽きたな。次は…)
もう次に行く場所を考えているとなにか自分の場所に誰かが近づいてくるのを感じた。足音は後ろから聞こえる。
「誰だ?」
「えっ?」
「とぼけても無駄だ。私になにか用か?」
「えっと…」
「私を誘拐にでもしに来たか?やめておけ。ハヤテが戻ってくれば…」
「いや…そんなつもりは…。ていうか、やっぱりナギさん?」
「ん?その声は…」
ナギはベンチから立ち上がり後ろを見る。そこにいたのは歩の弟の一樹だったのだ。片手にはスケッチブックを持っていた。
「…一樹?なんでお前がこんなところにいるのだ?」
「そ、それは…ちょっと学校の宿題を…。動物のスケッチを描いていたんだ」
「ふーん。マジメだな、一樹は」
「そ、そうかなぁ…」
ナギに言われ一樹は照れる。
「ちょっと見せてみろ」
「ええっ!?ぼ、僕の絵を!?」
「他に誰がいる?」
「そうだね…。は、はい」
一樹は恥ずかしながらもナギにスケッチブックを渡す。ナギはパラパラとめくり絵に目を通す。
「…一樹。なかなかいい絵だと思うぞ。未来の漫画家が言うのだから間違いない!」
「ほ、ホント?ありがとう…」
一樹の顔は赤くなる。
(こ、こんな場所でナギさんに会えたなんて…!それになんだか褒めてもらえたし…!もしかして…今回はいけるかも…!)
「あ、あのナギさん!」
「なんだ?」
「その…これから僕と…」
次の言葉を言おうとした瞬間、一樹よりも大きく、そしてナギの耳に入る声が聞こえてきた。
「お嬢さま〜!お待たせしました」
「お!ありがとうハヤテ」
ハヤテは買ってきたコーヒーをナギに渡す。
「熱いので気をつけてくださいね」
「うむ!そうだ、ハヤテ。もう動物園はいいから次に行くぞ」
「えっ?もうですか?」
「早くしないと陽が暮れてしまうぞ?ほら、行くぞ」
「は、はい」
「そういうわけだ、一樹。また今度な」
「あ…うん」
ナギはすぐにハヤテと共に動物園から出ていってしまった。その場に1人一樹は残された。
(そうだよな…。ナギさんがあんな楽しそうなんだから僕が変に邪魔したら悪いよな…)
寂しそうな表情を浮かべながら一樹は二人が見えなくなるまでずっと二人の背中を見ていた。その後家に帰った一樹はやたらため息ばかりで歩に不思議がられたらしい。
「いやー、楽しかったな、ハヤテ!」
「え、えぇ」
(僕はただ缶コーヒーを買っただけなんですけど…)
「何か言ったか?」
「い、いえ、別に…」
リムジンに戻った二人は次に都内のデパート目指す。ナギの作戦第2段が始まっていたのだ。
(デートと言えばやはりショッピング!ハヤテが私の服をチョイスしそして…)
※ここからはナギの妄想です。
「ハヤテ♪お前は私にどんな服を着てほしいのだ?」
「そうだね…。強いて言うなら…」
「ちょっ…ハヤテ!?いきなり抱きついて…なにをするのだ!?」
「洋服という衣を着飾った君なんかより…僕にすべてをさらけ出してくれないかい?君のすべてをこの肌で感じたいんだ…」
「ハ、ハヤテ!?それっては、はだ…!」
※妄想終わり
「い、いやダメだ!!ハヤテ!!私たちにはまだそれは早すぎる!!心の準備が…!!」
「え?なんの話です?」
ナギは1人舞い上がり顔が真っ赤になる。もはや考えがデートの域を越えている。その後車内は無言のまま都内のデパートに到着。
「着きましたよ、お嬢さま」
「へ!?ああ…そうか」
到着したことにも気付かない程自分の世界に入り込んでいたようだ。そしていよいよ第2ラウンド、デパートでのショッピングが幕を開ける。
(さぁハヤテ…!思う存分私をコーディネートするのだ!!)
ナギはハヤテから声をかけてくるのをひたすら待つ。しかしハヤテは一向に動こうとしないナギを不思議に思うだけだ。
「…お嬢さま?どうしたんです?入らないんですか?」
「いや…えっと…きょ、今日はただ単に服を買いに来たわけではない」
「どういうことです?」
「実は温泉旅行に着ていくための服を選びにきたのだが…ハヤテ。それをお前に選んで欲しい!!」
「僕がですか?僕なんかでいいんですか?」
「お前だから選んで欲しいのだ!!」
「…わかりました。そういうことなら…」
ハヤテは1人服選びに入る。
(けどこういう時どうすれば…。お嬢さまの執事だというのにお嬢さまの好みがわからない…。ああ…こういうとき相談できる人がいれば…!!)
悩みに悩んでいるとそれを察知したのかハヤテの肩に手が。ハヤテは手を乗せてきた人物を見ると明らかに落胆した表情に。
「どうした綾崎。困っているのなら俺に相談してくれたらどうなんだ?」
「な、なんであなたがここにいるんですか虎鉄さんっ!!」
「それはこっちのセリフだ。なぜ綾崎が女物の服がある場所に…?女物の服が着たいなら俺が選んでやるというに…」
「僕の為じゃありません!!」
急に現れた虎鉄に厳しく接するハヤテ。一応まわりの目を気にして暴力には出ないのだが。
「それで虎鉄さんはなんでここにいるんですか?」
「決まっているじゃないか。俺の中の綾崎センサーが反応したからつい…」
「なんですかそのセンサー!!そんな迷惑なシステムはさっさと排除してくださいよ!!」
「つれないやつだ。で、なにをそんなに悩んでいたんだ?」
虎鉄はまとわりついて離れる気はないようだ。ハヤテは一度ため息。理由を話し始めた。
「実はお嬢さまが気に入りそうな服を探しに来たんですよ」
「お嬢さま?…ああ」
虎鉄は何度か相づち。ふとハヤテはあることを思い出した。
「そう言えば虎鉄さんも一応執事なんですよね」
「一応とはなんだ。一応お前より執事歴は長いぞ」
「一応って言ってるじゃないですか。虎鉄さんは瀬川さんの服を選んだりとかするんですか?」
「…なんだいきなり。まさか俺よりお嬢に興味が…」
「そんなわけありません!!あなたにはそんな気は一切ありませんし瀬川さんも気にしてませんから安心してください!」
「服選びか…。だったら実際に試着したらどうだ?よし!俺が選んでやる。綾崎にぴったりな服を…」
「ふざけるのも大概にしてくださいっ!!」
ハヤテの堪忍袋もついに切れ、虎鉄はその場に倒れ伸びてしまった。
「まったく…。瀬川さんの執事じゃなかったらどうなっていたことか…。今回はこれで許しますから」
ハヤテは伸びて動かない虎鉄にそう言うと服売り場から去っていった。頭部を打った虎鉄はその後しばらくは目覚めることはなかったようだ。ハヤテはそのまま逃げるようにナギの元に戻っていった。
「お待たせしましたお嬢さま♪」
「おぉ。案外早かったな。…それよりお前、なぜ手ぶらなのだ?」
ナギに手ぶらで帰ってきたことを指摘されハヤテはハッとした。虎鉄を対処するので頭がいっぱいで本来の目的をすっかり忘れてしまっていたのだ。
「す、すみませんお嬢さま!今からまた…」
「いや、別にもういいさ。次行くぞ」
「は、はい…」
別段怒るわけでもなくナギはすぐにリムジンへと戻る。ハヤテはまたナギを怒らせたかと思いしょんぼり。
(虎鉄さんに気を取られていたとはいえ…こういう当たり前のことができないからお嬢さまやみんなに迷惑を…)
車内に戻るとさらに重苦しい空気に。ナギもそれを察してか何度もハヤテの顔をのぞきこむ。
(…ハヤテのやつ、具合でも悪いのか?…それとも…)
「ハヤテ。お前…」
「な、なんでしょうか?」
「心配するなハヤテ。次はお前もきっと喜んでくれる場所だから!」
リムジンを走らせ30分。空はすっかり漆黒に包まれ明かりなしでは遠くを見るのは困難に。リムジンが到着したのはそんな漆黒とは無縁の明かりを放つ地帯だ。
「うわー!!噂には聞いていましたけど…下から見るとさらに迫力がありますね!」
「ああ。そうだな…」
やって来たのは有名人も御用達、セレブのステータスでもある高層ビル地帯である。
「ここのビルの最上階のレストランを急遽貸しきったのだ。さ、行くぞ」
「あ、はい。それにしてもいきなりでレストランを貸しきれるなんて…さすがというか…すごすぎて言葉になりませんね」
「これくらい容易いことだよ。びっくりするのはまだ早いぞ」
そして警護のSPは下に待機させ二人だけでエレベーターに乗り込む。ナギがボタンを押すとエレベーターはぐんぐん勢いをつけ最上階へ向かっていく。
「なぁハヤテ…」
「はい、お嬢さま」
会話をする間もなく最上階に到着。レストランの窓からは都内が一望できた。その光景はまさに夜空の星を見ているようだ。
「ハヤテ…。今日はいろいろありがとうな」
「お嬢さま…」
「急な私の思い付きで付き合わせてしまって…」
「そんな…改まらなくても」
「お前はどう思っているかわからんが…私は楽しかったぞ。久しぶりにハヤテと本当に二人でいられるから…」
窓際の席に座り微笑むナギを見てようやくハヤテも安心した。
(…良かった。お嬢さまに嫌われたかと思っていたけどなんとか乗りきれたみたいで…)
「僕も…楽しかったです。お嬢さまにこんな素敵な場所にも連れてきてもらえましたから…」
「ハヤテ…。そ、それは良かった!連れてきた甲斐があったというものだ…!」
照れ隠しをするようにナギは強気に。
「そ、それよりマリアとは本当になにもないだろうな!?」
「え!?あ、あるわけないじゃないですか!!」
「あんなことをしておいてなにもないだと!?ハヤテェーーッ!!」
「す、すみませ―」
拳を振り上げ今にもハヤテに襲いかかりそうになるが寸前で手が止まる。ハヤテがおそるおそる目を開けるとすぐ目の前には真っ赤にナギの顔があった。
「…ハヤテ…」
「お嬢さま…?」
「…や、やっぱりまだダメだ!」
勢いよくナギは顔を逸らす。顔はさらに赤くなる。
(だ、ダメだ…。いざとなると心臓が破裂してしまいそうに…!!)
震える手でグラスに入った水を取ろうとするがなかなか取れない。すると勢いよく手がグラスに当たり中の水がこぼれてしまった。
「う、うわ!!」
「だ、大丈夫ですかお嬢さま!!」
ハヤテはすぐに席から立ちテーブルにこぼれた水を拭き始めた。幸いすぐにテーブルはきれいになったがナギはまだおどおどしている。
「す、すまんハヤテ…」
「いえ。お嬢さまは平気ですか?」
「わ、私は大丈夫だ…」
「お嬢さま」
「な、なんだ?」
何かに気付いたハヤテはナギに近づく。そしていきなり腹部を持っていたハンカチで拭き始めた。ナギはいきなりのことで急激に鼓動が速くなる。
「ハ、ハ、ハヤテ!?」
「ちょっとお召し物が濡れてますよ。これでちょっとは…」
その後もハヤテはなにか言ったようだがナギには一切聞こえない。聞きたくともそれどころではなかった。
(ハヤテめ…!意外と大胆だな…!だったら…私だって…!!)
「あ、ありがとう…」
「いえ」
「だから…あの…」
「なんですか?」
「…!!」
ナギは意を決しハヤテの頬に顔を近づける。そして唇をそっとハヤテの頬につけた。
「…こ、今回はこれで勘弁してくれ…」
「…お嬢さま…。はい」
よそ見をするナギを見てハヤテは口元で笑った。そうこうしているうちにようやく最初の料理が運ばれてきた。料理に手をつける前にハヤテは外を眺め言う。
「…それにしても本当にすごい景色ですね。見てくださいよ。白皇の時計塔があんなに小さく見えますよ」
「ああ。気に入ったか?」
「はい。とっても…」
そしてナギが食事に手をつけ始める。ここでもナギがハヤテとラブラブになるための作戦を開始する。
(さて…定番のシチュエーションといくか…!)
「ハヤテ…!おいしいか?」
「はい。すごくおいしいですよ」
「もし…私がこういう料理が作れたら…食べてくれるか?」
「…もちろんですよ。お嬢さまが作ってくれたものなら味なんか関係なくいただきますよ」
ハヤテは笑顔で答えるとナギも笑顔に…はならなかった。
「おい…!味なんか関係ないとはどういう意味だ…!!私の料理はマズイということか…!?」
しかめっ面でハヤテを睨む。
「ち、違いますよ!お嬢さまの料理はなんでもおいしいですよ」
「…まぁよい。それより…はい、ハヤテ♪」
ナギは作戦を開始。料理をフォークで刺し、ハヤテの口元に運んだ。
「は、はい、ハヤテ…♪あ、あ〜ん…♪」
「え…。これは…」
「あ〜ん…」
ちょっといらいらとしながらナギは口元に運んだ。そして戸惑いながらもハヤテも料理を食べる。ようやくナギも満足したようでとびきりの笑顔を見せた。
「よし!じゃあ次はハヤテの番だ♪」
「えっ?僕…ですか?」
「同じことを言わせるな!」
ナギは口を大きくあける。ハヤテは言われるままナギの口元に料理を運ぶ。パクッとすぐ食べご満悦だ。
「よーし!ハヤテ!じゃんじゃん食べさせてやるからな♪遠慮するなよ♪」
「なんだか主旨が違ってきてるような…。ドラマCDに似たような展開ですけど…」
「つべこべ言うな!!はい♪あーん♪」
「あ、あーん…」
結局この後もこんな感じで時間が進んでいきディナーも終了。形はどうあれナギのデートプランはいよいよ最終段階へ。食事を済ませリムジンへと戻った。
「いい時間を過ごせたな」
「そうですね。景色もきれいでしたし…」
「…ハヤテ。お前、さっきから景色、景色とうるさいぞ」
「え…。あ、その…お嬢さまもとてもきれいでしたよ」
「今さらなにを…。まぁよい。では次はいよいよ最後だ!」
「え?もう真っ暗ですけどまだどこか行くんですか?」
「なんだ?ハヤテはさっさと帰ってマリアに会いたいのかよ?」
「い、いや!そんなことないですって!!ただ…夜遊びはちょっとよくないなぁ…と」
「よ、夜遊びなど誰がするか!!…お前以外の男に私がなびくなど…」
ゴニョゴニョしながら言うがハヤテにはまったく聞こえない。ナギが1人恥ずかしがっているとリムジンは東京湾の近くまでやって来た。
「こんな場所まで来ましたけど…一体なにをするんですか?」
「ふっふっふ…。ハヤテよ!!あれを見ろ!!」
「あれ…?」
ナギが指差したのは海上だ。言われるままハヤテが海を見ると常識を超越した光景が目に飛び込んできた。
「え!?えええ!?ちょっ…なんですかあれ!?」
「驚いたか?」
「あんなもの東京湾に浮いてましたっけ…!?」
「浮いてるのではない!!人工島の上に作られている」
「…な、なんでそんなことをお嬢さまが知ってるんですか?」
「なにを隠そう…あれは三千院家で作らせたのだからな。さっき」
「………」
ハヤテは言葉が出ない。口を開けたまま海を見続ける。改めてハヤテは三千院家の財力のすごさを思い知るのだった。
「ハヤテ。人工島までは距離がある。リムジンで行けるのはここまでだ。あとはクルーザーであそこまで行き、あれに乗るぞ♪」
「は、はい…」
びくびく怯えながらハヤテはクルーザーに乗り込んだ。人工島は東京ドーム程の大きさだ。人工島につくとナギとハヤテだけ降り、上を見上げた。
「どうだハヤテ!!これが私がお前のために作らせた観覧車だ!!」
高さ100m超。総工費50億の巨大観覧車だ。あまりのすごさにハヤテは失神寸前だ。
「あわわ…!」
「さ、見るのはもういいだろう。早速乗るぞ、ハヤテ♪」
「え、ええ…」
ナギはハヤテの手をとるとすぐに観覧車に乗り込んだ。ガタガタと音を立てながら観覧車は上へ上へと動いていく
「本当に大丈夫なんですか?」
「設計に不備はない!!見ろハヤテ!!東京の街並みが一望できるぞ!!それも海から!!」
「は、はい…」
景色はたしかに素晴らしかった。だがハヤテはまだこの観覧車の安全性を懸念。こわばるハヤテの顔を見てナギは不敵に笑う。
(やはり怖がっているな…!さて…ここで観覧車を故意に止まらせればハヤテは私に泣きついてくるだろう…!そうすればすべては私の思うままなのだ!!)
そんな青写真を描いているなど知らないハヤテはひたすらびびる。そして観覧車が一番上に来たところでナギの計画通り観覧車が急に止まった。
「うわ!!お嬢さま!?これは…!!」
「なぁに。心配するなハヤテ!!私がいる。安心…」
ナギは余裕の表情を浮かべる。ここまでは計画通りだったのだが次の瞬間予想外の事態に発展した。なんと観覧車がだんだんと傾き始めたのだ。これにはさすがのナギも落ち着いていられない。
「な、なんなのだこれは!?」
「お、お嬢さま!!」
観覧車はそのまま傾き海へ落ちる寸前。
(落ち着け…!落ち着くんだ…僕!!)
ギシギシと観覧車は音をたてる。そしてついに…
ボキッ!
鈍い音と共に支柱が折れた。観覧車は海へと一直線。
「うわぁぁぁっ!!」
「お嬢さまっ!!!!」
二人きりの部屋の中でハヤテはナギの手をしっかり握り頭部を抱え込む。
「ハヤテ!?」
「お嬢さま!!体を丸めて!!」
「え!?むぐっ!!」
無理やりハヤテはナギの体を引き寄せた。完全に抱いている状態だ。
「ハヤ…」
ナギがなにか言おうとした瞬間観覧車は海へと落ちた。とてつもない水しぶきがあがり湾岸で待機していたSPたちが青ざめた。
「ま、まずい!!お嬢さまをお助けするんだ!!」
クルーザーで待機していたSPたちもいち早く海に潜る。だが暗くてよく海の様子が確認できない。
「い、いたぞ!!」
1人のSPが大声で叫ぶ。ナギが見つかったのだ。どうやら外に投げ出されたようで人工島の側であっぷあっぷしていたのだ。SPに運ばれようやく岸までたどり着いた。
「大丈夫ですかお嬢さま!!」
「ゲホ…!ハァ…ハァ…!私はいい…!ハヤ…テは…無事か…?」
「まだ見つかっては…。しかし観覧車に乗っているのならもう…」
SPの言う通り観覧車はすでに深海に。ナギは傷ついた体を必死に動かしSPに命令する。
「ハ…ヤテを…絶…た…絶対に…見つ…けろ!!すぐに…増員し…て……なに…が…なんで…も……」
途中でナギは力尽き倒れた。SPはナギを抱え大声で叫んだ。
「あ、綾崎ハヤテを必ず助けるんだ!!時間がない!!すぐに観覧車を引き揚げろぉ!!」
「りょ、了解!!」
ハヤテの救出と平行して三千院家にも連絡をとる。電話に出たマリアはあまりの事態に受話器を落とした。
「…そんな…!ハヤテ君が…!!」
『まだ確定とは言えませんが…もう観覧車が沈んでから5分は経ちます。おそらく…』
SPの曖昧な報告にマリアは怒りを爆発させた。
「そんな知らせはいりませんっ!!!!話をする暇があるなら…早くハヤテ君を探しなさいっ!!!!」
『は、はいっ!!』
勢いよく受話器を置きマリアはその場で一度大きく深呼吸。涙をこらえながら携帯電話を取り出した。
「お屋敷内のSPのみなさんに連絡します!今から東京湾に向かいます!!いいですか!!」
『か、かしこまりました。しかし…なぜ…』
「いいから早く!!これは…命令です!!」
電話をきりマリアは走って外へと出た。空は珍しく星で埋め尽くされていたがその美しさに見とれている暇など一切なかった。
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