もりのきっさてん ~とうめいのおきゃくさま~
ピッピとコムギがいっぱいいっぱい、じゅんびして、ようやくオープンした「もりのきっさてん」。
はたして、お客さんは来てくれるのでしょうか?
チリリンチリリン♪
そわそわと落ちつかなかったふたりは、ドアについたスズランのベルが鳴ると、ビックリして飛び上がってしまいました。
「いらっしゃいませ!」
明るく元気に、はじめてのお客さんをお出むかえです。
でも、あれれ?
ふたりは開いたドアの前でキョロキョロ。
たしかにお客さんが来てドアを開けたはずなのに、だれもいないのです。
すると、ふたりの目の前からおじさんの声が聞こえました。
「このカバンはどこにおけばいいかね?」
でも、そのおじさんも、カバンも、どこにも見えません。
ふたりはこまって、顔を見合わせてしまいました。
「この店は、荷物をおく場所もないのかね!」
おじさんがおこりだしてしまって、ふたりはあわててカゴを持ってきました。
「このカゴに入れてください。」
「そんな小さいのに入るわけがないだろう! 見ろこの大きさを!」
見えない、とうめいのカバンを、とうめいなお客さまが持ち上げているみたいです。
「ごめんなさい。」
カバンの大きさがわからないなら、カゴよりもイスにおいてもらった方がよいでしょう。
頭のいいピッピは、お店のおくからイスを運んできました。
「ここにおいてください。」
「はじめからそうしてくれればいいんだよ。」
なんとか、おじさんはきげんを取りもどしてくれました。
でも、こまったことはまだ続きます。
「ご注文はお決まりですか?」
「そうだなぁ~。これをたのむよ。」
これって、どれ?
トントンとメニューを指している音は聞こえるのに、指が見えないからどれのことだか分かりません。
これには本当にこまってしまいました。
「ごめんなさい、メニューの名前を言ってください。」
勇気を出して言ったその言葉は、おじさんを深くきずつけてしまうものでした。
メニューがとじられ、イスが引かれて、カバンが持ち上がる音がして、そして。
「だれも私のことなど見てくれないんだ。」
ひどく落ちこんだ声と同時に、ゆかにポタポタとしずくが落ちました。
そして、コツコツという足音が、はなれていこうとします。
「まって、おじさん!」
やさしいコムギは、おじさんにぶつからないよう気をつけながら近よると、いちごがらのハンカチを差し出しました。
「ほんとうにごめんなさい。これで、なみだをふいてください。」
おじさんは、そのハンカチを受け取ってくれました。
コムギがほっとした笑顔をピッピに向けると、ピッピもそれにこたえてくれました。
でも、すぐにその笑顔がびっくりした顔に変わりました。
「コムギちゃん、ハンカチを見て!」
「え?」
ピッピがおかしなことを言います。
いちごがらのハンカチは、さっきコムギがおじさんにあげた時と何も変わっていません。
「何も変わりないよ?」
「うん、変わりないんだよ」
「え?」
コムギには何が何だか分かりません。
「おじさんの持っていたカバンは見えなかったのに、コムギちゃんのハンカチはおじさんにわたしても見えているんだよ!」
「あっ!」
そうなのです。
おじさんの持ちものでないコムギのハンカチは、おじさんの手にわたっても見えていたのです。
しかも、おじさんのなみだをすったシミもしっかりと見えています。
ここでふたりは、いいことを思いつきました。
「おじさん、もう一度オーダーして!」
「え、でも。」
「いいから、オーダーしてください!」
「ええと。“ぼうし屋さんのレモンパイ”を、お願いできるかな?」
「かしこまりました!」
「さあさあ、お席でお待ちくださいっ!」
コムギは大あわてでキッチンに入り、ピッピは、おじさんのせなかがあると思った場所をぐいぐい、ぐいぐい、おしました。
そこには、たしかにおじさんのせなかがあって。
そして、とっても温かかったのでした。
♪こころのこもったレモンパイ
オーブンの中で きつね色
ふんわり さくさく いいかおり♪
ふたりの楽しそうな歌声につられて、小鳥さんたちがやってきました。
ステキなコーラスが加わって、なんだかウキウキしてきます。
♪お花のかかれた お皿を出して
できたてパイを のせましょう
ハケで ツヤツヤの おけしょうしたら
となりに タンポポ そえましょう♪
あっと言うまに、おいしそうな、ぼうしの形をしたレモンパイが出来上がりました。
おじさんのところへ持っていこうとしたところで、
「おいしそうなかおりだね。」
と話しかけられました。
すがたが見えないのにとつぜん声だけするものですから、コムギはビックリして、しりもちをついてしまいました。
ピッピもすこしビックリしてしまいましたが、落ちついて話しかけました。
「お席でお待ちくださいって言ったから、すわってなきゃダメですよ。」
するとおじさんは、てれくさそうに笑いました。
「なんだか、とてもいいかおりがしたからね。それに、楽しい歌まで聞こえたものだから、思わずおどりだしてしまったんだよ。」
キュッキュッと、くつの音が聞こえます。
ピッピは、おじさんのダンスが見られなくてざんねんだと思いました。
テーブルの上にレモンパイの乗ったお皿をおくと、おじさんは感心してうなりました。
「なんてきれいなんだ! パイがぼうしの形をしているというのがオシャレだね。それに、お皿が本当のお花畑みたいで気に入ったよ。」
あんまりほめるものだから、ピッピとコムギは真っ赤になってしまいました。
「ごちそうさま。また来るよ」
おじさんがお店を出るまえに、ピッピはあることをひらめきました。
コムギにこっそりおしえると、さんせいしてくれました。
「待って、おじさん!」
「私たちからもプレゼントがあるんです。」
「おや。すてきなレモンパイのほかに、まだあるのかい?」
コムギが、お部屋のタンスからお気に入りのスカーフを持ってきました。
「こんど来る時は、これをまいてきてくださいね。」
「きっと、おじさんに合うと思って。」
これさえあれば、とうめいのお客さまでも、どこにいるかすぐに分かります。
“いる”のに“いない”と思われることもなくなります。
「これはきれいなスカーフだ。そうだ、ちょっと待っていなさい」
おじさんはそう言うと、お店から出ていってしまいました。
ピッピとコムギはふしぎに思いましたが、おじさんがもどってくるのを待つことにしました。
少しして、おじさんがもどってきました。
「やあ、待たせてすまないね。すてきなレモンパイとスカーフのお礼に、これをプレゼントしたくて。」
「わあ。」
「きれい。」
おじさんが差し出したプレゼントは、なぜかふたりにも見ることが出来ました。
それは、きれいなサクラソウのお花でした。
「ここに来るとちゅう、見かけてね。あんまりきれいだったものだから、ちょうど良いプレゼントになると思ったんだ。」
やさしいピンク色で、ふたりの心はふわふわ、温かくなりました。
「どうもありがとう、おじさん。」
「大切にかざりますね。」
おじさんが、首にスカーフをまいてくれました。
思っていたよりも、おじさんは“せいたかノッポ”でした。
「これは、とてもきれいな黄色だね。ふわふわで、はだざわりもいい。本当に、もらってしまっていいのかい?」
「私たちの持ちものなら、おじさんが持っていても見えるみたいだから、あげます。」
「ダメだよコムギちゃん! しーっ!」
ピッピが止めた時には、おそすぎました。
せっかく「おじさんのことが見えない」ことをわすれさせようとしていたのに、水のあわです。
けれどもふしぎなことに、おじさんは、なみだを見せませんでした。
「なんてことだ! このスカーフをしていれば、私がどこにいるのか見えるのかい!」
むしろ、うれしさとおどろきが入りまじったように、大さわぎです。
「さっき、ハンカチをかした時に気がついたんです。」
「サクラソウのお花も、ちゃんと見えていますよ。とってもやさしいピンク色!」
おじさんがあんまりうれしそうなので、ふたりもつられて、うれしくなってしまいます。
「そうか。そうか。ずっとなやんでいたことが、かいけつしたよ。本当にありがとう!」
スカーフが見えなくなるまでおじさんを見送ると、ふたりは目を合わせて、笑顔になりました。
ふわふわで、さくさくの、“ぼうし屋さんのレモンパイ”。
今度はサクラソウのお花をそえて、めしあがれ。
おしまい