11.記憶の中の真実
「…ありがとう」
一頻り泣くと、蘭は目をはらしながら、ぽつりと言った。
「もういいのか?」
「ええ。……すっきりしました」
10年もの間、誰にも言えなかった。声をあげて泣くことすら、できなかった。
その表情に、新一はまた目を細めると、気にかかっていたことを訊ねた。
「それでも、……自分を許せないのか?」
蘭は、沈黙で肯定を示した。
「私は──変われません。この間、夢に見て……わかりました。両親は、私を許していないんです」
「………」
新一は、直接は反論しなかった。当時のことを知らない彼が何を言っても、説得力がない。──それに、彼は探偵。彼女を説き伏せるのは、一般論でも感情論でもない。……恐らく、彼女自身の記憶。
だから。
「ご両親、どうしてた?」
「え?」
「蘭さんを火の手から出すとき、どうしてた?何か、言ってなかったか?」
蘭は思い起こした。あのとき、炎の中で叫んでいたのは──母。
「叫んで……いました」
「なんて?」
『早く、早く逃げて!いきなさい!!』
「逃げて…行きなさいって」
「だろ?」
急に明るくなった声に、蘭は顔を上げた。彼は、笑っている。
「ご両親は、蘭さんがしたことに気付いてたかもしれない。いや、多分そうだと思うよ。それでも、全力で蘭さんを逃がした。その『いきなさい』って言葉は、火事場から逃げろって意味の他に、生きてくれっていう意味もあったんじゃないかな」
「………」
蘭は目を瞠った。あの日から、何度も何度も夢に見たあの時のこと。
──そうだ。いつだってお父さんとお母さんは、私を逃がそうとしてくれた。
恐怖に塗りつぶされそうな記憶の中で、それだけは、心に焼き付いていたというのに。
「…私、覚えていたのに……。それだけは、…ちゃんと覚えていたのに」
蘭の頬を、また涙がつたう。
どうして自分は、それに気付かなかったのだろう。それを、否定しつづけてきたのだろう。真実のことは、いつだってそこにあったというのに。
「蘭さん、自分を責めるなよ」
涙をぬぐう蘭の手を、新一は静かにどけた。
「仕方ないよ。蘭さんはまだ小さかった。両親を亡くして、心に傷を負って……そこまで気付く余裕なんか、なかっただろ?」
「………私は…」
それきり、言葉が続かなかった。新一は蘭の頭を軽くなでると、リビングのソファに座らせた。
「傷を消すことは、オレにはできない。蘭さん自身にも、多分できないだろう。けど、傷を癒すことはできる。
……蘭さんはもう、自分の幸せを望んでもいいと思うよ」
蘭はかすかに唇を動かした。考えたこともなかった。私の、幸せ───。
「とりあえず、今夜はここで寝なよ。頭が混乱してるだろ。大丈夫、オレがここで見てるから」
その一言で、なぜかすごく安心できた。言われた通りに横になると、強烈に睡魔が襲ってきた。蘭は最後の意識で、つぶやくように言った。
「……ありがとう……」
そして、静かに寝息をたて始めた。 |