もう一度会えたら、抱き締めて離さない
【注意】コメディです。
もう一度会うことができたなら、今度こそ俺はお前を離さない。
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『聖剣の勇者と聖槍の聖女』
昔々、あるところに一人の少年がいました。
少年は十五歳の誕生日に天啓を受け、世界を救う旅に出ました。
この世界が闇に染まりはじめたために、歪んでしまった理を正すようにという使命を神から賜ったのです。
旅に出た少年は、神様の光に導かれるまま深い洞窟の中にある地底湖に行き、水底に刺さっていた不思議な剣と出会いました。
それは創世の勇者が持っていたと言われる、この世界のあらゆる力を集めることかできる聖剣でした。
聖剣は、少年に知識と助言を与えてくれました。
そうして少年は、聖剣を扱える勇者になりました。
勇者は聖剣の導きによって、世界に巣食い始めた闇を払っていきました。
ある時、勇者は立ち寄った街の神殿で一人の少女に出会いました。
彼女は聖槍に選ばれた少女でした。
まだ十六歳の少女は、戦いよりも祈りを捧げる方が似合う、美しい乙女でした。
しかし、神は選ばれし者に分け隔てなく、等しく力を与えていました。
か弱い少女も、聖槍に選ばれたことにより、世界の闇と戦うことを余儀なくされていました。
そうして、少女はいつしか聖女と呼ばれる尊い存在になっていました。
聖剣の勇者と聖槍の聖女は神殿で出会い、そこで新たな神託を受けました。
闇が生まれてくる穴を塞ぐために、世界の果てに旅立てという神託を。
ふたりは、世界を救うために旅立ちました。
そうして、長い間一緒に旅をするうちに、ふたりにとってお互いが、かけがえのない存在になりました。
勇者と聖女は愛し合うようになったのです。
『この旅が終わったら、結婚しよう』
勇者の言葉に、聖女は微笑んで頷きました。
戦うことに疲れていた彼女にとって、勇者の言葉は色々な意味での力になりました。
そうして、辿り着いた世界の果て。
地の裂け目から漏れ出る深い闇の力は、周囲の生き物たちを狂わせ、狂暴にしていました。
ふたりは懸命に戦いましたが、数の力には敵いませんでした。
体力が削られ、たくさんの傷を受けました。
しかし、それでもふたりは諦めませんでした。自分が倒れてしまったら、いったい誰が愛する人を守るのか……、そんな自問自答を繰り返しながら、傷ついた身体に鞭を打つようにして何度も立ち上がり、戦いを続けていました。
しかし、永遠とも思えるような長い長い戦いの果てに、最後の一匹の狂獣を倒したとき、悲劇が起こってしまったのです。
聖剣を打ち込まれた狂獣が最後の力を振り絞って、聖女の身体をその鋭い爪で引き裂いたのです。
いくら聖女といえども、肉体は人と同じでしかありません。
嘆き悲しむ勇者に向かって聖女は言いました。
『約束を守れなくてごめんなさい……もしも生まれ変わって再び出会えたら、その時には……きっと』
力を失った少女の亡骸を抱き締めて勇者は誓いました。
生まれ変わったら、必ず君を見つけだそう。来世で見つからなかったとしても、何度生まれ変わってでも、愛する君を捜し出してみせる、と。
そうして、勇者は闇の裂け目を聖剣で封印すると、聖槍とともに旅へ出ることにしたのです。
――愛する聖女を探す、終わりのない旅へと。
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パタン
人気の少ない、閑散としたとある街の図書館。閲覧室にある机には、一人の少年だけがいた。
彼の手元には、子ども向けの絵本『聖剣の勇者と聖槍の聖女』がある。
彼は先ほど閉じたその本を見つめながら、長い長いため息を吐いた。
「……大体の事情は理解できたように思う。だが、俺には関係のない話だ」
『お前がどんなに拒否しても、お前が聖剣の勇者の生まれ変わりであることと、当代の勇者に選ばれたことは覆されんぞ』
閲覧室には少年のほかには誰もいない。
傍から見ると、彼は大声で独り言を言っているようにしか見えなかった。だが、既に述べたように閲覧室には彼しかいなかったため、他者から咎められることも、うろんな目を向けられることもなかった。
「俺の人生、勝手に決めんなよ!」
バンッと勢いよく机を叩き、少年は立ち上がる。
「勇者だか聖女だか、俺には関係ない!世界の理とか言われても知らねえよッ!!」
威勢のよい啖呵をきったが、聞いているものは誰もいない。
静かな部屋の中で、少年の声だけが虚しく響いていた。
『そんなこと言っても、もう縁は繋がってしまったのだ。諦めろ』
「……お前を捨てて、世界の果てに逃げてやる」
『阿呆が。お前の魂と我は約定で繋がっている。我と離れるときは今生で闇をすべて封印し、古の約束を果たすしかない』
少年は自分の手をじっと見た。手の平についた焼印のような十字のあざを、彼はぎゅうっと握り締める。
彼は、聖剣に選ばれた勇者だった。
辺境のド田舎に、農民その1の息子として誕生した、現在十五歳のぴっちぴちの反抗期系思春期真っ只中の男子であった。いつかこのショボいド田舎を出て、デカいことをしてやりたいと常々思っていた典型的なヤンチャ男子のひとりだった。
ある日のことである。
いつものように畑仕事をサボった彼は、父親に見つかりこってりと叱られ、夕飯抜きの刑に処せられた。
働かざる者、食うべからず。
いつもなら彼は納得して、空きっ腹を抱えて我慢していた。
だが、その日は彼の十五歳の誕生日だった。ごちそうを目の前にして、ひもじい思いで一晩過ごさなければならないということが、彼を暴挙に走らせた。
父ちゃんのバーカ!てっぺんハーゲッ!樽腹ッ!水虫ッ!くそジジイ!こんな家でてってやる!
と涙声で言い残し、彼はその日のうちに家出した。
父親は鍬と鋤を持って息子を追い掛けてきたので、彼は全力で逃げた。彼だって、父親が好きで禿げたわけではないことは解っていた。だが、言わずにはいられなかったのだ。
もちろん、父が息子である自分を愛してくれているのも知っている。手にした農具は夜の森での護身用武器だと頭では判っていた。叱られることも当然だと思ったし、あとでトレーニング場で腕ひしぎ十字固めかジャイアントスイングかブレーンバスターのどれかの練習台をさせられるだけで済んだのだろうが、彼はとにかく逃げた。そのくらい、その時の父の顔は恐ろしかった。
そうして辿り着いた湖のほとり。
動かない魚がいるなあと思って、水面に手を突っ込んで掴んだら、いやに硬かった。
訝しみつつ引き上げてみたら、なんと立派な長剣だった。
『おお、お前が当代の勇者か!今生でも我とともに戦うのだな』
端的にフレンドリーに、彼の脳内へと直接その剣は語り掛けてきた。
曰く、自分は聖剣である、と。
そうして、驚いて固まっている少年に対して、更に驚くべきことを告げた。
『過去のお前が愛した者も、今生に生を受けている。お前の魂に刻まれた約定を、ようやく果たすことができるぞ』
そう脳内に直接呟いて、剣は発光した。
少年が眩しさに目を瞑ると、頭と心の中に次々と自分ではない誰かの記憶と感情が流れ込んできた。
――彼女が死んだこの世界は、俺の生きている意味がない。お願いだ、聖剣。俺の残った命、すべてをかけてもいい。彼女を生き返らせてくれ、それが出来ないのなら、せめて来世は彼女と生きられるようにしてほしい。限界なんだ、このままでは俺は、彼女が守ったこの世界を、恨んで呪って壊してしまう――
流れ込んできたものの強い悲しみに、少年は知らず涙を流していた。
胸が苦しくて、心が痛くて、叫びだしたいような焦燥に、思わず顔を覆った。
そうして気が付いた。自称『聖剣』が自分の手の中から消えていたことに。
また、先程まではなかったはずのあざが、くっきりと手の平に浮かんでいることに。
少年はとりあえず詳しい説明を求めて、聖剣に呼び掛けた。
すると、あざがほんのりと光り、頭の中で声が響いた。
『詳しい説明は旅の道中でしてやろう。お前の役割と力の使い方も、順に教えていかんとなあ』
そんなこんなで、一番近い街に着くまでに色々ざっくり説明された。
そうして、さらに勇者の役目についてのわかりやすい説明を受けるために、現在は図書館にいるのであった。
『なぁに、ちょっとこの世界のために我とともに旅をするだけだ、お前の人生にとって不利になるようなことはないぞ?』
「今、現在進行形で、いらん記憶と役目を押しつけられてると思う」
愛する人を失った勇者は可哀相だと思うし、聖女のことを思うと胸が痛い。だがそれは自分ではなく別人の記憶だ。
勇者の生まれ変わりだと言われたって、「はい、そうですか。じゃあ今日から勇者として頑張ります」などと言えるわけがない。いつかデカいことをしてやる、と思ってはいた。しかし、たった十五年の人生経験しかなくても、聖剣の話が鵜呑みに出来ないくらい胡散臭いものだと感じていた。ド田舎出身だからといって、純朴とは限らないのである。
『まあいい、とりあえず聖女の生まれ変わりに会いに行くとしよう。こちらとしても早く約束を果たしてしまいたいからな』
聖剣の言葉に引っ掛かるものを感じたが、はっきりとしないまま少年は図書館を後にする。
建物を出るときに「閲覧室ではお静かにしてください」と受付の美人に冷たく注意され、少年はちょっと凹んだ。
そして、これから出会う聖女が、この美人以上のムチムチプリンでなければ割りに合わないと思ったのだった。
図書館の外に出ると、どこからともなくおいしそうな匂いが漂ってきた。
頭上を見上げれば、もう太陽は真上にある。
匂いの発生源を探して周囲を見回してみると、この周辺には食事処や屋台が多く立ち並び、昼食をとる人々の姿で賑わっていた。
「とりあえず、昼飯にするかな」
少年は聖剣に導かれるまま旅をして、現在三日目である。
ド田舎にある実家から飛び出すときに、なけなしの小遣いを握り締めてきただけの、家出少年である。
この街に来るまでの森の中で、少年は自分でも知っている薬草を摘んだり、木の実を集めたりして自分の食料は確保していた。
本当は、森の動物たちを倒して当面の生活費を手に入れようとしたのだが、聖剣は『正常なものを倒すことは、世の理に反する』と言ったまま、手のあざから出てこなかったので諦めた。
そうして、二日ほどサバイバルと野宿の旅をしたあと、少年はなんとなく惹かれるものを感じて、自分の村から一番近いこの街に入ったのだった。
はっきりとはわからないが、どこか懐かしく、そして愛しい気配が、その街の中から感じられた。
「ここに、いるのか?」
『うむ、そのようだな。聖槍の気配も感じる、間違いないだろう』
そうして、聖剣の『お前に勇者のことを教えてやろう』という言葉を信じたら、冒頭シーンでの図書館にある勇者の絵本を読まされたという次第である。
勇者と聖女のことはよくわかったが、色々と納得しがたいものを少年は感じていた。
特に、旅の費用の捻出について釈然としないものを感じていた。勇者としての役割を求めるのなら、これから自分は闇を払うために旅をしなければいけなくなる。
それこそ、いつ終わるとも知れない長い旅になるだろう。
だが、聖剣は路銀の稼ぎ方など教えてくれそうになかった。
なけなしの小遣いを握り締め、少年は思う。歴代の勇者に使命だとか役割とか言って、聖剣はただ働きをさせていたのではないか、と。
こいつが俺の手にある限り、俺の人生に平穏はない。
聖剣の態度から、そんなことを少年は察していた。
匂いに誘われて、広場に近い飲食店の軒先で、少年は足を止めた。屋台に並べられた香ばしい匂いを放つ肉のかたまりを見つめながら、少年は思う。
聖剣とかどうでもいいから、とりあえず肉が食べたいなあ、と。
なけなしの小遣いを塊肉に代えた少年は、空きっ腹を満たすために広場のベンチに腰を下ろした。
なんの肉かわからないが、肉自体は淡泊な味であるのに濃い味のタレに漬けられて焼かれており、ちょうどいい味付けで美味しかった。
肉を夢中で食べていた少年は、食べ終わってほっと息を吐いた。
腹が減ると、どうにも感情の抑制が出来なくなる。
聖剣に関わることになったそもそもの原因も、そう言えば空腹だったと思い出し、少年は天を見上げた。
聖女の生まれ変わりは気になるが、はっきり言って彼にはどうでもいいことだった。
いくら前世の自分が好きだったからといって、今の自分が好きになるとは限らない。
そんなことより聖剣の『勇者の扱い方』の方が問題だ。
勇者業は慈善事業かなんかだと思っているのではないか。
ぽかぽかと日当たりの良いベンチで、劣悪な労働環境に思いを馳せていると、眠くなってくる。
ここ数日、慣れない野宿で疲れていた少年は、うとうとしはじめた……が、その眠りは広場の向こうから聞こえてきた大声によって、あっさりと破られてしまった。
「ただ今から、昼の体操を始めるッ!一同整列!!」
「「「「ヤー!!」」」」
そのあまりの声の大きさに、少年は驚いて飛び起きた。
「な、なんだ!?熊でも出たのか!?」
声がしたほうに視線を向けると、そこにはたくさんの逞しい筋肉たちが整然と並んでいた。
「エクセレントボディー!マッスル体操ぉーだいいちー」
マッスルさんし、ごーろくしちはち
マッソーさんし、ごーろくしちはち
「動きが鈍いッ!貴様ら、それでも聖槍の騎士団かッ!お前たちの筋肉はその程度なのか!!」
マッソー!マッソー!マッソー!
筋骨粒粒とした百名ほどの男たちが、突然体操を行いだした。
一糸乱れぬその動きは、街中の日中の広場の様子としては異様なものだった。しかし少年以外の街の人たちには、特別その光景を気にした様子もない。
マッチョの筋肉祭りでも始まったのだろうかと、ぽかんしつつも彼らの様子を見ていると、一番身分が高そうな男が振り回しているものに、見覚えがあることに気が付いた。
「……俺、目がおかしいのかもしれない。あそこにいるの、筋肉の群れの中にいる、親父並みの筋肉ダルマッチョの人の持ってるものって」
少年の問いに、聖剣はなんでもないことのように答えを返してきた。
『聖槍のやつだな』
筋肉ダルマッチョ氏(仮名)は聖槍と思われる槍を右手に持ち、他の筋肉たちを煽るように声を上げ続けていた。
「盛り上がれ大胸筋ッ!」
キレてるキレてるッ大胸筋ッ!!
「うなれ上腕三等筋ッ!」
上腕、二等、三等筋ッ!!
聖槍を手にしているのは、いかつい体付きの立派な髭を蓄えた壮年の男性だった。
ただただ異様な光景を見つめるしかなかった少年を動かしたのは、聖剣の空気の読めない言葉だった。
『さあ、勇者よ!行くのだ!!あそこで聖槍を持って叫んでいるのが、お前が捜し求めていた聖女だ!』
手の平のあざをキラキラ輝かせて、聖剣は少年を焚き付けてきた。
少年は思わず右手を勢い良くベンチに叩きつけた。ちょっと光が収まった気がするが、気のせいかも知れなかった。
「アホかっ!あれのどこが聖女だ!おっさんじゃねーか!」
『ようやく愛しい恋人に再会できるのだぞ、喜べ』
「おっさんだよな!あれ!!」
『人の輪廻とはままならぬものでなあ、お前たちの魂が同じ時代に生を受けたことは、此度が初めてでな……これを逃したら、我はまた輪廻の輪を追わねばならないのが、面倒でなあ』
「おい、待てコラ。お前、やっつけ仕事してんじゃねーよ」
『ちゃんと前世の勇者が望んだとおり、出会ったときに互いが恋人だとわかるよう、魂の縁を結んでおいた。大丈夫だ、どんといけ』
「最悪じゃねーか!!」
もはや呪い以外の何物でもない。
何が悲しくて、自分の父親よりも年上の髭面筋肉ダルマッチョと恋人にならなければいけないのか。
「……逃げよう」
『お前たちが結ばれぬと、古の約定が効力を発揮して面倒なのだが』
あざを光らせながら聖剣が文句を言ってくるが、少年は手の平を握り締めて誓う。
「知るかっ!!俺は生まれ変わりだなんて絶対に認めないし、勇者なんかにはならないからな!!」
少年はベンチから立ち上がって、筋肉の群れに背を向けて走りだした。
見つからないうちに逃げなければいけない。
勇者なんてしたくない。農民としての平凡な人生でいい。だから恋人は女の子がいい。
涙ながらに少年は全速力で走り続けた。
「もう、俺は絶対に村から出ない!!」
同じ筋肉でも、抱き締められるならまだ父親の筋肉の方がよかった。
手の平にはまだ聖剣のあざがついている。
それでも、全力で自分の運命にあらがってやると少年は決めた。
そうして、少年は一昼夜走り続けた。
ようやく懐かしい我が家が見えてきたとき、彼は安堵した。
もう大丈夫だと思った瞬間、涙がとめどなく流れだした。
安心から来た涙なのか、それとも聖女に出会うことが出来なかった勇者の感情なのかはわからない。
ただ、一つだけわかっていることは、この家を出てからほんの数日しか経っていないのに、自分は随分変わってしまったということだった。
「ただいまッ」
家のなかに飛び込むと、そこには父親の姿があった。
少年の姿を見ると、両手を挙げて迎えてくれた。
「父ちゃん!ごめんなさい!!」
ハゲていて、腹が出ていて、口うるさいけれど、自分を育ててくれた父の胸に、少年はためらうことなく飛び込んだ。
「――ッこんのバカ息子がぁッ!!」
帰ってきた家出少年を待っていたのは、たくましい筋肉親父からの愛のブレーンバスターだった。
裏テーマ『生まれ変わったら前世の恋人が、ガチマッチョだったら』