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ホラー小説

スイッチが切れる

作者:しまうま
 施設の部屋は壁が白い。
 床もベッドも真っ白。
 ベッドのシーツは、白いだけではなくて、つるつると輝いている。
 だが、そこに高級感はない。
 安物の輝きだった。
 どこででも手に入りそうな、安物。
 安物のシーツ……。

 ――そんなことを気にしてもしかたないか。

 わざわざ用意してもらっているのだから、不満をいうのは贅沢というものだ。
 腰かけてマットの感触をたしかめると、私のおしりは少しも沈まなかった。

 ――これはさすがにちょっとかたいかも……。

 そのまま部屋のなかを眺めてみる。
 窓、ベッド、本棚……それだけ。
 殺風景な部屋だ。
 インテリアのつもりなのか、古めかしい釣り天秤がひとつ、ぽつんと置いてある。
 もっとよく見ようと私は背中を伸ばした。
 つるり。
 体を支えていた手がすべって、ベッドに倒れこんでしまった。
 慌てて起き上がろうとして、また手を滑らせる。

 ――アハハ。

 仰向けのまま、天井を見上げた。
 誰かが見ていたら、きっと笑っただろう。
 自分でもわかるくらいに滑稽な姿だ。
 だが、ここには誰もいない。
 私ひとりだ。

 ひとりで使うにはやけに広く思える部屋だった。
 物が少ないせいかもしれない。
 寂しい――だけど、片付いているという言い方もできる。
 これにはいい面もある。
 たとえば掃除が楽になる。
 空気がひんやりして、すみきっているようにも感じる。

 しばらくするうちに、なんだか落ち着かなくなってきた。
 やっぱりすっきりしすぎているのかもしれない。
 今日、ここにきたばかりだから、生活感もない。
 まるで時間が止まった世界に迷いこんだようだった。
 ここには私以外、誰もいない。

 どこかで誰かの叫ぶ声が聞こえた。
 いや、本当に聞こえたのだろうか?

 ――空耳かもしれない。

 それでも気になってドアを開けようとすると、鍵が掛かっている。

 ――ああ、そうか。私は閉じ込められているんだった。

 いまさらそんなことに気がついた。
 窓を見ると、鉄格子がはめられている。


 ***


 ときおり、景色がくっきりと見えることがある。

 私はひどい近眼だ。
 メガネを外して、本棚に並んだ本のタイトルを読み上げようとすると、うまくいかない。
 文字が書いてあるのかどうかもはっきりとしない。
 目の前に近づけないと、形しかわからない。
 見えるのは色がにじんだ、ぼやけた本の形だ。
 それが、なにかのきっかけで突然見えるようになる。

 ――世界はこんなにも鮮明だったのか。

 周囲がとても広く感じる。
 じっと目を凝らせば、どこまでも見渡せそうだ。
 はるか遠くのものも、手を伸ばせば何もかもつかめそうなほど、くっきりと映っている。
 広いような、狭いような。
 近いような、遠いような。
 慣れない感覚に、立っていられなくなる。
 これは目眩だろうか。

 目の前がゆがんで見えるということはない。
 広がっているのは、くっきりとしたとても美しい景色だ。
 なのに、だまし絵を見ているときのように、何かが間違っているというような印象を受ける。
 まるでテレビ画面のなかの、別の世界を見ているようだ。

 よく見ると、目の前の景色のなかには私の姿を見つけることもできる。


 ***


 応接間のような場所で、私は黒い革のソファーに腰かけていた。
 これから面接が始まるらしい。
 私の症状を確認するのだそうだ。
 落ち着かなくて、ソファーの革をそっと手のひらで撫でた。

 木製の立派なデスクの上には、釣り天秤が置かれていた。
 それを挟んで向い側に私が座っている。

 ソファーに座っているのが私。
 そして、デスクの向こう側にいるのが私だ。

 私はピンセットでなにかをつまみあげようとしているようだった。

「なにをしているのですか?」

 と尋ねる。

「知らないんですか? 釣り天秤。ぶんどうを乗せてバランスをとるんです」

 それくらい私でも知っている。
 天秤の皿はふたつ。
 片方の皿にはぶんどうが置かれる。
 それなら――。

 ――もう片方の皿には何が置かれているのだろう。

 視界がぼやけて、どういうわけかそこにあるはずのものを見ることができなかった。
 私は静かに作業を進めている。

「これから私はどうなるんでしょうか?」

 勇気を出して言葉にしたこの質問に、答えはなかった。
 私は熱心に天秤の調節を続けていた。
 集中していて、私の声が聞こえていないようだった。

 ピンセットでひとつぶんどうを乗せて、思うようにいかなかったのか、首をひねって、別のひとつを皿から降ろす。
 乗せて。
 降ろして。
 乗せて。
 降ろして。
 そのたびに、天秤が傾いていくようだった。
 どんどん傾いて、ついにバランスが崩れ、皿からぶんどうがこぼれる。
 同時に、天秤がひっくり返り、机から落ちてしまった。

「ああ――」

 皿がどこかに転がっていってしまった。
 ほかにもいくつかの部品が、外れて飛んでいったように見えた。
 それくらい勢い良く、天秤は床に落ちてしまったのだ。

「壊れてしまったのですか?」

 私が天秤を拾う様子はなかった。
 じっと見つめているだけだ。

「壊れたかもしれない」

 私は短く答えた。

「壊れていたら、直せますか?」

 私がじろりと睨み付けてくる。
 空気が張りつめた。
 胸が締め付けられているように苦しい。
 パニックになりそうになる。

 ――ああ、また、聞いてはいけないことを聞いてしまったんだ。

 いつもそうだ。
 私は聞いてはいけないことを聞いてしまう。
 そして、嫌われる。
 どうしてこうなってしまうのか、私にはわからない。
 どうすればいいのかわからない。

「壊れたものは、直せませんよ。知らないんですか?」

 その声は私を責めているように聞こえる。

「壊れたら、直せませんよ。わからないんですか?」

 声はいつまでも響き続けている。
 私の頭の中で。


 ***


 つらいことがあると指の先がしびれてくる。
 そうすると物に触れたときの感触も変わる。
 体が冷たくなったようにも感じる。
 次第に自分の声が別人のもののように聞こえてくる。
 景色の見えかたが変わってくる。
 近いような、遠いような。

 何もかもが、いつもと違う。
 つらいことを体験しているのは自分ではないような気がしてくる。

 いや、本当に、これは自分ではないのかもしれない。
 別の私が代わりになってくれているのだ。
 だから、本当の私は安心していられる。
 目の前で起きていることは、別の世界の出来事なのだ。
 テレビを見ているのと、なんら変わりがない。

 ほら、よく見ると目の前には私の姿がある。
 本当の私はここにいるのに。


 ***


「家を作りましょう」

 突然そんなことを言われた。
 難しい顔をした私が、うむを言わせぬ態度で準備を進めていく。
 大きな木箱から、何かを取り出している。
 ひとつずつ、丁寧に並べていく。

「これはあなたの家です」

 まじめな顔をして、おかしなことを言う。
 だから、こう答える。

「これは私の家ではありません」

 目の前にはちいさな模型が置かれていた。
 ジオラマ、というものだろうか。
 たしかに精巧に作られている。
 いろいろな種類の小さな家具も用意されている。
 だが、これはオモチャだ。
 どれだけ言われても、これが私の家だとは思えない。
 私の家はこんなにちいさくはない。

「どうしてもやりたくないのですか?」

 ため息をつかれても困ってしまう。
 そもそも話が噛み合っていない。
 これは私の家ではないと言っているだけなのだ。
 どういえばわかってもらえるだろう。
 私はきちんと答えているはずなのに。

 結局家を作ることはなかった。
 私はずいぶんと苛立っているようだった。
 それを見て、またパニックになりそうになる。

「あ、あのう」

「どうかしましたか? まだ何か?」

 私が家を拾って、木箱に放りこむ。
 ずいぶん乱暴なしまいかただ。
 家はくるくると回り、逆さまになって、木箱に収まった。

 私の視界が、それにあわせて回る。
 地面と天井が逆になる。
 私は悲鳴をあげて、床に倒れこんだ。


 ***


 部屋のなかにいると、テレビのニュースの音が聞こえることがある。
 しかしテレビは部屋のどこにもない。
 そもそも音は、部屋のどこかから聞こえているわけではない。
 頭のなかから聞こえている。
 私の頭が、直接ニュースを受信しているのだ。

 聞くところによると、電波は波なのだという。
 きっとその波が、ときどき津波のように高くなって、私の頭の中にまで届くのだ。
 それ以外に考えようがない。
 この部屋には私ひとりしかいない。
 壁も分厚い。
 本来、声が聞こえてくるはずはないのだ。

 聞こえるのは女性の声だ。
 耳に馴染みのある、どこかで聞いたことのある声。
 私が知っているくらいだから、たぶん有名なアナウンサーだ。
 集中していれば、誰の声かがわかるのだろう。
 だが、私が気づくのは、いつも声が消えたあとだった。
 消えたあとで、「ああ、また聞こえていた」と気づく。
 あまりにも自然に聞こえてくるから、BGMのように聞き流してしまう。
 話している内容も記憶に残っていない。

 声が消えるとき、頭のなかでスイッチの切れる音がする。

 バチン。

 そうすると、声はもう聞こえなくなる。
 だから、きっとテレビの音だ。


 ***


 床にジグゾーパズルが散らばっている。
 ものすごい数だ。
 1000ピースはあるだろう。
 ジグゾーパズルは、ピースの数が増えると、ひとつ一つの大きさは小さくなる。
 散らばっているピースの大きさは、当然、かなり小さかった。
 私が散らばったパズルの前にぺたりと座りこんで視線をさまよわせている。
 次のピースを探しているのだろう。

 私の膝の前には完成したいくつかの部分が置かれていた。
 それを見ると、外側の枠がまだ出来上がっていないようだ。
 枠を作る前に、パズルを進めてしまっている。
 適当に嵌まりそうなピースを見つけて、作ってみたという感じで、まばらにカタマリが出来上がっている。
 これでは時間がかかるし、非効率的だ。
 まずは外側から作ったほうがいい。

 私は枠を作れそうなピースを見つけて、拾い上げた。
 それを差し出すと、私の顔色が変わった。

「じゃましないで! 私がやっているのに!」

 そんなつもりはなかった。
 手伝おうとしただけだった。
 私が私の手からピースを叩き落とす。
 落ちたピースは、勢いよくどこかへ滑っていった。

「どうしてこんなことするの!」

「違う。私は」

「どうして! どうして!」

 髪を振り乱して、私が叫ぶ。
 追いつめるつもりはなかったのだ、私は。
 どうすればいいのかわからなくて、逃げることしかできなかった。

 私が去ったのを確認して、ようやく私は落ち着きを取り戻した。
 ジグゾーパズルを再開する。
 しかしパズルのピースは足りない。
 先程はじきとばされて、ソファーの下にいってしまったのた。
 私はそれに気づかない。
 どれだけ探しても、パズルのピースが見当たらない。


「大丈夫だよ」

 と言ってあげれば良かったのかもしれない。
 ちゃんと説明すればわかってもらえたのかもしれない。
 そんなことにいまさら気づいて、しかしもう声をかけることはできない。

 私はまだピースを探しているようだった。


 ***


 声は頻繁に聞こえるようになっていた。
 気づくのは、相変わらずスイッチが切れたあとだ。
 そうすると、何を話しかけているのか、内容が気になってくる。
 けれど、どうしても聞こえているあいだに気づくことはできなかった。

 ――誰の声なんだろう。

 聞き覚えのある声。
 絶対に、私の知っている声だ。

 ――何をしゃべっているのだろう。

 内容をきちんと確認できないことに、もどかしさを感じる。
 もしかすると、大事なことなのかもしれない。

 バチン。

 スイッチの切れる音のあとにいくら耳を澄ましても、声が聞こえてくることはない。


 ***

 突然不安が押し寄せてくる。

 ――私はもうここから出られないのかもしれない。

 私はちゃんとできるのに。
 もうジグゾーパズルの邪魔はしない。
 家を作ったほうがいいのなら、我慢して作ることだってできる。
 壊れたものは直らない。
 それもちゃんとわかった。
 いきなり知らないひとの前に連れていかれて、知らないルールを押し付けられた。
 それで戸惑っただけなのだ。

 誰だって、失敗することはある。
 たったこれくらいの失敗が、そんなに許されないことなのだろうか。
 こんなところに一生閉じ込められなければならないことなのだろうか。

 ――でも、私はおかしいのかもしれない。

 不意にそんな思いが、私の中で膨れあがる。
 みんなルールを知っているのかもしれない。
 私だけが何も知らないのかもしれない。

 ――どうしたらルールを教えてもらえるのだろう。

 それすらわからない。
 ルールがあるのかもわからない。

 膨れあがったぼんやりとした不安が、確かなものへと変わっていく。

 ――落ち着こう。

 私は窓へ向かった。
 きれいな外の景色を眺めて心を落ち着かせれば、きっと不安も薄れる。
 こんな不安も、あとになってみればなんてことのない、馬鹿らしくなってしまうようなものだったりするのだ。
 窓へ向かい、開こうとした手が止まった。

 ――どうして? なんでこんなことを?

 窓には鉄格子がはめられていた。

 ***


 部屋のなかで私が暴れていた。
 ジグゾーパズルのピースをつかみ、壁に投げつける。
 本棚の本を次々に床に落とす。
 窓を開けようとして――開けることができない。
 鉄格子に阻まれている。
 何度か揺らし、あきらめて、悲鳴をあげながらベッドで飛び跳ねている。

 ――ああ、バランスをとらなければ。

 この部屋のどこかに天秤があるはずだった。
 だが、見つからない。
 天秤はいつか、私が床に落としてしまった。
 そのことをぼんやり思い出した。

 ――あれはもう壊れてしまったのだろうか。

「大丈夫。大丈夫」 

 と私は声をかけた。
 私には聞こえていないようだ。
 暴れ続けている。
 私の声に、なんの反応もない。
 それでも私は語り続ける。

「大丈夫だから。大丈夫だよ」

 何度も声をかけるが、私の声は届かない。

「落ち着いて。ゆっくり考えたら大丈夫なんだよ」

 不意に、私の動きが止まった。
 眉をひそめている。
 耳をすませている様子だ。
 何かを聞き取ろうとしている。

 バチン。

 スイッチの切れる音がした。

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