表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「黒髪の彼女」シリーズ

黒髪の彼女は「奇妙」を考える

作者: 北郷 信羅

 「『本当に奇妙なこと』って何だろうね?」

彼女は今日も唐突に言った。いつもそうだ。彼女はいつも唐突にものを言う。

「霊とか、妖怪のことですか?」

俺は少し意外な気持ちでそう訊いた。いつも現実的な話ばかりする彼女がそういう話をするとは、思ってもみなかったからだ。

「今、意外だなって思ったでしょう」

「え」

彼女には全てお見通しのようだ。

「私が霊とかの話を持ち出すなんて意外だなーって」

「あぁ……はい」

「いつもと違うなって」

「その通りです」

「ふふっ」

彼女は嬉しそうに小さく笑った。

「……私だって、霊とか妖怪には興味あるよ?」

「そう、ですか。失礼しました」

「まあ、それは置いといて。私が今言ったのは、そういう(・ ・ ・ ・)ことだよ」

「……はい?」

彼女の言う、「そういうこと」が何を指しているのか、俺にはよく分からなかった。

「どういうことです?」

「私が今話したいのは、霊とか妖怪とか言う非日常的な『奇妙』じゃなくて、もっと日常的な『奇妙』だよ」

「つまりあなたの論は、『本当に奇妙なことは日常にある』ってことですか?」

「『日常に()ある』が正確だけどね」

彼女は足を組みかえた。

「『奇妙なこと』。君の周りにもたくさんあるでしょう?」

「うーん、これは……『当たり前』から脱しないと見つからないでしょうね」

「私と君との議論は、いつだって『当たり前』を突き詰めてきたはずだけど?」

彼女は目を細めて、意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「そう……ですね確かに」

俺はもう1度自分の日常を振り返ってみた。

「えーと……地球上に『自分』が存在すること?」

「大きいねぇ」

彼女は天井を仰いだ。

「もっと身近なところを見ようよ。言ってみれば今回の議論は、これまでとこれからの議論の原点になる話なんだ」

「原点回帰か……何か今までしてきた議論が蘇ってくるようですね」

「足跡を見るだけの思い出話なら他でやってよ」

彼女は手をひらひら振りながら言う。

「いい、もう1度言うけど、今回の議論はこれまでとこれから(・ ・ ・ ・)の議論に繋がってる原点なんだ。今回の議論を深めることはこれからの議論に大いに役立つってこと。分かる?」

「すいません」

俺は素直に謝った。彼女との議論をここで終わらせたくなかったからだ。

「再考して」

彼女は教師が生徒に指図するような口調で言った。

「そうですね……時間が『流れる』っていうのも不思議な気がします」

「まだ大きいなァ」

彼女は再び天を仰ぐ。

「じゃあ、家に帰った時になんとなく起こる安心感」

「あ、いいね」

「夕暮れ時の寂しさとか」

「なるほどなるほど。君は『心』に『奇妙さ』を感じるんだね」

「あなたは、どうなんですか?」

頃合いだと思って俺は問いを彼女に返した。俺の意見を聞いてから自分の意見を表明する。これが彼女との議論の常だった。そしてこの時……彼女が話をする時が、俺にとっての楽しみだった。

「うーん、私にとっての『奇妙』は沢山あるよ」

彼女は椅子に深く腰掛けて、足をパタパタさせた。

「例えば、『目の前に広がる日常をありのままに受け入れる人たち』とかね」

「あー……、それは確かに考えてみると不思議ですね」

「でも、今特に気になってるのは―――」

彼女はそこで一旦言葉を切って、俺を見た。

「……なんです?」

「今一番の『奇妙』は、君の存在だね」

彼女は俺を指差して言った。

「えっ?」

「なんで君がここに……私の前に現れたのかってこと」

「……えっと、それは……」

それは、俺に対する好意の表れと取っていいのだろうか?

「具象的過ぎたかな……」

彼女は心持ち首を傾げて小さく唸ってから、顔を上げた。

「つまり私が奇妙に思っているのは人と人との『縁』だよ」

「え」

「人と人との繋がり。これは本当に不思議だね」

「……」

どうやら少し主観的に捉え過ぎたようだ。

「……私さっき言ったよね?」

彼女は肩を竦めて息を吐いた。

「今日はこれからに繋がる議論だって」

「……ええ」

「私はその『これから』に君が欲しいんだ」

「えっ?」

「だから、私は『縁』の奇妙さを解消したいって思ってるんだよ」

彼女は少々不機嫌そうにそう言った。

「……こういうこと言うのはキライなんだけどなァ」

「ありがとうございます」

俺は礼を言った。わざわざそういう話をするような人でないことは、よく知っている。

「まだ私に言えるのは、今のが精いっぱい」

彼女は椅子に深く腰掛けて言った。

「君との議論を続けていたいってことだけなんだよ。……それは君が私に望むものとは違うでしょう?」

「十分です」

俺は自信を持って答えられた。

「十分ですよ、それで」

「……変わってるね、君」

彼女は笑った。

「いや変わってるのはあなたの方でしょう」」

俺も彼女につられて笑った。

「あなたにかかったら、この世の中奇妙なことばかりじゃないですか」

「奇妙なことばかりな方が楽しいじゃないの」

彼女は人差し指を立てた。

「私は一生その『奇妙』を追求していられるんだから」

「それは確かに、楽しそうですね」

「何他人事みたいに言ってんの」

彼女は驚いた様子で言う。

「え、それはどういう……」

「君にも手伝ってもらうんだからね」

彼女は本当に楽しそうに言った。


 俺と彼女との議論は、まだまだ終わりそうにない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは! 企画でご一緒させていただいた、いき♂です。 この切り口は、私にはまったく思いつかないものでした。 会話も、なかなかよい雰囲気で始まっていると思います。 しかし、ほかの方が指摘…
[一言]  はじめまして。企画参加者虹鮫です!  感想書かせていただきます。  知的女性と後輩君のラブロマンスとか、なかなかにツボではあります…………ラブロマンスだよね。間違ってないよね!  遠回し…
[一言]  企画参加者の高砂です。「黒髪の彼女は「奇妙」を考える」拝読いたしました。  読み始めてまず、なるほどそういう視点から書くのかと。  そして哲学的な考察に持ち込むのかと思いきやまさかのラブ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ