私にはほかの人に見えないものが見える。と言っても、妖怪とか霊とかUFOとか、そういうオカルト系のものではない。
それが私の目にどんな風に見えるかというと、クリスマスの電飾のようにチカチカ光る、米粒程度の大きさの粒々に見える。
耳を澄ませば、そいつらの声まで聞こえてくる。
教科書で図を見た限りでは、こんなものが絶対声を出すはすがないと思うのだが・・・・・。
でも、ほら。
〈もしもーし、そこでボーっとしてる多細胞生物〉
「うるさいなぁ、ただボーっとしてるわけじゃないっての」
隣を見ると、黄緑色のチカチカ光る点がフヨフヨと空気中に浮かんでいた。
〈窓どこだ?家の中から出られないんだよ〉
私はチカチカが目にうるさいので、少し目を細めた。
「・・・ラドか。その様子だともうすぐ壊変するみたいだけど」
〈だから早く外に出たいんだよ〉
私が網戸のほうを指差すと、それはありがとうも言わず飛んでいってしまった。
〈せっかちなやつだな〉
「仕方ないよ・・・じっちゃんと違ってそんな長生きじゃないんだもの」
私は机の上に落ち着いている、黄色いゆっくりな点滅を繰り返す別の粒に向かって言った。
「ポロ介に壊変したらしたで全然ゆっくりしてられないしね」
〈私はまだ一万年くらい寿命があるぞ〉
「カド爺はいいなぁ、長生きで」
〈ほれほれ、わしのことなんか言っとらんで早く宿題せんか〉
机の上の黄色い粒・・・カド爺とは、学校の美術室で出会った。黄色の油絵の具を使おうとしたら、チューブから出てきた。
その絵の具はカドミウムイエローだった。要するにカド爺も名前のとおりカドミウムなのである。
あんたには原子が見えるのか、って?
うん、おしい。
私には空気が粒々には見えないからね。
私が見えるのはごく一部の元素だけ。
人間には見えないけれど、毎日彼らの放つ光で確かに人を照らしている、小さな小さなものたち。
・・・・放射性元素、及び放射性同位体達だ。
〈何書いてるの?〉
頭上から声がしたので見上げると、青い粒・・・三重水素が飛んでいた。
おそらく普通の水素と水素分子を作っているか、重水の分子を作っているのだろうが、連れの原子は見えない。
「まーそんなもんだね。ちょっとこっち来なよ、トリッチー」
〈なーに?〉
トリッチーはふらふらと不規則にゆれながら私のノートを覗き込んだ。
一般的に元素はみんな素直なやつばかりだ。ラドのような怠け者・・・希ガスを除けば、いつも誰かとひっついている。
「今ね、トリッチーみたいなアクティブ達の話を書いてるんだけどね・・・」
ひゅう♪
〈わーっ、ぶつかるぅ〜〉
「あー、あらら。」
そよ風が私の額をなでていった。それと同時にトリッチーの声もすぐに遠ざかっていった。
・・・分子の体重というのはみんなが思っているようにめちゃくちゃ軽い。
ではトリッチーが飛んでいってしまったので、ほかのに説明してもらおう。
私は鼻を掻いた。さっきから鼻のてっぺんが薄紫色にチカチカして気になっていたのだ。
きっと気づかずに食べてしまって、めぐりめぐってここに来たんだろう。
指の上の紫の粒に聞いてみる。
「カリィ、あんたはどこ出身?」
〈んー? ここに来る前は暑いところにいたよー〉
「・・・・・あーそっか! バナナってカリウム多いって言うもんね」
私は一昨昨日食べたフィリピン産バナナのことを思い出しながら、クッキーの缶を開けた。
中には放射性元素たちが数十個はいっていてわちゃわちゃと話をしている。
チカチカ色とりどりに輝いているので、さながらクリスマスの様相だ。
「えーと・・・ヨウちゃん、いる?」
〈はぁい!〉
元気よく返事をしたのは青紫の粒・・・ヨウ素。
私はヨウちゃんを指でつまんで缶から出し、カリィと並べて机の上においた。
「じゃ二人とも、読者さんに礼!」
〈こんにちはぁ〉
〈お仲間はきっとあなたのそばにもいるので、はじめましてとは言わないよー〉
・・・確かにカリィのお仲間なら、あなたの体の中にいたってぜんぜんおかしくない。
食の安全とかそういう次元じゃなくて。
〈皆さんは『放射能』と聞くと怖がるかもわかりません〉
〈確かに放射線を浴びすぎると体に悪いですから〉
〈・・・でも、あなたの周りにも、きっとアクティブはいます〉
〈僕はしがないカリウムですが、あなたの食べるものに含まれているカリウムの中には、きっと僕の仲間がいると思います〉
〈植物は地面から生えていて、動物はそれを食べます。海なら、川から来たミネラルとかを養分にしてプランクトンが育ち、それを魚とかが食べています〉
〈人間はこの中のどれかを食べているはずです〉
「地球上には非放射性元素に混じって、放射性元素があるんだよね」
〈そうでーす。 土の中にも大気中にもアクティブはいるので、地球上のどの生き物も、ほんのちょっとではあっても関わっているのです〉
〈かといって、恐るるなかれ〜。息したりもの食べたからってみんな血を吐いたりしないでしょ〉
〈むしろ呼吸しないとか食べないでいるほうが死んじゃいます〉
「・・・というわけで無問題。人間が一年間に被爆する量なんて、宇宙から来る放射線を入れても微々たるもんです。気にしない気にしない」
〈原子力発電所近くの人も、被爆量はそうでない人とそんな変わりません〉
〈むしろびっくりした時のほうが寿命が縮むんじゃないかな〉
・・・まあ、その原子力施設がちゃんとしてたらの話だ。
怖がらせるかもしれないけど、ロシアの一部の原子力潜水艦は現役引退後も海につかりっぱなしだし、アメリカのある施設だと、フィルターのない煙突から放射性ヨウ素が漏れまくり、冷却水も適当に川に戻されていた。今は違うけどね。
そして・・・
・・・・実はヨウちゃん、そこの施設出身なのだ。
ヨウちゃんは続ける。
〈ラジウム温泉が体にいいというのは、放射線によって遺伝子とかがちょっと傷つけられるせいで、それを直すために新陳代謝が活発になるからです〉
〈放射線はレントゲンや病気の治療にも使われるし、アクティブはガンの病巣を見つけるのにも使われます。飛行場で荷物をあけずに検査できるのも、ひとえに僕らアクティブのおかげですヨ〉
〈あまり知られていないけど、考古学の年代測定にもアクティブは一役買っています〉
〈それには、僕らに寿命があることが関係しています・・〉
パッシブには寿命がない。錆びたり腐ったりはしても、その原子がその原子であることに変わりない。
でもアクティブは不安定だから、壊れて別の元素に変わってしまう。
そして、アクティブが壊れるときの輝きが放射線だ。
〈木は光合成をして二酸化炭素を取り込み成長しますが、その二酸化炭素の炭素の中にも、アクティブの炭素が混ざっています〉
〈木が切り倒されると、それ以上アクティブを取り込むことはなくなりますネ〉
〈放射性炭素は生まれて5730年が過ぎると、全体の半分は崩壊して窒素に変わります〉
〈それからまた5730年が過ぎると、半分の半分になり、放射性炭素の量は最初の四分の一になります〉
〈これを繰り返すうちどんどん減っていくので、考古学では普通の炭素と放射性炭素の量を比べ、年代を調べることができるのです〉
この建物の柱は千年前のものだとか、この化石は二万年前のものだとかがわかるって、結構すごいことだ。
炭素のほかにも、ウランが鉛に変わる壊変などが年代測定に使われている。
〈どーだぁ、僕らが役に立ってることがわかったかー〉
「はいはい、どうもありがとね」
〈どういたしまして〉
私は二人を缶にしまった。また一つ増えたな・・・
〈気をつけろよー、指が灼けるぞ〉
カド爺が私に向かって注意した。
そろそろ放射線を通さない鉛の箱に変えたほうがいいかもしれない。
私はベッドに寝転がった。
アクティブたちはとことん純粋で、自分の放つ光が生き物を傷つけてしまうのを嫌がる。
・・・昨日テレビを見ていたら、イラクの少年がボロボロの戦車から鉄くずを集めている場面が映った。
私は驚いた。
戦車がレモンイエローのまだらに光って見えたからだ。
画面が変わり、男の子がカメラに向かって鉄くずを見せているシーンになった。
・・・・・・私は唇を噛まずにいられなかった。
彼の手のひらの上には、黄色に光る鉄くずが載っている。
その光のもとは途方もない数のウラン達だった。
〈お願いだよぉ、手を離してよぉ〉
〈手が灼けちゃうよ、だから早く手を離してよぅ〉
〈嫌だ、もう誰かを殺すなんて嫌だ〉
みんな、泣きながら叫んでいる。
〈ごめん・・・・・ごめん・・・ごめ、〉
か細い謝罪の言葉が終わらないうち、そのウラン原子は目も眩むような光を放って炭素に壊変した。
画面が変わった。
湾岸戦争では劣化ウラン弾が使用された。そしてその影響は今にも及んでいるという。
雨にとけだして、水を飲んだ人をも蝕むという。
砲弾として装甲を貫き、人を殺した後も、また人を傷つける・・・
・・・その人の体の中でも、ウランはあんなふうに泣きながら謝っているのだろうか。
彼らを兵器に変えたのは、ほかでもない人間なのに。
放課後の屋上にはだれもいなかった。
私はここに座って、ボーっとしているのが一番好きだ。
空を見上げると、夕焼け色の空のはるか上から、真っ白く輝く粒が落ちてくるところだった。
見たことのない色のアクティブだ。
あわてて手のひらで受け止める。
「まさか・・・・プルト?」
答えはなかった。
どうも輝きが強い。もうすぐ壊変するようだ。
静かな声でそれが言った。
〈手を離してください、もう寿命なんです〉
「プルトニウム・・・なの?」
〈はい、日本に落とされたうちの生き残りです・・六十年間、成層圏を漂っていました〉
「『日本に落とされた』って、まさか」
プルトは消え入りそうな声で言った。
〈・・・・・・・ええ、そうです〉
声と裏腹に、いっそう輝きが強くなる。
〈・・・・私は壊変したくありません〉
「えっ、どうして」
アクティブには寿命があるといっても、人間のようにいなくなってしまうわけじゃない。
別の元素に生まれ変わるだけのはず。
〈壊変したら、壊変前までの記憶がなくなってしまうのでしょう?〉
「うん・・・。そうだけど」
別の、まったく違う元素に変わってしまうから。
〈私は覚えています・・・私の仲間が、泣きながらあなた方人間や、動物や植物を灼き尽くしたのを〉
「でもそれは」
人間のせいではないの?と言おうとした私を遮るように、プルトは続けた。
〈私はそのことを覚えていなければいけないはずなのに・・・私たちは〉
すべての生物を傷つける、冥府の死神だから。
「それなら私が代わりに覚えていてあげるよ」
プルトは驚いたように口をつぐんだ。
そして数秒間をあけてから、小さな声で言った。
〈・・・ありがとう〉
「・・聞きたいことがあるの」
〈?〉
「あなたみたいな超ウラン元素は私たち人間が作り出したものなんだよね?」
〈はい〉
「・・・・トランスのみんなを不幸にしたのは、人間じゃないの?」
超ウラン元素はみな放射性を持っている。
中には非常に短命で三十秒しか寿命がないもの、もっと短いものもいるし、
非常に長生きで、長く生き物を苦しめるものもいる。
そのどちらも幸福とはいえない一生だろう。
プルトは思案している様子で、しばらく黙っていた。
〈いいえ、私は生まれてきてよかったと思います〉
私は正直言って驚いた。
〈今までずっと成層圏から地上を見てました。時間はたくさんありましたから、いろいろなものが見えましたよ・・・アクティブが生き物と共に生きるのが・・・彼らが生き物の命を助けるのも見えました・・・それでいいんです、そうでなければいけないんです。 それがわかってよかったと思います〉
プルトはここで言葉を切った。
輝きも、もうまぶしくて見ていられないほどになっている。
〈私たちトランスは、そこにいる必要がないんです・・・そこにいてはいけないんです〉
「でも私は・・あなたのことを覚えているからね、あなたがここにいたことを覚えているからね」
プルトは微笑んだようだった。
豆電球が大きな電流にさらされて切れてしまう一瞬前、最後の輝きを投げかけるように、プルトは白い光に包まれた。
〈ありがとう・・・ありがとう〉
・・・光が消えていった。
私の手のひらの上には、黄色く光る粒が一つ、乗っかっていた。
壊変後の元素、ウランだった。
〈えーと、どうもはじめましてで悪いんだけども・・・僕、誰?〉
私はそっと微笑んだ。
「君はウランだよ」
|